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黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
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第2節 ≪まだここで終わりにする訳にはいかない!≫

 第2節です。今回は前回のナイフで襲われるという部分の続きになります。しかし、戦う女の子もまた素敵だと思ったのが個人的な思い込みですが、それが皆様にも伝われば嬉しいですね。

今日、偶然知り合った2人の女の子。


そう言えば、リディアは名前を聞いていなかった。


しかし、それで良かったのかもしれない。


リディアは友達になれたと喜びの気持ちに包まれながら、夜を宿泊施設で過ごした。


リディアの気持ちを踏み躙っているのは、その知り合った2人の女の子である。


ベッドの中で、幸せそうに1日の疲れを休ませているその外で、何が起きているか……






           残酷なる刃物が、無防備な身体を狙っている……/KILLING KNIFE


           寝ている場合では無い……  魔の手はすぐそこに……


                   ここで終了してしまうのか……




 ベージュのセーターを着た女の子は、ベッドで寝ていたリディアを、掛け布団越しにナイフで力強く突き刺したのである。


「……ふふ……やった、のかな?」


 確かに手応えは存在したが、ベッドの中からは悲鳴や断末魔の1つも上がらなかった為、即死したのかと、不気味に口の両端を吊り上げる。




「分かんないよ! もっと刺した方がいいって!」


 青いトレーナーの女の子は、本当に死んだのかどうかが不安になったからなのか、自分も一緒になって突き刺した。


 単に刺すだけでは無く、内部を抉る為に捻ってみせる。目の前にいるのは元々は普通に生きていただったというのに、それを目の前にして平然と行為に走れる所が、今までどんな世界にいたのかを物語っているのかもしれない。


 そうである。相手を殺してしまえば、もう部屋にいる必要は無くなるのだ。目的を達成出来た喜びが徐々に全身に浸透していく。




――そんな中で、2人以外の声がどこからともなく聞こえた……――




「もうそのくらいにしといたら? 殺したと思い込めるあんた達が可哀想に見えるよ?」


 その声の主は、リディアである。どこから現れたのかというと、クローゼットの中からである。


 どうやら、布団の中に自分の代わりの何かを隠していたのかもしれない。リディアだと思い込み、好き放題ナイフで刺していた女の2人組に向かって、哀れみを思わせるような表情を向けてやった。






 背後から聞かされたその声のせいで、女2人組の喜びは粉々に砕かれる事になる。もう死んでしまったはずの人間が、想像していなかった場所から現れたのだから、無理も無いかもしれない。




「え? うそ、な、なんでお前がそこにいるの!?」


 ベージュのセーターの女の子は、ナイフを掛け布団に刺したまま放置し、水色のワイシャツと黄色いネクタイを付けた女の子に向かって、その存在そのものを否定しているかのような目で睨み付ける。生きている事自体を、信用したくなかったのかもしれない。


「いや、なんでって、初めっから私の事そんな風に刺すつもりだったんでしょ? 大体直感で分かってたんだよね。なんか怪しいなぁって」


 リディアは自分がナイフで刺されてしまう事をいくらか予測していたらしく、他人には分からない感覚がリディアの中で動いたのだろう。紫色を帯びたスカートのポケットに両手の半分だけを差し込みながら、作戦を失敗してしまった2人を見て溜息を()いた。




「お前騙したのか!?」


 青いトレーナーの女は、喉の奥から込み上げる罵声の際に放出される息を途切れ途切れに漏らしながら、リディアに殺意を飛ばした。大人しく殺されてれば良かったのに、とでも考えていたのだろうが、命を簡単に奪えると考えている時点で、それはもう人道を外れていると言えよう。


「いやいやいやいや。騙したのはそっちだと思うけど? どうせ夕方の時に私に飲ませようとしたあのジュースだって、どうせ毒かなんか変な薬でも混ぜてたんでしょ? 私が始めて会った相手にそんな易々と気持ちを許すとでも思ってた?」


 リディアは逆ギレをされたと思ったのだろう。最も、罵声を飛ばされたからと言って、それでリディアが怯むような事は無かった。服装は殆ど普通の10代半ばの女の子に相応しい可愛らしいもの、そして戦いとは無縁そうなものであるというのに、度胸に関してはなかなか完成されていたのである。


 例え相手が雰囲気が柔らかそうな女の子だとしても、同じ女同士でも、警戒を忘れない所を見ると、一体普段からどのような教育を受けていたのだろうか。




「お前ってそうやっていつも相手の事疑ってんだぁ? きっとお前、友達いないだろ?」


 ベージュのセーターは、まるでリディアの警戒心の強さを逆に短所や問題点として責めてやろうとする。思い通りに殺す事が出来なかった為に、心に響くような痛罵を飛ばし、仕返しをする。友人がいないであろうリディアを勝手に想像し、見下すように笑い出す。


「友達なら普通にいるよ? そして、実際2人は私の事騙してたよね? 何いきなり開き直ってるの?」


 相手からの疑いを軽々と払いのけると、リディアは相手の言い分に対して面倒そうに何を言おうか頭を働かせる。黄色いネクタイの先端を手で捻りながら、早くこのやり取りを終わらせたいと心で願う。




「ってゴチャゴチャうっせんだよてめぇ!!!」


 青いトレーナーの女は、まるで自分達がリディア程度の少女に負けているのかと感じ、今度は無防備な姿を狙うのでは無く、真正面から力と力でぶつかり合おうと、突撃する。手に持っているのは、やはりナイフである。




「結局最後は力任せで来るんだぁ?」


 鬼のような形相(ぎょうそう)で向かってくる青いトレーナーの女に対し、リディアは小さく呟くなり、すぐに捌ける体勢に入る。正面から向かってくる相手の攻撃を受け流すぐらい、リディアにとっては容易い事である。


――上から落とされる逆手持ちのナイフを……――


――手首を掴んで力で受け止め……――


――自分の後方へと投げ飛ばす!!――




 青いトレーナーの女は、リディアの華奢な体躯からは想像が出来ないような力で壁に向かって投げつけられたのである。声にも出せないような激痛に襲われながら、そのまま痛みで動けなくなってしまう。


「それより、私が知りたいのは、なんで私の事殺そうとしたの? なんか理由でもあると思うから、しっかりと聞かせてもらうよ?」


 リディアは壁に向かって投げ飛ばした青いトレーナーの女を放置し、その水色に近い青の瞳を次なる対象へと向ける。やはりここまでして殺しにやってきた相手である。動機を聞きたいと思うのが、今のリディアの心境であった。


「なんでお前にそんな事説明しなきゃなんないの?」


 直接殺意を向けてきたような相手である。ベージュのセーターの女は簡単には口を割ろうとはしなかった。本来であれば既に死んでいる相手である。そんな相手に話してやろうとは思わなかったらしい。




「理由も無いのに殺すなんてしないでしょ? それにあの男達ともつるんでたみたいだし、理由も一切無しで殺すなんて普通ありえないっしょ?」


 話してくれない相手に対して、リディアは徐々に苛々を積もらせてしまう。一歩だけ前に踏み込み、どことなく強行手段を行なう事を思わせてやろうとする。月夜の光だけが唯一の明るい存在の中で、普段は明るさが眩しい容姿のリディアの今の状態は、憎しみや敵対心を抱いているものであった。




「ふざ……けんな……!!」


 丁度今、相方の女が豪快に投げ飛ばされた後である。もしかしたら自分でもリディアには敵わないかもしれないと一瞬頭を過ぎってしまったのだろう。言葉では強がる事が出来ても、肉体は案外素直であったらしい。


