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黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
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第14節 《殺し屋バイオレットの事後 助かった命と、これから奪われる命》

お久しぶりです。前回は純粋に格闘戦をメインに展開させてましたが、今回は繋ぎの話になるかと思います。戦いが終わって、このライムの町で出会った新しい仲間とのやりとりを描いた話でしょうか。


どうしても新登場の仲間との出会いの部分は長くなってしまう自分ですが、読んでもらえると嬉しいです。宜しくお願いします。







気が付けば、白い天井が視界に広がっていた


数時間前までは天井の色も分からない暗闇にいたのに


身体は何か柔らかい布のような物で包まれている


どこか懐かしいこの状況


これは……今日の朝と同じ光景だ!






 紫の髪を持った少女は、自分の今いる環境を明確に把握する。


 この柔らかい布の感触はベッドであり、白い天井はこの空間が民家である事の証拠である。


 今日の朝は、前夜の盗賊達との戦いで一度体力を失った後での目覚めであったが、今もまた盗賊との戦いの後での目覚めであった。だが、同じ日である以上、少なくとも外はもう明るくは無いだろう。


 しかし、流石に自分だけがベッドの中でのんびりとしている訳にはいかないという一種の罪悪感が、少女をベッドから起き上がらせたのだ。




「ヤッバっ……。私ったらまた気絶しちゃってたのか……。皆どうしてるんだろ、早く行った方がいいか……」


 部屋の窓には今はカーテンがかけられていたが、カーテンの奥から光が差し込んでいるようには見えなかった為、もう遅い時間帯になっていた事は把握する事が出来た。


 しかし、目覚めた以上はこれ以上ベッドの中でゆっくり等していられるはずが無い。仲間達の元へと戻る為、掛布団を左手で軽々と捲り上げ、続いて自分の身体をベッドから落とすかのように右に転がり、最初に右足から床に付けるが、その時であった。




――右脚がまるで鋭利な刃物で貫かれるような激痛に襲われたのは……――




「ぎぁあぁっ!!」


 鈍く、そして鋭い悲鳴がリディアの口から洩れてしまう。激痛によって右脚から瞬時に力を奪い取られ、思わず床に倒れ込んでしまう。右肩から床に倒れ、細い肩に痛みが走った事も忘れてしまうくらい、右脚の激痛はとんでもないものであった。


 背中を丸めながら、リディアは貫かれるかのような激痛の走る太腿を強く押さえ込んだ。服装は水色のワイシャツ姿の普段着に戻っていたが、黒いニーソックスの裏に分厚さが感じられたようだ。包帯か何かを太腿に巻かれていたのだろうか。




――室内に誰かが入ってくるが……――


「あっ、リディアさん! 動いたら駄目です! ベッドにいてくださいよ!」


 入ってきたのは、栗色の髪の女の子であった。その少女は蹲るリディアの傍らに走り寄り、両腕でゆっくりとリディアの上体を持ち上げた。


 これにより、リディアは少女に支えられながら座り込んでいるような体勢になる。


「うっ……ぐっ……あ、なたは……私が助けた、あの人、だったっけ?」


 服装こそ白い服に変わってはいたが、その容姿には見覚えがあった。今日、触手に引きずり込まれてしまった少女で、リディアはその少女を追いかけ、無事に助けたはいいが、そこで出くわしたバイオレットと呼ばれる男と戦う事になったのだ。




「そうですよ! でもそれより今は動かない方がいいですよ! 脚に凄く大きな痣が出来てましたから!」


 リディアを支えたまま、今日リディアに助けてもらった少女はリディアの怪我の現状を説明する。どうやら現在は普通に歩く事すら難しいような大きな怪我をリディアは背負っているようである。


「あ……ざ……? あぁやっぱりそんなの、出来てたんだぁ?」


 骨まで貫かれるかのような激痛である。リディアはそれだけの怪我を右脚に背負いながらも、バイオレットが立ち去った後に襲ってきた盗賊団の男を右脚で黙らせる事が出来たのかと、今頃ながら怪我の重たさに気が付く。


 歩けなくなる程の痣が出来ていたのに、その脚を使って蹴りの攻撃を連発させていれば、それは悪化の原因にもなってしまうだろう。




「そうですよ! でもよく見れば脚は折れてなかったみたいですから、しばらくは安静にするのが一番だと思いますよ? それと、他の怪我してた部分もわたしが手当てしましたから、安心してください」


 痣が出来ていた事はやはり間違いは無かったようだ。


 リディアを手当てした少女は、手当ての時に直接のリディアの脚の状況を把握していたからこそ、今はどのように過ごすべきなのかを伝えた。確かに歩くだけでも衝撃が痣に響く程であるから、戦う等の激しく身体を動かすような行為は危険であるのは間違いは無い。


 そして、リディアの額等、様々な箇所に包帯やらガーゼやらが施されていたが、少女がやってくれたものだったようだ。


「手当て、してくれたって事、だよね? じゃあこの家って、貴方の家なのかなぁ?」


 リディアは額に巻かれている包帯の存在を確かめるかのように右手で蟀谷(こめかみ)をなぞりながら、今自分がいる場所が少女の家なのかどうかを訊ねる。


 全身を手当てされたという事は、衣服をある程度脱がされた上で処置をされたという事になると思われるが、リディアはあまりその点には意識が向かなかったようである。




「そうですよ」


 それしか答えようが無かった為、少女はその一言だけで返事を終わらせた。


「だったらあの、私の仲間もえっと、今この家にいるって事でいいのかなぁ? ちょっと私会わないと流石に不味いと思うし」


 戦いは既に終わったと感じたからか、リディアは自分の仲間の事が気になり、そろそろ引いてきたであろう脚の痛みを一時的に忘れながら仲間の事を聞いた。流石にベッドの上でいつまで寛いでいるのかと思われてはリディアも溜まったものでは無いだろう。




「いるのは事実です。ただ、あの男の人と他にもリディアさんぐらいの歳の女の子と、それと……なんか赤いフードのちょっと怖そうな見た目の人もいたんですけど、リディアさんのお仲間さんはその人達で全員、なんでしょうか?


