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黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
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第3節 ≪シミアン村からの逃亡 ~自分を護る為に~≫

少し前回より間が空いてしまいましたが、ネタを集めるのに苦労しました。今回はリディアの戦闘がまたメインでして、戦う女の子の姿を映してます。投げ出さないよう、これからも毎日ネタを探しながら、執筆を続けます。






人は時によって誤解を生んでしまう事がある。事の始まりを最初から見ていなければ、勘違いを生む事もある。人は弱い立場にいる者を護ろうとする意識が強い。きっと心当たりがある者もいるだろう。小さい頃、相手から最初に手を出されたのに、仕返しでこちらが手を出した途端に相手が泣き出して、最初に手を出されたはずの自分が怒られるという理不尽極まりない事態を。


しかし、理不尽を味方に付けようとする者も存在する。敵対者の場合、何がなんでも最後の最後まで、自分が有利に事が進むように我武者羅になる事がある。追い詰められた状況を打破する為に、僅かな可能性に賭ける事も少なくは無い。


当然、リディアだってそこで黙っている訳にはいかない。


自分にピンチが訪れたなら、それを切り抜ける気力や精神力も大切である。体力があるだけでは切り抜けるのは無理である。時には思い切った行動や、後先を一旦忘れた行動も必要になる事もある。


今のリディアに出来る事は……










「お前だな!? ここで暴れ回ってるのは!」


 武装した装備の馬に跨りながら、治安局の隊長格の職員が束縛銃を両手で構え、それをリディアに向けながら確認する。リディアは今、治安局からは罪人として見られてしまっているのである。


「まだ子供なのに、随分と荒々しい奴だ」


 水色のワイシャツと紫のポニーテールの女の子の姿を見た部下の内の1人が、その幼いと思われる外見に似合わない荒れた行動を取った事に対し、思った通りの言葉を口に出す。


 勿論それは誤解であるが、今の職員達からすれば、リディアは悪人にしか見えていないのだ。




「え? あ、いや、違いますって! 私違いますから! 私こいつら――」

「助けてください!! この人があたしの友達を……殺そうとしたんです!!」


 一瞬戸惑ったリディアであるが、すぐに事実を話そうと、一旦青いセーターの女から降りながら、そしてその女を指差しながら事の成り行きを話そうとしたが、身が自由になった青いセーターの女が職員達へと走り寄った事によって、事実を伝える事を妨害される事になる。




「大丈夫! 君は我々が保護するからね!!」


 泣きながら職員にしがみ付く青いセーターの女を、事情を知らない職員は安心させるかの如く、強さと正義感の篭った声で、片方の腕で軽々と抱き上げ、自分の後ろに乗馬させる。




(ヤバッ……ちょっとあれだけど、逃げるしか無いか)


 恐らく、この状況では事情を説明しても相手の誤解を完璧に解く事は非常に難しいであろう。リディアは半ば僅かな可能性を諦め、そして治安局の職員達に背中を向ける。


 それは即ち、その場から走り去る事を意味していたのだ。




「こら!! 待て!! 逃亡する気か!!」


 勿論その姿を見逃すはずが無かった職員達は、能力を使い、常人以上の速度で走り去ろうとするリディアの背中から目を離さず、声を荒げる。すぐに捕獲銃が構えられるが、リディアはそれを確認した上で、背後に視線を向けながら言い飛ばす。


「悪いけどこっちも冤罪(えんざい)で捕まりたくないんですよ!!」


 事実を握っているのはリディアであるし、そして無実であるのに裁かれるのも耐えられたものでは無い。いつかは自分のこの逃亡の意味を分かってもらえる事を祈りながら、目の前に立ちはだかるブロック塀を身軽な手捌きと足捌きで登る。




「逃がすな! 捕らえろ!!」


 リディアを逃すまいと、職員は馬を走らせるが、既に塀の奥へと飛び降りたリディアを捕らえる手段はもう無かった。馬に跨っている間は塀の奥へ無理矢理進む事も出来ず、事実上その場で足止めを食らう事になってしまう。




「これ絶対逃げたら後で問題になるんだろうけど……しょうがないか!」


 相手は司法の世界で厳しい監視を図っている者達である。そのような相手から逃亡する事は、法に背く事になるが、今はリディアにのんびりと状況を整理している余裕は無かったようである。


 右手を差し出し、目の前の空間を歪ませる。


 やがて、その歪んだ空間は実体化し、そしてリディアが望んでいた物体へと姿を見せる。それは、青い色を帯びた小包程度のサイズの本体であり、そしてその上下それぞれ左右にワイヤーで繋がれた同色のパーツが映る。何れも、今は宙を浮いている。


 恐らく上の左右に伸びているのがそれぞれの手で掴むハンドルであり、そして下の左右に伸びている部分が足を乗せる台の役割をしているのだろう。


 手馴れた手つき足つきでそのマシンらしき物体へと飛び乗り、両手を強く握り締める。




(じゃあね!!)


 心の中でシミアン村に向かって別れの挨拶をするなり、リディアはマシンを前進させる。そのスピードはリディアが特殊な能力を使って放つ瞬発力には劣るが、持続的な意味では安定した速度を誇り、移動手段としては非常に優秀な存在として見て取れる。


 ライトを発動させ、視界の悪い夜の森をリディアは突き進む事になる。








「はぁ……はぁ……さっきから不幸みたいな事ばっかり続くけど……とりあえず逃げられたから大丈夫か……」


 太陽が沈み、ライトを点灯させていなければ木々に衝突してしまうような視界の悪い暗い世界を、移動機から放たれるライトを頼りに進んでいた。進んで数分程度が経過した途端、リディアから1つの緊張感が(ほぐ)れ、身体の奥に蓄積されていた疲れがリディアの呼吸の中に混じって排出される。


 ただシミアン村で泊まろうとしただけなのに、妙な集団から殺されようとするし、そして退(しりぞ)けたと思えば、自分の為に来てくれたはずの治安局の職員達から犯人と間違えられ、捕らえられそうになった。


 まだ体力は残っていると思われるが、夜であるのにも関わらず、まだリディアは一睡もしていないのだ。




「いいや、とりあえずこのままミケランジェロさんのとこに行っちゃうか……」


 本来であれば、シミアン村で朝を迎えてから、ミケランジェロと呼ばれる者の場所へと赴く予定だったのである。だが、今はもうシミアン村では一晩を過ごせない為、もし森で野宿する気が無いのであれば、このまま目的地まで進んでしまった方が良いのかもしれない。