 ベージュのセーターの女は、開きっぱなしの出入り口に向かって走り出したのである。


「おっと! 逃げるつもり!? そうはさせないよ!」


 距離はリディアの方が僅かに離れていたが、ナイフの切れ味だけを頼りに襲ってくる程度の相手であれば、リディアにとってはどうにでもなる相手であった。相手の思い通りにさせまいと、リディアも同じくドアに向かって走り込み、スライディングでそのまま女の脚を自分の脚で絡ませる。




 バランスを取る事が出来なくなり、尚且つ走っている最中であったが為に、重心が前へと無理に進んでしまい、転んでしまった訳である。そして、顔面が行き着いた先は、壁である。ベージュのセーターの女は、壁に顔面を強打する。


「うう"ぁうっ!!」


 顔面が砕けるのでは無いかと思うような想像を絶する激痛に、声にならない声を鈍くあげる。顔面を両手で押さえながらその場で身体を丸め込む。


「逃げるなら逃げるでいいけど、その前にちゃんと理由聞かせてってこっちは聞いてるの。こっちもまたこれからずっと狙われっぱなしじゃあたまんないからさぁ」


 リディアは黒のニーソックスの脚を敵対する女から離すなり、立ち上がった後に相手の苦しむ姿等、一切御構い無しに自分が今する事を継続させる。派手に転倒したが為に、ベージュのセーターの女のスカートの内部、桃色の下着が丸見えな状態になっているが、リディアにとってはそこは無意味に追求する部分では無かった。


 最も、リディアも床を滑り込んだ訳であるから派手にスカートが捲くれあがっていたが、内部に短めな茶色の短パンを着用していたから、然程問題では無かっただろう。




「いってぇなこの野郎……」


 顔面を押さえながら、フラフラとセーターの女は立ち上がるが、顔を押さえる事で精一杯な為、敵対するリディアを睨む事さえ叶わなかった。


「痛い? そっちは私にその倍以上の痛み、ってか命まで奪おうとしたくせに、それに比べたら今のぐらいどうって事無いと思うんだけどね? ってか早く教えてくれる? こっちはまだ一睡もしてないってのに」


 もしリディアが勘付いていなければ、普通に生活していればまず受ける事の無いあり得ない苦痛や激痛を受ける事になっていたのだ。それを渡そうとしていた女に対して、痛いという言葉だけで済むレベルの痛みで勘弁してやったのだから、感謝ぐらいしろ、とでも言いたげにリディアは壁に左手を伸ばし、寄りかかる。


 相手から聞いてしまえばそれでリディアもする事は終わるのだから、相手が妙に渋るその頑固さに、徐々に苛々を倍増させていく。




――壁で動かなくなっていた女が再び動き出す……――




「兎に角こっちはお前の事殺せって言われて――!!」

「言葉が通じないか……」


 背後から違う女の声が罵声レベルの音量で響き、勿論それに対してリディアが反応出来ないはずが無かった。


 青いセーターの女がやっと動けるようになったらしいが、その言葉は、リディアを半分呆れさせるもので、そしてとうとうリディアからも話をしてもまともなキャッチボールが出来ない奴だと思われたようである。


 ナイフで突き刺そうとしてきた女に対し、リディアもそれ相応の反撃を実行する。




「黙らせて……やるから!! 大人しく……してな!!」


 ナイフを持った相手に対して、リディアは素手であるが、相手が相手である以上、怖がる必要が無い相手である。


 女の子の力、というよりはそもそも女の子の行動とは思えないような、力任せで、そして的確に鳩尾(みぞおち)目掛けて右手、利き腕の拳を突き刺す。怯んでいる間に再び同じ部分にまた1発腹部に一撃を加え、更に顔を左右の手で交互に4発程殴り飛ばす。


 まだ相手は倒れなかった為、リディアは青いトレーナーの女の太股を強引に両腕で抱えるように持ち上げ、背中から倒させる。鈍い轟音と共に、トレーナーの女は苦しそうに呼吸を続けながらも、動かなくなった。


 格闘技というよりは、ただの不良の喧嘩のように相手を黙らせると、リディアは少しだけ乱れた呼吸をすぐに整え、再度、ベージュのセーターの女の元へと戻る。




「ふぅ……。さてと、残りはあんた1人、だよね? さっさと教えちゃった方が身の為だと思うよ? ナイフ程度で襲い掛かられたって、私ならすぐに対処出来ちゃうからさあ」


 手を交差させて手の疲れを紛らわしながら、未だに顔面を押さえている女にリディアは接近する。腰に両手を当てながら、右足で地面を鳴らす。その足を慣らす動作は、要するにさっさと言えよ、と強要しているのと変わらないと見て間違いは無い。


「ふふ、悪いけど、お前の負けみたいね?」


 痛いのを相当堪えているのだろうか、手を離して見せてきたその女の表情は苦痛に歪んでいたが、その口から出された言葉は、リディアの有利であるはずの状況をひっくり返すと思われる内容だったのかもしれない。


 女からすれば、もうとある理由が入ったおかげで、自分がこれ以上痛い思いをしなくても済むのだから、上目遣いの表情は再度、不安を煽るような笑みを作り上げる。




「なんで……ってまた……!!」


 また悪足掻きでもするのかと、鼻で笑ったリディアであるが、ドアの影からまた別の者達が現れる。その者は、そうである。リディアが林で出会った男達3人であった。今、その者達は全員が自動式拳銃を装備しており、リディアに突き付けながら部屋へと入ってくる。


 今は本気で戦える服装では無い以上は、ただ向けられる銃口に恐怖を感じる事しか出来なかった。思わず数歩後ずさってしまう。


「よぉ、随分暴れたみたいだなぁ?」


 ならず者の男は、リディアの顔面に銃口を向けたまま、言い放つ。女2人ではリディアを始末する事が出来なかったから、やはりここは男の出番なんだよ、とでも誇っているかのように妙に身体を張っていた。




「もうさあ、面倒だから、皆、さっさと撃っちゃって! こいつの事殺しちゃって!」


 顔面を強打させられたベージュのセーターの女は、きっとリディアへの憎しみも相当なものとなっているのだろう。ここでまた無駄に言葉のやり取りをして時間を無駄にしたくないと思ったからか、もうこの数分の間にリディアを死体に変えてやりたかったのだろう。


 男達に、非情に残酷な要求を急かす。


「マジで。じゃあやっちまうぞ?」


 後ろにいた男達も部屋に入り込み、リディアをいつでも射殺出来るように拳銃を向ける。リディアは今、3人の男に照準を定められているのだ。


「うん、殺しちゃって!」


 妙に明るい口調で女は口を開くが、内容はまるで明るくは無いし、室内も月の光だけである為、普通に暗い。




(ヤバッ……!!)


 リディアとしては絶体絶命であった。ここは2階であるし、たった1つの逃げ道であろうドアは塞がれている。当然銃弾を跳ね返す鋼の肉体も無いし、今の衣服も跳ね返しの力なんてあるはずが無い。


 まだミケランジェロに再会してもいないのに、ここで終わってしまうのだろうか。まだ年齢的に死ぬのは早過ぎる。恋愛もしていないし、見た事が無い土地や街も沢山残っている。なのにここで死ぬ訳には……。


 等と脳裏に過ぎらせている余裕は無い。


 もうリディアがする事は1つしか、もう手段は無かったのである。




「これでも食らえっつの!!」


 リディアはベッドの隣に置いてあった小型テーブルの横へと走り込み、自分のポシェットを自分の足元に落とすなり、残されたテーブルを男達目掛けて投げ飛ばす。


「うあっ!!」


――ドスゥウン!!