 言葉の通り、本当に今は家の中にいるのだろう。


 ただ、少女としてはそのメンバーだけで全員なのかどうかは判断する事が出来なかったらしく、全員で間違い無いのかをしゃがみこんだ姿勢のままで聞く。


「いや、他にもいるんだけど、まあとりあえず今はその3人に会いたいから、まずは……っ!!」


 勿論、リディアはその3人の正体は理解していたが、いつまでもしゃがんでいては部屋を出る事が出来ないから、自力で立ち上がろうとするが、やはり右脚に力が入った際に貫かれるような激痛が走ってしまう。


 左膝を床に付けた状態で、右脚を強く押さえ付けた。もう本当に歩く事が出来ないのかと、激痛に支配される中で、不安さえも感じられた。




「あの、その脚で歩けるんですか?」


 少女はリディアの姿を見て、不安しか浮かび上がらなかったのだ。


 脚を押さえている姿も痛々しいが、肩で深呼吸もしている辺り、リディアの姿を目の前で見ている少女でも、想像を絶する苦痛なのだとすぐに知る事が出来た。だからこそ、歩く事が出来るのかどうかを聞かずにはいられなかった。


「痛いのは……確かだけど……別に折れては無いんだった……よね? だったら……気合で我慢すれば……歩けると思う……から……」


 リディアの耳にはしっかりと少女の声は伝わっていた。激痛でやられていても聴覚には何も支障は来していないと思われるし、そして本人も骨折にまでは至っていない事はいくらかは把握していたようだ。


 そして、自分で決め付けているのか、持ち前の根性で耐える事が出来るだろうと、再び立ち上がる。やはり脚に激痛が走るが、今回はそれを無理矢理耐え抜いた。




「えっと、本当に……歩けるんですか?」


 茶髪の少女は、リディアのその誰が見ても我慢しているとしか思えないような表情を見て、どうしても不安という檻から抜け出す事が出来なかったようだ。自分が支えにでもなってあげようかとでも思っていた可能性もある。


「多分……大丈夫だと……思う……。それより、早く皆の所に行かないと、絶対皆待ってるって事だよね? また私皆からゴチャゴチャ言われちゃうから行かないと!」


 無理矢理にでも我慢さえすれば、右脚の痛みを抱えながらでも歩く事は出来たようである。


 また、リディアの今の発言は文法的にやや怪しいものがあったが、皆が待っている以上は出来るだけ早めに向かうべきであるし、あまりにも待たせていれば相手に迷惑をかけてしまうだろうと、本当は言いたかったのかもしれない。


 それでもやはり痛みが障害となっていたからか、普通の速度と比較しても遅いとしか言わざるを得ないような速度でドアへ何とか向かっているその時だった。




――その時、寝室のドアが何者かによって開けられ……――




「お前なあ、ゴチャゴチャ言われたくねんだったらじゃあ初めっから自分で歩いてこいっつの」


 現れたのはガイウスである。今は忍者の姿は解除されており、オリーブグリーンの短髪が露になっていた。緑のコートも特徴的で、開いたドアの前で立ちながらリディアに鋭い言葉を放つ。


 それでも、やはりリディアの苦労を把握していたからか、その鋭さにはわざとらしいものも含まれており、本心では身体の事を気遣っていたようにも見える。


「ガイ……ウス……? その言い方だとずっと私とこの子のやり取り、盗み聞きしてたの?」


 リディアは目の前の男性の名前を口に出したが、その際に突然のように脚の苦痛が全身に行き渡り、声を出す力さえも奪い取られそうになるが、何とか持ち堪えながら、どうしてガイウスが今のような発言を飛ばしてきたのかを分析し、それを問うた。




「相変わらず鋭い奴だなお前は。でもそんだけの元気と、お前の怪物レベルの我慢強さがありゃ別に自力でも部屋出て来れたんだろ?」


 単刀直入には答えようとしないガイウスであったが、言い方を見ると、ドアの外で待機していたのは間違い無いようである。


 リディアは年齢と外見はまだまだ少女というものではあるが、それらに似合わない根性が備わっている事は認めていたらしく、脚の痛みもリディアであれば耐える事が出来るだろうと信じていたようだ。


「勝手に私の事怪物扱いしないでくれる? だけどこれぐらいは……我慢出来るならしとかないと皆にも迷惑だし……」


 流石にリディアだって自分を人間外の生物のような扱いをされては黙っていられない。


 ガイウスのおふざけに付き合っていれば脚の痛みを忘れられるかもしれないと僅かに期待はしていたが、一歩踏み出せばやはり貫くような激痛が走ってしまう。だが、歩けなければ皆の元には戻れない。




「まあこんなとこでゴチャゴチャ喋ってたらまた時間無駄になるから、一旦こっち来い。ジェイクもメルヴィもお前が好き勝手爆睡してて苛々しまくってるから、謝る事も考えとけよ?」


 ガイウスの行ったこっちとは、部屋の外である。恐らくは居間の空間が広がっていると思われるが、居間と思われる場所で待っているであろう2人の名前を出しながら、ガイウスは歩き出す。


「それってガイウスが言ってきたらホントなのか嘘なのか凄い判断に困るんだけど?」


 確かにガイウスを含めた3人を待たせてしまっていたのは事実である。だが、リディアとしてはガイウスの極端な言い方がどうしても事実だと受け入れる事が出来ず、だけどそれでも何かしらの不満を抱えている可能性があるとも思ってしまう複雑な心境を持たざるを得なかった。


 実際は皆がどのような態度で待っているのかは、部屋を出てみるまでは分からないから、早く出なければと尚更感じてしまう。




「いいからさっさと来いって。おれは先行くからな?」


 時間の浪費をさせまいと、ガイウスはリディアを部屋に残して立ち去ってしまう。


「あっ……ちょっと!!」


 皆が本当に苛々しているのかの真相を明らかにせずに立ち去ろうとするガイウスを何とか追いかける為に、リディアは出来る限り右脚に力を加えぬよう歩き始めた。


 もしかしたら、ガイウスが手を貸してくれるかと期待をしていたのかもしれないが、その期待は無駄だったようだ。




――リディアは痛む脚を堪えながら部屋を出る――




「よし、2人とも、寝坊助ちゃんがやっと来たぜ」


 ガイウスは、自分より勿論のように遅れてやってきたリディアを指差しながら、居間で待ち続けていたであろうジェイクとメルヴィに伝えた。呼び方は粗末にも聞こえてくるが、ジェイク達に限っては気にはしていなかったようだ。


「寝坊助って言わないでよ……」


 リディアは睡眠を取っていたというよりは、戦いによる激痛で意識を一時的に失ってしまっていたようなものだったから、それを朝の定刻に自分から起きる事の出来ない子供のような言われ方をしたのだから、気まずい表情を作らずにはいられなかった。




「事情は分かってるよ。確か、戦ってやられちゃったんだったっけ?」


 赤いフードの奥で光る青い目は、真っ直ぐとリディアを見つめていた。その目の持ち主はジェイクであるが、ソファに座りながら、恐らくは赤い服の少女から聞いたのであろう事情を口に出す。尤も、内容はリディアにとっては快く受け止めたくないであろうものであったのだが。


「いやジェイク君それは……ちょっと微妙に違う……って言った方がいいかな? それだと私が完全に負けたみたいな言い方になっちゃってるから」


 ジェイクとメルヴィから目を逸らし、リディアは何とかして2人が抱いているであろう誤解を解いてやろうと短い時間の中で考えてはみたが、やられたという言い方に対抗するだけの言い分がどうしても思いつかなかったようだ。


