第18節 《決着を迎えた一同 今後の戦略と青髪の青年の行方》4/4
今回の話ではメインキャラは登場しません。ただ、リディア達に絡んだ青髪の青年の末路を描きたいと思いまして、描写させて頂きました。主要キャラって言うのはやっぱり読者の方々に何かしら好意を持って頂きたいという関係で最低でも自分勝手で乱暴という部分はほぼ確実に持たせないようにしてますが、モブでしか無いキャラだとそういう配慮が一切無くなるのが自分の作風でして……。
エボニー海岸から離れた山道を、1人の青年が歩いていた。青いコートと、更にその上に似た色の青のケープを纏い、水色の髪の下に映る端麗な容姿に何やら怒りのようなものを浮かべながら、硬い地面を一歩一歩踏みつけていた。
そう、同じ日の日中にリディアを貨物船の内部で縛り付けたあの青年である。
貨物船でまるで放置でもされたかのように、標的であったリディアには無視されてしまい、結局、目的であったリディアの捕縛は失敗に終わってしまった。
自分に原因があるのにも関わらず、まるでそれを他者のせいにでもしているかのような怒りの目つきで、山道の奥を睨み付けている。
(あいつのせいでリゼが助かんなくなっちまった……。あいつがどうなろうが俺にとっちゃどうでも良かったのに……!!)
確実に、あいつというのはリディアの事だろう。リディアを敵に差し出す事が出来れば自分の恋人であったリゼの命が助かったはずなのだから、恋人の命と変わってくれなかったリディアを恨む気持ちがこの青年を支配しているのだ。
自分勝手でしか無いこの思考も、自分とリゼの中ではある種の常識として定着してしまっているのか。
(あの女め……。今度見つけたら頭おかしくなるまで犯してやるからな……)
本人がいないからと言って、頭の中でリディアを自分の思い通りに叩きのめしている様子を好き放題妄想する青年であったが、歩行の際の無意味な力強さは一切収まらなかった。地面に打撃でも加えれば気が晴れるというのだろうか。
リディアの事を妄想の中で叩きのめしながら歩いていると、申し訳程度に数本並んでいる枯れ木に寄りかかりながら書物を読んでいる人間の姿が見えた。
緑色の袖が無いローブを纏い、丈の短さからはすらっと伸びた太腿が目立つが、魔導士の少女なのだろうか。徐々に距離を縮めている青年の姿にはまだ気付いていないようである。
「あいつ1人か。ふん、折角だし、ちょっとあいつで満足させてもらうか」
独り言を口に出しながら、青年はリディアの時に蓄積させられてしまった鬱憤を面識の無い少女を相手に晴らそうと、不気味に表情をにやつかせながら歩く速度を速める。
――穏やかとは言えない表情のまま、少女に接近し……――
「ねえねえ君? 1人だけでこの道歩いてるのかい?」
青年は茶髪の少女の横に付きながら、単独であるのかどうかを聞き出そうとする。口調は普通に見えるが、奥では何か黒いものを感じさせる。
「そう、ですけど? 貴方は……!」
声をかけられて初めて気が付いた魔導士の少女は書物から青年へと視線を移すが、まるで自分に都合の悪い物でも見てしまったかのように、茶色の瞳を丸くさせてしまう。
「君、ここは危険だよ? きっと危ない魔物も隠れてるから、俺と一緒の方が安全だよ」
身の危険を守ってあげる優しいお兄さんのような言葉をかける青年ではあるが、相手の心情を把握しないかのように、少女の側を離れようとしなかった。
「あ、いや、結構ですよ。別にわたし1人でも充分ですから」
山道にも脅威は潜んでいるのかもしれないが、魔導士の少女からすれば、山道よりも今目の前にいる青年の強引なやり方の方が怖くてたまらなかっただろう。表情が強張っており、書物を抱き抱えながらもうその場から走り出そうと、ブーツを地面に擦らせるように青年から距離を取ろうとしている。
「駄目だよ。君みたいな清楚でキュートな女の子がこんな荒れた品の無い道を歩いてたら全てが滅茶苦茶になるよ?」
