第38節 《魔力を吐き出す洞窟の中で 魔女と魔導士に映るもの》5/5
今回はちょっとレフィの趣味とその裏にひっそりと隠れた女の子を守りたいという気持ちを現したような話になってると思いますが、どうなるでしょうか?
レフィは突然リング状の物体を取り出したのである
シャルミラとメルヴィに奇妙な質問を問い質しながら
ゴブリン達が人間の女の子に欲望を見せるのは確かなようではあるが
もっと違う所にレフィは着目していた様子であった
だからこそ、リングという装備品を取り出したのでは無いだろうか
「ってなんですかレフィさん!? 何その質問!?」
女同士でも拒否を表す感情が強く突き出てしまうような質問を渡されたであろうシャルミラは、緑のスカート部分を両手で押さえながらレフィに悲鳴にも近い大声で言い返した。
「ちょっとそれ嫌な事聞かないでくださいよ! 変態?」
シャルミラ程強くは押さえていないものの、右手だけで自身の赤いスカートを押さえながら、メルヴィも聞かれて気分の良くない質問に戸惑った。萱草色の髪の下に見えている緑の瞳はレフィを下卑た存在として捉えているようであり、とうとう性別を疑うかのような質問を渡してしまう。
「これはホントに重要な質問なの! そしてわたしは一応変態じゃなくて魔女だし、そしてシャルは別にホントにパンツ見てる訳じゃないんだからそんなに強く押さえなくていいからね!」
青い服の魔女であるレフィは、2人の少女からそれぞれ怒りに似た視線と軽蔑のような視線を受けながらも、自分の気持ちを伝える為に決して邪な余計な感情があった訳では無いと澄んだ声を響かせた。
あくまでも自分は悪い性欲を散らす存在では無く、魔法で戦う女の子であると自分で勝手に修正させ、そして最後に止めとでも呼ぶべきか、シャルミラのスカートを未だに押さえ続けている姿に何か言及せずにはいられなかったのかもしれないが、確実に余計な言及だっただろう。
「レフィさあちょっとさっきの質問内容と今の言い分は考え直した方が良かったと思うけどね?」
青と白の毛並みの浮遊する獣人であるバルゴはやはりレフィの説明に問題点ばかりが目立つと感じていたようであり、恐らくバルゴの方が少女2人に違和感を持たせる事の無い説明が出来たと見て間違いは無い。やはり溜息でも漏らした後のような目付きをさせていたが、該当していた2人の少女に対して言葉を続けた。
――2人は洞窟構造の事実をどうしても伝えたかった――
「まあ兎に角2人とも、レフィの言い方はちょっと下品だったけど、実はね、この先風が下から吹き上がる構造になってるから、その為にレフィが対策してくれるっていうのが大まかな中身なんだよ!」
それぞれ異なる表情を浮かべていたシャルミラとメルヴィに対し、バルゴは洞窟の穴から風が吹き抜ける為、それによる影響をレフィの取り出したリングによって軽減をしてくれるという話を聞かせたのである。
元々バルゴは人間の女の子に妙な性欲を表す性格では無かった為、説明を聞く側としても嫌な感情を抱く必要は無いだろう。
「バルゴが説明してくれたら凄い安心した説得力になるのって不思議かも。所でバルゴ、それってどういう意味なの? 下から風って……えっとどういう事?」
リディアはレフィから直接嫌らしい事を言われた訳では無かったが、洞窟の風の話自体はリディアにとっても無視するには何だか不味いものがあると感じていたのかもしれない。しかし、聞いたは良いが洞窟の風のメカニズムがイマイチ理解する事が出来なかったようである。
「所謂風穴だね。気温や気圧の差で発生する風だけど、まあ詳しく説明してたら時間かかるから要するに洞窟の中で吹く風って思って貰えれば充分だよ」
洞窟内の空気の変化によって発生する風の話をしようとしたバルゴであったが、やはり原理が少し複雑である事と、そしてそれを詳しく説明する必要性も薄いと感じたからか、風が吹くという事実が洞窟内で存在し、そして発生する事だけを理解してもらう事を望んだ。
「私じゃ理解するのに時間がかかるって事か……」
