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黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
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第17節 《冷気の魔術兵ネインハルス 冷えた刃は魂と身体を冷たく刻む》

お久しぶりです。今回も敵の幹部バイオレットに続いて、彼の部下であるネインハルスとの激闘を描きます。魔力にも似た力で氷を自在に操りながら主人公一同を追い詰めてく危険な氷の兵士との戦いです。







          男性は、愛する彼女の為なら何でもするようだ


          たった1人の愛する人間なのだから、当然だ



          恋人が命を奪われるような目に遭った時、男性は正常な判断が出来なくなるかもしれない




          もし恋人が蘇るとしたら、きっと男性は反社会的な行動にすら手を染めてしまうかもしれない





          しかし、手を染めたとしても、正義感を持つ少女に手を出すのは不味かった






          リディアを生け捕りにする事で、蘇らせてもらえるはずだった彼女の希望は……


          もうあの青年には無かったのだ




          ただ、今は荒れた建造物が無造作に取り残された、荒廃した土地で、炎と氷がぶつかり合っている








             ――火炎の魔術と、堅氷の呪術がぶつかり合う空間で――




「流石にこの程度では終わらせて頂けませんでしたか。当然だとは思いますが」


 恐らくは、自分で炸裂させた物だと思われる、氷の破片が前方から飛んでくる中で、氷の呪術師であるネインハルスは対面する相手に向かって、形の一切変わらない表情で言い放つ。


 丁寧な口調ではあるが、作り上げた氷の塊は、彼の尋常ならぬ強さを証明していたと言える。


「そんな遊びの氷でオレを倒せるとでも思ったのか?」


 右手に大剣を持ち、周囲に火の粉を散らばらせていたミケランジェロは笑みを作らない威圧的な表情のままで、敵対するネインハルスを真っ直ぐと捉えていた。


 きっと、大剣で飛来した氷の塊を砕いたのだろう。




――左手を氷で肥大化させながら、氷の亜人はゆっくりと進み出し……――




「やめて頂けますか? (わたくし)達は遊戯の時間を過ごしている訳ではありませんから」


 自身が発生させた氷を遊び道具として認識された為、ネインハルスはそれを否定する。


 氷が遊戯の為の玩具では無い事を証明するのか、まるで鎚のように巨大な球体とさせた左手を持ち上げ、ミケランジェロを相手に接近戦を挑もうとする。


「どっちが正しいかを決める戦いだって事ぐらいは分かってるつもりだがな!」


 重量をそのまま破壊力にした武器で近寄ってくるネインハルスに対し、ミケランジェロは斬れ味を持ち味にした大剣で反撃を試みる。


 突然速度を上げながら急接近したネインハルスの氷の胴体を斬り裂こうと、大剣を薙ぐ。




――横からの大剣に対し、氷使いは縦に鎚を振り落とすが……――




 大剣が氷の亜人に直撃したからなのか、相手はまるで蒸発でもしたかのように気体となり、そのまま姿を消してしまう。


 だが、ミケランジェロはまるで相手の状況を把握していたかのように、大剣を持っていない左手に炎の球体を作り出していた。


「ふんっ!!」


 背後からの気配を感じたミケランジェロは、気配の方向に球体を投げ落とす。


 背後一体が爆炎に包まれ、散らばり残っていた氷の破片が一瞬にして全て蒸発する。




―――しかし、ネインハルスは蒸発されておらず……―




「警戒は忘れませんか……」


 跳び上がっていたネインハルスは、ミケランジェロの大胆とも言える防御も兼ねた炎の反撃を見下ろしながら、目の前に先端が鋭く尖った氷の塊を生成させる。


 宙に位置した状態で塊の上に乗り、自身の重量と共に地面へと落とす。目的はミケランジェロだ。




――頭上から、巨大な氷柱を落下させる!!――




「そう来たか!」


 ミケランジェロはその場から位置をずらす為、まるで俊敏な剣士のように地面を蹴り、そこから離れるが、それだけでは氷柱の範囲から逃れる事は出来なかったようだ。


 それを補う為に、自分の目の前に迫ってきた氷柱を大剣で斬り付ける事で、自分自身を弾き出す。斬り付けられた氷柱は大きな(ひび)を見せてしまうが、地面に着地するまで粉砕される事は無かった。




――砕けた氷の上で、ネインハルスは無機質な眼光を敵対者に向ける――




 距離の離れた相手を見て、時間に余裕が出来たものと判断したのか、ネインハルスは自分が感じていた物足りなさの理由を相手に告げる。


「さてと、主役はまだ来ないのでしょうか?」


 この質問を出している所を見ると、決してミケランジェロの事を主役として扱っていなかった事が分かるだろう。物理的にも冷たそうな眼光を敵対者へと向け続けている。


「主役だと? ……もしかして、リディアの事か?」


 何故かは本人もよく分からなかったのかもしれないが、ミケランジェロの脳裏には、どうしてもあの普段騒がしい紫の髪の少女しか浮かんでこなかった。確か一度リディアはネインハルスに姿を見られていたから、それで今のような言われ方だったのだろう。


 大剣に貼り付いていた氷を、大剣自体に熱を入れさせる事によって蒸発させる。




――右手を顔面の前に持ち上げ、冷気を発生させながら……――




「ご名答です。あの方がいらっしゃらないとこの場は全く盛り上がりません。拝見したいのですよ。主人公補正というものをね」


 右手から立ち上がらせているその冷気が、人間でいう興奮を表現するものなのかもしれない。遠くからでも認識出来る程の白い気体がネインハルスの右手から放たれている。


「あいつが余計な事を言ったみたいだな。だけど、あんな都合のいいような補正が入ったら、お前の命が危険に晒されるかもしれないぞ?」


 ネインハルスの放つ冷気に厳重な警戒を飛ばしながら、リディアの持つ意外な実力を見縊らない方が自分の為になると、ミケランジェロは告げる。実力は認めるが、それでも敵対者に対してはもう少しまともで知的な言い方が出来ないのかと、多少呆れもしていたが、表に対してそれを露骨に出す事はしない。




「呆れた方ですね。もしかして私が戦死を恐れているとでも? 逆ですよ。私の種族は寧ろ戦場で滅ぶ事を最大の名誉としていますよ?」


 戦う行為自体が、既に命を捧げているようなものだ。ネインハルスの種族では、戦士が名誉の証とされるようであり、そして本人も自分自身が死ぬ事に対しては一切の恐怖も躊躇も持たないようである。


