第20節 《地獄から降りた炎の仏デストラクト 卵が産むのは魔の未来》 4/5
約1ヵ月ぶりの投稿になりますが、今回は敵の幹部から逃げ伸びた者達の話になります。今回は戦いはありませんが、これからの予定を話し合うようなシーンになるかと思います。
――神殿からやや離れた場所で、一機の飛空艇が上昇を初める――
白の気嚢によって上昇し、そのまま神殿を包み込んでいる森を離れていく。後部に装着されている巨大なプロペラが推進力を発生させ、前進していく。外は暗闇が支配しており、上空から見下ろした森は最早暗黒世界とも比喩出来てしまいそうな程に暗かった。
現在、飛空艇自体もライトで周囲を照らすような事は行なっていない。近くにデストラクトとザグレフがまだ残っている可能性が無いとも言い切れないだろうし、自らを明るくしてしまえばそれは敵に自分達の居場所を教えているようなものになるだろう。
空を飛んでいるのだから、地上を歩く者や、地上に生息する生物には迷惑にはならないはずだ。
「卵の奪還、出来なかったな……」
今は飛空艇の操縦室に、エンドラルとミケランジェロは位置している。操縦室の窓から暗闇の森を見下ろしながら、エンドラルは小さく口に出した。
瞬間移動で即座に飛空艇の内部へと移動したのだろう。力のある者であれば、短距離の移動も容易いのかもしれない。
「こっちにも責任はあると思うぞ。オレが遅れたのも原因だろ?」
ミケランジェロはどうしても自分がすぐに駆け付ける事が出来なかった事に問題があったのかもしれないと、隣のエンドラルを一瞥する。尤も、自分の仲間であるリディア達と今後の予定の話をしていたという事情もあったのだから、全ての部分で完璧な時間の配分をするという事が難しかった可能性もあるが。
「いいや、すぐに来たとしてもあの2人だから、本当に上手く行ってたかどうかは分からんぞ?」
エンドラルは今回の神殿で戦った者達の実力を思い知っているのだろう。
炎使いである青い仏のデストラクトと、闇の世界から這い上がってきたような赤黒い骸骨の外見のザグレフはそう簡単には倒せない相手である事を理解しているのかもしれない。ある意味、自分達が無事に助かった事が奇跡なのかもしれない。
「今回は失敗だったが、あの魔物が孵化した時は今度こそ全力で討伐しないと一大事だな」
卵の事を考えると、やはり今出来る事は、卵が孵化した後にそこから広がるであろう脅威を取り押さえる準備なのでは無いかとミケランジェロは考えた。暗闇が支配する森を見下ろしながら、あの卵から何が孵るのか、何となく思い浮かべてみたが、想像した所でただの無駄でしか無い事に気付く。
――操縦席には緑の髪をした少女が座っており――
「それと、フィーネ。申し訳無い。夜中まで起きて操縦は辛いだろ?」
ミケランジェロは操縦席に顔を向けながら、操縦パネルを操作している緑の髪を持った少女に謝罪を言い渡す。自分達の戦いが終わるまで飛空艇の中で待ち続けるのは非常に辛かった事だろう。
「いえいえ、気にしなくて大丈夫ですよ。この時間に操縦なんていつもの事ですから」
フィーネは眼鏡の奥で特に表情を眠たそうにする訳でも無く、振り向きながら、そして右手を振りながら自分は睡魔に襲われていない事を説明する。普段から慣れているからか、この時間帯でも操縦に鈍さや戸惑いと言ったものをまるで見せつけない。
「いつもなのか……。エンドラル、お前少しは気遣ってやったらどうなんだ?」
きっと初めて聞いた事だったのだろう。人間は夜になったら睡眠を取らなければいけないのに、それを頻繁に妨げられているのであれば、エンドラルもここは考え直すべきなのかもしれない。フィーネのまだまだ若い身体が壊れてしまわないのか、ミケランジェロは心配してしまう。
「本人がいいって言ってるなら心配するな。若いんだから多少の夜更かしで倒れたりなんかせんだろ?」
エンドラルはフィーネの言葉に気遣いが含まれていないとでも勘違いしているのか、悪びれた態度も見せず、年齢的な若さを理由に身体が壊れる心配は無いと豪語してしまう。倒れる可能性があるとすら思わないのだろうか。