確かに洞窟に関する知識や地学的な理解は深いとは言えないリディアであったが、詳しい説明の方を省略されたのは自分の知識の無さが原因だったのかと、少し気まずさを感じてしまったが、バルゴは元々嫌味のような態度を取る性格では無かった為、深く考える必要は無さそうだ。
「でも下から風が吹くってそれじゃ……」
赤いフードの奥で暗闇に支配された顔面の奥から青い双眸を光らせているジェイクは足元を見ながら、風の方向を思い浮かべてみるが、明確な答えが頭に浮かぶ前にレフィの言葉がやってきた。
「その通り! ジェイ君の予想通りこのままだとリディアちゃんは大丈夫だろうけど他の女の子2人はパンチラパラダイスになって惨劇になるからこのままじゃジェイ君の好感度が爆下がりになっちゃうって訳!」
レフィは何となくジェイクの少年としての考えを見抜いたのだろうか。まだ風が吹き上がっていない洞窟の足元を指差しながら、風による影響と、そこから広がる特定の者達だけが喜ぶ世界の話をテンションを上げながら喋るが、その先にあるのは嫌われたジェイクの姿であったようだ。
しかし、ジェイクの話になってもレフィの笑顔は止まなかった。
「ホ、ホントに……?」
やはりジェイクは女の子が嫌がるのは事実だが、少年としては捨てるには厳しいような光景があくまでも今は妄想という形で広がったのか、うっかり自分の素の感情に近いものを出してしまっていた。
「ってジェイ君今変な妄想しなかった!? やめて!」
メルヴィは何となくジェイクのにやけた表情からやらしい世界を思い浮かべていると感じてしまったのか、緑色の瞳にやや怒りに近い鋭さを滲ませながら真っ直ぐ捉えた上で声を荒げてしまう。
「ホントに今の妄想してたんだったらただの最て――」
「シャルぅストォップ!!」
それを聞いたシャルミラも自分の恥ずかしい姿を想像されてしまったと感じたようで、思わず人間性に関する本気の評価を漏らすように放とうとしたものの、その瞬間に何か危機を察知したレフィによって止められてしまう。
その方法は、直接シャルミラの背後に回り、左腕で緑の魔道服越しに胸部を、そして右手でシャルミラの口元を押さえつけ、直接喋る行為を封じてしまう事であった。
――シャルミラはレフィによって口元を押さえ込まれてしまい……――
「んん~!!」
「ちょっとシャ~ル? 今のはいくらなんでもジェイ君に酷いんじゃない? まだ見た訳じゃないし喜んでた訳でも無いんだしさぁ?」
元々魔女であり、肉体的な強さは殆ど持たないと思われるレフィであったが、同じ魔法を扱う非武闘派同士であるシャルミラであったからか、後ろから抱き着くように押さえる事を継続させるのはそれなりに容易だったらしい。
そして右手でシャルミラの口元を封じたまま、そしてレフィは表情だけは妙にやらしくした形で顔をシャルミラのすぐ横に近づけ、耳元で伝えるかのようにジェイクへの評価――尤も、それは言いかけではあったが――を取り消させるかのように諭した。
すらっと伸びた鼻に何となくシャルミラの茶色の髪が接触していたが、何となくわざと当てているようにも感じられるのは気のせいでは無い可能性もある。
「ちょっとレフィ、なんでそんな強く押さえ付けてるのさ? 離してあげてよ!」
バルゴはレフィに解放するように頼み込むが、バルゴ自身はレフィに近寄る訳でも無く、寧ろ押さえつけた理由を分かっているからこそ無理矢理引き剥がすような事はしなかったようにも見える。ジェイクへの評価を決める発言を止める為だという事は分かっていたようだ。
「レフィさんその押さえ方普通にただの野盗とかが女の子襲ってる姿にしか見えないんですけど?」
リディアとしては背後からシャルミラに巻き付くように押さえ付けている姿は見方によっては悪人による行為にしか見えないようでもあった。しかし、リディアもまた無理矢理に引き剥がそうと行動には出なかった。
「リディアちゃんそれは違うよ? ただシャルがジェイ君に対してかなり不味い発言飛ばそうとしてたから強引に止めてるってだけ!」
レフィはシャルミラを押さえつけたまま、そして口元を封じた状態のままで自分がシャルミラの背後へと周り、物理的な力で押さえ付ける事を決めた理由を明かした。内容はやはりバルゴ達の想像とほぼ一致していたようである。