 男に命中し、拳銃の照準がリディアから外れてすぐに、思わず男は引き金を引いてしまい、天井に風穴を開けてしまう。


 だが、直撃しなかった男はすぐにリディアの背中を狙うべく、拳銃を構える。




「じゃあね!」


 リディアは足元に落とした自分にポシェット、恐らくその中には生活や旅で必要な全財産が入っているであろうそれを拾い上げるなり、そのまま窓に向かって飛び込んだ。


 飛び込む際に、顔面を両腕で護り、そして膝も曲げ、身体を小さくさせる事で、窓の縁に身体が接触しないよう、対処していたのだ。背後からは銃弾が飛ぶ音が響いたが、今のリディアでは意識して回避する事は出来ないし、音が響いたからと言って、それでどうにかしようとする事も出来ない。


 ガラスを豪快に突き破ったその先は、勿論奈落、とまではいかないにしても、通常の人間であればまず無傷で着地出来るような高低差では無い。勿論リディアでもそんな高さから普通に着地する等、絶対に無理である。




――しかし、リディアは無計画だった訳では無い――




 事前に知っていたのだろう。この窓のすぐ下には馬車の荷台が置かれていたのである。


 屋根は弾力性のある素材で作られている為、そこに降りれば自身に入る衝撃を抑えられる。だが、他者の所有物を傷付ける可能性があるものの、今は命の危険が迫っていたのだ。それはある意味では気にしている余裕は無かったのかもしれない。


「ふっ! よっと……ってうわぁ! いったっ……」


 着地した屋根をクッションにしながら、反動を使ってそのまま地面へと降り立つが、バランスの取り方を誤ったからか、地面へと着地した時に前のめりに転んでしまう。


 石造りの地面だった為、痛みは相当なものである。膝や胸に激しい痛みが入るが、死ぬ程のものでは無い。自分の身体に纏わり付いていたガラスを払い除けながら、右足を立てるが、その時に妙なものを感じ取る。




(ん? 何……? この変な臭い……)


 外に出た途端に感じた異様な臭気をリディアは感じた。発生源はまだ分からないが、それでも悪臭がどこかで発生しているという事だけは確認出来ている。どこかで生ゴミでも放置されているのだろうか。


 しかし、ここは宿泊施設である。客を呼ぶ場所で、悪臭の発生源を放置するはずも無いし、それに夕方、初めてここに来た時はこの生臭い悪臭は無かった為、どちらにせよ良い感じはしないだろう。


(ってかホント……くっさいかも……。酔いそう……)


 手に持っていたポシェットを腰に装着させながら、ようやく立ち上がるが、すぐに臭気の原因を知る事になる。




――すぐ横から、原因が現れる!!――




「悪いが、お前にはここで死んでもらうぞ!!」


 リディアが横を振り向くと、裸の上半身に棘が付いたベルトを2枚、交差させるように巻いた男が斧をリディアに振り落としていたのだ。


 顔面に迫る斧を、持ち前の反射神経で身体を後方へと投げ出す。


「うわっ!! 危なっ!!」


 目の前の一撃を避ける事に精一杯であった為、背中から倒れる所を、その反動を使って両手で地面を押さえ付ける事によって、後方に一回転して綺麗に着地する。そして同時に距離も取る。




「ってかなんなの……次から次へと変な奴が出てくるし……」


 またいつ襲い掛かられても対応が出来るよう、リディアは利き腕である右腕を引いて、少し体勢を低くしながら格闘技を思わせる体勢を作る。だが、突然現れたこの男も自分の命を狙っている為、早く厄介事から開放されたいと願っている事だろう。


「さっきはおれの仲間を可愛がってくれたみたいだが、お前はここで死ぬ運命だからなぁ、ここで血塗れになってもらうからなぁ?」


 リディアを拳銃で殺害しようとしていたあの男女のグループの仲間である事をここでリディアは知る事になる。まともに剃られてもいない無精髭で荒れた顔をにやつかせる。そこには魅力も何も無い、ただ見ていて気分が悪くなる要素ばかりが存在した。




「ふぅん……あいつらの仲間、か。体型からしてあいつらのボスって感じだね。ってか今感じた人でも殺せそうな悪臭の原因ってあんただったんだぁ?」


 あのグループの人間と比較すれば、目の前にいる男は体型的にもあの男女以上に優れていると言えるし、武器の豪快な扱い方を見ても、他の連中とは格が違う事を示している。


 だが、リディアはここであの臭気の原因を知る事になる。そうである、この目の前にいる男から放たれていたのである。


「あぁ? なんか言ったか?」


 いくら男でも、言われて腹が立つ事はあるだろう。本当は聞こえていたであろうリディアの言い分を、(あたか)も聞こえていなかったかのように、聞き直そうとする。




「言ったよ? なんか死ぬ程臭い(にお)いが漂ってきたんだけど、あんただったんだね? 体格だけじゃなくて自分の生活管理が出来ない部分も武器にしちゃうとは流石だね」


 そんな事を言っている間に、リディアは握っている拳に電撃を生じさせ、いつでも戦えるような状態にしているが、相手を意図的に挑発しようとしている部分も見えている。だが、臭いのは事実であるし、体格で相手に威圧感を与えるだけでは無く、臭さで相手の気力を奪い取ろうとしているようにしか感じ取る事が出来なかったのである。


 戦闘服では無い時も、指先が出た緑の手袋を装着しているのは、自身に発している電撃で手が痺れないようにしているからなのだろうか。


「そうやっておれの事を怯ませるつもりかぁ? まあいいや。こっちはなぁ、あの神殿に行く奴はほっとけねんだよぉ!!」


 自分で認めようとは思わないのだろう。自分の臭気は自分では気付きにくいものであるが、どうやらこの男がリディアを殺そうとしている理由はハッキリと決まっているようでもある。そうである。リディアの目標こそが、男が狙おうとする理由なのだ。




「あんたなら話が通じそうで嬉しいよ!!」

(こいつ自分が臭いって事自覚してないの!?)


 相手が武器を持っている以上は、自分も何か武器を持たなければ実力が釣り合わない可能性がある。また不思議な能力を頼ったのだろうか、右手の先の空間を一瞬歪ませるなり、それを実体化させ、白銀の片手持ちの剣へと変化させる。


 これで力の差は互角になったと思われるが、それより、リディアは相手から放たれる臭気をどうしても切り離す事が出来ず、心の中で激しく口調を荒げてしまう。これでも、腕を伸ばしても届かないような距離にいると言うのに、まるで自分の顔面に何ヶ月も放置されて腐敗した食料品を押し付けられたような激臭が伝わっているのだ。




「お前あの力持ってたんだなぁ? いい剣じゃねえか」


 斧を威圧目的で自分の身体の左右で振り回しながら、リディアが不思議な能力で空間から実体化させた剣に興味でも持ちながら、一歩一歩接近する。最も、ただ見せてもらうだけでは無く、目標をさっさと潰す事が一番の理由だとは思われるが。


「私が危ないって時に……ってか息臭いから近づくなっつの!!」


 恐らくは自分に危機が迫ったから、それでやむを得ず武器を取り出したのだろう。だが、リディアにとって一番腹立たしいと感じた事は、そうである。この男の悪臭である。体臭とは違う、また生臭い臭気で、その正体は口から放たれているという事をここで知る。夜で暗くなっているとは言え、相手のやたらと黄ばんだ歯、それに加えて明らかに汚い物が付着しているのも見て取れた。