「ミケランジェロさん、あたしは本当に大丈夫ですよ! 本当にもう身体は慣れてますし、いざという時はコーヒーで切り抜けますから」
眼鏡の向こうから向けられる瞳は元気がまだまだ衰えていない事を示すかのようにしっかりと開かれていた。緑色の瞳も身体の慣れを受け取っているからか、このような夜中の時間帯でも瞼を閉じさせない。
「そう……なのか。でも本当にあまり無理はしないでくれよ。体調崩したらこいつも心配するだろうから」
コーヒーに含まれるカフェインで無理矢理に睡眠欲を弾き飛ばしている事を考えると、どうしても任せっきりにする事に罪悪感を覚えてしまうミケランジェロであった。眠気を飲み物で紛らわせているという事は、やっぱりどこかで睡眠に入りたいという欲求があるという事なのだろう。
「お気遣いありがとうございます。所で……」
フィーネは操縦席から降りながらミケランジェロに真っ直ぐな感謝を言葉で渡す。何か続きを話そうとしていたが、座った状態では足が床に付かない高さの席であった為、降りてから体勢を整える時間が僅かに必要になったが、その際にミケランジェロから言葉を挟まれる。
「話はいいけど、操縦席は離れて大丈夫なのか?」
席から降りるという事は、操縦を放棄する事になるのでは無いかとミケランジェロは感じ、席を指差しながら、歩み寄ってくるフィーネに訊ねる。
「あ、いえいえ! 大丈夫です! 自動操縦にしましたから!」
操縦の事を理解しているフィーネなのだから、何も設定をせずに席を降りるはずが無いだろう。自動操縦にしていなければ、数分とかからずに予測不能な動きを始めてしまい、最悪な場合、墜落してしまうはずだ。
フィーネも背後にある操縦席を指で突くように差しながら席を離れても良い理由を説明した。
「ミケランジェロ、お前大丈夫か? いきなり席離れる訳が無いだろ? 墜落するだろ?」
エンドラルはまるで責め立てるかのようにミケランジェロに言葉を連続で浴びせてしまう。しかし、エンドラル自身も理解しているかのように、口元をにやつかせている。
「分かった、無知なのは悪かった。それと、フィーネ何か言い掛けただろ? 話とは?」
周囲を飛び回る煩い虫を追い払うように右手を振り払いながら、ミケランジェロは自分の未熟さを謝罪する。
しかし、続きの話があるかのような言い方を見せたフィーネの事が気になり、再びフィーネに向き直す。
「ヒエンさんがいらっしゃいますよね。あの方から連絡が入ったんです。採掘場で強制労働させられてた人達の解放が完了したって入りました」
連絡の話であった。
遠方で奮闘する仲間の話は、この場にいるミケランジェロとエンドラルに価値のある情報となっただろう。
「ヒエンか? あいつよくやってくれたな。解放された人達も安心しただろうな」
ミケランジェロは呼び捨ての形で、フィーネから出された名前の人物を思い浮かべるが、きっと同僚に該当する相手なのだろう。すんなりとフィーネの短い説明で納得の表情を浮かべているが、もう事前に採掘場での任務の話は聞かされていたのだろうか。
「確か古代の化学物質を採掘させようとしてたんだったよな? いい迷惑だろう」
まるで事前に聞いた話を確認し直すかのように、エンドラルも採掘場に眠る物質の事を口に出すが、それを他者の力を無理矢理使う事で掘り出そうとしていたのだから、エンドラルの言葉の通り、迷惑であった事には間違いは無い。
「ヒエンさんのおかげでまあ今も話しましたけど、働かされてた方々は解放されて、そして物質の方も一切敵達には渡らないで済んだみたいです。今は衛兵達があの坑道を封鎖してますし、そして研究施設の方であの物質の効果を今は調査中との事ですよ」
採掘場に向かったという話は事前に聞かされていただろうが、結果についてはフィーネの口から説明してもらえなければ分からないままである。
フィーネは結果の説明をやや長めな形で説明をするが、人間達を解放しただけでは無く、物質そのものも保護が出来て、そして尚且つもうその場所には無関係者が立ち入りする事が出来ないように封鎖すらされたと、ここまで話す事で本当の意味で目の前にいる2人を安心させる事が出来るのでは無いのだろうか。