 一度視線をミケランジェロから逸らしていたネインハルスであるが、右手から放っていた気体を瞬時に凍り付かせ、そして1秒と時間を使わずに氷で生成された曲刀を作り出す。




――相手が驚きを見せる間も与えずに急接近し……――




「ふんっ!!!」


 氷の肉体は重量級なのか、それとも軽量級なのかの判断を迷わせる程の俊足で、氷の亜人はミケランジェロに斬りかかる。刀を振り落とす速度も凄まじく、素人であれば攻撃をされたという事実すら理解する前に左右に分けられてしまっていただろう。


 氷でしか作られていないその刀は、ミケランジェロの大剣で受け止められてしまう。




「!!」


 内心では接近戦の達人でもあったのかと、敵対者に更なる警戒を意識させるミケランジェロである。しかし、相手が達人であろうと、それで切断を許す程ミケランジェロは弱くは無い。またリディアと共に旅をする為にも、今の冷たくも重たい一撃は防がなければならなかった。


「まあ先程の氷の破裂した音を聞きつけてやってくるとは思いますが、それまでは……」


 戦死に関してはまだミケランジェロから返答らしい返答を受け取っていなかったネインハルスであるが、返答よりもリディアの登場の方に期待を寄せているようだった。力勝負とでも言わんばかりに曲刀をミケランジェロに向けて押し付けるが、言い切ろうとする際に一度軽く後方へ跳ぶ。




――突如後方に大量の氷を撒き散らさせ……――




「貴方が先に地獄に堕ちない事を祈りますよ!」


 ネインハルスは身体を突撃させ、すれ違い様にミケランジェロを斬り付ける。やはり斬撃は相手の大剣で防がれてしまったが、氷の噴射で驀進(ばくしん)力を作るとは、かなりの強引な戦法を取ると言える。


 当然そのままミケランジェロから逃げる事はせず、地面を足に突き刺すようにして速度を殺した後、再び同じ手段でミケランジェロの元へ戻ってくる。目的は当然、斬撃であり、そして最初の斬撃の時に残した言葉と相反するような一撃を真正面から洗える。


「接近戦だからって有利になると思うなよ?」


 全体重を乗せていたであろうネインハルスの突撃を真正面から大剣で受け止め、強引に停止させる。接近戦に慣れているであろうミケランジェロは、受け止めた際に全身を貫いたであろう衝撃を物ともせずに、自分が不利となっていない事を告げてやった。




「貴方が優勢だと……決めないでくださいよ!?」


 ネインハルスも負ける訳にはいかないのだろう。自身の方が優れている可能性がある事を返答として言い、眼を細める。


 その動作こそが次の攻撃への準備段階であった事に、ミケランジェロは気付かない訳が無かった。




――背中から長い突起が伸び、発射口から冷気が放出される――




「ふん!!」


 ミケランジェロも、ネインハルスの背中から伸びた2本の突起から放たれた冷気に対抗すべく、一度ネインハルスから後方に跳ぶ事で距離を取ると同時に、左手を突き出し、そこから炎の壁を生み出す。


 冷気に対抗出来るのは熱源である事を理解しているからか、咄嗟の判断で出現させたのである。


 炎の壁はミケランジェロを冷気から守り、そして炎は押し出される事によって、術者を守る盾から攻撃用の武器へと役目を変化させる。


 壁そのものと言っても良いだろうその炎は、ネインハルスの冷気を軽々と押し出す。




――冷気では勝てないと咄嗟に判断したネインハルスは……――




「これでは私が負けてしまいますね」


 背中の発射口からの冷気を一度停止させる。


 当然のように、負けを認めた訳では無く、2本の発射口でもある突起を頭上でぴったり合わせるなり、合わせた先端部分を残酷なまでに鋭くさせる。


 ミケランジェロは炎の壁で視界を遮られている為、ネインハルスの状況を把握する事が出来ない。ネインハルスも、相手の視界不良を察知しての作戦だったのかもしれない。




――ドリルのように回転させながら、炎の壁を突き破る!――




 冷気で相殺する事が出来なかったから、物理的な破壊力を重視する事で、炎の壁を突き破る選択肢を取ったのだ。


 ミケランジェロに迫るのは、炎の壁の奥から突然現れる尖った氷の塊だ。


「強引に攻めるか……。でもそんなのじゃやられないぞ?」


 自分自身が左へと飛び退く事で尖った塊を回避する。その塊は相手が発射させた弾でも投擲物でも無く、ネインハルス本人である。純粋に本人そのものだけでは無く、すれ違い様に発生した風圧もまたミケランジェロに襲い掛かる。


 だが、風圧程度であれば、足に力を入れる事によって防ぐ事が出来たようである。




「所で、いつになったら来るんですか? あの期待の主人公……と言えばやはり来るものなんですね」


 鋭い槍の役目を背負わせていた2本の突起を下ろしながら、ネインハルスはリディアの登場を待ち侘びるが、ミケランジェロに身体を向け直す際に視界を動かしていた時に、目的の人物が視界に入ったようである。


 黒の儀礼服とも言える戦闘服を纏った少女と、紫の装束で全身を覆い尽くした忍の男性であるが、やはり一番意識させていたのは、少女の方である。無論、性的な目的では無い。




――氷の亜人は敢えて、一度手を止める事を決めた――




「やっぱり戦いだったんだぁ……。ミケランジェロさん! 助太刀に来ましたよ!」


 最初は独り言のように目の前の様子を口に出したリディアだが、その次はまだ距離があったミケランジェロにも聞こえるような張り上げた声を出しながら、走り寄る。


 周辺に散らばる氷の欠片に対しては何も口には出さなかった。


「あ、(ついで)におれもいますよ!」


 あくまでもリディアに出番を譲ってやろうとでも思ったのだろうか、ガイウスはどこか力を抜いていながらも、流石に無言で済ませるような事はしなかった。ガイウスも助太刀をする事を伝えながら、リディアと同じくミケランジェロの側へと進んだ。