 元々は朝に出発して、そして当日に待ち合わせるという事は、シミアン村からミケランジェロのいる場所までの距離もそう遠くないという事になるだろう。この日の夜の睡眠時間を削っても、それは問題は無いのかもしれない。




「とりあえず連絡は入れた方がいいかな……」


 夜は遅いとは言え、ミケランジェロはまだ起きている事をリディアは知っていたのだろうか。腰のポシェットから、左右別々に分かれたハンドルを握ったままで、右手をポシェットまで伸ばし、携帯型の通信機を取り出し、それを右の耳へと引っ掛ける。


 手に持って話すだけでは無く、耳に引っ掛けて両手が塞がっている状態でも扱えるような構造になっていたようだ。




 通信機の先から、目的の相手の声が来るのを、移動機を操縦しながら待っていたが、いつまで経ってもそれは叶わなかった。




「ってあれ? 繋がらない……どうしたんだろ?」


 相手からの返事が一切来ない事を察知し、リディアは思わず呟いた。


 流石にミケランジェロの身に何かがあったとは思わなかったようである。リディアより上の位置に存在している以上、ピンチがあったとしてもリディアの時以上に的確に事を処理するだろうから、そこの心配をするような事はしない。




「おっかしいなぁ……これぐらいの時間ならいっつも繋がるのに……どうしたんだろ?」


 それでも諦めず、電波を拾ってもらえる事を期待したが、それでも相手からの声がリディアに届く事は無かった。


 前方からぶつかってくる風のおかげで身体に纏わり付いていた少量の汗が吹き飛ばされ、涼しいというよりは少し肌寒いとも表現出来るようなこの場所で、リディアは一旦通信機による連絡を諦めてしまう。




「まいいや、とりあえずこのまま向かうって方向で行くか……」


 通信機をポシェットにしまい、再びリディアは前方に意識を集中させる。木と木の間隔は決して狭くは無い為、移動機がぶつかってしまう事はほぼ無いが、自動で回避してくれるシステムは無いと思われる為、気付かなければ正面衝突は免れない。


 ライトの中に映し出される木の生えていない道を無言で進み続けるリディアの耳に入る音は、移動機のやや静かなエンジン音と、自分の顔面や胴体、そして手足に正面からぶつかってくる風の音である。


 人間の足では追いつけないような速度で走っている為、衣服の揺れもなかなか激しく、紫のミニスカートも後ろから見ればもう内部が派手に見えてしまっている状態であるが、短パンを下に着用している為、本人はあまり気にしていないかと思われる。寧ろ、こういう時の為に対策を取っていたのだろう。




「…………」


 左右それぞれで独立したハンドルを握りながら、そして立った体勢で移動機を操作し続けるリディアであるが、ここにいるのは1人だけである。話す相手がいなければ言葉を発する理由も少なくなる。


 この移動機は立ちながらの操縦である為、座ってゆっくりした気持ちで移動する事が出来ない為、実質的には体力勝負なマシンと言える。シミアン村での騒動でいくらか体力を奪われていたと思われるが、やや真剣になっている表情を見る限りは、まだまだ問題は無いのかもしれない。


 今まで1人で旅をする機会は他にもあったであろう。だからこそ、こういう1人だけの空間も慣れているのかもしれない。とは言え、外は真っ暗な世界と化している為、不気味な雰囲気に対しても自分だけで対処しなければいけない。心細さは解消されてくれていないに違いない。




「なんか妙に静か……だなぁ……」


 相手へのあの喋り方を持つリディアとしては、単独でいるのはあまり落ち着かないのかもしれない。ミケランジェロと通信を取っている時も歳相応の明るい女の子らしい喋り方をしていた為、出来る事なら誰かと一緒に進みたい事だろう。


 誰にも聞かれる事の無い独り言を、特に特別な意識を持つ事も無く、漏らす。


 夜である以上、ライトで照らされていない空間を眺めても何か興味を持ちたくなるような物体を見つける事は出来ない。今はミケランジェロの待つ場所へと向かう事が最優先である為、景色をのんびりと眺めるつもりも無い。


 木々の密集地帯を超え、ある程度の見晴らしが良くなった空間に出て、すぐにリディアは気付く。




「あれ? あそこなんか明る……って何あれ!? 燃えてる! 燃えてるし!」


 横目で左を確認したリディアの目の前に映ったのは、遥か遠方で派手に光り輝く背景であった。しかし、それは光というよりは、燃え上がる炎であり、一体何が燃えているのかまでは確認する事が出来なかったが、異常な光景である事はすぐに察知した。


 この林に炎が燃え移るにはまだ時間がかかりそうであるが、時間帯が夜である為、非常に目立っている。


 リディアは一瞬この事態をどうするか考えたが、その決断は意外と速く決定される。




――そうである。炎の発生源へ向かう事にしたのである――




「誰かいるかもしれないし……ちょっと行ってみるかな……」


 リディアの心に眠っているであろう、誰かが困ってたり、命の危険に晒されていたりしたら放置する訳にはいかないという正義感が、リディアのハンドルを左へと切らせたのである。


 本来立ち上がる場所では無いはずの場所で炎が燃え上がる事自体が不吉であるし、そしてミケランジェロとの連絡も付かない事も結び付き、今は些細な事であっても触れてみたいという気持ちが湧き上がったのかもしれない。


 ハンドルのアクセルを更に強く握り締め、移動機の速度を更に上昇させる。




*** ***




(うわっ……酷い熱さだ……。でも行かないと……!!)