(こいつ外見も男臭そうだけど……一番の原因は息の臭さ、か……)


 世の中には自分を清潔に保とうと思わない人間もいるが、リディアでもここまで酷い相手を見た事が無かったのかもしれない。裸の上半身という点では男性特有の臭いが顕著に出やすいかもしれないが、この男の口臭はそれを余裕で凌駕するレベルである。密かに自分は絶対そんな風にはなりたくないと思うリディアでもあった。




「それしか言う事ねぇのか!?」


 自分の臭気を理由に荒々しい言葉をぶつけられたこの男は、まるで仕返しとでも言わんばかりに遂に本気の一撃をリディアへとぶつける。横に払った斧の切っ先がリディアを横から襲う。


「うう゛っ!!」


 剣で受け止めるが、やはり相手の得物は重量が違う。リディアではそれを受け止めるのは非常に厳しく、思わず身体が跳ね飛ばされてしまう。身体に直接攻撃が入らなかっただけ(さいわ)いであったが、受け止める事を考えるのはやめた方がいいだろう。




――まるでこれからがスタートと言わんばかりに、襲い掛かる!!――




斧を振り回し、リディアに攻撃の機会を一切与えない。

大振りであるが為に、なかなか直撃させる事が出来ない。


だが、リディアとしてはいつでも反撃は出来るはずである。

それでも攻撃をしようとせず、受け流しているばかりである。


(どうしよ……こんな奴ここで放置したら、村の人達も危ないし……)


相手は他者の殺害をなんとも思わないような粗暴な人間である。

ここで逃げるのは勝手なのかもしれないが、村民に武器が向けられてしまう事だけは絶対に避けたい。


村人の為にも、ここを今は離れてはいけないのだ。




(かと言って殺したらまた面倒になるし……)


殺しはどこの世界でも、重罪として扱われてしまうだろう。リディアとしては非常に強い抵抗を当然のように持っている。

特にリディアは不思議な能力を持っている身である。法の世界で厳しい監視下に置かれている可能性も非常に高い。


例え相手がいかに反社会的な存在であっても、正式に認められていなければ無用な殺生はリディアの人権にも危機が迫る。

法の世界を恨みながら、リディアは受け流す戦術を続ける。




(村だから警察なんて動いてもくれないし……)


規模が小さい所では、警察も出動してくれないのだろうか。

逆に規模が大きい所、例えば帝都や首都であれば、力のある司法機関が動いてくれるという事なのだろうか。


しかし、ここは村である。規模に関しては首都とは程遠い。

ここでは、期待する事自体が間違いなのだろう。


頭部目掛けて横に払われる斧を屈み込んで回避した時に、1つだけの希望が頭に浮かんだ。


(でも治安局……そこならきっと動いてくれるかも!!)


首都や帝都等に属する組織化された司法機関には及ばないのであろう。

だが、村や町等の規模の小さな区域にしても、人が住む以上は治安を護らなければいけない。


治安局であれば、戦力はやはり劣るものの、それでも村程度の場所でも護ってくれる為、リディアは賭けたのだ。




「っておい!! さっきから逃げてばっかじゃつまんねぇぞ!!」


 斧を突き刺すように伸ばされた攻撃を、リディアは横にずれて回避するが、男は自分に向かってこないリディアに向かって言い飛ばす。どうやら男は好戦的で、武器をぶつけ合うスリルある戦いが好みであるようだ。


「つまんなくて結構!! あんたの事追い詰める方法考えてただけ!! ……!!」


 リディアの反射神経を持ってすれば、斧による大振りで速度がやや遅い攻撃を回避するのは容易であるに違いない。


 しかし、まるで意識を揺さぶられるかのような吐き気に襲われ、額を左手で押さえ込む。




(ヤバッ……なんか気持ち悪くなってきたかも……)


 原因は勿論、相手の数メートル離れていても普通に届くあり得ない範囲で放出されている口臭だ。もしかしたら今までにも息が臭い相手と対面した事があったかもしれないが、恐らくこれは今までで一番酷い臭さだろう。


 相手の悪臭が、リディアの気分を悪くさせているのだ。




「おいおいどうしたよぉ? ここで眠くなってきたか!?」


 男からすれば、もうこの時間帯が夜である為、夜の時間に迫る眠気がリディアの中で流れ始めたのだと勘違いし、相手の意識障害をチャンスと、再び斧を頭上から振り落とす。


「あんたさぁ、自分がどれだけ息臭いか自覚してる!? 相手が酔うレベルだよ!?」


 リディアの意識が一瞬だけ揺らぐ様子を、男は確認していたらしい。だが、その理由は、眠気では無く、悪臭による気分の悪化である。回避を続けているにしても、気分に障害が入ってしまえば、それも出来なくなる危険がある。




「さっきからそればっか言いやがってムカつく奴だよなぁ!?」


 男の方も、自分の身体に対して嫌な追求をされ続ける為、殺して黙らせてしまおうと武器を暴れさせるが、やはり命中してくれない。喋る度に男の口から派手に汚い歯が映り込み、リディアを視覚的に不快にさせてくれる。


「好きに言ってれば? どうせ法的に裁かれるんだからね!」


 リディアとしては事実だけを伝えている身である。それでも男が振り回す斧に対する集中力だけは途切れさせない。


 しかし、相手を本当に裁かれる状態にするには、通報装置を使わなければいけない。治安局の職員が来てくれなければ、男を拘束してもらう事は出来ない。最も、リディア自身が拘束するだけなら、出来ない事は無いかもしれないが、果たしてそれだけの技術があるかどうかであるが。




(ってか通報装置、あるはずなんだけど……どこだろ?)


 今目指すべき対象は、通報装置である。それを見つけ出し、スイッチを押せばそのまま治安局へと信号が入り、村へと駆けつけてくれるのだ。武器を持った戦力のある兵士が駆けつける為、人道の外れた悪人や、危険な怪物が迫った時は頼れる存在となる。


 だが、それ自体を見つけなければ、治安局には届かない。初めてこの村を訪れた者にとっての一番の問題は、通報装置の場所を事前に知らされていないという事である。リディアは斧の回避の合間を縫って、左右をキョロキョロと見渡す。




(あぁもう……こんな事になるんだったら場所最初から把握しとくんだったか……)


 元々は最初に林で助けた女2人を疑っていたというのに、いざという時の装置の場所を下見していなかった自分に原因があると、今更ながら自分の準備の悪さを恨んでしまう。


 しかし、今は外には自分と目の前の男しかいないらしく、村民は皆自分の民家か、施設内にいるらしい。巻き込んでしまう事だけは避けられそうであるが、この男は放置する訳にはいかない。



「駄目だね……。これじゃあ私がいつかやられるか……」


 回避ばかりをしていては、いつまで経っても男の攻撃は止まらない。男の方が飽きて手を止めてくれればリディアに斬撃が入る事は無くなるが、それはあり得ない。自分ばかりが攻撃を加えられる可能性のある状況を変えなければ、男の好きにされ続ける事になる。


 リディアは両手を強く握り締め、口から言葉を漏らす。


「何ゴチャゴチャ……言ってんだオラァ!!」


 攻撃を当てられないから苛々していたのか、それとも自分より弱いと思い込んでいる相手の些細な行動をいちいち責めてやろうと思ったからか、怒鳴り声を飛ばしながら、力を増幅させた斧の一撃を再び飛ばす。




「おっと!! こんなの使ってたらこいつ殺しちゃうから……こっちの戦法に変えるか……」


 真上から落とされた斧を身体を横にして回避したリディアは、自身の能力で実体化させた剣では相手を殺害してしまうと考え、決断を選ぶより先に剣を消滅させ、電撃を纏わせた拳を信じる。




