第20節 《地獄から降りた炎の仏デストラクト 卵が産むのは魔の未来》 5/5
新年明けましておめでとうございます。去年もスローペースでの投稿ではありましたが、今年も何とか頑張るつもりです。
話の内容ですが、今回は戦闘が終わって、また一旦リディアサイドに戻ります。次の話の繋ぎになる部分になるかと思いますが、後半はとある敵サイドの視点になります。
ミケランジェロ達が森林の奥地に佇む神殿の内部で戦いを繰り広げた次の日に、リディア達は目的地であったヒルトップの洞窟に到着した。まだ太陽は空の上で眩い光を放ち続けており、まだまだ一日の光が衰える事を教えない。
旅客輸送車から降りたリディア達は、やはり洞窟の入り口に集まる沢山の人間達の姿を目の当たりにするが、まずは自分達も入り口に向かわなければ状況の整理も出来ないだろう。
「さてと、到着したね! あぁやっぱりずっと座ってるって疲れるぅ!」
代金を支払い、搭乗口から降りたリディアは、まるで久々にも感じるかのような外の空気を全身に浴び、そしてまるで氷、とまではいかなくてもやはり窮屈さを感じさせる程に固まってしまっていた身体を引き延ばすかのように両腕を思い切り空に向かって伸ばす。
もし自分の足で目的地へ向かうにしても、身体は結果的に疲労を感じてしまっていたと思われるが、ただ座っているだけでもどうしても疲れが生じてしまうのが人間であるようだ。
「もうリディアったらな~に自分のスタイルアピールしちゃってんの?」
真っ直ぐ伸ばされるリディアの水色のワイシャツの袖に繋がるのは、茶色のベストであり、女子にしてはそれなりに高い身長を持つリディアの身体の細さに思わず見惚れてしまったのか、シャルミラは突然リディアに対し、背後から抱き着いた。
ベストとワイシャツを通じて伝わってくるリディアの体温がシャルミラに何か不思議な癒しを与えたのか、両方の手がまるで何かに操られるかのようにベストの裏側、要するにリディアの両方の胸へと這わせてしまう。
「いやいやしてないから! ってか変な触り方しないでって……」
リディアとしてはただ身体をほぐすつもりだったのだが、シャルミラにはまず否定の言葉を渡さなければいけない。
そして、やはり同じ女同士とは言っても、デリケートな膨らみの部分を掴まれてしまっては気持ち的に落ち着く事が出来なくなるだろう。リディアは決して怒った表情は見せていなかったが、呆れたような表情を作りながら、シャルミラの手首を掴みながら強引に離させる。
「女の子同士なんだからいいじゃん別に! 久々に会ったんだから気にしないの!」
シャルミラは離されてしまったが、表情は慢心の笑顔であった。同性とは言え、少女の胸を触る事が出来た両手はまるで残念そうに重力に任せて下ろされてしまうが、やはり時の経過を経て再会出来た事に対しては嬉しさを隠さずにはいられなかったらしい。
「2人って本当に仲良しね」
メルヴィは2人の少女のやり取りを一歩離れた場所で見ていたが、言葉の通り仲良くしている2人を見ていると、まるでこの世界全てが今のような平和であればいいのにと、心で思ってしまう事だろう。
うっすらと、萱草色の髪の下で笑みを作る。とは言え、それは完璧な評価とは言えず、心の奥ではこんな所で何をじゃれあってるんだ、という馬鹿な光景を見ているかのような気分にもなっていたと思われるが。
「リディアちゃんとぴったりな相手だと思うよ」
ジェイクは妙に嬉しそうな口調ではあった。リディアにも心を許せる相手がいるという事を実感し、決して寂しい思いをしながら生きている訳では無いのだと感じたのだ。視線はリディアとシャルミラから離れる事は無く、もしかすると自分も同じように後ろから抱き着かれたいと思っていたのかもしれないが。
「ジェイクお前それ微妙に悪口言ってねぇか? ぴったりって言い方」