――遂に出会えたのだ。待ち望んでいたあの少女が……――




「やっと来ましたか。お待ちしておりましたよリディア様」


 黒の防護服と、黒のマスクと、黒のハットを身に着けた少女と目を合わせながら、ネインハルスはいつもながらの丁寧な口調で、楽しみにしていた事を伝えた。


「え? なんで私なの? それに私って敵でしょ? なんで(さま)なんて付けるの?」


 敵対者から丁寧に扱われた経験が無かったのか、リディアは細い眉を顰めながら言い返した。




「リディアお前いつものノリはここで見せるな」


 ミケランジェロはリディアから真剣さを感じ取る事が出来なかったのか、ネインハルスには聞こえない程度の大きさの声でリディアに引き締めさせるよう言った。


 尤も、その部分もリディアらしい一面ではあるのだが。


「あ、いや、ごめんなさい……。でも気になったんですよ」


 相手は友達でも、武器を交えさせる事が無いと保証する事が出来る人民等では無く、本当に殺すか殺されるかを決定するような敵なのだ。


 それを遅れて理解したであろうリディアは気まずそうに謝るが、本心ではどうしても聞かずにいられなかった事も、黒のマスクの裏に隠れた口から出してしまう。




「理由は簡単ですよ。貴方が仰いました、主人公補正というものを直接拝見したかったからです。貴方は特別な存在だと、(わたくし)は思っておりますよ」


 折角求めていた人物が自分の為にわざわざ来てくれたのだ。ある種の礼とでも言わんばかりに、リディアの質問に答えるネインハルス。


 表情が一切変わらない氷の容姿は、真っ直ぐとリディアただ1人を捉えていた。


「適当にぼやいた事が皆に言い触らされちゃったか……。だけどそんな奴を相手にしてたら本当に危ないかもしれないよ?」


 先日の戦闘中の際にうっかりと口に出していた事をリディアは思い出すが、それは決して自分の都合が良いように世界が動いていると勘違いしているからでは無く、あくまでもただあの時は自分自身に鞭を入れる為に何となく言っただけの事だったのかもしれない。


 しかし、今は補正があったからなのかどうかは不明だが、このように今も生きているのだ。今回はこの補正があるからこそ、目の前の氷の亜人に勝利する事が出来るのでは無いかと、どこかリディアは自信に満ち溢れていた。




「それは本望ですよ。そこの亜人さんにはまた同じ事を聞かせる事になりますが、私の種族は戦死こそが最大の名誉です。強い方に出会える等、幸せとしか言えません」


 ゆっくりとネインハルスは腕を組み始める。氷で出来上がった腕は硬そうではあるが、人間のように柔軟に可動するようだ。そして、リディアの強さによって自分の身が滅んだとしても、それは決して後悔にはならないと考えているようでもあった。


「そんな事より、いつまでも戦いを中断させててもいいのか? こいつらはお前と雑談する為に来た訳じゃないんだからな」


 ミケランジェロはどうしても相手が攻撃の手を止めている事に対して油断を見せる事が出来なかった。目的の人物が来たからと言って、馬鹿正直に手を止めながら対話を交えさせている様子が不自然で仕方が無かったのだ。


 だからこそ、戦いを再開させるべきなのでは無いかと、威圧感を漂わせた眼を向けた。




「インターバルもそろそろ終わりにしましょうか? 私は使命を再開させるだけ……」


 ネインハルスも理解していた事だろう。戦闘を一時停止させる事が愚かな行為である事を。それを取り消す為に、そして彼らと彼女の要望に応える為に、戦闘の再開を伝える目的なのか、両手を前に突き付け、開いた手から冷気を放つ。




――目の前に氷の柱を生成させ……――




「消えるべきか……」


 ガイウスは忍者らしく、顔の前に2本の指を立てる独特のポージングを素早く取るなり、その場から煙を残しながら姿を消滅させる。


 リディアもこの後何が起こるのか、そして自分はどう対処すべきなのか、ガイウスよりは遅れながらも、それでも事が発生する前に対処する事が出来たようだ。




――真横へと神速で逃げ出すが……――


 柱がネインハルスの右手によって破壊されたのはリディアが移動するのと同じタイミングだ。


 ミケランジェロは自身を炎で囲う事で、炸裂した柱の破片から身を守っていた。炎は熱だけでは無く、飛来物を物理的に防ぐだけの強度も備えているようだ。




――氷の破片はリディアに死の恐怖を実感させる――


「!!」


 距離を離しても尚跳んでくる氷の欠片は、無数に分裂した刃物そのものだ。命中する可能性のある欠片は何としてでも防がなければいけない。


 自身の右手から刃を生成させ、それを使い叩き落す器用な防御手段はリスクも高い。神速移動による反動を足で抑えるなり、すぐに両腕で顔面を保護する。このポージングで自身の身体の目の前に弱い光を見せる防御盾(ぼうぎょじゅん)を作り出す事が出来るのだ。


 しかし、破片が着弾する際の反動は非常に強く、少しでも全身から力を抜けば反動で押し倒される程だ。


 息を止めなければ本気の盾を生成させる事が出来ない為、破片が収まったのを確認するなり、すぐにマスクの下で大きく呼吸を行なった。




「効率的な防御、流石ですね」


 まるで防がれてしまう事を初めから分かっていたかのような口振りである。無数の氷を跳ばしたが、それを見事に防いだリディアには関心せずにはいられなかったようだ。


 背後からは、先程姿を消したガイウスが刀を持って迫っていたが、簡単に背中を斬らせる程ネインハルスも愚かでは無い。


 鋭く振り向くと同時に、ガイウスの左からの斬撃を氷の刃で受け止める。まるで死角からの襲撃を防ぐかのように、背後には棘状の氷を発生させていたが、ガイウスには接触していない。ミケランジェロもそれを警戒していたのか、距離を取っていた為接触はしていなかった。




――しかし、ガイウスは目の前から姿を消滅させ……――


「そうなるでしょうねぇ……」


 外見が忍者であるのだから、煙だけを残しながらその場から消えるような移動手段を取る事に納得したネインハルスだが、その後に斬撃が飛んでくる事は把握していたようだ。対策をしている事を敵対者に知らしめるかのように、自分を囲うかのようにサークル状に氷の柱を生成させる。