わざとらしい美化を施した言葉で少女を納得させようとする青年。しかし、少女の表情は変わらない。
「ちょっと何言ってんですか? 気持ち悪い……」
青年を見た時は意味ありげに表情を強張らせていた少女であるが、今まで面識が無かったであろう相手から自分の容姿の事を誉められたとしても、それを素直に受け止めるのは無理だろう。寧ろ、下心を持っているのでは無いかと警戒してしまう方が当然の話である。
数歩後退し、隙を見つけて逃げ出そうとするが。
「いいからほら。俺に付いて来いよ。楽に行くならその方がいいよ」
緑のアームカバー超しに左の手首を青年は掴んだ。そのまま少女を自分の元へと引っ張り止せようとする。ここまで来ると殆ど強引なやり方にしか見えないだろう。
「いいですよ……。ちょっ、止めてって。放して!」
少女も抵抗の為に左腕を引っ張ろうとするが、男には敵わず、恐怖と共に怒りの感情すらも顔に現れ始める。
何か男の事で事情でも把握しているのか、男を力任せに追い払おうとはしなかった。男を怒らせてしまえばどうなるのかをある程度把握をしていたかのように、男を必要以上に刺激しないような抵抗を試みていた。
「遠慮はするなよ? 守るって言ってるだろ? それにこんな素晴らしい身体してるなら解放してもいいんじゃないのか?」
青年は少女の左の手首を一向に放そうとはしなかった。使っていない左手を少女の腰付近へと持っていく。余計な脂肪を蓄えていないのであろう細身の身体を上から下へと嫌らしく掌でなぞる。
「ってちょっとどこ触るのよ!?」
友達所か、知人ですら無い異性から身体を触られて、嬉しい気分になる女性はまずいないだろう。当然のように不快に感じた少女は掴まれていない右手で乱暴に男の腕を払いのける。怒りが込み上げるが、うっすらと涙すら滲ませようとしていた。
――その時、青年は何かに引っ張られ……――
「うわぁ!!」
青年は背後に向かって何か強い力が働いた事を理解する。当然、少女が突き飛ばしてきた訳では無い。背後から何かに掴まれ、そのまま引っ張られたのだ。
掴まれたのは青年の足首で、足を引っ張られた後に上半身は地面に向かってうつ伏せになる形で崩れ落ちる。意図したものなのか、それとも偶然だったのか、引っ張られながらも青年の右手は少女の足首を強く掴んだ。
「えっ?」
魔導士の少女はまずは突然引き摺られる青年の事を見て戸惑った。しかし、その後に自分の身体にも大きな動きが入る事を予想はしていなかったかもしれない。
左足を掴まれている事に気が付かなかったのだろうが、青年が引っ張られ、僅かな時間差の後に、少女も身体を引っ張られる事になる。
足払いをされるかのように、少女は足を引っ張られ、背中から地面へと倒れてしまう。
「う゛あぅっ!」
青年は力を維持する事が出来なかったのか、少女を転ばせた後に手を放してしまう事になったが、実際に転ばされた少女は決して柔らかいとは言えない岩肌に背中を強打させられ、抱えていた書物を跳ね上げるように手放しながら、鈍い悲鳴を上げた。
背中に痺れるような激痛が走り、まともに脚を閉じる事も出来ぬまま苦痛によって動きを麻痺させられる。
――青年は、主の所に引っ張られており……――
「な、なんだよこれ!? うわぁあ!!」
青年は背後にいた、灰色の無機質な表情の顔だけが地面から突き出したような状態のその生物が、自分を引き摺り込もうとしていた事に気付いた。
顔とは言っても、人間のそれとは言い難く、灰色の皮膚には人間のような頭髪に該当する毛が一本も生えておらず、まるで粘土にただ窪みを作って、それを何となく目や鼻、口として見せているだけのような、表情の感じられない生命体であった。
青年を掴んでいたのは、生命体の背後から触手で、太さは大体人間の腕程度ではあるが、引っ張る力は想像以上に強い事だろう。