 リディアが辿り着いたのは、3軒程の小屋が集まった休憩場のような場所である。まだその中には入ってないリディアであるが、それでも炎から放たれる高温がリディアに伝わる事は一切変わらなかった。


 移動機から飛び降り、そして自身の力で蜃気楼のように消滅させると、水色のワイシャツの袖に隠していた左腕のブレスレットに右手を沿え、水色の瞳を一瞬閉じる。




―― 一瞬だけ、自分の身体が光に包まれ……――




 恐らくは、これが最も戦いや危険な場所での行動に向いた格好なのだろう。


 あの時の森林で、実はならず者の仲間であったとは言え、あの2人の少女を助けた時の姿を再びここで、そして瞬時に生み出したのだ。


 袖の長い水色のインナーの上に纏った、薄い黒色の袖無し(ノースリーブ)ベスト。手を保護する薄緑の手袋。


 純白という黒色の対照の色を見せた、動きの束縛を解除したであろう丈の短いスカートと、水色をうっすらと滲ませた白のニーソックス。戦いの装備とは言え、自分の性別を多少は意識しているのか、スカートとニーソックスの間から見える太股の素肌が妙に眩しく映るが、これもリディアの拘りなのだろうか。


 鼻から下を覆う黒いマスク。同じ色のハット。ハットとマスクの間から輝く水色を連想させる青い瞳は、真っ直ぐと目的地を捉えている。




――これで準備は整った……――




(さてと、じゃ、行くかな!)


 ハットの後ろ下から伸びたポニーテールを(なび)かせながら、燃え上がる建物へと向かうリディアの瞳は、やはり弱弱しさとはまるで逆の闘志に溢れている。


 一体何が原因で炎が立ち上がっているのか、そして犠牲者は出ていないかどうか、様々な不安を抱えながらも、リディアは足を止める事はしなかった。


 燃え上がっているのは、何も建造物だけでは無く、地面にも炎が溜まっており、そこから炎上を継続させている事にも気付く。勿論これが単なる自然な発火とは、リディアは考える事はしなかった。




(ってか誰なんだろ……こんな物騒な事する奴……)


 さっさと犯人を見つけ、この惨劇の光景を終わらせてしまおうと、炎の間を走り抜けるリディアであるが、距離の離れた正面の炎から、何かが現れるのをすぐに確認する。夜の時間帯とは言え、炎周辺は明るい為、誰かがいるのならすぐに分かるのだ。




――警戒心を、右手に込める……――




(って早速来たか……)


 炎による熱気を黒のベストで防いでもらえている事を感じながら、右手に力を込め、片手持ちの剣を実体化させる。


 炎の中から出てきたのは、シルエットだけを見ても、明らかに人間では無い何かであった。リディアの視力を持ってすれば、人間かそうじゃないかの区別は簡単に出来るのだ。




 出てきたのは、花をそのまま人間の形に置き換えたような異型の生物である。


 中心部の大きな1つの真っ赤な花と、その周囲を放射状に桃色の花弁(はなびら)が広がり、それが人間で言う頭部のような役割を果たしているのだろう。証拠に、リディアを真っ直ぐ見つめているが、どの部分を視覚として頼っているのかはリディアには判別出来ない。


 花から下は茶色の根がまるで人間の胴体や脚、腕の役割を果たすかのように複数本が絡みつきながら、人間のような形を作っている。人間でいう腕の先端は丸く折り畳まれ、人間で言う脚の部分は先端を数本が広がる事で、上手くバランスを保っている。


 見た目だけは花を人間の形にしたようなやや滑稽なものであるが、炎の中から出てきたのにも関わらず、身体が燃えている様子が無いのを見ると、油断はしていられないだろうし、そして、この異型の生物こそが、この空間を炎上させた犯人だろう。




「さてと、あんたがこんな状況にした犯人なの? って人間の言葉なんか通じないか……」


 相手は見た目だけは植物のような怪物である。一体どのように炎を放ったのかはまだリディアは理解する事が出来なかったが、言葉でやり取りをしようにも、相手が人間の言語を理解してくれるとは思わなかった。


 まさに標的を見つけ、その場で始末するかの如く、力強く早歩きでリディアへと接近する。人間は全員が敵だという認識なのか、立ち止まる様子は見せなかった。


「多分あんたが元凶なんだろうから、さっさとケリ、付けさせてもらうよ!!」




――目の前からやってくる花型の怪物への攻撃を開始する!――


まだ攻撃をするような体勢になっていなかった怪物に向かって、リディアはカーブを描くように高速移動で突撃する。

目の前を横切りながら、リディアの斬撃が怪物の根で構成された胴体に入る。


だが、斬り方が甘かったのか、それとも強度がリディアの想像を超えていたからか、致命傷と言える傷は作れなかった。

すぐに背後を振り向き、次の攻撃を仕掛けようと脳内思考を働かせるが、今度は相手からの攻撃だったようだ。




――怪物の頭部が真っ赤に光り……


―ブオォオオオオオオオ!!!


(くっ!! ヤバっ!!)


怪物の花状の頭部から、高温の炎が放射され、直接回避し切れなかったリディアは、すぐに両腕で顔面を防ぐ。

同時に能力を発動させ、自身の目の前に保護膜(バリア)を作る。


自身が燃やされるのを防ぐ為に、そして回避が間に合わなかったが為に、その場で防ぐ選択肢を選んだのだ。

身体が焼かれるのは無事に防いだが、怪物の攻撃はまだ終わってはいなかった。


リディアが両腕を下ろした時にはもう怪物は目の前に再び近寄っており、リディアの左腕を乱暴に掴む。


「何するのよ……!! 離……せ……うわぁあ!!!」


怪物はリディアを力任せに投げ飛ばす。

抵抗する事も出来ず、リディアは身体を宙に投げ出されてしまい、背中から地面へと落とされる。

身体に走る痛みに痺れているリディアに、またもや怪物からの贈り物が渡される。




――怪物から発射される、3つの種だ――


まだ立ち上がっていないリディアの付近に散らばる3つの種の乾いた着地音に、リディアは気付く。


「無駄に馬鹿力な奴……って何これ……?」


身体の痛みを堪えながら立ち上がろうとするリディアの目に入ったのは、人間の拳程の大きさの種である。

あの怪物から放たれた物であろうその物質は、リディアに不安しか与えない。


少なくとも、近くにいれば自分の身体に何か不利益な不幸がやってくるだろうと察知し、その場を離れようと身体を動かす。

倒れていた身体を、両脚を自分の顔に近づけるように曲げ、そして両腕で身体を跳ね上げ、両足から綺麗に着地する。




――種はゆっくりと(ひび)を作り……――


最初は罅だけであったが、そしてすぐにまるで内部から破裂するかのように乱暴に種は砕ける。

爆弾のように爆発した訳では無く、その破裂自体には殺傷能力は無かったと思われる。


しかし、リディアの感情に不安を与えたのは、その種の内部から出てきた物である。


――太った蛇のような生物が種から這い出てきたのだ――


「また変なのが来たし……」


太った蛇のような身体に前足と後足が付いたような形の生物は、リディアに嫌悪感を与える以外無かった。

リディアはいつでも反撃体勢を取れるように警戒をしていたが、その判断は正解だった事を後に意味する事になる。


リディアの姿を察知し、そしてそれを敵として判断したであろう蛇の生物は、甲高くも小さな鳴き声を上げるなり、飛び掛る。


―― 1匹がリディアの顔面目掛けて襲い掛かる!!