――そして、拘束で動揺しているシャルミラに視線を向け……――
密着した相手を凄まじい程の至近距離で見つめながら、レフィは相手がもし男性であれば思わずこのままやられ続けたいと思ってしまうかのような甘いにやけた表情を作るが、同じ女子同士であるシャルミラからはどう映っていたのだろうか。
「それとシャル、これからわたしお手製のウィンドガーディアンっていう風でパンツが見える事を完璧に防いでくれるリング付けてあげるから、間違っても男の子とか雄に該当する相手の事を悪く言うなんてしないようにね? じゃ、これ装着っと」
シャルミラを押さえつける時に再びしまっていたのであろう青い宝石のリングであったが、それを左手で自分の青いコートの裏から取り出し、シャルミラにも見えるように顔の高さにまで持ち上げ、それを見せた上でゆっくりとシャルミラの左の太腿へと押し付ける形でリングを装着させた。
「もう離してって! はぁ……はぁ……所でこのリングって、本当に効果あるんですよね?」
流石にリングを装着された時に痛みが走る事は無かったようだが、それよりも装着させた時にレフィの力が弱くなったのをシャルミラは感じたからか、両腕を強引に広げるようにしてレフィの腕による束縛から逃れ、そして止めとでも言うべきか、レフィの胸元を突き飛ばしながら距離を取る事に成功した。
その際にやや余計な体力を使ってしまったのか、僅かながらに深呼吸を肩でしながら、自分の左脚に装着されたリングを指差しながら、レフィの説明していた効力が実際に表れてくれるのかどうかを聞こうとした。
疑っているのかもしれないが、それよりもやはりリングを装着される際に単に嵌めるだけで無く、腰からスカート越しの太腿にかけてなぞるように触られた事が何だか疑いという思考を呼び出しているようにしか感じられなかったようでもある。
「勿論! 効果が無かったらあそこまで命懸けでシャルに装着させるなんてしなかったからね? それとメルちゃんにもこのリング付けてあげるから、ちょっとそのキュートな脚見せてもらうよ?」
レフィは突き飛ばされた事に対しては一切の不満が存在しなかったかのように、青い瞳で可愛くウィンクをしながら、寧ろこの時点で既にレフィの視線はシャルミラでは無くメルヴィへと向けられており、残されたもう1つのリングを右手でコートの裏から取り出し、そしてメルヴィへと近寄った。
「え、いや、いいですよ……。自分で付けますからそれ貸してください」
やはりシャルミラの時の事で警戒心が残っていたのか、メルヴィは茶色のノースリーブのジャケット越しに胸元を守るかのように両腕で自分を抱きしめながら後退する。何だか怖い相手と対面でもしているかのように最終的には右手を伸ばしてそこにリングを手渡してもらうように頼み込んでいた。直接触られる事は避けたかったのだろうか。
「あぁそれじゃ駄目なの。装着させる時にわたし自身が魔力を注いでそれで強風が来ても恥ずかしい姿を晒さなくて済むようにさせてるからわたし以外の人が付けてもそれ意味無くなっちゃうの」
突然レフィは少しだけ真顔に近い真剣な表情になり、その青い宝石のリングはレフィ自身が相手の身体に装着をさせなければ効力を発揮しない性質であるようだ。リング自体にも魔力は灯っているのは確かなようだが、やはり渡す時にレフィ自身の魔力をそこに注入させなければ駄目であるようだ。
もしかすると相手から奪われた時に思い通りに扱う事を防ぐ為の手段だったのかもしれない。
「それってレフィさんが単に相手の脚を触りたいからわざとそういう仕様にしたんじゃないんですか?」
何となくリディアは察していたようだが、勿論相手の脚にリングを装着させるのであれば確実にいくらかは直接相手の脚に触れる事になるが、それ自体を狙っているとしかリディアは思えなかったようであり、疑いの目を向けていた。レフィと似た色をした青い瞳が妙に冷たくレフィへと向けられるが、リディアとしては同じ女の子の脚を狙うレフィをどう思っているのだろうか。
「もうリディアちゃんったら返答に困るような質問しちゃダ~メっ!」