目視で4本程度しか見えないくらい本数は少ないが、青年を戦慄させるには充分である。
――至近距離に来た青年に、生物は茶色い液体を口から噴射し……――
「うわぁ熱ちぃ!! 熱ちぃ!!」
粘りの強いその茶色の液体は青年の背中目掛けて放たれた。酸味の混ざったような臭気と共に、青年の纏う青のコートが溶かされていく。コートを貫いた液体は、きっと青年の肉体に辿り着いた事だろう。
皮膚に直接触れたその液体は、青年に炎で炙られるかのような激痛を与えていた。
青年の悲鳴自体を認識、理解と言った、人間が感じるような思考を意識しているのかを疑問に思わせるくらい、生物の方は妙に冷静であったが、触手は青年の足を決して放そうとはしなかった。
「……いったっ……。何すんの……よ……!!」
青年の悲鳴を耳障りだと考える余裕も無かった少女は、服装の隙を意識していないかのようなそれなりに開いてしまっている脚のままで、何とか上体を手で地面を押しながら持ち上げたが、目の前に映っていた青年の姿を見て表情を凍り付かせてしまう。
茶色の液体をかけられ、服を溶かされながら激痛でもがいている姿だ。もう今は青のコートもケープも溶けており、露出した背中には火傷のような痕が次々と出来上がっている。
「お……おいお前助けろ! 無視すんな!」
恐怖を感じながらもすぐに立ち上がろうとしている少女に向かって、青年は酸性を含んでいるであろう液体の激痛に堪えながら、少女に助けを求める。
いや、聞き方を見ればこれは懇願というよりは命令に近いだろう。
「あんなの……いたなんて……」
もしかすると自分があの生物の餌食になっていたかもしれないと考えたのだろう。頭部だけで自分の身長と同じか、或いはそれよりも少し高いかもしれないようなその生物が自分を掴みかかっていたら、自分で対処出来たのかどうかが分からない。
落としていた魔導書らしき書物を素早く拾い上げる。
「っておい! 助け……うあぁあああ!!!」
自分の命だけは何とか助かりたいと思っていたのだろうか、魔導書を抱くように抱えてこちらを見ている少女を何とか視界に入れながら、怒声で少女に命令を飛ばすが、背中とは別の部位に次なる激痛が加えられたのである。
後頭部から首にかけて、背中が受けたような火傷を思わせる激痛が走り、再び青年はその場で痛々しい悲鳴を上げる。
青年のイメージカラーだったのであろうその青い髪は酸の影響なのか、触れた部分から爛れてしまい、頭皮が剥き出しになる。
「も、もう無理! あたしじゃ無理だから!!」
そもそも自分の身体を強引に触ってきた青年を助ける義理は無い事に加え、あの生物を自分だけで対処出来るのかどうかも分からない状況では、もう魔導士の少女はその場から離れる事しか思い付けなかった。
青年と、青年に茶色の酸性だと思われる液体を発射させている生命体に背中を向け、そのまま走り出す。
もう青年がその後どうなったのかは直接目で確認する事は出来なかったが、少女からすればどうでもいい事だ。もう今は確実にあの生物の視界に入らないような場所まで全力で走り続ける事だけが今の最も適切な行動だ。
(逃げたのは悪いだろうけど……あの男ってローレライじゃん! なんであんな奴がここにいたのよ!?)
荒い呼吸を続けながら走り続ける少女の脳裏に浮かんだのは、あの青年の名前であった。
一体何故この少女があの青髪の青年の名前を知っていたのかは分からないが、ただ言えるのは、この少女が明らかにあの青年を怖がっていた事である。
どこの世界でも自分より弱そうな女の子に手を出そうとする男は存在するみたいですが、この世界みたいなファンタジーが舞台だと見た目だけは弱そうでも、魔法とかを駆使してくる可能性がある相手だと思わぬ反撃を受ける可能性もあるので、相手が少女だからって無暗に手を出さない方がいいかもしれませんよね。因みに今回襲われそうになった少女キャラは多分次の話で……。