 ジェイクの言う通りなのかと言えば、恐らくそれで間違いは無かったと思われる。




「だけどその子が言ってたけど、相手の方が去ってくれたって言ってたから、下手したらリディア、殺されてたんじゃないの?」


 その通りとでも言えるような言葉を出したのは、メルヴィである。赤のシャツの上に茶色の袖の無いジャケットを着用している萱草色の髪の少女は僅かながら真剣な表情を作っていた。


 敵対者の気分次第では、もう助かっていなかったのではと、確実にリディアの心に突き刺さるような発言が本人の元に届けられる。


「もう2人とも勘弁して……。確かにメルヴィのその、言う通りだけど、私としてはこの子守れたからそれはそれでいいかなって思ってるから」


 リディアは精神的に苦しくなったのか、左手を突き出しながら2人から視線を逸らしてしまう。


 それでも決してメルヴィの言葉に対しては暴言等のような力任せな反撃で押さえ付けようとはせず、一度は認めた上で、それでも自分があの場所ですべきだった任務は達成出来たのだと、丁度今部屋のドアを閉めてからリディアの隣にやってきた白い服の少女の肩に左手を乗せた。


 勿論、任務とは、白い服の少女の救助だ。




「まあ人の命救えたっつんだったら結果オーライって事でいんじゃねえか? そんな事より、お前なかなかいい情報手に出来たんだってな?」


 リディアを弄ってばかりいたガイウスにしては珍しいのかもしれない、リディアへの誉め言葉であった。そして、思い出したかのようにガイウスはリディアの事を凝視する。この時点で、まだガイウスとリディアは立ったままであった。


「あぁ実はそうなんだよね。今回の黒幕らしき男の事見つけたのと、それと次――」


 これは自分が今回の戦いで重要な功績を見せた証拠として皆を認めさせる事が出来るかもしれないと、リディアは少しだけ青い瞳を真剣にさせたのだが、目の前にガイウスの左手がやってきた。その手は、リディアの視界を妨害するかのように、やや激しく揺らされていた。




「あぁ悪り! その話やっぱミケさん達と合流してからの方がいいだろ? こんなとこで喋ったってまたお前説明し直しになるからよ。だから後にしろ!」


 情報は共有すべきものだという事を遅れて気付いたガイウスは、この場での説明を強引にやめさせてしまう。合流を済ませた上で、またリディアに活躍の場を作ってやろうとガイウスは口に出す。


「自分から質問しといて何それ……。まあ確かにミケランジェロさん……ってあ、所でミケランジェロさんって今どこにいるの?」


 説明をしろと言ってきたり、やっぱり説明はしなくていいと言ってきたり、異なる要求を連続で強いられた事でリディアは精神的な疲れを感じてしまう。しかし、ミケランジェロはこの民家にいないのは事実であり、そして今の居場所も丁度気になったようでもあった。




「不満言おうとして突然言いたい事思い付くんじゃねえよ」


 リディアの心情の変化をやや雑に解説するかのように言っていたガイウスの表情はいつものようににやけていた。


「そういうのいいから。所で、ミケランジェロさんって今どこにいるの?」


 面倒事に直面したかのような、悩ましさを見せた表情を一度作ったリディアは、やや不機嫌そうとも言える多少トーンの落とした声色でガイウスに場所を訊ねた。




「今は博士のとこにいる。でもあの盗賊の連中が襲ってきた後だから、今は荒らされた後の片づけとかしてんだと」


 ガイウスは既に説明を受けていたかのようにすらすらと説明をする。


 恐らく、リディアはその博士の場所自体を理解していないと思われるが、少なくとも博士がいる場所に、ミケランジェロもいるという事だけは把握出来たはずである。


「なるほどね。じゃあこれからすぐ向かった方がいいって事、だよね?」


 リディアは爽やかな表情を浮かべながら、既に暗くなっている窓の外に青い瞳を向けた。恐らくは忙しそうに動いているであろうミケランジェロの姿を頭に浮かべてみる。




「だから今合流するって言っただろ。お前が大鼾(おおいびき)かいて寝てたから、ミケさんめっちゃ激怒してたぞ?」


 リディアの気持ちに水を差すかのように、ガイウスはリディア本人が恥ずかしがるのでは無いかと思われるような言葉を飛ばし、そして締めとでも言うべきか、ミケランジェロの今の状態を教えてやった。


 だが、ガイウスの発言である為、それがどこまで事実なのかはよく分からないのかもしれないが。


「あのさぁ……鼾なんて私かかないから……。友達にも言ってもらった事あるぐらいだからね?」


 恐らく、リディアにとってはミケランジェロが怒っている可能性があるという事の方が重要だったはずだが、その前に自分のプライドを守る事の方が先だったようだ。


 それでも、内心では本当にあの聞き心地の非常に悪い騒音を放ってしまっていたのかと、不安な気持ちに包まれてはいるのだが。




「よし、そんじゃ、ジェイク、メルヴィ。お前らもそろそろ出る準備してくれ。ミケさんとこ行くぞ?」


 リディアは自分が眠っている間、メルヴィ達がどのように過ごしていたのかを知る由は無いが、出発を始めようとしている辺り、恐らくは戦闘による疲れは既に抜き取る事が出来ていたのだろう。


 ガイウスのまるで指に巻き付けていた糸を指だけで引くかのような動作のすぐ後に、ジェイクとメルヴィはソファから立ち上がった。


「僕らは準備出来てるから、いつでもいいよ!」


 赤いフードを纏ったジェイクは小さく頷きながら、言葉の通り、準備が完了している事をガイウスへと伝える。


「分かりました! あ、それとわざわざ休ませて頂いて、ありがとうございました!」


 メルヴィも、隣にいるジェイクより僅かに遅れて立ち上がるなり、ガイウスに一言を返す。そして、民家を一時的に貸してくれた女性と目を合わせながら、軽く頭を下げた。




「いえいえ! わたしの方こそ、お力になれて嬉しかったです!」


 リディアに助けてもらった、今は白の服を着ている少女も自分が相手の助けになる事が出来たと、明るい表情で返事をしていた。


「私の事スルーするなっつのガイウス……。それと、私もお世話になった事には、えっと、ありがと!」


 ガイウスのそのリディアにとって一番伝えたいと思っている言葉を目の前にしながらわざとらしく関連性の無い行動を取る姿がどうしても腹立たしく映ってしまうが、ジェイク達も立ち上がっている以上はもう怒っている訳にもいかないだろう。


 リディア自身も、白い服の少女の民家で休ませてもらったのは事実であるから、自分の助けになってくれた事に礼を言った。すぐ隣にいた為、頭は下げず、笑顔を代わりに見せる。