本当はこれからメルヴィの脚に手を伸ばすつもりだったが、リディアの自分の本心を見抜くような疑いを飛ばされたせいで、しゃがみ込もうとしていた状態から再び真っ直ぐ立ち上がった姿勢になり、両手を華奢な腰に当てながら、わざとうっすらとふくれたような表情を見せつけてやった。三角帽子の下で自分が最年長だとは思えないような表情を作っていたが、本当はリディアに近寄り、直接手出しをしようとも計画していた可能性がある。
「ってかさっきあたしの匂い嗅いでたんだよね……」
今はリディアの隣に立っていたシャルミラであったが、レフィに身体を押さえ付けられていた時のレフィの動きをシャルミラは見逃していなかったようだ。尤も、直接の姿を見る事は体勢や視線そのものの位置の関係で難しかったかもしれないが、すぐ横で顔を近づけられていた時の様子から察していたのは間違い無い。
「シャルも追い詰めるような事言わないでよ! でも魔力は注がないと本当にリングに力が宿ってくれないからそこはメルちゃん信じてね? ね?」
(まあさっきシャルの髪の匂い嗅いだのは事実だけど……いい匂いだったってのは敢えて黙っとこ……)
もしかするとシャルミラから遠回しに謝罪を要求されていたのかもしれないが、レフィはそれを受け止めず、自分の今の居場所を奪い取ってしまうかのような冷たさの混じった言い分にただ困っていたが、しかし青い宝石のリングは自分の魔力を注ぐ事が必要であると道具自体の性能の話を持ち出す事で何とか窮地を乗り越えようとするが、それはメルヴィの返答次第という事なのだろうか。
シャルミラから受け取った香りに関しては、やはり直接口には出さず、心で思い出す決断をしたのは正解だったと言える。
「なんか随分有耶無耶にさせてるみたいだけど……じゃあ、お願いします」
しかしメルヴィもリングを付けてもらわなければ風の影響を受けてしまうのは事実である為、今はレフィを頼るしか無いのである。レフィ以外の女性にであれば普通にしていられたのかもしれないが、相手がレフィであると右脚を出すのも何だか怖かった。
「はいは~い。それじゃ、はい装着っと! これでエッチな風の脅威からおさらばだよ!」
(うわぁメルちゃんの太腿すっごい綺麗だわ~……。一生見てても飽きないわぁこれ……)
レフィは遠慮も無しにメルヴィの目の前でしゃがみ込み、右の太腿を左手で後ろから支えるように優しく触れさせてから、右手に持ったリングをメルヴィの太腿へと接触させた。すると手錠のようにすり抜ける形でメルヴィの脚へと装着された。
しかしやはりレフィの性格の関係もあった為か、やはり至近距離で見たメルヴィの年相応の若い脚の艶やかさに惚れていたようだが、口には出さないように自分を押さえつけてもいたようだ。
「ありがとう……ございます。でもそんなに近寄らなくてもいいですよね?」
一応メルヴィは風の対策をされたリングを装着させてもらった為、一応とでも言うべきか、感謝はするが、装着自体を完了させたはずなのに手をリング越しに脚に触れさせたまま立ち膝でしゃがみ続けていたレフィにそろそろ嫌な予感を感じ始めていたようだ。メルヴィはその場で逃げるように後方へと下がる。
「あぁいやいやいやいや! 別に下心は無いよ! どうしても魔力の注入の為にしょうがないのこれは!」
レフィもメルヴィと同じように後方へと、レフィの場合はしゃがんでいた為、立ち上がると同時に後ろに跳ぶように下がったのだが、嫌らしい気持ちを持ちながらしゃがんでいた訳では無いと必死に訴えた。レフィ曰く、リングに魔力を注ぐ為に集中していたらしいが、実際はどうなのだろうか。心の本音が周囲にバレたら恐らくは信用されなくなると思われるが。
「それホントに信用されるの?」
シャルミラの声であったが、それはレフィに直接問い質したものでは無く、何となく思った事を独り言のように口に出しただけのものであった。当然表情は何だか友好的なものとはとても思えないものではあったが。
「シャル聞こえてたからね? もしかしてわたしがさっき口封じの為に抱き着いた事をさぁ、根に持ってたりしてる?」