ガイウスはリディア達に対する言い方を見逃す事はしなかった。ジェイクの肩を背後から押しながら、ガイウスはやっぱりリディアらしい言われ方であると少しだけ口から笑いを零してしまう。笑いが零れる過程で、ガイウスの中々に引き締まった肩が揺れていた。
「別に僕は馬鹿になんかしてないよ。可愛い同士だから似合うんじゃないかなって思ってさ」
ジェイクはあくまでも2人の少女を見た上で、雰囲気が似ている事を口に出しただけであったようだ。
ガイウスとジェイクが話している最中も、シャルミラはリディアにじゃれ続けており、ジェイクの視線はそこに集中していた。
「ジェイ君その変なニヤニヤやめて」
メルヴィからすると、どうしてもジェイクの笑みに下心が含まれているようにしか見えなかったようだ。そして、自分以外の女子に興味を示す事をしてほしくないという願いも含まれていた可能性がある。
ジェイクの青い光そのものの視線が何故か少女2人の下半身に集中している部分も、メルヴィを苛々させる要因となっていただろう。シャルミラのスカートの乱れを狙っていたのだろうか。
「さてと、そんな訳分かんねぇスキンシップは終わりにしてだ、早く洞窟の方行くぞ。おれも会いたい仲間がいる訳だしな」
リディアの背中に貼り付くように抱き着いていたシャルミラを、見兼ねたガイウスがそれを引き剥がす。
ガイウスにも用事があるが、仲間がじゃれ合い続けていては自分の目的を達成する事が出来ないのだから、まずは少女2人のやり取りを止めさせる事が今すべき事だったのだ。
「そういえば言ってたっけ。確かフィリニオンさんとマルーザさん、だったよね?」
リディアは少しだけ疲れたかのように一息吐いてから、ガイウスが会おうとしていた人物の名前を確認する。
「そうだな。洞窟調べる為に今は来てるって話だったからな」
ガイウスにしては普通な返答ではあるが、リディアも真面目に名前の確認をしているだけだったのだから、たまには真面目な返答も悪くは無いだろう。
「あたしも丁度ここで待ち合わせしてる友達がいるんだった。多分洞窟の方にいるのかな?」
リディアの隣に再び近寄りながら、シャルミラもこの洞窟で会う約束をしている者がいる事を口に出した。洞窟があるであろう方向に視線を集中させながら上体を前方へ軽く突き出させる。
「そういえばいたよね。確か……名前、えっと、バルゴだった、よね?」
リディアは面識があったのだろうか。シャルミラ本人とのやり取りに集中し過ぎていた為か、一時的にシャルミラの友達の事を意識する事が出来なくなっていたのだろう。ようやく隙を見つける事が出来たのか、リディアもやっと名前を出す事が出来るタイミングを手に入れたようで、一度空を見るように青い瞳を泳がせた後、シャルミラと視線を合わせる。
「そうそう! リディアよく覚えてたね! 流石!」
まるで名前を覚える事自体がリディアからして難題だったと考えていたかのような態度をシャルミラは見せた。慢心の笑みとハイテンションでリディアを誉めながら、相手の細めな肩を押す。
「いや、流石って……。結構それなりに会ってたし、忘れる訳無いじゃん……」
リディアとしては少しだけ馬鹿にされたような気分になったが、シャルミラとは友達であるから、彼女も分かっていて今のような態度を取っていた事はリディアに理解出来ないはずが無い。それでも、多少なりとも自分の記憶力を疑われていた事に対しては、苦笑いを浮かべずにはいられなかった。
それでも、久々の友達との再会であったのだから、このやり取りも悪くは無いと思っていて欲しいものだ。
「シャル、一応リディアは記憶力だけは優秀だから今初めて気付いた特徴みたいな態度なんかしなくていいぞ?」
ガイウスはまるで安っぽい粗悪品に指を差すかのような形でリディアに指を向け、褒めているようで褒めていない言葉をリディアに聞かせつつ、シャルミラと共に意気投合をする。
「そうですねー。はーい!」