 まるで地面から突き出させるかのように瞬時に発生させ、そして氷の防壁に囲まれた状態で、ネインハルスはその場で跳躍を始める。


 軽々と防壁を超える跳躍力を見せる氷の亜人だが、標的は既に決定させていた。




――背中から羽のように氷を生やし、リディア目掛けて滑空する――


 最も期待を寄せていた人物を目掛けて、相手に油断する時間すら与えないであろう速度で、リディアに上空から接近する。


 恐らくは飛来した氷を防ぐ為に作っていた防御壁を解除してすぐの状態だったのだろう。だが、まるで鳥そのものが顔面目掛けて飛んでくるその様子を決して見逃す事は無く、反射的に再び目の前に防御壁を生成させる。




――しかし、目的は衝突では無かったようだ――


 頭から突っ込むように地面へと接近していたが、着地の際に足を無理矢理前方に押し出すかのように地面へと接触させる。


 足から着地し、片膝を立てた状態で目的の相手へ、物理的に冷えた言葉を渡す。


「見させてくださいね? 貴方の……」




――黄色に光る眼が真っ直ぐと少女を捉え……――




(こいつ……来る!)


 リディアの視界に強制的に入ってきたのは、ネインハルスの右手から伸びる氷の(つるぎ)だ。


 考えるより先に、リディアはまず相手の剣を受け止める事だけを考えた。リディアも右手から魔力で生成させた刃を作り上げる。




――下から剣を振るわれる!――


「!!」


 受け止める為に生成させた刃だったが、下から持ち上げられるように迫ってきた剣を的確に処理するには、後退する方が得策だと本能と経験で察知したリディアはそのままの通りに身体を後ろへと飛ばす。


 一方で、氷の亜人は相手の頭上へと持ち上げた氷の剣を2度目の攻撃として、リディアの頭部目掛けて振り落とす。素直に命中させてもらえない事を理解した上での単調な攻撃だ。




「くっ!!」


 自身の腕力だけでは心配だったのか、能力で普段の倍以上の力を発揮させながら氷の剣を受け止める。


 どことなく、相手が何かを言いたそうな雰囲気を漂わせていた事をリディアは見逃さない。


 案の定、ネインハルスはリディアの刃に力を乗せたままで、言葉を出した。


「リングの使い方はお見事です。流石は戦いを切り抜けてきた戦士ですね」


 リディアの能力の事を知っているのだろうか。氷の剣を受け止める為に生成させていたであろうその刃を操るリディアをまるで認めているかのような発言だ。




「あんたみたいな奴を好きにさせない為の力だからねこれ」


 氷の剣を防いでいるリディアだが、右腕は震わせているような状態だ。少しでも力を抜く事が許されない状況で、リディアは自身がどうして不思議な能力を所持しているのかをやや乱暴な口調で説明してやった。


「今後も戦い続けるつもりですか? 例え私に勝ったとしても、貴方の命は常に狙われたままですよ?」


 リディアに選択肢を与えようとしているのだろうか。


 もしかすると、女性なら女性らしく、平和な場所で戦を見ずに生きるべきであると思っていたのかもしれないが、それを拒否されるのも理解しているだろう。




――背後の気配を無視する訳にはいかなかった――




「おっと……」


 リディアにはまだ剣を押し当てていたままである。


 空いていた唯一の左手から、別の氷の武器を生成させた。それは武器と言うよりは防具と言った方が良かっただろう。円形状に広がったその氷は、ガイウスの斬撃を軽々と受け止めた。


 防がれたガイウスは無理に押し当てても無駄だと悟り、一歩だけ後退するなり、リディアに対して何を行なっていたのかを問い質す。




「リディアと何仲良く喋ってんだよ?」


 はっきりとは聞き取る事が出来なかったのかもしれないが、何かを話しかけていた事だけは理解する事が出来ていた。ガイウスはリディアの前で一時的に動きを停止させていたネインハルスに聞かずにはいられなかったのだ。


「背後から狙っても無意味ですよ?」


 質問に答えるよりも先に、視界の外から狙ったとしても思い通りの結果を出す事は出来ないと教えてやる事を優先させる。


 リディアから視線を外し、ガイウスのマスクを凝視するネインハルスだったが、視界の外にいるリディアの場所から何かが弾ける音が聞こえ、そしてそれは当然のようにネインハルスの聴覚を刺激する。




――聴覚への刺激は、やがて右腕に攻撃命令を伝達させ……――


「不意打ちは無駄ですよ?」


 淡々とした言葉とは裏腹に、ネインハルスの発動させた行為は刃を破裂させる事だった。リディアの攻撃を受け止めていた刃は内側に溜め込んでいた冷気を外部へと放出する為に、刃自らが砕け散ったのだ。


 防御を甘くしていたリディアにいくつかの氷の塊が命中してしまう。顔面だけは左腕を盾代わりにする事で守る事が出来たが、腕や腹部に命中した時に走ったのは痺れるような鈍痛だ。悪漢から受けた事のある殴打よりも強い力だっただろう。




――怯んだ少女を、ネインハルスは一度放置し……――


 追い打ちをかけさえすればリディアを更に窮地に陥れる事が出来たはずである。しかし、狙いは再びガイウスへと定め、先程粉砕させた剣を瞬時に生成させ直し、ガイウスに向けて突き出した。


 命すら凍り付かせるであろう氷の剣を横にずれて回避したガイウスは、接近と同時に斬撃を仕掛ける、と言った攻撃手段を取る事をしなかった。それは剣を突き出したのと同時に、ネインハルスの全身から人間の前腕程の長さの棘が突き出てきたからだ。


 尖った先端に狙われれば負傷は免れない。後退の選択肢を取ったガイウスはネインハルスの真上に念力を唱える。伸ばされた右腕、そして開かれた右手が意味するものは、それは遠距離からの斬撃、いや、衝突と表現すべきかもしれない。




――上空から巨大な剣が現れる!――


 ガイウスの所持する攻撃用の技である。


 上空に切っ先が真下を向いた巨大な剣を生成させ、それを念力で真下へと落下させる。全身から棘を生やさせたネインハルスの硬度が更に上がっていたのかは分からないが、接近を許さない防御手段を取る相手には、遠距離からの攻撃で対抗するしか無い。


 落下する剣が標的に命中する直前に、標的であったネインハルスは突如周囲に真っ白な冷気を放出させてしまう。命中の有無を明確に把握する事を妨害した気体の内部に剣が落下し、風圧によって白い気体が周囲に撒き散らされる。




(やったのか……?)