――躊躇う事無く、男の身体に一撃を加える!!――




「これなら殺さないで済むからね!!」


 元々身軽な肉体を持つリディアである。重たい斧で鈍い動きしかしない相手の懐に潜り込むのは容易い事である。


 男の胴体に、真っ直ぐな拳の一撃を加える。単に威力だけで勝負していたのでは無い。その電撃に、大きな意味を持たせていたのだ。




――身体が痺れ、自由に動けなくなる……――


「てめっ……小細工……しやがって……!!」


 全身を貫いた痺れが原因で、男は立っている事が出来なくなる。膝が地面に落ちてしまい、斧を握る力も弱くなり、地面へと落ちてしまう。


 しかし、リディアは動けなくなった相手に最期の時を与えるのでは無く、元々自分が遂行しようとしていた方向へと戻る。そうである。通報装置の探索である。殺して法を犯す、或いは殺人による面倒な処理に出くわすぐらいなら、司法の者達に解決してもらった方が楽なのだ。




(さてと、見つけるとするかな……)


 リディアは動けなくなった男を放置し、村の中での探索を開始する。夜になっているせいで、電灯だけが頼れる光であり、その限られた中で探さなければいけない。




 村の中を走り回って数分、柱に設置された機械らしき物体を見つけ、息を切らしている訳では無いが、リディアの表情に安堵の色が混じる。


「意外と近くにあったのか……。早く押しちゃうか」


 独り言を呟きながら、リディアは柱へと近寄り、横開きのカバーを外そうと、手を触れた。その時である。




――突然拳銃を持った男が、影から現れ……――




「よぉ。やっぱ来ると思ってたぜ?」


 さっきの寝室にやってきた、そして今日の昼に林で出会ったならず者の男達である。民家の木箱の陰や、成人した人間の腰程の高さの塀の影、そして道を挟んだ向かいの物陰からも、男達が出てくる。拳銃をリディアに向けながら、包囲する。


「……」

(やっぱり、都合のいいようにはいかないか……)


 折角目の前に通報装置があるというのに、銃弾の恐怖が、リディアの行動力を縛り付ける。簡単に押せれば苦労はしないとよく言われるが、それは事実であったのだ。




「お前通報でもするつもりだったんだろ? そうはいかねぇぜ? ここに来ると思ってこっそり先回りしてたんだよ」


 どうやら、リディアがあの口臭の酷い男と戦っている間に、密かに通報装置の周辺へと先回りしていたようである。この通報装置の場所だけに先程リディアを襲った連中が全員集まっているという事は、この村にはこれ1つしか設置されていないという事なのだろうか。


「しばらく姿見せないと思ったら……こんな姑息な事して――!!」


 自分が追い詰められていながらも、リディアは不利な状況を誤魔化すように鼻で笑いながら正面にいる男に対して瞳を細めるが、横から何かが発射されるような音が聞こえ、気付いた時にはその餌食となっていた。




――縄がリディアの両腕を胴体を巻き込んで絡み付く……――




「うあっ!!」


 縄がリディアの身体を縛りつけ、更にもう1発、今度は脚にも発射され、両腕及び、両脚を拘束された状態でリディアは自分の身体を支える事が出来ず、そのまま倒されてしまう。


「よっしゃあ! 命中したぁ!!」


 現れたのは、青いセーターの女であった。クロスボウのような両手持ちの機械を持ちながら、夜の空の下で妙にはしゃいだような歓声を上げた。この時だけの声は可愛くても、やっている事は全く可愛くないし、既に可愛くない言動もリディアの前で見せてしまっている為、台無しである。




「よし、いいじゃねえか。これでこいつはもう動けねぇよな? いやぁその道具用意しといて正解だったな」


 太った男が縄で拘束されて倒れて、そして身動きが出来ない状態になっているリディアの腹部を縄越しに踏みながら、青いセーターの女が使った縄の発射装置を見て言った。


「そういえばさっきはよくもわたしの事壁に向かって転ばせてくれたよね? あれマジで痛かったんだよね?」


 ベージュのセーターの女もリディアの元へと近寄ってしゃがみ込み、そしてリディアの紫色の前髪を乱暴に掴みながら、リディアの顔を自分の顔面へと接近させる。リディアの青の瞳に映ったのは、女の顔に付いた、擦り剥いた痕である。




「あぁ、自分の不注意で転んだってやつ? なんで人のせいにするの? 自分のせいで痛い思いしたんでしょ?」


 リディアは自分があの時、目の前のセーターの女を転ばせた事をわざと忘れたかのような言い方で、今にも笑い出しそうな感情を堪える。引っ張られる前髪に痛みが走るが、耐えられない程では無い。


「お前これから殺されるってのに何強がってんだよ?」


 横から見ていた男は、リディアのまるで怖がってもいないその喋り方に違和感や苛立ちを覚え、立ったままの姿で見下ろしながら、言葉で責める。




「あぁちょっと待ってよ。簡単に殺しちゃ面白くないからさぁ……仕返しさせて……よね!!」


 今喋った男が拳銃を再び構えようとしたのを、セーターの女は見逃さず、この拘束した状態で殺害してしまってはまだ気晴らしが出来ないと思ったのかもしれない。セーターの女は、まず抵抗が出来ないであろう目の前のリディアの顔を、空いていた左手を握り、横殴りにする。


 骨と骨がぶつかるような硬い音が静かに響く。


「う゛っ!!」


 相手の力がそのまま自分の顔に伝わり、リディアは鈍い悲鳴を小さく漏らすが、今は動けない状況である以上、殴られたからと言ってやり返す事は、今は出来ない。




「さっき寝室でこいつに転ばされたりしてかなりムカついたんだよねぇ? ねえねえあんたも一緒に仕返ししちゃわない?」


 リディアの前髪を乱暴に掴んだまま、セーターの女は、青いトレーナーの女を呼び、一緒に暴力でも加えてやろうかと提案をする。この女2人は、リディアに直接痛い思いをさせられたという共通点がある為、リディアへの憎悪は相当深いものがあるだろう。


「やるよ勿論。このメス豚野郎にこっち1回投げ飛ばされてるからね? ってかその顔ムカつくんだよ!!」


 ストレスを溜め込んだかのような表情で、青いセーターの女はリディアに近寄るなり、女はリディア目掛けて踏みつける。だがそれは、リディアの頬を掠るように当たり、打撃というよりは、擦り傷を作らせる目的で放たれたと見た方が良いかもしれない。




――再び走る、リディアへの痛み……――




「何……する……のよ!!」


 今度は顔を殴られたのでは無く、踏みつけられたのである。掠ったとは言え、摩擦を思わせる熱さを帯びた痛みがリディアの表情を歪ませてしまう。しかし、縄が原因で仕返しをする事も出来ない。


「仕返し、だけど? お前がさっきやった事ここで全部返してやるって寸法だけどね?」


 青いトレーナーの女はもう1人の女と同じくしゃがみ込むなり、距離が近くなったリディアを拳で痛い目に遭わせる。そうである。殴りつけたのである。だが、それでまだまだ気分は晴れてはくれないに違いない。




「いやぁお前マジでムカついたんだけどねぇ? あの馴れ馴れしい態度も正直メッチャムカつくしね!」


 まるで最初に出会った瞬間から嫌悪感を出していたかのような言い方で、ベージュのセーターの女は再びリディアを殴りつける。リディアの性格に問題があったのか、それとも単にこのセーターの女の性格が捻くれているのか、出来れば後者であると願いたいものである。