シャルミラはリディアの扱いが宜しくないという事を理解しているのだろうか。出来れば理解しているものだと信じたいが、今はガイウスと合わせる形で伸ばした口調を見せるのが、ここでの正しい選択肢なのだと決断してしまったのかもしれない。
悪意の感じられない笑顔は、隣にいるリディアからどのように見えているのだろうか。
「記憶力だけって……。もういいや」
シャルミラにも、リディアをからかう心が存在しているのだろうか。
リディアはそれを呆れながらも慣れているからか、もう好きにしてくれとでも言わんばかりに溜息を飛ばした。青い瞳は半分程に閉じてしまっていたが、草むらの奥から青い毛並みを持った小型の浮遊生物がこちらに向かってくるのを確認する。
――浮遊しながら、小型のそれはどんどん接近し……――
「シャルー! シャルー! やっと来たんだね! 待ってたよ!」
宙を浮いているが、背中には羽等の器官は見当たらない。何か魔力等を使って浮遊しているのだろうか。青い毛並みに白のアクセントを加えた色を持った、猫のように立った耳が目立つ生命体はややハスキーな高い声を上げながらシャルミラへと一直線へ突き進んでいく。
「あっ! バルゴ! 今からそっち行こうとしてたんだよ! バルゴから来てくれるなんてナイス!」
もしかすると、本当はシャルミラの方から洞窟に行って、そこで出会おうと計画していたが、自分達がここで立ち止まっていたせいでバルゴを待たせてしまっていたのかもしれない。多少の罪悪感を持ちながらも、とても謝罪とは言えないような言い分をぶつけながら、自分の丁度良く膨らみを見せた胸に向かって飛び込んでくるバルゴを両腕で受け止める。
「わ、分かったから……。あんまり強く抱き締めないで!」
数日ぶりの再会だったからか、バルゴも思わず乗りでシャルミラの緑のローブに飛び込んでしまったのかもしれないが、想像を超える締め付けを受けてしまった為、まずはシャルミラに力を緩めてもらうように苦しそうに声を出す。
「あぁごめんごめん! リディアの時と同じ感覚でやっちゃ不味いもんね!」
もしかすると、リディアに対しても今日だけに限らず、日数を置いてから再会する度に抱き付いているのかもしれない。人間同士であれば、シャルミラ程度の力ではリディアを締め倒すまではいかないと思われるが、人間の半分程度の体長であるバルゴに同じ力を加えてしまうとそれは危険と化してしまうはずだ。
それでも、余程の仲良しなのか、謝罪する立場でありながら眩い笑顔を止めようとはしなかった。後ろにいるであろうリディアを一瞥するかのように一瞬だけ背後を向くが、視界にリディアが入ったかどうかまでは確認していない。
「いっつも抱き付いてるんだから学習してよ……」
疲れたような息を漏らしながら、バルゴはそれなりに面倒な思いを常にさせてくるシャルミラの今の笑顔を呆れながら見続けている。
「まあまあとりあえずさ、バルゴお久しぶり!」
バルゴの苦労に同情しながら、リディアもまるでこの場を宥めるかのようにバルゴの目の前であり、そしてシャルミラの隣に歩み寄った。
「リディアもね! また少し逞しくなった?」
呼吸と体勢を整えたバルゴは、空中浮遊は維持させたままで、久々に顔を合わせるリディアに対し、腰から頭までなぞるように見ながらふと訊ねる。ポニーテールの髪形は昔と変わっていなかったと思われるが、表情の方が引き締まっていたと感じたのだろうか。
「別に変わってないって。いつも通り! まあちょっと仲間が増えたってとこだけは変わったと思うけど」
左手と首を横に振りながら、リディアは自分に変化なんて無いと主張する。実感も無かったのだろう。
しかし、旅をしているメンバーに変化があったのは事実で、恐らくこの後にそれを説明する事になるのだろう。
「そうそう、リディアに新しい友達が出来たから、じゃ、ちゃちゃっと紹介しちゃう?」