「脚には注意してくださいね? それと……」


 少女からすると、リディアの脚が心配でならなかったようである。包帯で応急処置をした際に見た痣が頭から離れなかったのだろう。そして、まだ話に続きがある事をちらつかせ、リディアの意識を集中させる。


「ん?」


 リディアは少女が何を言おうとしているのか、聞き漏らさないよう、紫の揉み上げの後ろから見えている耳に意識を注ぐ。その耳の更に後ろには、ポニーテールとして纏められている髪が揺れている。




「えっと、リディアさんは鼾なんてかいてませんでしたからね?」


 もしかしたら、リディアにとっては一番知りたかった情報だったのかもしれない。ガイウス達の前では派手に盾として振る舞う事は出来ていなかったが、少なくとも本人にだけは安心をしてもらおうと、少女はやや小さな声でリディアへと真実を伝えた。


「あ、あぁ……そう。ありがと」


 少女はわざわざ嘘なんて言わないと確信していたからか、リディアの表情には確かに安堵の表情が写り込んでいた。


 それでも、何故か場や空気を間違えているかのような、妙な違和感を感じてしまったのは何故なのだろうか。それでも、事実を伝えるには今しか無かった事だろう。立ち去られてしまえばリディアの中では闇が残ったままになっていたのだから。


 リディアはガイウス達にやや遅れを取りながらも、外へと通じるドアへ向かっていく。痛む脚を堪えながら、外へと出て行った。








 夜の道を4人で歩く中で、リディアは自分が睡眠の時間を過ごしていた時の事を聞かされた。


 まず、リディアが地下室で叩きのめした盗賊団の男の1人は、既に治安局に引き渡している事を聞かされた。町を守る為に戦った者達の影響で盗賊団の殆どが死亡している中での数少ない生き残りであった為、現在は取り調べを受けているとの事である。


 そして、ガリレオと呼ばれる、メルヴィを助けてくれた亜人の話も聞かされたが、助けたという話は聞いたものの、一体その者がどのような外見や性格をしているのかまではまだ聞かされる事は無かった。それは、博士の待つ研究室に行けば分かる事だと、ガイウスは言っていた。


 何とか脚の激痛を堪えながらガイウスに付いてきていたリディアの目の前に映った、1軒の民家が博士の研究所であるとガイウスに説明される。尤も、外観は他の民家と特に代わり映えの無いような煉瓦造の家だったが、4人はドアを開き、中へと入る。








「ミケさんちゃーっす」


 最初に室内へと入ったのはガイウスである。テーブルの前に設置されている椅子に座り、何やら書類のような物を手に持って眺めていた、茶色の直綴(じきとつ)姿の亜人はガイウスの声と、ドアが開く音に反応するかのように、顔をガイウスへと向けた。


 蜥蜴(とかげ)を思わせる、緑の皮膚で包まれた容姿は人間達に威圧感を覚えさせるような風格があるが、彼は味方である。


「ガイウスか。来たっていう事は、じゃあリディアも問題無く目覚めてくれたようだな」


 顔を向けたミケランジェロは、恐らくはガイウスの影になっているであろうリディアを思い浮かべながら、問うた。リディアの事情を知らされていたから、無事にこの研究所にまで来る事が出来るのか、僅かながら不安だったのかもしれない。




「もちっすよ。ほら、この通り、おいリディア、行ってこい!」


 まずはリディアに異常が無かった事を口だけで明かし、続いて、自分の背後にいたリディアの首の後ろに右手を引っかける。


 ガイウスの右手に引っ張られたリディアは、右手が引かれる速度に合わせるかのように速足で進まされたが、その時に走った右脚への振動が彼女を苦しめてしまう。


「ってちょっ……!! 痛っ!! うわっ!」


 無理に歩かされた事によって、リディアは右脚への負担を抑える歩き方に切り替える事が出来ず、痛みに耐える事が出来なかったリディアは前のめりに倒れ込んでしまう。


 上半身を打ち付けた痛みよりも、右脚に走った貫くような激痛の方が強かったらしく、右の太腿を両手で押さえ付けながら蹲っている。




「ガイウス……お前こいつが怪我してるの分かってたんだろ? 配慮ぐらいしてやれ」


 流石に倒れ込んでしまったリディアを放置する訳にはいかなかったのだろう。ミケランジェロは資料をテーブルに置いてからすぐに立ち上がり、リディアの傍らへと近寄った。リディアの隣でしゃがみこんだミケランジェロは、今のリディアの状況を作ってしまった張本人、つまりはガイウスと向き合いながら、軽い叱責を渡す。


「すんませんっす。でもこいつだったら耐えられると思ったんすよ?」


 状況を誤魔化すように笑いながら、ガイウスは僅かに首を前に倒す形で謝罪を渡す。尤も、今ここで渡すべき相手はミケランジェロでは無く、リディアであるはずなのだが、ガイウスの視線はミケランジェロに向けられていた。


 ガイウスが無理矢理早歩きさせたのには理由があったようであるが、リディアはそれに耐える事は出来なかったというのが事実である。




「……」


 リディアはまるで息が詰まるかのような状態であった。


 床にぶつけてしまった上半身のそれなりに走った痛みなんかよりも、脚の痛みの方が遥かに強く、脚を押さえ付ける両手が痛みの強さを物語っていた。


「それと、リディアお前は本当に大丈夫なのか? 今凄い顔してたぞ?」


 ミケランジェロはリディアの痛がる姿を見て笑う性格では無いだろう。ゆっくりとリディアの上体を起き上がらせ、リディアに座り込むような形を取らせる。


 左脚を投げ出すように伸ばし、そして右脚を膝から曲げる形で右脚を押さえているリディアは、傍らにいるミケランジェロの姿が視界に入った事を確認すると、僅かながら表情を緩くさせる。安心でもしたのだろうか。




「いや……だい……じょうぶ……ですから……」


 1人だけでも自分の身体の事を気遣ってくれる者がいただけで、圧迫感は大きく軽減されるものであるらしい。


 流石にいつまでも痛みに硬直している訳にもいかず、リディアは額に僅かな脂汗を浮かばせながらも、ミケランジェロに何とか自分が無事である事を伝える。今は痛みそのものよりも、これが原因で皆の行動を阻害してしまわないのかが心配かもしれない。