 姿を遮られてしまった為、攻撃が成功したのかどうかを判断する事は、ガイウスには出来なかった。


 しかし、何となく想像をするだけなら出来ただろう。一撃を落としただけで勝利が確定するとも思っていないはずであるし、そして気体を内側から突き破るように跳び上がった敵対者の姿こそが、まだ戦いが終わっていない事を証明していたと言える。


 ネインハルスは真っ白な気体の内部から跳躍し、宙から3人の姿を的確に捉え、そして鋭利な贈り物を乱暴に渡す。




――身体を捩じるような動作を見せ……――




「先程のお礼ですよ!!」


 恐らく、ガイウスの落下させた剣の事を言っていたのだろう。当然、感謝とは程遠い、仕返しと言うべきである攻撃が3人全員に向かって放たれる。


 捩じった身体を回転させると同時に、身体から突き出させていた棘を四方八方に撒き散らす。全方向への遠距離攻撃であり、棘で相手を突き刺す事が目的であり、そして言葉通りの礼なのだ。




――冷凍された棘が3人に、的確に発射される!――


「当たるかそんなもん!」


 ミケランジェロは大剣を盾のように構え、直進して飛来する氷の棘を防ぐ。氷の塊如きでは大剣は折れたりはしないようだ。


 狙いを外れてしまった他の棘は周囲の地面に突き刺さり、地面の硬度に耐え切れずその場で砕け散るが、ミケランジェロは決して怯まなかった。




「おっと危ない!」


 リディアは自身の能力と合わせた持ち前の身軽さで、目の前から飛来してきた氷を回避していた。


 すぐ横で砕ける氷に惑わされる事も無く、左手に電撃の力を溜め込み、まだ地面に着地していないネインハルスに向かって左腕を伸ばし、電撃の弾を発射させる。


 リディアは遠距離攻撃の手段も所持しているが、あくまでも緊急用の攻撃手段である為、相手に決定的な致命傷を与える事は出来ないようだ。


 証拠に、発射に気付いたネインハルスが咄嗟に発生させた氷の塊によって、あっさりとその電撃の弾は防がれてしまっていた。




――氷の亜人は宙でガイウスに標的を定め……――




「そういえば……私の部下を殺めてましたね……」


 独り言のように呟きながら、背後に氷を生成させ、そしてそれを蹴るようにしてガイウスの元へと跳躍する。


 聞きたい事があったのだろうか、右手に剣を持ちながらも、着地と同時に斬りかかるような事はしなかった。




「再度失礼させて頂きます。貴方、私の部下を仕留めておりましたよね?」


 表情が見えない眼を、真っ直ぐとガイウスへと向ける。数日前の町での話をガイウスを相手に始めたのだ。


 ガイウスの記憶に留まっていたのであれば、部下との戦闘経験があったのかどうかの真偽を確かめる事が出来るだろう。


「突然どうしたんだ? あぁ確かにこの前お前に似た奴を倒しといたけどそれがなんかあったのか?」


 ライムの町での出来事をガイウスは忘れてはいなかったようだ。町を襲撃していた盗賊団を相手に戦った事も、そして氷を纏った兵士と戦った事も。


 どうやら以前戦った氷の兵士は、ネインハルスの部下であったらしく、そしてガイウスは何故それを今頃になって問い質すのかを聞き出そうとする。




――ゆっくりと氷の剣を前方に向けて構えながら……――




「それにしては予習があまりにも不十分ですね? 時間を使い過ぎです」


「どうだっていいわ。ってかお前が部下なんかより弱かったら間抜けじゃねえのか?」




「その通りでございます。御期待に応えられて光栄ですよ?」




――僅かな間、ネインハルスの双眸(そうぼう)が青く光り……――


 ネインハルスの背後に巨大な氷の塊が生成された。防御壁としての役割を果たしており、背後から接近しようとしたリディアの足を止めさせた。


 塊は数メートル程の高さを見せており、頂点に登れば地面にいる者達を軽々と見下ろせるようなものであった。単に戦う少女を止めさせる為だけの為に塊を生成させた訳では無かったらしい。


 身を屈ませ、力を込めて跳躍しながらそのまま塊の頂点へと降り立った。




「なかなかな戦闘能力なのは感心しますが、こちらも遊んでいる暇はありません。次の取引も本日中にございますし、今あるサンプルを回収したとしても、根絶にはなりませんよ?」


 戦闘の最中は自分だけのペースで言いたい事を最後まで言い切る事は難しいものである。その為、わざわざ塔のように聳える塊を生成させ、その上に飛び乗る事で相手に話を聞かせようと行動を起こしたようだ。


 ここで今ミケランジェロ達がこのネインハルスを逃がそうとしないのは、貨物船に積まれている人々を目的としているからであろう。詳しい目的を把握していないネインハルスからすれば、自分を倒し、小さな利益を得ようとしている愚かな思考にしか見えなかったらしい。




「悪いけどなあ、目の前でやっと実物と出会ったってのにお前らに好きなようにさせる奴なんていねぇんだぜ?」


 ガイウスは強く言い返した。元々秩序を守る為に戦っている身である以上は、ガイウスの言う実物、即ち培養槽に保管された全裸の人々達を自由に利用させる訳にはいかなかったのだ。例えそれが本当に小さな利益なのだとしても、目の前の存在を諦める事等、ここでは許されないだろう。


「いきなり高台まで用意してどうするつもりだ? 戦意でも喪失したのか?」


 ミケランジェロにも伝わっていたのだろう。どうしてもしたい話があるからこそ氷を発生させ、自身が一度攻撃の手を止める代わりにこちらにも手を止めさせようとした事を。直接言葉に出なくても、雰囲気だけでそれを察知したミケランジェロであるが、ネインハルスの発言は逃げる為の口実としか思えなかったらしい。


 大剣を持つ手を決して緩める事無く、自分より高い場所にいる氷の兵士を見上げていた。




「そうではありませんよ。気になる事がありましてね。ですが互いの技をぶつけ合っている戦場ではゆっくりと聞く余裕がありません。だから今はその為の時間を作ったまでです」