独り言のように喋っていた声も、やはりレフィは聞き取っており、しかしそれに対して怒って対応をするという訳では無く、どうして今のような陰口に近い独り言が出てしまったのかを考える方向で決めた様子である。
思い出すとやはり頭に浮かぶのが、先程のシャルミラを背後から抱き締めるように押さえつけた行為である。
「持たれるような事してるの自分じゃないんですか?」
シャルミラとしては自分の行為が後々どのような結果を招くのかを考えて欲しかったようで、そしてシャルミラとしても抱き着かれた時は突然の出来事でそして口元も塞がれ、呼吸さえ遮られていた為、一瞬身の危険すら感じていた可能性もある。
もし相手が年上では無かった場合、シャルミラも今のように多少苛々したような目付きをしているだけでは済まなかったかもしれない。
「分かりましたごめんなさい! 抱き着いてごめんなさい! でもこれでこの先に踏み込んでも余計な事考えないでじゃんじゃん戦えるからそこは喜んで欲しいかな!」
レフィとしては明らかに機嫌を悪くしていると悟ったからか、シャルミラに対して必死になって左手を振りながら謝罪を渡した。背後からシャルミラに近づいた際に自分が接触する行為を気持ち悪いものとして認識していなかった事を祈りながら、それでも自分が提供したリングが必ず安全な未来を保証してくれると、その部分だけは強気且つ明るい表情で言い切った。
「でも今思ったんですけど私は先に行ってても良かったかもしれないですよね? 悪いけど、行かせてもらいますね!」
リング1つで随分とあれこれと言い合いになっていたり、レフィの性格を教えてくれたリングとでも表現すべきか、しかしそれでもリディアからすれば強風の存在があったとしても全く影響を受けないのだから、先に突撃をしていたとしてもそれは悪い話では無かったと今更ながらに感じてしまったようだ。
皆を置いていくかのように、リディアは駆け足で通路の奥へと向かう。
――時間が勿体無いと思ったのだろうか、リディアは先に奥へと踏み込んでいった――
「リディアったら……。まあいいや、ぼくも念の為付いてくよ!」
バルゴは何となくリディアを単独で行かせる事に危機感を感じたのか、浮遊したまま、空間を滑るようにリディアの背後を追った。
「なんかゴブリンの事より風の方がずっと重大であるかのようなやり取りだったけどね今まで」
バルゴの向かう様子を見逃す訳が無かったシャルミラではあったが、レフィにとってはやはり風の事情は無視出来なかったのか、それに関して色々騒ぎも起きたが、今思えばシャルミラとしては風の方がまるで自分達にとっての大きな敵になっているかのような印象もあった様子である。
「確かに……そうよね。でもリディア、ホントに大丈夫なのかな? バルゴは、大丈夫だと思うけど」
メルヴィも納得のあのやり取りであったようだ。そしてどういう訳かバルゴには心配の気持ちを渡さないが、リディアに対しては不安を僅かに感じていた様子である。
「リディアの事はあまり信用してないんだぁ……。まいいや、一応あたし達も風に耐えられるようになったんだから行った方がいいよね。相手はゴブリン……か」
少しだけ笑いが込み上げてくるのを感じながら、シャルミラはメルヴィにとってのリディアへの評価を見る事となった。
そしてやはりレフィの貸してくれたウィンドガーディアンと名付けられていた青い宝石のリングの力が本当なのであれば、リディアと同じ場所に本気で踏み込むべきだと改めて気持ちを引き締めていたが、相手はゴブリンである。自分の炎の魔法で全てを解決させるしか無いのは確かだ。
「リディアちゃんだったら逆に返り討ちに出来ると思うけど、メルちゃんはまだ実力認めてあげてないのかな?」
何となくジェイクはリディアの実力を信じたかったようだが、やはり実戦を見ている立場なのだからリディアの事はもう少し信じてあげても良かったと感じてもいたかもしれない。
しかし、メルヴィにとっての基準もあるのだから、それ以上はどうしようも無いという事なのだろうか。
「ゴブリンなのはそりゃもう確実だろうね! だけどどういう感じのゴブリンなのかな。それとだけど妙に静かな気がするね……」