「させるか!!」


小さいながらも牙がびっしりと生えた口で噛み付かれればどうなるかは想像するまでも無い。

顔面目掛けて飛んできた蛇の生物を、リディアは手持ちの剣で斬り裂いた。


2つに割れるように斬られた蛇は、不気味な白い液体を流しながら地面へと力無く落下し、そのまま動かなくなる。

さっきの花の怪物と比較すると倍以上耐久力も生命力も低いようである。


だが、まだ2匹が残っている為、まだ手を抜く訳にはいかない。




――2匹目も飛び掛ってくる!!――




「邪魔!!」


2匹目も、最初のと同じく、一撃で黙らせる事に成功する。

この流れだと、最後の1匹が襲ってくると想定し、同じような反撃手段を取れるよう、リディアは構え直す。


しかし、最後の1匹に目を向けると、さっきの2匹と姿が違う事に気が付く。


――前足がやけに巨大化していたのだ……――


胴体のサイズはリディアの足元に這い(つくば)る程の非常に小さい大きさのままだったが、

両方の前足だけは、生物の胴体の太さと同じに肥大化していたのである。


あの2匹は申し分無い程の太さだったというのに、目を逸らしていた僅かな時間の間に、何があったというのだろうか。




「って何これ……ちょっと不味い、かも……」


前足を肥大化させている以上、破壊力もきっと増しているに違いない。

攻撃を受けた時の事を想像し、リディアはあの2匹の時以上に警戒心を強める。


前進を始めた最後の生物に恐れを覚えたからか、リディアの身体は後方へと僅かに逸れたが、生物は突然の瞬発力を見せ付ける。


きっと身長や視線が非常に低いこの生物からは、リディアの脚部しか映っていないであろう。

後退や反撃体勢をリディアが取ろうとする前に、生物はその肥大化した前足でリディアの太股に掴み掛かる。


(ちょっ……!? 近づくな!!)


心で焦るリディアであるが、ニーソックスのように太股の大部分を硬質の布で覆ったブーツ越しに、凄まじい力がかかるのを覚える。

生物が両前足を引っ張り、リディアの脚を掬わせ、背中から無理矢理転倒させたのだ。


「あ゛ぐっ!!」


背中を石造りの地面に強打したのが原因で、黒いマスクの下で悲痛な叫び声をあげてしまう。

痛みで硬直しているリディアを、前足が肥大化した生物は待ってはくれない。


リディアの胸の上に乗るなり、生物は肥大化した前足でリディアの顔面を狙う。

グラウンドパンチのように、位置的に有利な場所から太い前足で攻撃を仕掛ける。




(!!)


今は顔を護る事しか頭に浮かばず、ただ殴られる事に怯えるかの如く、両腕を盾にし、顔面を保護する。

腕には衝撃を抑えるよう能力を発動させているが、それでも力は非常に強く、小型ながらもまるで力自慢な男性の大人に殴られているかのようだった。


しかし、いつまでも臆病風に吹かれながら顔を護り続けていても終わらない。

そう考えたリディアは、保護の為に使っていた腕の裏で浮かべていた怒りの表情を露にし、上体を持ち上げようとするが、

生物の外見はまた変わったものを見せていた。


――今度は人間でいう脚まで大きく伸びており……――


人間のような長さの脚が伸びていた為、いつの間にかリディアの身体からは生物の身体も離れていたが、

それよりも、どうやらあの種から産まれた生物は時間の経過ごとに成長をするようである。


勿論それをゆっくりと頭で解析したり、分析したりする時間的な余裕は無い。


「な……何こいつ!?」


ただ直感的に感じた事をマスクの下で口に出したリディアであるが、生物から再びパンチが落とされる。

まだ完全には立ち上がっていなかったリディアは、今度こそ真面目に横殴りを受けてしまったのだ。


(!!)


形状の変わった白い生物の姿に驚いている隙が、リディアの防御体勢の時間を作らせなかったのだ。

力自慢の大人の男性を超えるかもしれない一撃に、リディアの意識が揺らいでしまうが、逆に殴られた怒りを燃やす事で、気絶を防ぐ。


「ってよくもやってくれたなぁ!!!」


少年のような乱暴な怒鳴り声を飛ばしながら、リディアは立ち上がるなり、勢いに任せて片手剣を真っ直ぐ生物へと突き刺した。

胴体を貫かれた人間の姿をした白の生物は白い液体を出しながら、ゆっくりと崩れ落ちる。




――残りはあの花の姿をした怪物だけである!!――


「さてと……。じゃあ残りはあんた……!! ってあれ? あいつどこ行ったの?」


花の姿をした怪物から放たれた種から産まれたあの白の生物との戦いに集中していたせいで、

一時的に花の怪物を視界から外していたリディアであるが、花の怪物の姿が無くなっている事に気付く。


周囲を見渡しても、見えるのは燃え上がる地面と、燃え上がる建造物だけである。

体格的には成人した人間と殆ど変わらない為、もし炎の奥に移動していれば、立ち止まって見渡しても気付きにくいかもしれない。


「どこ行ったんだろ? まあ逃げたとは思えないし、ホントどこ行ったんだろ……?」


高所へと行けばこの地域の大体を見渡す事が出来ると考えたリディアは、まだそんなに損壊の酷くない1軒の建物の屋根を目指す。

高いと言っても、2階建て程度のものであるが、それでも地面よりはマシである。


自身の身体能力と、右手から伸ばしたワイヤー状のエネルギーを縄代わりに自身の身体を引っ張り上げ、屋根に登る。




今までの視点より高い場所に移動したリディアであるが、見えるのはやはり、炎が立ち上がる光景だけである。


「やっぱりいない……か……。どうしよ……ほっとく訳にもいかないし」


炎が灯りの代わりになって、見晴らしだけは良いはずなのに、だけどあの植物の怪物の姿を見つけられなかった。

黒いハットと黒いマスクの間から映る青の瞳に僅かながら無念の色が浮かぶ。

もしこのまま逃してしまったら、近辺の人々に甚大な被害が及ぶ可能性を考えると、責任を自分に向かせずにはいられない。


しかし、リディアには一般の者達には持たない力を持っている。


こういう時であるからこそ、自分の力を少しだけ大胆に使う事も大切なのかもしれない。

勿論その代償として、リディアの肉体的な体力を消費する事になるが、その程度ではまだリディアは倒れない。




(さてと……)