「リディア、まあ転ばせたおれが言うのもあれだけど、お前思いっきりスカート捲れ上がってたぞ? さっきお前が倒れた時な。パンモロっつうか(たん)モロ状態だぜ?」


 ガイウスはリディアの症状をどう捉えているのだろうか。


 またしてもリディアに余計な不安を作らせるかのように、ガイウスはリディアが転倒した際に発生してしまったであろう事実を淡々と口に出す。




「あっそぉ……」


 今は上体を起こしている姿勢である為、紫の色に染まっているスカートは既に腰から下を覆い隠しているが、リディアはもう苦痛に堪える事で精一杯であったし、そしてスカートに関わるアクシデントの対策の為に短パンを着用していたのだから、説明を交えた反撃の返答を送る手間を選択する事は無かった。


 ただ、怒りを乗せた目付きで睨み付ける事しかしようとは思わなかったようだ。


「なんかジェイクが下心丸出しで見てたけど、ほっといていいのか?」


 室内は既にジェイクも、そしてメルヴィも来ていたが、ガイウスはジェイクの真剣な眼差しを見るなり、笑い出しそうになっていた。


 それを直接何かを言葉に出す事で誤魔化そうとしたのか、恐らくは男子であれば真の価値が分かるであろうリディアのあまり好ましくない部分を見ていた事を告げ口のような形で明かしてしまう。




「別に……パンツじゃないんだから……どうでもいいから……」


 リディアにとっては、ジェイクが本当にリディアの下着を期待していのかは分からないが、それを匂わせるようなジェイクの行動を伝えてきたのはガイウスだったから、もういちいち誰かを暴言等で責める気にはなれなかった。


 鋭い目つきで、自分をからかいたければ勝手にしろ、とでも言わんばかりに苦しそうに言い放つ。


「ん? ジェイ君まさかずっと見てたの? そんなやらしい物、ずっと見てたの?」


 痛がっていたリディアを緘黙(かんもく)の態度で見ていたメルヴィだが、ガイウスの余計な他言を聞いてしまった事により、徐々に怒りを募らせてしまう。細く綺麗な、髪と同じ萱草色の眉が歪み始めていた。


 年頃の少女の恥ずかしがるような所を見るような行為は、例えメルヴィ以外の少女だったとしても許せないのだろうか。




「え? あ、いやいやいやいや!! 僕は別にそんな風には見てないよ! ただメルちゃんと違って下に穿いちゃってんだなぁって思ってただけだよ!」


 まるで自分の心を見抜かれたと感じてしまったかのように、ジェイクはメルヴィから距離を取るように数歩後退してしまう。


 本人曰く、性的な欲求を目で吸収する為では無く、リディアと出会う前から長く共に行動していたメルヴィと、服装の揃え方に相違点があるという部分に着目していたようだが、その着目部分は、異性であるメルヴィに伝えるには相応しいとは言えないのではないだろうか。


「何それ……?」


 緑の綺麗な瞳も、今はまるでしつこく付き纏ってくる気持ちの悪い男に向けられるような細さになってしまっていた。




「あの……メルヴィに言うけど……私の事で不機嫌になったりしないで。それと、ジェイク君はもう静かにして」


 短パンで下着を直接見られる事を防いでいたのだから、自分の事はどうでも良いと考えていたリディアである。まずは自分のせいでジェイクとメルヴィの仲が悪くなってしまう可能性だけは回避しようと、何とかメルヴィを物理的に苦しい口調の状況で説得し、そしてジェイクに対しては、口を滑らせないでくれと頼み込んだ。


「それより、お前その脚で明日から歩けるのか? まあ騒ぐ体力だけは残ってるみたいだが」


 敢えてミケランジェロは、彼ら彼女らのやり取りを静かに見届けていたが、そろそろ話が気まずい方向へと逸れてしまいそうだったから、リディアの身体の事だけに今は意識を集中させた。


 脚の様子を詳しくは知らないであろうミケランジェロにとっては、翌日に行動が出来るのか、それが引っかかったのである。




「ちょっと、ごめんなさい。よっと」


 ミケランジェロの大型な肩に左手を乗せ、リディアは無事に立ち上がる。右脚に力を入れないように立ち上がったが、もう甘える訳にはいかないだろうと自分に言い聞かせ、ミケランジェロへ向かい合い、再び口を開く。




「ま……まあどうかなぁってとこですね。過度に衝撃加えたり、激しく動いたりしなかったら多分……大丈夫だとは思います。骨折してないんですから、後は私の根性で何とかなると思いますし!」


 立ち上がっているリディアは、右脚を軽く持ち上げながら、脚は確かに負傷に近い打撃を負っていたが、それでもまだ機能を完全に奪われている訳では無いと、自分の脚にミケランジェロの意識を向けさせようとする。


 黒のニーソックスの裏には巨大な痣が出来ていると伝えられていたが、本人が骨折には達していないと豪語しているのだから、歩く分には本当に問題は無いのだろう。


「根性、か? まあ戦ってる時は我慢する必要があるとは思うが、今みたいな休息の時は身体休めとかないと次の戦いまで持たなくなるぞ?」


 ミケランジェロはリディアの気持ちの強靭さは認めているようだ。しかし、いつ戦いが始まるか分からないような旅をしている以上は、いつまでも身体の痛みを残す事は必ず次の戦いでの支障になる。


 休む時間が与えられている時は、無理な誇示をせずに身体に休息を与えるべきだと、ミケランジェロは静かに伝えた。




「それは……まあ分かってますよ。治癒用の包帯を今日は巻いて寝る事にします。明日には治まってる……と思いますから」


 心の奥では分かっていた事だろう。だが、自分の傷の為に身体を休めるタイミングは自分自身ではなかなか決定が出来ない事もある。仲間と行動している時は尚更だ。


 それでも、今は休む為の時間を作っても良い事を直接告げられた為、リディアは自分が所有しているであろう治癒力のある包帯を思い浮かべながら、自分の右脚に視線を落とした。




――そんな時に、リビングの奥にあるドアが開き、2人が出てきた――




「ミケランジェロ! 無事に接合が出来たよ! これで正しい場所を示してくれるはずだ!」


 最初に出てきたのは、赤のジャケットと、同じ赤のガウチョパンツを着用している、黒の羽毛で包まれた鳥の亜人であった。黄色の嘴が鳥の種族である事を連想させてくれるが、手に持っていたのは、コンパスであった。


 接合が完了した物品とは、きっとそのコンパスの事だろう。


「思ったより簡単に作業が終わって良かったわい!」


 鳥の亜人の後ろからやってきたのは、白衣を着た白髪の老人である。博士と呼ばれるにはあまりにも相応し過ぎる典型的な姿をしているが、張り上げた声を聞く限りでは、まだまだ元気は残っているようだ。




「博士、ガリレオ、助かった。それと、今オレの仲間が集まったから、軽く紹介させてくれるか?」


 ミケランジェロはコンパスを受け取る前に、恐らくはまだ博士とガリレオ、鳥の亜人の名前であるが、その2人に対して紹介すべき人物がここに集まっているのだから、まずは名前を明かしておこうと、博士とガリレオに向かい合う。