 返事をする瞬間に、ネインハルスはその場で手に持っていた氷の剣を粉々に粉砕してしまう。何かに叩き付けた訳でも無く、ただ持っていたその剣は自然と粉末状となり、地面へと吸い込まれていく。


 自分は決して話の最中に手を出さないという事を伝える為の行動だったのかもしれないが、時間を作ったという自分の言葉を言い切った後も、再び武器を生成させるような事はしなかった。


「お前に話す事なんてこっちには何も無いんだがな?」


 言葉の通り、ミケランジェロはお喋りをここでするつもりは無かったようだが、武器を離す事はしない。相手だって、いつ再び武器を構えてくるか分からないからだ。




「貴方にはこちらに提供する情報が無くても、私から抜き出したい情報はあるはずです。あの人間達を手にして、一体どうするつもりなのでしょうか?」


 軽く両手を引きながら、ネインハルスは握り締めた。捕らえた人々を救助しようと戦う彼らの気持ちをどうしても知りたかった。そこに、今ここで戦う理由があるに違いない。


「おいおいその言い方じゃあ結局こっちから話聞き出そうとしてるって事になっちまうんじゃねえのか? おれらにはお前に渡す話は無かったんじゃなかったのか?」


 話の流れとしては、ネインハルスの方から何かしらの話をガイウス達に言い渡すという形になっていたのかもしれない。だが、ガイウスは自分達が相手からの質問に答えるという形になると気付いた為、話がおかしいのでは無いかと、刀からは決して手を離さず、ネインハルスに言った。




「いいえ、そんな事はございません。あの人間達が今どうなってらっしゃるのかはご存知では無いのでしょうか? 私から例え奪還したとしても、最低限、命はもう助かりませんよ?」


 ネインハルスからすると、自分の方から提供すべき情報が1つだけ残っていたらしく、そしてそれを彼らが求めるべきものなのだと確信していたのである。だが、相手の方からその要求が一切無かった為、自分の方から提供してやろうと考えたのだろう。命の無い人間達を救う事は、ただの手遅れでしか無いのは間違い無いだろう。


「それはさっきお前が言ってただろ? こっちからすればどうやって絶命させてるのかを調査出来れば充分だがな?」


 ミケランジェロはまだ培養槽そのものを見ておらず、話だけを聞いている身である。話の中では、既に中の人々は命を失っていると聞かされている為、ミケランジェロからすれば絶命するメカニズムを欲していたようである。




「ミケさんもしかしてあの倉庫の中の人達って、やっぱもう死んでたんすか?」


 ガイウスは培養槽そのものを見ていた身である。しかし、あの満たされていた液体の本当の効果までは聞かされていなかった為、ここで初めてあの培養槽の人々が本当に命を失っている事を理解したのだ。


 聞く相手を間違えているのかもしれないが、ガイウスはミケランジェロが聞いたであろう話を信じる形で、敢えて聞く相手をミケランジェロにしたのだ。


「ガイウスは直接見てたんだったな。オレは直接は見てないが、あいつの話からするともう死んでるらしいな」


 出来ればミケランジェロも直接培養槽を目にしたかったのかもしれない。話でしか聞いていないとは言え、既に亡くなっている事は知らされているのだから、培養槽の内部の人の命に対しては希望を持てない事を伝えた。




「断片的な情報の共有は終了したみたいですね。さてと、あの死体達をどうしても回収したいご様子ですが、こちらも貴方達に易々と提供する訳にはいきません」


 欠けていた情報を互いに提供し合う事で不足分を補った2人の様子を見下ろしていたネインハルスだが、彼らの理解がどうであれ、やはり品を渡す気にはならなかったようだ。当然と言えばその通りだが、渡さないからといって、そのまま黙って帰らせるような事もしないはずだ。


「こっちもお前に簡単に持ち帰らせる気は無いんでな?」


 犠牲になってしまった人間を連中達の思い通りにさせないという正義感と、そして今後も新たな犠牲を作らないように対策を練るもう1つの正義感が、ミケランジェロに一歩も引かせない精神を強靭なものにさせていたのだ。




「随分と興味がおありなようで。女性の裸も混じっておりますが、もしかして性欲が目的ですか? まあ可能性は低いでしょうけど」


 ネインハルスはミケランジェロの右手の握る力が強くなっているのを見抜いていた。


 そのまま塔の上に向かって飛び掛かってくるであろう気迫を受け取りながらも、冷静に問い掛ける。亜人であるミケランジェロが人間の裸を好むのかどうかを疑いながら、敢えて相手の怒りを買うような質問を投げかけたのである。


「解析が目的であって、身体の方はどうでもいい。下心があると思うなよ?」


 ふざけた質問だったとは言え、質問は質問であった為、ミケランジェロは答えたが、目的は1つだけである。




「やはり取り乱す真似は見せないですか。ですが、先程も申しましたが、私には時間の余裕はございません。そろそろ貴方達にはここで土となって頂きます」


 焦る様子を眼中に収めようと企んでいたのかもしれない。無と化した計画を放置しながら、自分は今急がなければいけない事を伝え、回りくどい死の宣告を飛ばす。


 だが、特に武器等を取り出す様子は見られなかった。


「人に言う前に自分がそうならない事を祈った方がいいんじゃないか?」


 負けるつもりが無いというのは、両者ともに同じ事である。ミケランジェロも、自分に死を伝えられたからと言って、それでたじろぐ事はしないし、相手にその姿を見せようともしなかった。




――塔のように固めていた氷を崩しながらネインハルスは地面へと降り立ち……――


 右足を後方へ引くなり、微小な声で何かを言った。


「そうですね。自分が滅ばぬよう……」


 右足と一緒に後方へと伸ばした右腕の奥から刃を生成させたが、それは以前の剣と比較するとあまりにも薄かった。しかし、その刃の薄さに意味を持たせているかのように、内部から青白い光を発生させていた。


 黄色の眼も刃に連動するかのように青白く光り出し、そして――




「消えて頂きますよ!!」




――目の前から一瞬で姿を消してしまう……――


 砂埃を軽く散らしながら姿を消滅させたが、その場からいなくなったのでは無く、軌道を相手に肉眼で確認させる事すら許さない程の超速度で、まずはミケランジェロとガイウスの間を突き抜けたのだ。