リディアは目を閉じ、紫の髪の間から食み出ている耳に入ってくる炎の音、風の音等の雑音をものともせず、集中する。

意識を静かにさせ、無数の音の中から、自分にとって今必要な音だけを探し出す。


人間という枠組みで言えば、リディアの聴力は健康的なレベルではあるだろう。

だが、力を使う事によって、それを更に拡大、強化する事が出来るのだ。


この狭い範囲であれば、必ずあの花の怪物に関連する音を拾い上げる事が可能なはずである。

もしそれを見つける事が出来なければ、広場を出て探し回るだけだ。




――何か手掛かりは……――




――絶対にどこかにあるはず……――




――早く見つけないと……聞き取らないと……――




――いやっ……!!!!――




――!!??――




(今の声って……誰かいるって事だよね!?)


すぐに目を開いたリディアは、自分以外の者がここにいる事をはっきりとさせる。

そして、その声は女性のものであり、それが戦う力が無い者なのかどうかはまだ分からないが、ここで止まっている訳にはいかない。


勿論声の方向は把握している為、すぐにその方向に向かって、屋根から飛び降りる。

高さはあるが、リディアの身体能力はその程度で怯んだりはしない。受身を取り、地面の上を前転し立ち上がるなり、すぐに走り出す。

肉体的な疲れも、自分以外の誰かがいるという希望が、一時的な疲労の回復を施していたのかもしれない。


しかし、相手はあの人型の花の怪物である。


一度戦った時あの時に、怪物の恐ろしさを思い知っているリディアである。

それに、今回は自分以外の者の存在がある以上、自分だけの意識で戦う事は出来ないだろう。


場合によってはその者を護りながら戦わなければいけないかもしれない。

だが、プレッシャーによって足が鈍る事は無かった。寧ろ、今までも同じ事を何度も経験しているはずである。




「やめ……ろ!! 離せよ!!」


リディアはその声を、距離を縮めていた倉庫の中から確認する。


(あれ? この声って……?)


何故か懐かしさを感じるリディアであるが、倉庫の内部では抵抗の声以外にも、壁を叩くような音も響いていた。

内部の状況はまだ分からないが、どちらにしてもその女性が非常に不利な状況である可能性である事に変わりは無い。


すぐに倉庫の入り口を見つけなければいけない。


しかし、窓から入るには、高さがあるし、そして小さくて入るのに手間がかかる。

それなら素直に出入り口を探した方が早いと、少し時間は使ってしまうが、そちらの選択を選ぶ。


やはり出入り口は存在した。


シャッターであったが、それは上に向かって正しい開け方をされていたのではなく、力任せに引き剥がしたかのように開かれた形であった。

どちらにしても、内部から声がした以上、この倉庫の中にいるのは間違いは無い。


尖った部分に注意しながら、そして迅速に倉庫の内部へとリディアは入り込む。

内部はやはり燃え上がっており、どうしてもあの花型の怪物の事が頭から離れなかった。




――入った後は、あの声の主を見つける事を大優先にし……――




「誰かいるんですか!? 助けに来ましたよ!!」


マスクで口が覆われていても、リディアのトーンの高い声は倉庫内でもよく響いてくれた。

ここまで来たら、もう言葉通り、救出するしか無いだろう。

ここでは内部を駆け抜けるしか無い。


内部は簡易な機械で作られたベルトコンベアーと、そして対象物を平たく潰す為の鉄製のローラーが2つ、上下に並ぶように設置されている。

そして資材を置く為の棚が並んでいる為、入り口から入ってそこで立ち止まっていては、全てを見渡すのは無理である。


倉庫の内部で起きているであろう異変を指し示すかのように、奥だけに炎が立ち上がっている。

相手からの返事は聞こえてこないが、実際に状況を直接見なければ対処も出来ない。

いつの間にか消滅させていた片手剣を再び実体化させ、炎が立ち上がっている倉庫の奥へと走り進む。




――再び女の子の声が倉庫に響く……――


「やめ……ろ!! 近寄るな!!」


炎の発生源にもうすぐで辿り着こうとしたリディアに聞こえた女の子の悲鳴。

だが、それはもう体力的に辛い中で、必死に(あらが)っている様子が感じられた。


しかし、時間的にはもう少ない。

体力的に辛いのなら、すぐにそれを助けなければいけないだろう。




――遂に少女の元へと辿り着くが……――


その光景は、リディアに恐怖感というよりは、凄まじい嫌悪感、そして殺意すら覚えさせるものだった。


確かにそこには先程リディアに攻撃を仕掛けたあの花型の怪物の姿が存在したが、今実行させようとしている行為はと言うと……。


悲鳴を上げていた女の子はと言うと、桃色の飛竜の鱗を連想させる軽装の鎧が特徴的な姿をしており、戦闘の才能を連想させてくれる。

だが、現在の格好は、その戦う装備に不釣合いな状態で、体勢を固定させられていたのだ。

まるで木の枝が触手のように、女の子を両腕両脚、それぞれ別々の枝が押さえ付けている。


そして、問題の下半身であるが、服装が短いスカート状になっており、そして脚を開いた状態で押さえつけられている。

仰向けのような姿勢になっているその少女の下半身に、花の怪物は頭部を近づけていたのである。




この近づけている行為こそが、リディアに殺意を生む原因になっていたのだ。




「あいつ……!! 何エロい事考えてるのよ!!」


近距離まで進む時間が惜しかったからか、左手で円形状の刃を作り、それを花型の怪物目掛けて投げつける。


―ヒュン……


小さく風を切る音と共に、それは怪物の頭部へと命中する。


―ガスッ!!