「ぼくはそこにいるポニーテールの子の紹介だけで間に合うけど、博士は多分皆の事は知らないと思うから、また初めからの紹介で頼むよ」


 どうやら、鳥の亜人であるガリレオは既に1人の少女を除いて全員の名前を把握しているようである。ポニーテールの少女とは、勿論リディアの事であるが、リディアもまだ鳥の亜人の事を知らないから、早めに紹介をしてしまいたいと思っている事だろう。


「名前だけで大丈夫じゃ。きっと皆も疲れてるじゃろ」


 博士は日中の戦いを気にしたのだろう。名前を明かすだけで時間を使うのは、少年少女達の疲れた身体に毒になると感じ、簡潔に済ませても良いと伝えてきた。




「ん? あの鳥の人って……」


 リディアにとって、黒の羽毛の亜人が気になっていたが、まるでリディアの要求を聞いていなかったかのように、ミケランジェロの声がリディアの横から聞こえた。


「まず最初に紹介させてもらう。こいつはリディアだ。オレの大事な……そうだな、手間のかかる娘みたいな奴だな」


 ミケランジェロは隣に立っている水色のワイシャツの少女を上から指差しながら、博士とガリレオに紹介する。


 身長差の関係でどうしてもリディアの頭頂部を上から指で突くような形になってしまうが、いつもの事なのか、リディアはそれに対しては気にも留めていなかった。




「……娘、ですか。ま、まあいいや、えっと、私はリディアです! 今日はお世話になると、思います!」


 自分の子供のように紹介をされ、なんだか妙に嬉しいような気分になるリディアだが、自分自身でも名前を言うべきかと思い、無理矢理でも言い切るかのように、整理のされていない言葉を出しながら頭を下げた。


 ポニーテールで結ばれた紫の髪もリディアの動きに合わせるかのように揺れた。




「宜しく」


 鳥の亜人であるガリレオからすれば、リディアは初見ではあったものの、その相手を選ばない明るさから、なんだかすぐに仲間として打ち解けるような気がしたのかもしれない。今は短く、そして簡潔に返答をするだけで終わらせたが。


「元気で逞しそうな子じゃないか。将来を期待出来そうじゃなあ!」


 博士のその言葉は、もしかするとガリレオの心の言葉だったのかもしれない。年相応の明るさはどのような相手に対しても好印象を与えるものなのだろう。




「それは感謝する。それと、残りの3人がガイウスと、ジェイクと、メルヴィだ」


 自分の娘のような存在であるリディアを評価してもらえたのは、ガイウスにとっては喜びそのものである。


 続いて、ミケランジェロはまだ紹介をしていなかった3人に指を差しながら、それぞれ名前を言った。




「どうもっす」


 ポケットに手を入れながら、軽く会釈をするガイウス。


「宜しくです」


 ジェイクは敬語を交えながら、微動とも言えるような会釈をする。


「宜しくお願いします!」


 これから長く関わる事を想定してか、腰の高さまで頭を下げるメルヴィ。




「あれ……? なんか私以外凄い適当な紹介に見えたけど……」


 自分の紹介のされ方がよほど嬉しかったのだろうか。


 その影響か、どうしても自分以外の紹介のされ方が非常に地味に見えてしまい、なんだか気まずそうにわざと笑顔を作るが、それを口に直接出してしまったら、周囲の者達に対して嫌みのように聞こえてしまうだろう。


「リディア、お前は少し黙ってろ。今のは余計だぞ?」


 申し訳無さそうにわざとらしい笑みなんかを作っていても、ミケランジェロを誤魔化す事は不可能だったらしい。言う必要の無い事をいちいち口に出したリディアに、いくらか抑えたような叱責を渡す。




「あ、そ……そうでした、ははは……。ごめんなさい」


 何かを言われる事は分かっていたのかもしれない。それを分かっていた上で自分だけが特別扱いされたような事を口走ったのだから、リディアはこの場で謝るしか無いだろう。ミケランジェロのみを見つめながら、気まずそうに謝罪の言葉を渡した。




「所で、君はリディア、って言ったかな? 君はまだぼくを知らなかったと思うから、名前教えとくよ。ぼくはガリレオ、宜しく!」


 黒の羽毛を持つ鳥の亜人は、しばらくはミケランジェロの座っていた椅子と、そしてテーブルから距離のある場所へ立っていたが、リディアに名前と顔を覚えてもらう為に、テーブルの隣にまで進み、リディアに自分の姿を捉えさせる。


 赤の色で染められた、胴体や腕の部分の布を極力減らしたジャケットと、同じく赤のガウチョパンツで包まれたその身体は、人間に限りなく近い形をしていたが、生えた羽毛や、文字通りの鳥を思わせるような黄色の嘴が人間では無い種族である事を証明していた。


「宜しくです。私リディアです。あ、所で、えっと、もしかして、その、ミケランジェロさんいいでしょうか?」


 ミケランジェロと同じ場所にいる相手であれば、警戒する必要は無いだろうと、リディアは既に名前を明かされている事を覚えていながらも、改めて自分自身で名前を教えながら会釈をする。


 そして、リディアのいつもの事なのか、ここでふと疑問に感じた事をミケランジェロへと聞こうとする。折角今は時間に余裕があるのだから、聞きたい事があるのなら今を逃さない方が良いのかもしれない。




「何かあったのか?」


 大した質問では無い事を分かっていながらも、リディアの為にミケランジェロは答える姿勢に入る。


「町の方から盗賊団が来てるぞって連絡を出してくれた人が、えっと、そのガリレオさんで、いいんでしょうか?」


 もしかすると、わざわざ聞かなくてもそれは大体想像が出来る話だったのかもしれない。


 指で空中をなぞっている様子は、記憶を引っ張り出す為に無意識に出てしまっている仕草なのだろう。




「そうだ。まあ、彼はオレの長年の仲間で、今回もそうだが、お前と知り合う前からもそれなりにガリレオと戦った経験だってあるからな」


 とりあえず質問を聞くと決めた以上は、答える必要がある。


 ミケランジェロは一言でまずリディアの質問を肯定し、一応この際だからと考えたのか、ガリレオとは数年前から面識も戦闘経験もある事を共に伝えた。


 尤も、仲間と言っている時点で昔からの面識がある事が確定しているようなものだと思われるが、リディアに対してはどのような形で仲間であったのかを詳しくさせておいた方が良いだろう。




「え? ミケランジェロさんってガリレオさんを相手に戦った事があったんですか? それでぶつかり合ってる間に友情が芽生――」

「違うそうじゃない。ガリレオと一緒に、共通の敵を相手に戦ったっていう意味だ。オレの説明が悪かったか……」


 リディアはどのように捉えていたのだろうか。ミケランジェロとガリレオが互いに武器を交えさせるような戦闘をしたのかと想像をしてしまったが、正しくはペアになった上で、敵対している相手と戦ったという意味だったようだ。