「随分と詳しく聞いたものだな。確かあいつのいる地域の周辺も相当荒れてるって言ってたから、あいつに負けないように吾輩達も本気で挑むしか無いみたいだな」
ヒエンとは初めから別行動をすると計画していたのかもしれない。自分達がそれぞれ守るべき地域で、ヒエンは成果を出しているようであり、それをエンドラルは評価するしか無いと感じ、そして自分達も遅れを取る訳にはいかないだろうと、もしかしたら自分のどこかに眠っているのかもしれない甘えを追い出そうと意識する。
「他の連中が死力を尽くしてるならこっちも手は抜いてられないな。所で、この飛空艇はどこに今向かってるんだ?」
まだ他の地域にミケランジェロ達の仲間がいるのだろうか。他の者達の事を考えたら、自分は今出来る事を確実に遂行させるしか無いと改めて実感してしまう。
機械の力で動く乗り物が発する特有の振動で僅かに感じた事があったのだろう。ミケランジェロはこの飛空艇が現在どこを目的地にしているのか、それをフィーネに訊ねる。
「一応グンターの村に向かってる所です。村の外れにある沼地に生息してました食人植物の殲滅が終わったって、マッカムから連絡が入ったんです」
ミケランジェロは元々緊急でこの場に来てくれた存在である。多少は自分達が計画していた目的地の決定がミケランジェロにとっては障害となってしまうと心では感じていたのかもしれない。それでも嘘を言う訳にはいかなかった為か、フィーネはそれなりに意を決するかのように偽り無く説明する。
内容としては、フィーネの仲間を迎えに行くというものなのだろう。
「マッカム? 初めて聞く名前だが、エンドラル、お前の仲間か?」
聞いた事の無い名前を出されたのであれば、それは聞かずにはいられない。ミケランジェロは早速エンドラルにそれを聞こうとする。
「まあそうなるな。数ヵ月前に吾輩が拾ってやったんだよ。その話は暇な時に話す事にするが、とりあえずあいつの事を迎えに行く事になるから、お前にはちょっと悪いが、リディアの所に戻るのはもうちょっと待ってくれないか?」
色々と奥が深そうなドラマを連想させるような言い方を見せるエンドラルであった。窓から夜の森を眺めながら、自分達の予定のせいでリディア達の場所に復帰する時間が長引いてしまう事を謝罪する。
「飛空艇が村に向かうっていうならどうしようも無いだろう。でもリディアには一応ガイウス達が付いてるから、きっと大丈夫だ。気にしなくていい」
エンドラルはミケランジェロの力が無ければ旅先で困ってしまうのだと考えていたのだろう。
しかし、ミケランジェロの言う通り、今であればガイウスがいるのだから、自分は多少遠回りになった上で皆の元に帰る事になったからと言って、それで自分のメンバーに危機等が迫るという事は無いはずである。だからこそ、エンドラルの謝罪を否定する。
「なんか済まないな。こっちの事情に付き合わせて、しかもリディア達の所に戻る時間も長引かせて」
流石にエンドラルでも相手の言葉の通りに流す訳にはいかなかったようだ。しかし、今となってはここではどうする事も出来ない。
「今言っただろ? 気にするなって。あいつにはそろそろガキを卒業してもらいたい所だしな」
ミケランジェロは飛空艇の窓の奥を強く凝視する。自然と目の前に浮かんでくるのは、紫の髪を持った少女の顔であり、自他共に大人になってくれる日がいつになるのか、それを考えると妙に溜息が漏れてしまうのを感じた。
折角数時間前まではリディアの事をある意味で監視という言葉としては可愛げの少ない形で見守る事が出来ていたのだが、来援を求められる形で再び離れる事となってしまったのは、予想外の事だったのかもしれない。
それでも今は、後方へと流れていく夜の森の景色を見つめる事ぐらいしか、する事は無い。
どうしても私事の関係で更新がまた遅くなりつつあります……。プロットは出来上がってはいますが、手を動かす時間を確保出来ないとどうしても小説は進んでくれないものです。何とか更新ペースを上げる努力をしないといけませんね。