そう簡単には斬り落とす事も、絶命させる事も出来なかったが、攻撃を受けた怪物の意識がリディアへと向いたのだ。

一体束縛している女の子に何をしようとしていたのかは分からないが、頭部は今、リディアを向いているのだ。




(あれ? あの()って……もしかしてリディア?)


僅かに赤みを混ぜた銀髪のショートヘアーのその拘束されている少女は、あの声と外見を聞いて心で呟いた。

額から頬を伝って流れる汗の存在がありながらも、僅かながら希望を見つけ出す事が出来たのかもしれない。


しかし、リディアは相手の事をまだ完全には把握しておらず、恐らく相手がリディアを知っている可能性がある事もまだ知らないだろう。




――花型の怪物はリディアへと狙いを定め……――


飛び道具で攻撃され、本能的な怒りを覚えたのであろう、それをリディアで晴らす為に、人間と同じ歩き方で、リディアへと接近する。

早歩きの要領で、そしてリディアを根で構成された腕状の部位で叩きのめすべく、ブラブラと横で揺らしている。


「さてと……じゃあ今度こそ決着付けさせてもらうからね!!」


相手が炎を放射する事は分かっている。


リディアは相手が炎で攻撃してくる事を警戒しながらも、それでも全く怯まずに一直線に突っ込んだ。

リディアの威勢に戦闘意欲が身体を突き破りそうになったからか、花型の怪物は足元に落ちていた鉄の棒を拾い上げる。




――リディアの剣撃が縦に入る!!


「たぁ!!」


飛び込むように花型の怪物の頭部目掛けて剣の一撃目を与えようとする。

だが、花の怪物が拾い上げた鉄の棒で防がれてしまう事ぐらい、それはリディアでも理解はしていた。


予想通りに防がれた後は、それで立ち止まる事も無く、次の一撃を素早く加えようとするが、怪物の反応も速かった。

横に斬りかかろうとしたが、先程と同じく、また鉄の棒で防がれてしまう。


とても武器を扱えるような知能を持っているようには見えなかったが、リディアの攻撃は2回とも防いでいる。


この程度ではリディアの腕が鈍る事は無いと思われたが、きっと僅かに隙を見出したのだろう。

花型の怪物は何も持っていない左手の形をした触手をリディアに伸ばす。




――首元を掴まれ、リディアの動きと表情が固まる……――


リディアの予想を上回る指の長さを、この花の怪物は持っていたのだ。

首元から胸元を、両腕の下から挟み込むように掴まれ、力任せに押し出されてしまう。


(!!)


物理的な腕力には敵わなかったのか、リディアの身体は簡単に相手の思い通りになってしまう。

純粋に押されただけでは無く、そのまま掴まれ、身体を持ち上げられてしまう。

更に別の箇所を目標に定めたのか、その場所を目掛けてリディアの身体を叩きつけようとする。




――壁を目掛けて叩きつける!!


―ドン!!


(!!)


鉄で作られた壁であった為か、強度は勿論、リディアへと伝わる痛みも相当なものだった事だろう。

背中に走る、黒いベスト越しの鈍痛と、掴まれながらも振り解く等の抵抗も出来ない状況に、リディアは目を強く閉じる。

当然、一度だけの衝撃では済ませてもらえない。


リディアの苦痛を知ったからか、花型の生物は更に何度も壁にリディアを叩きつける。

意外と強靭な腕力を持っている事をリディアは思い知るが、力に対抗する事が出来ない為、苦痛を連続で受ける事になる。


何とか振り解こうと、空いている左手で怪物の左腕を掴むが、片手だけではどうしようも無かった。

右手に持っている片手剣で斬り落とそうと一瞬思いつくが、怪物は勘が良いのかもしれない。




――何を思ったのか、リディアを背後へと投げ飛ばす!!――


力勝負で確実に(まさ)っていた花型の怪物は、苦痛で目を強く閉じていたリディアを床へと投げ落とす。

斬られる事を悟ったのかどうかは不明であるが、どちらにしてもリディアのペースを崩す事には成功していると言える。


リディアも身体に走る苦痛を堪えなければいけないとすぐに自分に言い聞かせ、背後から迫っている事はすぐに察知する。

完全に立ち上がってから、では無く、立ち上がる途中でリディアは背後目掛けて、剣による攻撃を仕掛ける。


「!!」


まともな気合の声も出せずに、それでも的確に怪物の腹部に遂に斬撃が加えられる。

根を纏めたような形をした胴体部分に亀裂が入るが、だが、それで怪物が怯む様子は無かった。


根の部分には痛覚神は(かよ)っていないのだろうか、動きが鈍る事は無かった。

怪物はまだ完全に立ち上がっていなかったリディアを乱暴に持ち上げるなり、とある場所へと投げつける。




――ベルトコンベアの上である……――


「うあっ!!」


起動していないベルトコンベアの上に投げつけられ、身体に走った痛みに悲鳴を上げてしまう。

台を使わなければ普通なら上がれないような高さであった為、怪物の腕力は侮れないものがあっただろう。


そして怪物も、ベルトコンベアの上に()じ登って迫ってくる。


身体に走る痛みを堪えながら上体を持ち上げたリディアの目の前にいたのは、目の前で仁王立ちになった怪物である。


(ヤバいかも……。さっさとケリ付けないと……)


そろそろリディアも体力面で不安が出てきたのかもしれない。

きっと斬り続けてさえいればいつかは倒れてくれるだろうと、立ち上がろうとしたが、その時、右脚に押さえつけられるような力が走る。




――リディアは脚を引っ込める事が出来なかったのだ……――


(!!)