シャルミラの呟くように先程奥に誰が潜んでいるのかを考えるかのようなものを、レフィは聞き逃しておらず、そしてやや今更とでも思えそうな今になって答えてやってみせた。
しかし、風穴の対策をしていたレフィでも、やはりゴブリン自体の詳しい性質は把握していない様子であった。そして、何も動き等を表す音が何も聞こえない事がやや不気味に感じられていたようだ。
――その一方でリディアは広がった空間へと踏み込んでいたが……――
「なんか誰かが隠れてそうな雰囲気は強いけど、誰もいないみたいだね」
元々戦いの場に慣れているリディアであったからか、表情の中に恐怖に近いものを見せておらず、誰が現れても対応が出来るかのような構えた体勢を取っていた。両手にまだ武器は握っていないが、時が来た時に恐らくは氷の武器が生成されるはずである。
「いや、リディアって確か周囲の気配を感じ取る事、出来たよね? 今こそが使う時だと思うよ? ぼくは感じてるからさ」
浮遊しながらも、バルゴは周囲の確認を赤い横目で確認しながら、まるでリディアに思い出させるかのように気配を読む能力の話を出し、リディアにそれを使用するように催促する。
「バルゴもやっぱり敵陣の中だと考え方も鋭くなるんだね。じゃ、ちょっと遅れたけど戦闘服に切り替えるね」
洞窟の中ではあるが、確実にゴブリンが潜んでいるこの空間は確かに敵陣という表現も間違いでは無いだろう。リディアはバルゴからあくまでも気配の察知を頼まれたのだが、今は水色のワイシャツという戦闘用の服装では無かった為、本気で戦闘に挑む事が出来るよう、左の手首に装着させていたエナジーリングに力を込めるかのように顔の前に持ち上げた。
――光に包まれたリディアは瞬時に黒の戦闘服に切り替わった――
「変身終わりっと! やっぱりこの格好安心感……ってやっと来てくれたか」
光に包まれた後にそのまま姿をいつもの水色のワイシャツ姿から黒い戦闘服の姿に切り替え、そしてやはり光そのものを放ってしまった関係だったのか、元々探す目的であった相手の方から出てきてくれたようである。
「リディア、前から来てるからね?」
岩の影に隠れている事をバルゴは見切っていたようであり、リディアがそれに気付いているかどうかは分からなかった為、近寄られている事だけは伝えるべきかと、リディアと目を合わせずに声を渡した。
「分かってる! お伝えありがと!」
リディアも既に来ている事を掴んでいたようであり、戦闘服に切り替えている最中に気配そのものも認識していたのだろうか。
一応はバルゴに気遣いに関する感謝を渡したが、やはり風穴の影響はこの空間には存在したようであり、恐らくは適当な直視程度では認識が難しいような穴が地面に空いているのかもしれないが、真下から吹き上がってくる風には気を向けてやろうとは思わなかったのか、リディアからのそれに関する話は一切出る事は無かった。
そして目の前から、小さな岩の間から現れた人間の児童程の身長の相手が現れた。身体は茶色で、そして右手には棍棒のような木製の武器が握られていたのである。正真正銘のゴブリンで間違いは無い。
「オマエラ……ナンノヨウダ? エモノニナッテクレルナラカンゲイスルゼ?」
身体だけはリディアよりも小さいゴブリンではあったが、元々人間では無い種族であるからか、その声色はやはり非常に汚く、そして言葉そのものの内容と複合される事によって元々の意味に更に悪い意味で深みが増してしまっていたと言える。
自分達の都合の良い形で利用されてくれるのであれば、それはある種の客として迎えてくれるようではあるが。
「要件は本当は1つだったんだけど今は2つかな。あんた達が捕えたらしい女の子がいるみたいだけど、返してくれる?」
リディアにとっては、先程の魔女達のボスとして慕われていたであろう女性を救う事を1つの目的として心に決めているのである。もう1つはゴブリン自体の殲滅なのかもしれないが、最優先は例の女性の救出である。
素直に聞いてくれるとは思っていない中で、敢えて要求しているようにも見える。
「アイツハコレカライケニエダ。オレタチハジュンビデイソガシイ。ジャマスルナラオマエモイケニエニスルゾ」