 これも多少は考えれば状況を理解する事が出来るはずだったのだが、それを正しく理解させてやれなかったミケランジェロは自分の説明手段を多少ながら責めてしまう。




「初めて見る子だけど、なかなか面白い子じゃないのか? なんだかムードメーカーの雰囲気を感じたけど」


 ガリレオからすれば、多少は馬鹿々々しい解釈をしたり、まだまだ大人になり切れていない対話方法をしてくる者の方が受け入れやすいのかもしれない。


 戦闘の為の仲間としてだけでは無く、純粋に知人としての関係も作りたいと思ったのだろうか。


「やめてくれ。まあでもおかげでこっちも退屈しないで済んでるけどな」


 ミケランジェロの目が細くなると同時に、ガリレオから大きく視線を逸らしてしまう。長く共に行動している者じゃなければ理解する事の出来ない苦労をミケランジェロは味わっているのである。


 しかし、最後の言い方を見ると、それを自分にとってはマイナスとして見ているのか、プラスの方向で考えているのか、よく分からない。




「あの……それって言われて嫌だったのかちょっと自慢でもしたくなったのかどっちなんですか?」


 ミケランジェロにはいつも面倒な思いをさせてしまっているリディアであるから、少しは反省したのかもしれない。しかし、なんだか嬉しそうに答えているようにも見えてしまったから、やはりそれも聞かずにはいられなかった。


「別にそんな深い意味を持って言った訳じゃないぞ? それより、例のコンパスだけど、2人のおかげで助かった」


 とうとう面倒になってしまったのかもしれない。


 ミケランジェロはこのライムの町での本来の目的であったコンパスの問題の解決を見事に果たしてくれた、ガリレオと博士に対して感謝を言い渡した。リディアは一旦放置した上で、コンパスの組み込みが終わった後はどうすべきかも、考えていた事だろう。




「わしも役に立てて光栄じゃよ。内部の部品の組み合わせが少し乱れてたから、それさえ調整すれば後は簡単だったんじゃよ」


 どうやら博士が言うに、コンパスをはめ込む為の土台である円形状のケースの方で、内部の損傷があったようである。それを修理した上で、上部にコンパスをはめ込む事で上手に機能させることに成功したらしい。


「オレは機械弄りは出来ないから、内部の話をされても多分理解は出来ないぞ」


 博士からすれば、機械の修理は簡単な作業だったのかもしれないが、ミケランジェロは専門の知識を持ち合わせていないからか、玄人が簡単だと言った所で、それを簡単に受け止める事は出来なかった。




「だったら修理中の話は避ける方向で行こうよ。それにしても……奴らが襲ってきた理由は何だったんだろうな」


 ガリレオは博士の横顔を見ながら、コンパスの作業に関わる話はしない事にしようと、博士に言う。


 そして、今度は戦いの時の話に戻し、何故このライムの町が襲撃される事になったのかを考え始めた。だが、もうその理由を持っているであろう盗賊団は既に死に絶えているのだから、聞くのは不可能だと思うべきだろう。


 尤も、この場に情報を持っている者がいれば、話は変わってくる可能性があるが。




「その流れだと……おいリディア、お前ここで点数稼ぎするチャンスじゃねえのか?」


 少し距離を置いた場所で、ガリレオとリディアの自己紹介を眺めていたガイウスだったが、遂にこの時が来たとでも言わんばかりに、リディアの隣に近寄るなり、リディアの肩に手を回す。


「え? わ、私?」


 リディアはガイウスが何を言おうとしているのか、理解する事が出来なかったようだ。


 ガイウスに触られる事には慣れているからなのか、絡み付く腕を引き離そうとはしなかったが、彼の言う点数稼ぎの意味を理解出来ず、細い眉を顰めながら目の前をキョロキョロと見渡してしまう。




「そうだミケさん。リディアの奴、実は今回の黒幕に会ったらしくてだ、そこでかなりいい情報持って帰ってきたんだと」


 まるでリディアに飽きたかのようにあっさりと絡ませていた腕を離しながら、ミケランジェロにリディアの事を説明する。


 このメンバーの中で、唯一リディアだけが今回の襲撃の鍵を握っていたであろう人物に出会っていたのだから、そして、今は主要のメンバーが全員集まっているのだから、尚更ここでは事情を話してもらうべきだろう。


「そういえば言ってたな。そこで何があったのか今ちゃんと聞いた方がいいだろう」


 ミケランジェロもうっすらとリディアが持ち帰ってきた情報の話は聞いていたようだ。恐らく、戦いで一時的に意識を無くしたという話を聞かされた時に、一緒に聞かされたのだろう。




「まあ、実はぼくもミケランジェロとデカい熊の怪物と戦ってた所だったんだけど、相手はただの猛獣だったから倒した所で何も情報は得られなかったんだ。でも、リディアは確か持ってるんだったよね。情報を」


 ガリレオはリディアの苦労を大体予測してみたのだろう。


 もしかしたらリディアからは自分達は何もしていなかったのかと勘違いされるかもしれないと感じたからか、自分達は一体どのような敵と戦っていたのかをやや大雑把ながら説明した。ただ、ガリレオは一度メルヴィ達の事も救っていた為、あの後に猛獣との戦いに向かったのだろうか。


「そ、そうですね。私で良かったらじゃあえっと、説明させて頂きますね」


 




 こうして、その日の夜は、リディアが持ち帰ってきた情報の話が続く事になった。


 盗賊団達がここ、ライムの町を襲撃したのは、遺跡での回収作業から目を逸らさせる為だった事。


 そこで入手された宝玉には、他者を洗脳する力があるという事。


 そして、今回の襲撃の指揮を取っていたと思われる者の名がバイオレットであるという事。


 明後日の時間に、エボニー海岸と呼ばれる場所で、貧民達の受け取り作業が行われる事。


 内容は詳しくは分からないが、その貧民達が何か実験に使われてしまう可能性があるという事。








――町から遠く離れた廃墟にて……――




 時は夕方だろうか。


 確か、この時間帯は体力を失ったリディアの眠っていた時間であった。


 石で作られた壁の内側から、何やら悲鳴が響き渡っていた。いずれも、まだ若い女性のものだ。


 同時に、何やら非常に強い力で叩き付けるような音も、内部から響き渡っていた。




「おいおいお前らもうおしめぇなのか? 根性もやる気もねぇのかおい?」


 指を鳴らしながら床を見下ろしている亜人の男が、崩れて天井の失った壁の目の前で苛立ちも混ぜ込んだような笑みを浮かべていた。今いる場所は丁字(ていじ)状になっており、分かれ道に差し掛かる丁度中央で、今は男は立っていた。