リディアは一体自分の身体に何が起きたのかをすぐに知ろうと自分の脚を目視するが、その時に何が起きたのかを察知する事になる。


花型の怪物の根の形をした脚によって、押さえつけられていたのだ。

ベルトコンベアに吸い付いており、リディアの右脚の足首は完全に固定されてしまっていたのである。


「ってちょっ……何するのよ!?」


力を入れても怪物から抜け出す事が出来ず、そして動きを部分的に封じていた花型の怪物は、今度はリディアに圧し掛かる。


「うわっ!! ちょっ……いっ……!!」


言葉になっていないような戸惑いの声を吐いている間に、一瞬でリディアの両腕は左右に広げられた状態で、足首と同じく根で押さえつけられてしまう。

リディアの両腕は怪物の両腕によって束縛されてしまい、仰向けの状態で動けなくなってしまう。


花型の怪物はその動けなくなった姿をまるで勝ち誇ったような目、最も、目に該当する部分は見当たらないが、見つめていた。

そして、まるでリディアの束縛が合図にでもなったかのように、ベルトコンベアが動き出す。




――物々しく、そして騒がしい音が倉庫内に響き始める……――


「え? ちょっと、何? 何これ……?」


束縛されてしまい、そして抜け出す事も出来ないリディアの表情に不安が見え始める。


ベルトコンベアが作動を始めたのはリディアでも理解する事が出来たが、どのように、誰が作動させたかまでは理解していない。

だが、やはり気になるのはその行き先である。首は動かせる為、背後を何とか目視で確認するが、そこに希望は一切無かった。いや、あるはずが無い。




――全てを潰して終わらせるローラーの存在が、そこにあった――


ローラーもベルトコンベアに連動して動いているのだろうか。

ローラーも一緒に回っており、そして、そこに辿り着いた者を容赦無く潰そうと、鉄の音を物々しく立てながら回り続けている。


それを確認したリディアに襲い掛かるのは、一気に押し寄せてくる冷や汗である。


「うそ……、い……いやっ……嫌ぁ!! 誰か!! うわぁ!!」


拘束状態から抜け出そうにも、力を入れても無意味であり、そして1分もしない内に自分が潰されてしまうという恐怖と事実に、

リディアは戦士として相応しくない叫び声を上げてしまう。


だが、花型の怪物はそれを面白そうに、リディアの間近で見つめているだけである。




(ってじゃなくて!! そうだ、何とか斬れれば……!!)


手首で押さえ付けられているが、自分には能力があるのだ。

リディアはシミアン村で縄で縛られていた時の事をふと思い出し、辛うじて動く指先に全神経を注ぐ。選択したのは右側の指だ。


糸のように細い光を、リディアを押さえ付けている根に向かって、人差し指から放つ。

そう、焼き切ろうと咄嗟に考えたのだ。


――花型の怪物は別の行動を取ろうとしていたが……――


リディアに腕を焼き斬られようとしている事に気付いていないのか、怪物はリディアの両腕両脚を拘束した状態をそのままに、

ゆっくりと上体をリディアの足元へと後退させていく。


リディアは焼き斬る事に神経を集中させていたが為に、怪物の行動の意図を把握していなかった。

早く身を自由にしなければ、ローラーで潰され、想像すらしたくない姿で死ぬ事になるのである。




――その最中に、下半身に何かが触れる感触を覚え……


「な……何よ? ってこいつ……何してるのよ……!!」


焼き斬る事に集中していたが、直接下半身、というよりは白のスカートの内部、股間に嫌悪感を覚えた為、そちらに目を向ける。

リディアが見たのは、自分のスカートの内部に頭部を入れていた怪物の姿である。


最も、内部にはミニスカートの丈でも隠れる程の茶色の短パンによって、二重装備をされていたが、それでも触れられる事による憎悪は減らない。

この光景は、リディアが助けようとしたあの少女がされようとしていた事と同じものである。


ただ性欲を満たすだけとはとても思えず、相手は人間の姿をしていない怪物である。

他に何か目的があるのかもしれないが、どちらにしても今は焼き斬る事が先である。


一体何を企んでいるのか、だけどそれを考えている時間は事実上存在しない。

油断すれば、リディアは忽ちローラーの餌食となり、命も身体も失ってしまう。




そんな時である。あの触手のように伸びた枝によって身体をみっともない体勢で拘束されている女の子の声が響いたのだ。




「リディア!! そいつ一番右の花弁(はなびら)が一番弱いから、そこ狙って!!」


ベルトコンベアの音に負けないその男勝りさも混ぜたような少女の声色は、リディアにはしっかりと届いてくれたようである。

しかし、本当にその箇所が弱点であるにしても、両手が塞がっていては、攻撃する事は出来ない。


「わ、分かりました!! やって……みます!!」


返事は礼儀であると考えているリディアは、どうして女の子が自分の名前を知っているのかという部分も考えず、声を張り上げて返答する。

だが、今すべき事は、やはり焼き斬る事、それだけである。


自分の股間に顔を埋めている怪物には、恐怖では無く、殺意が芽生え始めていた為、さっさと身体を自由にしたいとリディアは願っている。

大体半分程度まで斬り刻めただろうか。距離的にはもしかしたら間に合うかもしれないという希望が、リディアに継続の心を保たせていた。




――だが、怪物は自分の左腕に違和感を覚え始め……――


やはり根にも痛覚の神経は(かよ)っていたのだろうか、顔を一旦股間から離す。

左腕を持ち上げるなり、それを確かめるべく、顔の前へと持っていく。


きっと怪物は確認したのだろう。途中まで入れられた斬り痕を。


自分の身体を傷付けられた花型の怪物は、また異なる行動を選択する。




(よし! なんか分かんないけど、いちお自由になれた!!)


リディアは右腕だけではあるが、それが自由になれた事に素直に喜びを覚えるなり、すぐに反撃手段を考える。

だが、身体に傷を付けられた花型の怪物には1つの感情が芽生え始めていた。それは、怒りである。




――怪物は殴打を開始する……――


鳴き声なのかよく分からないような奇声を出しながら、怪物はリディアの拘束に使っていない唯一の存在で、無造作に、そして乱暴に殴り始める。

唯一の存在とは、花型の怪物の左腕である。


右腕しか自由の利かないリディアの顔を目掛けて、怪物の左腕が何度も、乱暴に襲い掛かる。


「うぐっ……!! くっ……!!」


マスクの中で真っ直ぐ並ぶ歯を食い縛りながら、そして唯一自分を護れる存在である右腕で、顔を必死で護るリディアだが、表情は辛そうである。

腕を両方使うなら兎も角、片腕だけでは顔全体を覆う事も出来ず、時折腕の横から無視出来ない痛みを送る一撃が入ってくる。


保護膜(バリア)を使おうにも、片腕だけでは制御が難しいらしく、上手に張る事が出来ない。

相手の気が済むまでも間、リディアは自分の能力に頼る事も無く、目も強く閉じながら片腕だけで顔を護り続ける。

ゆっくりと染み込むような鈍痛に、思わず涙まで滲んでしまうが、怪物の弱点を思い出すなり、涙の愚かさを思い知る。


(こいつ確か……右の花弁(はなびら)が弱いって言ってたっけ?)