やはりゴブリンは素直に返そうとは考えていない様子だ。しかし、この言い返しの内容を読み取ると、まだ捕まっている女性は無事であるという希望も持てそうであり、そして生贄にする対象は人数が多くても彼らにとっては都合が良くなる様子でもある。
棍棒を威嚇するように振り回していたが、リディアは動じなかった。
「生贄!? でもその感じだとまだ無事だって事だと信じたいかも。それと、返してくれないんだったらあんた達の言う邪魔をこれからするけどね?」
リディアはここでゴブリン達が女性を捕らえた目的を知る事になったようだが、しかしあくまでもこれから行う訳であり、実行は行われていない事を知ると僅かに安堵の気持ちがマスクの裏で浮かぶものの、それでも相手は女性を返す様子を全く見せてこない為、戦う大前提でリディアは口調に力を込めた。
ゴブリン達からすると、それを邪魔として認識するのだろうが。
「リディアいきなり戦うつもりなの?」
隣にいるバルゴも、目の前で立っているゴブリンが穏やかに事を済ませてくれるとは思っていないが、戦闘を行うのかどうか、それはリディアにかかっていると感じていたのだろうか。
「そのつもりだけどね。助ける為だから躊躇なんてしてられないよ」
バルゴを横目で見ながらリディアは詰まる事無く言い返した。あの魔女達のボス格である女性との直接の関係は無いに等しいが、それでも命の危機に晒されている事が分かった以上は洞窟を去るなんて事は出来なかった。
今は女性を救う為なら危険な目に遭う事さえしょうがないとすら思っているはずだ。
「ナマイキナオンナダ! クタバレ!! オマエモコイ!!」
リディアはゴブリンに言った訳では無かったが、ゴブリンからすると自分達を叩きのめそうとしていると聞き取ったからか、それが人間達の発言として見た場合、自分達を下として思われていると感じたのか、汚い声色で怒鳴り散らした。
まずはリディアに罵声を放ち、そして今度は明らかにリディア達に言うには相応しくない言葉も飛ばしたが、それは恐らく他のゴブリン達に対するものである。
――目の前のゴブリンはリディアに跳びかかった!!――
「おっと! 当たるかっつの!」
棍棒で殴り掛かる形でリディアに急接近したゴブリンではあったが、リディアの視界に入った者からの重さばかりに集中させたような攻撃を受けるような少女では無い。
左に身を反らしながらあっさりと回避し、距離を取らせる為に左足による横蹴りで背中を狙い、リディア自身もゴブリンから離れるように後退する。それは別の言い方をすると空間の更に奥側に僅かながら進んでしまったという意味にもなるが。
「まだ来る!?」
黒いマスクの裏で余裕のある表情を浮かべながら、リディアはたった今蹴りで距離を取らせたゴブリンに聞く。構えの体勢は崩れていない。
「シニヤガレ!!」
余裕のある態度が気に食わなかったのか、ゴブリンは再びリディアに近寄り、棍棒を乱暴に振り落とすが、ゴブリンの狙い通りに進むのだろうか。
「そんなんじゃ私は殺せないと思うけどね? じゃあこれ手本ね!!」
軌道を読みながらリディアは再び身を反らす事で棍棒を回避するが、回避ばかりでは防戦で終わってしまうと感じたからか、リディアは本格的に反撃を開始する為に自分からゴブリンに近寄った。
――ゴブリンに数発、手足の打撃を加えてみせた!――
正拳による攻撃の連続でゴブリンを怯ませ、とても棍棒を振り回せるとは思えないような腕の状態になったのを狙い、右足で手首を蹴り飛ばし、同時に棍棒を手放させたのである。
「……ケッ! ソレデカッタトオモウナ!!」
棍棒は離れた場所に飛ばされてしまったからか、拾いに行く事もせず、勝てる見込みが薄いのにも関わらず無理矢理強がるかのように、リディアにただ罵声を飛ばすだけのゴブリンであった。しかし、両手を手刀にするように伸ばしていたが、伸びていた爪は無視しない方が身の為であるはずだ。
「それも想定内だよ! おっと、それは自暴自棄の証拠?」