「それに人の事いちいち疑う妙な神経質なとこも、あ、だからお前ぼっちで旅してるんだったか?」


 セーターの女は殴りながら言葉を続け、リディアの相手をそう簡単に信じない性格をも責めようとする。それが原因で一人旅をしているのかと、行動面で精神的な攻撃をも仕掛けようとする。




「そういう……あんた達こそ……凄いよね。こうやって縛り付けて、しかも複数じゃないと何も出来ないとか。1人じゃ怖くて何も出来ないからそうやって群れてるんでしょ?」


 自分が孤独であるかどうかという質問には一切見向きもしなかったリディアは、自分が反撃出来ない状況であるのにも関わらず、相手の群れなければ行動が出来ない臆病な精神を(つつ)いた。


 相手は5人だが、自分は単独である。単独の、それも女の子を相手に、それを複数で襲っている辺り、実際の戦闘力は大した事が無いとしか予想する事が出来ないのである。


「てめぇ自分の立場理解しろゴラァ!!」


 生意気にも口を動かし続けるリディアに納得が出来るはずも無く、ベージュのセーターの女は、リディアの頭を両手で掴み、地面へと頭部を叩きつける。硬い物同士がぶつかり合う物々しい音が響き渡る。




「いったっ……!! 何こいつら……」


 後頭部に酷い激痛が走り、いつになればこの肉体的な苦痛から開放されるのか、リディアは徐々に不安を覚えてしまう。先程は口臭の男による悪臭に悩まされていたが、今度は肉体的な苦痛である。しかし、この縄をどうにかしなければ、抵抗したくても出来ないし、逃げる事も勿論出来ないのだ。


「どうせ死ぬんだから大人しく殴られてろっつの!!」


 もうリディアとしっかりとした会話をする気は一切無いのだろう。気に食わない事を言えば、肉体的な暴力で黙らせようとするのは、粗暴な気持ちしか残っていないこの女ならではの行為と言える。しかし、この女がリディアの生命活動を停止させる為の死の一撃を許すのは、いつになるのだろうか。




「すっげぇ鬱憤溜まってたみてぇだな」


 腹の奥底を震わせながら笑っている男は、仲間の女2人が暴言を飛ばしながらリディアを殴っている姿を見て、一体自分達が見ていない場所でどのようなやり取りがあったのか、興味すら覚えているかのような表情である。


 元々リディアは男達からすれば敵である。どんな目に遭わされようが、関係は無いだろう。


「ほっといたらマジで殴り殺しそうだな」


 ここはもう女2人に任せてもいいだろう、とでも言わんばかりに男はズボンのポケットに手を突っ込みながら、観戦でもするかのように民家の壁に背中を預ける。拳銃等の武器を使わずとも、女2人に殴らせていれば、その内に勝手に死んでくれると思ったのだろうか。




「所で……結局最後の最後まで……私が神殿に行くのを拒む理由、教えてくれないんだぁ……」


 顔が痛くても、ここでは耐えるしかない。


 リディアは痛みのせいで呼吸を荒げているが、それでも、リディアにとって一番聞きたいであろう情報をまだ聞かされていないのだ。相手は(かたく)なに教えようとしないが、それはやはりリディアに言う義理が無いからなのである。


「なんでお前に教える必要あんの? どうせ死ぬのに聞く理由なんて無いと思うけどね?」


 青いセーターの女の返答は、大体はリディアが予測していたものとして間違いは無いだろう。




「教える気が無いとかじゃなくて、元々理由もちゃんとハッキリ出来てないってだけじゃないの? そっかぁ、頭が悪いから私の質問にもまともに答えられないんだぁ?」


 口の端から血を流しながら、リディアは結局自分の質問に答えようとしない女2人に向かって、対話をする能力が低いのでは無いかと、状況を考えて非常に危険であると思われる言い方を選択した。ここで相手を挑発すれば、身動きが出来ない状態で本当に命に響く一撃を加えられる危険があるというのに、大丈夫だったのだろうか。


「やっぱり死に際に来ると強がるって、案外ホントだったみたいだね」


 ベージュのセーターの女は、まるでリディアが最後の最後に強く見せようと意地になっているのかと思い、見下すように舌打ちをする。




「本当に私の事殺すつもり、ってか殺せると思ってたりするの?」


 リディアは縄で縛られ、絶望的な状態であるのにも関わらず、まるで女2人と男3人ではリディアを殺す事なんて絶対に出来ないとでも言うかのように、感情を押し殺した声で訊ねる。


「まだ負け惜しみなんか言ってるしこいつ。怖いなら怖いって泣き叫べばいいのに」


 自分の立場も理解していないリディアに対し、青いセーターの女は強気に振舞うその姿を嫌らしく思い始める。ここまで追い詰められているなら、そろそろ自分達に、感情表現の中で最も人には見せたくないであろう類を見せて欲しかったのだろう。


 勿論、それはリディアにとっては不都合な話であるが、リディアの不都合はこの集団にとっては無関係だ。




――だが、この時、リディアは自分しか知らない何かをしていたのだ――




(よし……もう少しで……!!)


 リディアは自分の手元に力を込めており、縄を切り落とそうとしていたのだ。だが、体勢が原因で思った以上に時間を消費してしまっており、そしてこの不思議な能力は使えばそれに比例して自身の体力も消費されてしまう為、焼き切るのにどうしても思い通りにいかなかったのだ。


 だが、もうすぐで、自分を縛り付けている縄を切り落とせるのである。




「ってかなんでさっきからこいつ腕ブルブルさせてんだよ? さっきから気になってたんだけど」


 リディアの妙な行動に気付いた男の1人が、リディアの背中を覗き込んだ。よく見ると、リディアの縄の周囲に切り屑が散っていたのだ。それは、徐々に縄が削れている事を意味していたのである。どうやって削っているのか、原理は男には理解出来ないが、どちらにしても縄から開放されようとしている事に代わりは無い。


「って何してんだこいつ……!? こいつ縄切ろうとしてやが――」

「気付くの遅過ぎるよ!!」




――遂に両腕が縄から開放される!!――


 しかし、両脚はまだ縛られたままである。だが、両腕が自由になった瞬間に、能力で手元に小さめな刃を発生させ、脚を縛っている縄を一瞬で切り離す。


 これで、全身に完全なる自由が戻ってきたのである。この後にする事はもう決定されている。今までされた事を、全て倍返しにしてやる事である。だが、男達は拳銃を装備している。




――男達は一斉にリディアに向かって発砲するが……――


 リディアの能力で発動した俊足によって、銃弾はただ地面に突き刺さるだけで終わってしまう。


 もうその場にはリディアの姿は無かったのだから、命中はあり得なかった。


「くそっ! あいつどこ行っ――」




――背後から、男の顔が蹴り飛ばされる!!――


「とぅあっ!!」

「がぁっ!!」


リディアの動きを目で追う事が出来なかった男の内の1人の背後から襲う、リディアの横蹴り。

男に気付かれる事無く、背後から頭部を横殴りならぬ、横蹴りで倒してしまう。


(やっぱりこの力、いいかも!)