 その男は、同日にリディアを負傷させた者であったが、別の場所でもまた人間を襲っていたようだ。




「……い……や……」


 黒のコートを纏っている少女ではあったが、今はそのコートは所々が破け、破けた部分から覗かれている素肌には血の痕が線を描いている。年齢はリディアと似た10代半ば辺りと思われるその容姿も、今は殴られた後による結果なのか、痣や血の痕が所々に残されていた。


 バイオレットにやられてしまったのだろう。黒いスカートも今は裂けたり乱れたりで内部が見えるような状態になっていたが、目の前にいる男による恐怖で、それを気にしている余裕は無いものと思われる。伸びた太腿も今は見るも無残に血や痣で塗れていた。




「自分からカッコ付けて名前明かしといて、結局それか? ってもう反発する気力もねぇか?」


 バイオレットは、女性が恥じらうであろう部位なんかにはまるで興味を示す事も無く、何故自分がここまで相手を負傷させる必要があったのかを相手に理解させるかのような言い分を飛ばす。


 もしかすると、本当はバイオレットの方が当初は狙われていたのかもしれない。




「そこの彼氏、だっけか? ローレライ、だったな、そろそろ面白れぇ事になっから、彼女ん最期よく見とけよ?」


 分かれ道の左側は行き止まりになっていたが、そこでは、水色の髪を持った中性的な顔立ちの男性が傷だらけになって倒れていた。無造作に散らばっている石の欠片や、木々の残骸等の上に無造作に倒されていたその男性も、やはり身体のあちこちに大小様々な傷を作ってしまっていた。白や茶で構成された色合いの服も無残に破けている。




「何……する気だよ……?」


 バイオレットは少女に対し、拳銃を思わせるような指の差し方をしながら手首を上から下へとスナップを利かせるように落とすのと同時に、見ているようにと男性に言い放っていたが、ローレライという名前なのだろうか、水色の髪の男性は痛む全身を何とか、少女へと近づけさせようとする。這うような形で。




「いちいち渋んのもめんどくせぇから教えてやるよ。明らかに人間が好物そうな狼見つけてだ、ほら、こいつ……おっと、まだ暴れんじゃねえぞ?」


 具体的に少女に何をしようとするのかを聞かれたのだろう。


 バイオレットはそれを断る事でまた余計な言い合いが始まる事を面倒だと感じたのか、あっさりとその答えを口に出した。バイオレットは少女から数歩だけ離れ、地面から伸びていた丈の長い雑草に隠れていた壁の中に腕を伸ばし、そこからバイオレットの膝ぐらいの高さの木箱を引っ張り出す。


 それなりに重量もあるのか、土の地面を引き摺る音が鈍くも大きく響き渡るが、側面を開くなり、そこから茶色の毛皮の狼が姿を見せる。


 狼は余程飢えていたのだろうか。木箱を開いた際に最初にバイオレットが目に付いたからか、そのまま噛み付こうとするが、そこは亜人のバイオレットである。その黄土色に染まっている右手が狼の噛み付きを許さなかった。


 右手の1つだけで、狼の口を横から掴み、口の解放を封じた。狼はただ力に捻じ伏せられるしか無かった。




「うわぁ……なんだよそれ……」


 男性はもしかするとその狼を自分へと向けられるのかもしれないと、身体の激痛によって遮られていながらも、悲鳴に近いような声を上げた。しかし、身体の方は距離を取ろうにも、激痛からなのか、動かなかった。




「あぁ? お前の彼女がこいつの飯になんだぜ? いくらお前ギルドからの依頼っつったって、こっちゃあ命狙われてたんだからよぉ、仕返ししたって文句ねぇだろ? おい」


 男性の声を聞き取っていたバイオレットは、狼の口を押さえ込んだままの姿で、その狼をどのように扱うのかを説明する。多少回りくどい言い回しではあったが、少なくとも、これからこの狼は少女を餌として食らい尽くすという事だけは男性の方で理解が出来てただろう。


 バイオレットも、自分自身を狙おうとしてきた目の前の少女が特に許せなかったようだ。


「や……め……」


 よく見ると、少女の口や血からも激しい出血があり、止まらない血がまともに言葉を発する事すらさせないのだろうか。言葉は、激しく詰まっていた。




「確かリゼ・ファロウピアとか言ってたよなお前? やめろって今言おうとしたんだろうけどなぁ、無理だって」


 尤も、バイオレットからすれば覚える価値すら無い少女の名前だったのかもしれない。だが、対面した際に突きつけられたのだろう、その少女の本名をここで思い出すが、当然のように、バイオレットの殺意は収まる事は無かった。




「おらよっと。おいお前、人間って好物か? まあこんな肉の塊なんか見せられたらぜってぇ食いてぇって思うだろ? ってお前は返事なんか出来ねぇか……」


 狼の目の前で見せてやろうと、バイオレットは開いていた左手で少女の右足首を掴んだ。そして、力任せに引き摺り、掴んでいた右足を持ち上げ、痣や切り傷で激しく傷付いた太腿を狼の顔面へと近づける。


 当然、狼はバイオレットの問い掛けに直接答える事は出来ないが、それでも嗅覚を刺激する、太腿から流れる血液や汗、そして肌そのものから漂うであろう独自の体臭に対し、平然としていられるとは思えない。


「いや……いや!」


 持ち上げられている脚を引っ張ろうと、脚に力を入れるも、バイオレットの掴む力は思いの外、非常に強かった。みっともない状態で晒されている下着の事よりも、これから噛み付かれるという恐怖の方が強かっただろう。


 黒い髪の下で、青の瞳が涙で濡れる。




「もういいやお前。さっさと食え。まずはこんなアホみてぇに丸出しにさせやがってる脚から行っちゃえ行っちゃえ!」


 お前というのは、当然、狼の事である。バイオレットからしたら、野生の猛獣に食べさせる為に見せているとしか思えない少女の太腿に、狼の鼻先を無理矢理密着させる。


 そして、少女が涙を見せている事も一切御構い無しに、狼の口から右手を放した。




――狼は、そのまま少女に牙を突き立てる……――




 廃墟周辺に響く少女の悲鳴


    それを離れた場所で見ていた男性の表情に浮かぶ戦慄


       やがて、一切の無音と化する悲鳴


    散らばった血液を上から見下ろし続けるバイオレット


 リディアの代わりだったのだろう、殺害行為は今ここで済まされたのだ

幹部が登場するとやっぱりこれからもしつこく狙われると思うべきなんでしょうか。幹部達もやはり主人公サイド以外の者達にも手を出すと思うので、後半はリディア達とは違う男女が狙われるという危なっかしいシーンを導入しました。きちんと伏線として次の話に活かせられるように頑張ります!

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