恐らくリディアは相手が武器が無くても肉体そのものを武器として使う事も出来ると伝えたいと感じたのだろうが、リディアからしたらそのような方法で来られる事も頭には入っていた様子だ。
突き刺すようにリディア目掛けて腕を伸ばすが、棍棒と同じ時のように回避をして見せた。
「クタバレ!! シネ!!」
爪で突き刺そうとゴブリンはリディア目掛けて殴るように腕を暴れさせるが、鋭く見える爪の斬れ味をリディアで試す事は一切出来なかったのである。
それはリディアの回避が全て成功し、爪がリディアに一切触れていなかったからだ。
「無駄だよ! はぁあ!!」
武器をまだ取り出していなかったリディアではあったが、素手でも充分に戦う事が出来るのと、そして回避に関しても武器で受け止める事をせずとも用意に出来ていた。
しかしそろそろ静かにさせるべきかと、リディアは両手に電撃の力を溜め始めた。その状態でリディアは、腕を振りかぶった後で隙を見せたゴブリンの横腹を目掛けて電撃を纏った拳で殴りつけたのである。
「グアァアアア!!!」
力強く伸ばした右手をゴブリンに接触させたまま、電撃を相手の体内に流し続けるリディアであった。
拳を離した後も痙攣で動きが鈍くなっていたゴブリンに対し、リディアは両手の電撃を一度解除し、開いた右手の目の前に白い球体のようなものを生成させる。
「じゃ、オマケねこれ!」
生成させた白い球体を直接ゴブリンに接触させる為にリディアは電撃を纏っていた時とほぼ同じ形で右手を接触させたが、今度は異なる影響がゴブリンに与えられたのであった。
――小規模な爆発を手元で発生させる!――
「グアッ!!」
白い球体は相手を吹き飛ばす風圧を凝縮させた魔力だったようであり、炸裂と同時にゴブリンに強い力が走ったのである。それは、自分の身体が後ろへと吹き飛ばされる程の風圧であり、体格が大きいとは言えないゴブリンでは耐える事が出来なかったようだ。
「悪いね! そこで寝ててもらうよ!」
恐らくは衝撃自体が強かったからか、そのまま地面を滑るように跳ばされたゴブリンはそのまま動かなくなり、それを目視したリディアは一度言葉を渡した上で一呼吸を置く。
「リディアやっぱり強いね! でもまだ他にも来るみたいだけど準備はいい?」
バルゴは手を出さずにやや離れた場所でリディアの戦いを見ていたが、関心すると同時に別の気配も察知したようだ。
「大丈夫! 警戒は怠ってないよ!」
リディアは先程のゴブリンの呼びかけを忘れていた訳では無かった。まるで仲間を呼ぶかのように叫んでいた事は忘れていなかったのと、そして青い瞳が横を向いたのは、それは該当する相手が現れたからである。
――忍び寄るように、横から現れた別のゴブリンがいた――
「グオォオオ!!」
一体どこに隠れていたのか、リディアよりも、そして先程吹き飛ばしたゴブリンよりも一回り体格の大きな筋肉質のゴブリンが似たような唸り声を響かせながら素手で襲い掛かってきた。
「やっぱり来たか!」
リディアはそこで跳び退くように回避をしようとはせず、殴り掛かってくるゴブリンの一撃を受け止める事を決めたのか、その場から動かず、乱暴に近寄ってくるゴブリンを待ち受けた。
勿論ただ受けるだけでは無く、両腕で顔面を防ぐような体勢を作り、エナジーリングの力で防御膜も用意した。
――力任せに伸ばされた拳がリディアに直撃はしたが……――
「!!」
敢えて受け止める方向でいたとは言え、やはりリディアにもかなりの衝撃が身体に走ったようであり、両腕を盾にして受け止めたはいいが、やはり後退させられてしまう程の腕力だったようであり、それでも転倒はせずに踏み止まった。
「ふん! 悪いけど今のちっとも効いてないからね? 念の為だけど」
上手に防御を決めたリディアは両腕を顔面から離しながら、たった今自分に殴り掛かってきた体格の大きなゴブリンに対して言ってやった。
マスクの下で強気な表情を作っていたリディアであったが、他のゴブリンの気配を受け取るのに時間を使う事は無かった。
レフィはちょっぴりエッチな性格ではあるんですが、これでも本当に女の子を守ろうと必死になれるそんな魔女です。次回もしっかりと頑張ってくれます。勿論他のキャラも頑張りますがw