心でそう呟きながら、リディアは残りの2人の男に向かってまた俊足を発動させる。

この能力は体力の消費と引き換えに人間の身体能力の倍以上の力を引き出すが、リディアにはまだ体力が余っている。


2人目の男に対しては、さり気無く堂々と真正面から攻撃を仕掛ける。前に向かって空中回転をしながら。


「こいつ……死ね!!」


目の前のリディアを射殺すべく、銃弾を放つが、それは命中する事は無かった。

そして、回転によってより勢いをそのまま力に変え、踵落としの要領で男に重たい一撃を渡す。


「命中悪いよ!」


リディアは自分のすぐ下で銃弾が飛んでいったのを確認しており、男に一撃を振り落とし、着地と同時に言った。

もう発砲してきた男は倒れており、男が自分の命中率の悪さの指摘を聞けていたかどうかは分からない。


残る男は、もう1人だけである。




(ちょっと体力不味い気がするけど、残りは……)


まだ全員を倒している訳では無いが、喉の奥に熱さを感じているのと、額の汗によって、自分の体力に不安になる。

男はまだ1人残っているが、ここで体力不足を理由にやられる訳にはいかない。


背後の男へと振り向こうとした刹那、背後から鋭く尖った殺気そのものが飛ばされたのを察知し、右脚に力を込めた。




「たぁあ!!」


――発射された銃弾を後ろ蹴りで跳ね飛ばす!!――


当然、脚部を能力で硬質化させ、銃弾以上の堅さに一時的に変化させた上で、そして自身の瞬発力で蹴り飛ばしたのだ。

硬質化させていなければ脚に穴が開いていた可能性が非常に高いが、だからこその能力である。


俊足で太った男の目の前へと飛び込み、電撃を帯びさせた拳を3発、膨らんだ腹部へと1秒の隙間も入れずに打ち込む。

自身の能力で力を増大させている事に加え、更に電撃もオマケで付加させているのだ。

反撃をする余裕も失うくらいに怯ませられた男に対し、リディアは最後の、怒りの一撃をお見舞いする。




「これでも……食らえぇ!!」


まるで縛り付けられていた時の苦痛をこれで解消するかのように、リディアは自分より背の高い相手と視線を合わせる為に、

跳躍した状態で思い切り右腕を振りかぶり、顔を殴りつけてふっ飛ばす。


「!!」


悲鳴すら出させず、男を転ばしたリディアの残る敵は、女2人である。




「はぁ……はぁ……さてと、残るはあんた達だけだよね? そろそろ真面目の質問に答えてくれる? 私今かなり機嫌悪いから、下手したらあんた達の事殺しちゃうかもよ? あ、この男達はただ伸びてるだけだから心配しないでね」


 少し無理に力を使い過ぎたからか、リディアは水色のワイシャツの中で汗が滲んでいるのを感じながら、残る2人を眼中に入れる。殆どリディアと変わらない未成年の歳の相手であるが、既にそこには友情や知り合い関係等のものは存在しない。


 自分を殺そうとした危険人物である以上、その殺害の理由を聞く為に手段を考える事はしなかった。




「ね、ねぇどうすんの? マジでヤバいってこいつ……」


 青いセーターの女は、目の前で見せられた暴れっぷりを見た事によって、自分達ではもうどうする事も出来ないと悟ってしまう。林で助けてもらった時も、リディアの戦い方は見せられていただろうが、あの時とは比べ物にならない殺気があったのは確実である。


 男達を厳密には殺害していないとは言え、少し感情に変化が現れれば、自分達が殺されそうな雰囲気である。


「こんな奴……さっさと撃ち殺せば――」


 だが、男の隣に落ちている拳銃を、ベージュのセーターの女が拾い上げようとした瞬間、突然目の前で拳銃を蹴り飛ばされてしまう。




「おっと! そうはさせないよ!!」


 しゃがみ込んだ姿勢のベージュのセーターの女の背中目掛けて、リディアの力強い踵落としが落とされる。


「う゛ぁ゛あっ!!」


 突き刺さる鈍痛によって、女は背中に倒れ伏す。リディアはそれ以上の追撃はせず、最後の1人である青いトレーナーの女に視線を向ける。




「なんなのこいつ……!! 無理……む、無理……」


 涙目になりながら、青いトレーナーの女はリディアに無防備に背中を見せながら走り去ろうとする。リディアの能力で発動するあの速度を考えていないかのような無計画な逃亡であるが、それをリディアが追いつけないはずが無かった。


「どこ行くつもり? そこのあんたは!!」


 能力を使い、逃げる女の目の前に回り込み、怖気づいた目の前の女を押し倒し、更にその上に馬乗りになり、リディアは完全に青いトレーナーの女を押さえつける。倒された時の苦痛で女の表情が歪み、同時に悲鳴も走るが、リディアにとっては関係の無い話である。




「さてと、今度こそ、はぁ……はぁ……ちゃんと教えてもらうよ? なんで神殿に行こうとしてる私を狙うかって話をね!」


 まるで喧嘩の相手を追い詰めるかの如く、リディアは馬乗りの体勢を一切崩さず、相手の首元を引っ張り、上体を無理矢理起こさせる。普段は相手に優しさや思いやりを見せるであろう表情には怒りや殺意が篭っており、もうリディアの思い通りに動かせてしまうであろう状況である。




 しかし、女はリディアの問いに答えようとはせず……


「誰が教え――」

―バチバチッ!!


 リディアの右手だけが女の首元から離れるなり、その右手には非常に高い高圧を思わせる電流が走り出す。それを使って殴りつけるように脅しながら、リディアは言葉を続ける。


 女は怯え、口が動かなくなる。痛いであろう一撃を加えられた時の事を想像してしまい、尚更言葉が出なくなる。


「状況分かってるよね? 私の事さっきから殺そうとしてたんだから、こんな状況で下手に逆らったり歯向かったりしたらどうなるか、分かるよね? ね?」


 喋り方は普段のリディアの雰囲気が残っているものの、それでも目付きは普段の愛嬌と比較出来るものでは無く、夜の背景をバックにしたその姿は、暗い雰囲気に似合う恐ろしさが表現されている。


 リディアの言いなりにならなければ、命に危険が迫る事を明確に表していた。




「ふ……ん……。やりたきゃ……やれ……ば? どうせ……殺せな……い……くせに……」


 恐らくここで青いトレーナーの女がリディアに殴りかかったとしても、リディアの有利な状況を奪い取る事は出来ないだろう。それをようやく理解したからか、もう女は喉の奥、腹の奥からの震えを抑える事が出来なかったのだ。


「甘えるような事しない方がいいよ? 一応私、あんた達の敵なんだし。余計な事したら一生後悔する事になるよ? おっと、それと、あれは押さないとね」


 リディアは自分の中に眠っているであろう優しさを当てにされている事に腹を立てていたらしい。無意味な期待をされる事によって、右手に更に怒りが混じる感覚を覚えるが、通報装置は作動させておかなければ厄介事を片付けてもらえない為、馬乗りの状態のままで、丁度近くに落ちていた石ころを右手で拾い上げ、それを通報装置のスイッチ目掛けて投擲(とうてき)する。


 これに関しては、能力を使うまでも無かったらしく、相当な命中精度でスイッチに命中、そして無音で作動する。




「ってそんな事はいいや。私が知りたいのは1個だけなの。なんで私が神殿に向かうのを邪魔するの? それだけだから、教えて。教えてくれたらもう開放してあげるから」


 一度通報装置の事は置いておき、リディアは自分が一番知りたい話を、早く女から聞きだそうとするが、恐らく思い通りには進まないだろう。相手はリディアの質問に答える気の無い相手である以上、例え力である程度の脅迫をしたとしても、思い通りに進むとは思えない。


「……る……さい……」


 どれだけリディアが頑張っても、女がリディアの望みである質問への返答をする様子は無かった。しかし、その言い方にはもう恐怖の感情が誰が見ても分かる程に入り込んでおり、間を入れなければ普通に言葉を話す事が出来ないような状態になっていた。