 通り道に存在する物体全てを両断する程の斬れ味を刃は見せつけていた事だろう。




「あっぶねっ……。なんだよ今の……」


 手を出される事は想定していたかもしれない。しかし、ガイウスでも瞬間移動と斬り付けを混ぜた攻撃をしてくるとは思わなかったのかもしれない。それでも、咄嗟に刀で自身の身体を保護はしていた。


「すれ違い様に来たか……」


 ネインハルスの姿が一時的に消えたと同時に、勘を働かせていたミケランジェロは目の前に強固な炎の壁を作り、自身を保護させていた。しかし、斬撃を受け止めると同時に炎は瞬時に散ってしまう。




「まだ終わりませんよ? 貴方達が2つに分かれるまで続きます」


 瞬間移動にも近い速度で抜き抜けたのにも関わらず、停止した時は地面の上を滑るような動作もせず、恰もその場に初めから立っていたかのように振り返ると同時に再び超速の斬撃を開始する。


 先程と同じ過程、つまりは目の前から姿を消滅させるなり、次の標的をリディアにする。しかし、リディアはそれを把握しているのだろうか。




「また来……!!」


 自分が狙われているであろうと構えていたガイウスだが、ネインハルスの視線が自分から僅かに逸れている事を察知するのにそう時間は使わなかったが、周囲にそれを伝えるのは不可能だ。




「次は貴方ですよ?」


 距離があった事、そして既に超速の斬撃を開始させていた為、氷の兵士の宣言がリディアへ届いたのかは分からない。相手に言葉が届いているのかどうかは、それは次に攻撃対象にするか否かの基準にはならない。


 時を数える間も無く、リディアへと辿り着く。




――残害の刃が真っ直ぐ襲い掛かる!――




「!!」


 考えるよりも先に、ネインハルスの身体と、そして彼が装備している凍てついた刃がリディアの真横を通り抜く。擦過(さっか)と同時に傷を負わせようとしたのかもしれないが、リディアも能力を駆使し、自分の身体を横に跳ばしていた。


(これって……あいつの必殺技みたいなやつか……)


 速度も合わせた破壊力のある攻撃を目の当たりにし、リディアはもう戦いも終盤へと進んだのかと錯覚し始める。


 しかし、ここであの神速の刃を受けてしまえば命の保証は無いだろう。




「お見事ですが、まだ終わりませんよ?」


 ガイウスとミケランジェロには狙いを定めず、再度リディアに照準を定める。


 冷たくも鋭い刃を所持したネインハルスの身体が再びその場から消滅する。




――構えたリディアの武器に刃が通り……――




「わっ!!」


 右腕に強い衝撃が走り、そしてワンテンポ遅れて刃が中間辺りから折れてしまう。元々リディアの能力で練って作られていたエネルギーの集合体であった為、地面に落下する前に儚く消滅する。


 硬さも備えていた刃に加えられた振動は、リディアの右腕にまで染み渡ったようだ。




――リディアの刃が綺麗に切断されたのを確認するなり……――




「自分の相棒が砕けましたか? では、これで終わりです」


 エネルギーの塊であった刃だから、本来であればすぐに生成し直す事が出来ただろう。


 だが、ネインハルスは余裕1つすら与える事無く、次の攻撃準備へと入る。




――リディアは咄嗟に自分を防御壁(バリア)で包み込む――


 一文字分の言葉を心で考える暇すら、そこには無かった。


 回避という選択肢を取る事が出来なかったリディアはその場から動かない代わりに、自身を絶対的な強度を持つバリアで包み込む。呼吸を一切封印し、目も閉じ、足の先から頭まで全てに力を入れ、衝撃に耐えるのだ。


 両腕で顔面を包み、透き通る淡い青の膜がリディアを包む。




(そんなもので……)


 リディアの防御壁を目視し、遂に判断を誤ったのかと感じたネインハルスだが、行動に鈍りを見せる事は無かった。




――神速の斬撃がリディアに直撃し……――




「っ!!!」


 リディアの全神経を集中させたバリアと、金属や分厚い岩盤さえも両断するであろうネインハルスの刃が接触する。バリアが刃を受け止める形になったが、速度自体も武器にした上で斬れ味をメインの武器としている刃がリディアに与えた影響は甚大だ。


 防御壁で踏ん張っていたリディアも、刃の衝撃を受け止める事が叶わなかったのか、バリアを砕かれながらそのまま背後へと吹き飛ばされてしまう。青の瞳が強く瞑られた状態で、背中から砂埃の舞う地面へと倒れ込む。


 地面に背中を擦り付けながら、やがてリディアの身体が止まるが、反動があまりにも強過ぎたのか、リディアは立ち上がる事が出来なかった。




 しかし、リディアを突き飛ばしたネインハルスの方も、無視する事の出来ない事態を抱えていたようだ。




――両手が激しく砕け散っており……――




 リディアを突き飛ばした際に特に体勢は崩さず、両足から着地を決めたネインハルスだったが、手首から先が粉砕されてしまっていたのだ。


 人間と殆ど身体的な構造は変わらないが、人間で言う指が自由に使えなくなったのは、大きな制約、そして痛手になったと言えるはずだ。


「あらら……手が使えなくなってしまいましたね……」


 痛覚は感じているのだろうか。その場で棒立ちになりながら両腕を持ち上げ、淡々と腕の先に本来存在しているはずであった部分を見つめる。勿論、この独り言のように見える台詞も、倒れ込んでいるリディアは勿論、ガイウスやミケランジェロ達に向けていたものだった。




「リディア! あいつなんて事しや――」


 まるで投球された競技用の球体のように長い距離で吹き飛ばされてしまったリディアの様態を確かめる為にリディアの元へと駆け寄ろうとしたガイウスだったが、ネインハルスの攻撃を恨みながら一歩踏み出した瞬間、足を動かす事が出来なくなる感覚に襲われた。


 直観的に真下に視線をやるが、足首にまで氷が貼りついており、もうそこからは自力では抜け出す事が出来なかった。誰がこれを発動させたのかは、すぐに理解出来る事だった。




「おっと、手が破損したからと言って弱体化したとは思わないでくださいね? 油断も許されませんよ?」


 両手を失っても、氷を操る力が衰える事は無いようだ。しかし、生成する力を利用する事で両手を復元させる事は不可能なのか、それとも時間を必要とするのかはここでは分からないだろう。