まるで大人の男性に殴られているかのような痛みが顔には勿論、防御に使っている右腕にも激しく加えられる中で、あの言われた事を思い出す。

どうしてピンポイントな部分だけが弱いのかを考える前に、さっさと行動に移すのが先である。


――だが、怪物の殴打は止まってはくれない――


きっと殴られながら花弁を狙うのは無理に近いだろう。

精神力で耐えようにも、きっと痛みで全てを破壊されてしまう。

まずは相手の動きを止める事が必要である。


背後からの死へと(いざな)うローラーの轟音も近づいている為、無駄な時間は使っていられない。

相手からの殴打の連続の合間、僅かな時間を使い、素早く右手の中に電撃を溜め込む。

相手を痺れさせ、それを使って相手の動きを押さえつけてやろうと考えたのだろう。


「これでも喰ら――」


――次の瞬間……




怪物の重たいまともな一撃がリディアを横殴りにする。


「!!!」


防御の体勢を一切取っていなかったリディアにとってはこの戦いの中で最も苦しい一撃になっただろう。

意識にも僅かに障害が走りそうになるが、堪えながら電撃を花型の怪物に浴びせつける。


「喰らえっつの!!」


確実に今の一撃で(あざ)が出来たような気分を覚えながらも、リディアは握っていた拳を怪物に向かって開く。

弱めな電撃が怪物の頭部に放たれ、リディアの希望通り、怪物の動きが鈍る。

戦いの最中では、相手の僅かな隙が、自分の不利な状況を引っ繰り返すチャンスとなるのだ。


――上体を逸らすように、身体を硬直させており……


未だにリディアが自由に動かせる身体の部位は右腕だけであるが、素早くリディアは能力を使い、右手から小型の刃を精製させる。

今であれば身体と右腕を伸ばせば、怪物の弱点に刃を届かせる事が出来る。


「はぁっ!!」


周囲の点在する燃え上がる炎だけが灯りとなっている薄暗い倉庫内で、リディアの気合の声が響き渡る。

放射状に伸びている数枚の花弁の内の、右側に伸びている1枚だけがリディアの斬撃により、傷が付く。


果たして、拘束されたあの女の子の言う事は本当だったのだろうか。




「ぐぁおあぁあああああ!!!!!」

(!?)


リディアは初めてこの怪物の叫び声を聞いたのである。

確かに効き目があるのは本当の事であり、リディアの左腕を自由にさせてしまったのである。


これによって、リディアの両腕が自由になったのだ。

最も、両脚はまだ怪物にそれぞれの脚によって固定されたままであるが。


「とりあえず……さっさとこいつ引き剥がすか……!!」


両腕が開放された事によって、更に希望が湧いてきた気がしたのか、先程の散々殴られた痛みすらも引いたような気分を覚える。

能力で生成させた刃は、自身の力を緩めると自然に消滅してしまうらしく、リディアは今度は両手に力を込める。


気付けばもう残り10秒と残り1桁の秒数で地獄へと辿り着いてしまう距離だ。

恐ろしい機械音もすぐ近くにまで迫っている。


両手に刃を能力によって実体化させ、早く自分の両脚も自由にしなければいけないだろう。

背後から迫る死の宣告に怯える事もせず、リディアは青い瞳に更に希望を燃え上がらせる。




――しかし、怪物も両腕を使える事を忘れてはいけない……――


リディアが実体化させた刃に脅えたのか、攻撃を潰すかのように、両腕を使いリディアに殴りかかる。

しかし、両腕が自由になったリディアであれば、それを防ぐぐらい簡単な事である。


顔面を両腕で保護し、同時に保護膜で自分の両腕にも痛みが入らないよう、耐える。

ただ耐えているだけでは無く、連続で怪物の腕で殴られているその合間を、リディアは窺っている。


(ってこいつただ……暴力なだけじゃん……!!)


確かにガードは片腕の時と比較すれば、非常に強固には出来ているが、それでも全身に力が入っている事に変わりは無い。

まるで路上の柄の悪い不良に馬乗りにされて殴られているような気分さえ覚えてしまう。


しかし、その大雑把とも言える暴力に任せた攻撃の間に、1つの隙を見つけ出す。




――刃1つに全てを賭けるかの如く、上体を持ち上げ……――


リディアの自由が利く上半身が持ち上がると同時に、そして右手から生成させた刃で再び右側の花弁を突き刺した。


「ぐぉぁあぁあおぉぁあ!!」


奇妙な奇声を撒き散らすと同時に、その反動によって、リディアを拘束していた最後の存在である、両足に絡ませていた怪物の足が外れる。

まるで引き寄せるようにして両脚を退避させ、そして久々に立ち上がる。


「さてと、やっと自由になれ――」


身体に完全な自由が戻ったリディアは背後から鳴り響く音にふと背後を振り向くが、そこでリディアは声を詰まらせた。




――もう背後には殺意を持ったローラーが迫っており……――


勿論ここを抜け出さなければ、折角身体が自由になっても無意味である。

待っているのは、自身の血塗れと化した最期である。


(不味いかも……もう時間が……!!)


その時間の短さは、即ちリディアにとっては死を意味するものである。

ローラーに身体が接触するのに、もう秒読みでも短いような時間であったのだ。


そして、花型の怪物も最期の最期に、リディアに絶望を与えるかの如く、ローラーの恐怖を初めから知らないかのように動き出す。




――リディアをローラーへと押し飛ばすべく、突進を発動させる!!――

次回で花型の怪物との戦いに決着が付く予定です。だけど、人間じゃない姿をした存在を描写するのはなかなか大変で、それがしっかりと読者の方々に伝わってるかが少し心配です。ですが、それに関しても活動を続ける中で勉強を続けるつもりでもいます。

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