「?」


 リディアは女の至近距離にいる為、女の変化にはすぐに気付く事が出来た。


 まだリディアは相手の胸倉を掴んでいるが、すぐ目の前にいる女は、突然涙を流し出したのである。リディア本人はどうして相手が泣き出したのかは大体把握はしていたが、それを素直に認めてやろうという気にはならなかっただろう。


「誰……が……あんた……に……教える……のよ……」


 身体を震わせながら、そして涙を途切れさせずに、時間の許す限りの悪足掻きを続ける。恐らく、ここで教えてしまえば解放はしてもらえるのだろうが、相手に見逃してもらうという事が嫌だったのかもしれない。




「って今度は自分が不利になればそれなの? 飽きれた……ホントに。私に変な薬みたいなの飲ませようとするわ寝てる所を殺そうとするわ今度は男使って銃みたいなので殺そうとするわで。それでしかもなんか公害レベルの息臭い奴まで使ってくるわで散々私の事追い詰めてきたのに、自分がやられたら泣き出すってどういう事なの? っつうか一応殺し集団の仲間に入ってるのにそんなので泣いて恥ずかしくないの?」


 泣き出した事を素直に認めるようなリディアでは無かった。ましてや、相手は自分の命を狙っていた者である。リディアは自分がされたこの村での仕打ちを全て吐き出すと、最後に相手のプライドに触れるような言い分をぶつけてやる。


 人殺しを当然のように繰り返す者達だと言うのに、自分が追い詰められると弱みを見せるという事は、所詮は心の強さが無い存在であったと、リディアは確信したのだ。


「近……寄る……なよ……」


 声を震わせながらも、リディアの問いに対して相応しいとは言えないような返答を女は飛ばす。だが、それでリディアが納得するはずが無く、泣いている敵対者の事も配慮せず、自分の役目を忘れる事をしない。




「泣いても別にいいから、私が聞きたいのは神殿に行くのを邪魔する理由だけなんだって! 答えるぐらいなら出来るよね? 私知りたいのそれだけなんだって! なんで出来ない、っていうか言えないの?」


 まるで話が進まない状況の中で、リディアの苛々は更に蓄積されていく。先程まではまだ友人や知人に話すような落ち着いた声色であったのに、ここに来てまるで喧嘩の時に変貌したような口調で、更に相手を威圧していく。


「お前に……言う……義理なんて……」


 誰がお前なんかに言うか、とでも言わんばかりの態度であるが、泣いている状態を見ると、言葉の中に強みがあるとは思えない。どれだけ追い詰められても、自分が負けている事が決定しているとしても、それを認めようとしないのがこの女である。




「いやそうじゃなくて、あのさあ、義理って何? 私の事殺そうとしてたんだから理由あるよね? そっちの事情とかこっちには関係無いから、さっさと教えてくれた方が早いと思うんだよね。それだけ教えてもらったら、もう私あんた達の事ほっといてもいいから。どうせ治安局の人達が来るし」


 今のリディアにとっては、相手の都合や事情等はどうでも良いのである。この者達の拘束は治安局に所属する職員達に任せるつもりであった為、早く口を割らせてしまおうと、相手の言い分を平然と払い除ける。


「来る……なよ……」


 そろそろ諦めてしまわなければ、至近距離からリディアから何かしらの一撃を加えられる危険性があるというのに、それでも言葉の形は違えど、意味は同じような発言ばかりを繰り返す。




「言ってる事通じてないのか……。ん? この音って、もしかして治安局? さっき押したばかりなのに……あ、もしかして他の場所で他の人が押した、とか?」


 まるでここまで自分の言葉が通じてくれない相手と出会ったのは初めてであるかのように、リディアの表情にも怒りを通り越して呆れが映り始めるが、遠方から聞こえる馬の足音のような音がリディアの耳に伝わり、随分と早い到着だなと、いつの間にか口調が普段の優しい雰囲気に戻っていた。


 あまりにも早すぎる到着であった為、先程自分が押した通報装置以外の場所に別の装置があり、誰かが危険に気付いて押してくれたのかと、リディアは想像する。




「もういいや。とりあえず治安局の人達が来るみたいだから、そこでゆっくり事情聴取でも受ける事だね? それと、さっきのあの息臭い奴のせいで私今凄い具合悪いんだよね。頭痛いしでもう……まいいや、あんたと喋ってても口割ってくれないだろうから、後はゆっくり事情聴取でもされたらいいよ!」


 他の村民が予め別の場所で押してくれていた可能性は一旦置いて、リディアはようやく自分を狙っていた連中から本当の意味で開放されるのだと、女に馬乗りになった状態のままで、安堵の表情を出す。


 だが、リディアは体調を少しだけ崩してしまっており、原因は宿泊施設から脱出した時に戦ったあの男である。酔ってしまうような臭さを誇る口臭を長い間浴びていた事によって、頭痛を(わずら)っていたのだ。


 人間、体調が悪い時ほど、機嫌も悪くなるものであるが、治安局の職員が到着した時点で、リディアの重荷は随分と軽くなったと言えよう。




――やがて、紺の警備服を纏った者達が、武装的装飾の施された馬に(またが)り、やって来る……――




「やっぱり治安局の方々か……。こっち――」

「助けて!! こいつ殺そうとしてくるの!!」


 リディアは希望の光を浴びたかのように表情を明るくし、『こっちですよ!』と手を振ろうとした瞬間、リディアの下にいる女が突如、大声を上げた。事情をまだ完全に把握していない職員を惑わし、リディアを敵として認識させようと思いついたのだろう。


(は? 何言ってるのこいつ……?)


 リディアは当然のように戸惑うが、リディアが馬乗りになっているというその力関係を強く表したような立場を職員達が見れば、もしかしたら誤解を生むかもしれない。




「いきなりこの村に襲ってきて……だから助けて!! 殺されちゃう!!」


 まるで通報装置を押したのが自分だとでも言うかのように、青いトレーナーの女は途切れかけていた涙を再び流しながら、自分の望みをぶつけるべく、叫ぶ。自分が不利な立場にいる事が相手に分かってもらえれば、逆にリディアを敵として認識させる事が出来るのかもしれない。




――そして、治安局の職員の矛先がリディアへと向けられる……――




「お前が騒ぎの大元だな!? 捕らえさえてもらうぞ!!」


 束縛銃と思わしき機械的な構造を持った両手持ちの銃を、馬乗りの状態になっているリディアに向けた隊長格の職員が高らかに声を上げる。


 警備帽の下で、悪人に向けるに相応しい鋭い視線がリディアへと向けられる。事情をまだ掴んでいない職員達が今狙っているのは、そう、本来であれば無罪であるはずのリディアなのだ。




(へ? あ……あの……なんで……そうなるの?)


 自分が呼んだはずの治安局の者達が標的にしているのはリディアであり、このままではリディアが束縛される事になる。


 思わず表情が固まるリディアであるが、この夜の空の下で、黙っている余裕は無かっただろう。

 今回は口臭の酷い敵対者が登場した訳ですが、やはり息の臭さもある意味では武器になります。相手の戦意を奪い取るという意味では立派な武器ですが、だけど人間としてはかなりの恥になるので、メインキャラには採用したくない設定です。


 勿論こんな設定を主人公こと、リディアに採用したら……多分自分自身が執筆する気を無くすでしょう。想像するのが怖い設定ですが、そういう設定は敵に回すのが一番です。間違ってもメインキャラにそんな設定はしてはいけません。個人的に……。

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