 言葉の通り、ネインハルスからの注意を怠った所を足止めしたようでもある。


 ガイウスと同じタイミングで、ミケランジェロの両足も束縛させていた。




「こんな物で足止めした……つもり……か……!!」


 足首から生成されてしまった氷から抜け出す為に、力を込めるミケランジェロだったが、やはり無理だ。解放はされなかった。足元に魔力で炎を灯らせたが、炎で溶ける様子も無い。




「貴方の怪力でも抜け出すのは無理だと思ってください。先程の倍以上は強度を増しておきましたから」


 ゆっくりとミケランジェロの隣に歩み寄りながら、ネインハルスは淡々とした口調で説明する。両手が粉砕された事で痛覚等を感じたりはしていないのだろうか。痛覚を想像させないような口調ではあるが、元々表情を作る事の無い氷の容姿には何やら物理的に溶けたかのような変化も見せつけていた。


 尤も、束縛された2人がそれを明確に確認する事は無かったのだが。




「更にオマケを付けて差し上げましょうか」


 ミケランジェロに向かって、ネインハルスは砕けて先端が乱雑に尖っている右腕を伸ばし、力を込めた。ネインハルスの身体から冷気と思われる気体が放出されるが、それはまさに冷気を操作している事を意味しており、ミケランジェロの足首周辺に纏わり付いていた氷が最終的には上半身の胸部と頭部を除いた全部分を包み込んだのである。


 両腕も拘束されてしまい、自由に動かせる部分は首と表情だけのような状況になってしまう。




「!! お前何するつもりだ!」


 一瞬の内に身体を冷たい束縛に支配されてしまったミケランジェロはネインハルスへと乱暴に聞き出そうとするが、この後の行動は大方(おおかた)、予測の出来るものだった事だろう。




「実は手が損傷した影響で力が暴走した様です。ですので、貴方はそこで自分の最期を覚悟してください。とっておきの得物も今から生成しますから」


 元々氷を苛烈に使いこなすネインハルスではあったが、身体の一部が損傷した事により、より強大な能力を駆使する事が出来るようになってしまったらしい。割れてしまった両手の先端から何か魔力でも垂れ流しになってしまっているのだろうか。


 腕の先に冷気を集中させ、それを凍り付かせる事で実体化させ、そして1つの形を作り出した。




――自らの腕を巨大な斧に変化させる……――




 先端には、大の大人が大きく両腕を横に広げた時の幅に匹敵するであろうサイズの、分厚い両刃が完成する。


 相手を殺傷する一番の部分であろう刃自体が生成した本人を破壊しないようにしていたからか、腕の先端も通常時よりも伸ばしている様子が見えた。


 そして現在、両腕を1つの斧に形成させていた為、2本分の自由を犠牲にしていたとも捉える事が出来るかもしれない。




「では、これから貴方を盛大に切断して差し上げましょう。お仲間の方々も今は貴方の救助等、不可能ですから、一切の邪魔も入りませんよ?」


 言葉はあまりにも単刀直入で、そしてあまりにも残酷且つ凶悪である。斧が余程重たいのか、今の時点では振り落とすような段階には入っていなかった。




「ふん、やりたきゃ勝手にするがいい。オレの代役なんていくらでもいる」


 強がったとしても、身体を固定してしまった氷から抜け出す事は出来ない。しかし、ミケランジェロに残されている最後のプライドが決して弱音を吐く事を許さなかったのだ。残されたガイウスとリディアに託したかのように、それなりに堂々と言い返した。




「泣き言はおしまいです。では……」


 ネインハルスは相手に最期を与える事しか考えていなかった。自身の氷の肉体と同じ冷たさを込めた短い言葉と共に、重量のある斧と化した両腕を持ち上げる。


 鈍い一撃の影響で未だに遠方で倒れているリディアと、そして足元を拘束され、一切の身動きを許されないガイウス。もう斧を止める者は、誰もいない。




――遂に刃がネインハルスの頭上にまで持ち上げられ……――












「待て!! お前の好きにさせるか!!」


 突如響いた、若い男性の声。


 勿論それはガイウスのものでも無く、半身を氷漬けにされたミケランジェロのものでも無い。この場では聞いた事が無いような声色だ。


 黒い羽毛に包まれた、人間ならざる存在が、右手に円形状の武器を持ちながら飛び込んでくる。


「やっぱり邪魔は追加されるものなんですね」


 ネインハルスは予測でもしていたかのように呟くなり、諦めも混ぜた上で斧を気体状に戻し、両腕を自由にする。


 未だに欠損したままの両腕ではあったが、このまま立ち止まっている訳にはいかないであろう氷の兵士は、腕の先から対抗の為の武器を生成させようとしながら、自分に向かってくる黒の羽毛の亜人に向かって走り出す。




――小型のナイフを冷気で生成させるが……――




 損傷した腕の影響だったのか、思うように刃物を生成させる事が出来なくなっていた事に気が付いた。純粋に形だけは作られていたが、鋭さは無く、所々に欠けた部分や、穴が見えた部分が目立ち、とても万全な形状とは言えるものでは無かった。


 そして、円形の刃物と、欠陥の残る氷の刃が接触する時間が迫る。




――欠陥を残した氷の刃は、円形の刃に負けてしまい……――




 黒の羽毛の亜人の扱う円形状の刃は、ネインハルスの武器であった氷のナイフを粉砕し、ネインハルスの胸部を切り裂いたのだ。


 氷が崩れるように胸部に亀裂が入るが、そこから血液等の液体が流れ出る事は無かった。やはり人間等の生物とは異なる体組織を持っているのだろうか。




「これで決まったな……。リディア! 任せて大丈夫だな!?」


 まるで次で決めるかのように、鳥の亜人は一瞬だけ背後を振り向きながらリディアに確認を取るなり、すぐにその場で真上に跳躍する。








――まるで、決着を付けるであろうリディアの邪魔をせぬようにと、その場から一時的に去ったのだ――

どうしても戦闘シーンになるとどこまで描いて、どこで一旦終わらせればいいのか迷う事が多いです。1つの技に対してもそれなりに行数を使ってしまいますから、続けて出させる場合はそれなりに場面とか出し方を変える必要もありますし、まだまだ戦闘シーンの描写方法は学習しないといけないかもしれませんね。

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