リディアの二の腕を指で突きながら、シャルミラは後ろでガイウスと何やら話し合いをしているメルヴィ達も紹介すべきなのかと、リディアに聞く。
二の腕を突いたのは、友達が出来たリディアの事を強調しようとしていた事に加えて、そしてこれからメルヴィ達の事を説明した方が良いのかを確認しようとしていたからだったのだろうか。
*** ***
一体ここはどこなのだろうか。
まるで世界全体が悪魔によって支配でもされたかのような深い紫の色に染められた空と、その下に広がる真っ赤な地面。凝視しなければ、その地面は溶岩と見間違えてしまうかもしれない程に赤い。
周囲には木々は一切生えていない。代わりに、先端が鋭く尖った銀色の岩々が各場所に点在している。それらの岩の先端は全てが不規則な方向へと大きく湾曲している。
真っ赤な地面を走っている何かがそこに存在した。馬車なのだろうか。馬に該当する生物は奇妙な青い炎で包まれており、炎の中に見える本体は純白である。その生物2体が漆黒の骨で固められた馬車を引いている。
銀の岩に接触しそうになると、最低限の進路変更で華麗に回避し、不気味な進行を継続させる。
馬車の内部は妙に明るい。灯りらしき物は一切存在しないが、そこに座っている者を含め、室内全体に見えない場所は無いと言っても良い程の光が迸っている。
内部にいたのは、神殿でミケランジェロ達に突如現れた、赤黒い骸骨の身体を持つ者であった。
骨しか存在しない身体である為、筋肉の存在しない腕には奇妙な細さが映り込んでいるが、その先にあるやはり骨でしか構成されていない先端の尖った指5本に握られているのは水晶玉である。
掌に置くような形で握っているその水晶を、骸骨の姿を持つ者、即ちザグレフは見つめていた。
赤を帯びた弱い光を放っている水晶玉の奥には、何かの人影が映り込んでいた。ザグレフはそれを興味深そうに、無言で見つめている。
見ているのだ。その者が今、水晶玉の奥、即ち現実の世界で生きているという事実を。
深紅の頭蓋骨は、水晶玉の奥で何やらはしゃぐように飛び跳ねている人間の姿を、青に光る双眸で凝視していたが、可愛らしい姿に惚れている訳では無いのは言うまでも無い。飛び跳ねているのは人間で、魔導士を思わせる緑の服を着用した茶色の髪の少女はシャルミラである。
今日、リディアと再会した少女ではあるが、今リディアと共にいるはずのリディアの姿は、その水晶玉には映されていなかった。
恐らくは水晶玉から映る視界の外にいるのだと思われるが、ザグレフが感心を見せているのは、シャルミラでしか無かったようだ。
「やはり元気にしてたのか。呑気な奴だ」
生きている事は初めから理解していたかのような言い方ではあるが、水晶に映り込む笑顔を見せながらの誰かとの対話の姿は、ザグレフからすれば彼女には相応しくないかのような口振りでもあった。
まるで自分の境遇を弁えていないかのような振る舞いを見たザグレフではあったが、人間のように顔には皮膚や筋肉といった組織が存在しない為、青い双眸が細くなる部分以外ではまるで感情を読み取る事が出来ない。
どちらにしても、水晶を楽しみながら眺めているとは思えない。
「いつかは私に復讐でもするんだろうが、それまで五体満足でいられる事を祈らせてもらうからな」
何かシャルミラに恨みを持たれるような事でもしたのだろうか。
それを自覚しているかのように、ザグレフは水晶をゆっくりと握り潰すように消滅させた。水晶は欠片を撒き散らす事も無く、ザグレフの手の動きに合わせるかのように萎みながらそのまま骨の手の内部で消えていたのだ。
今年はどうなるかは分かりませんが、話は勿論まだ続きます。敵の幹部を出した以上はどこをどんな風に盛り上げるのかを考えて、他の大作等を参考にしながら執筆を続けたいと思います。ファンタジー系の物語は最近はなんか少なくなりつつあるような感じもありますが、自分の描きたい物がある以上は続けるつもりです。