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黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
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第12節 《刃を使いし黒い鳥 そして 暴力を娯楽とする男との邂逅》

お久しぶりです。一応これで13節目に突入です。今回も敵の盗賊団、そして怪物との戦いが展開されますが、どうしても戦うだけだとドラマが無くなってしまいます。所々で仲間同士でも連携や、どうして戦うのかを説明するような場面も必要になると思いますから、その辺も意識した上で今回も頑張ってみました。





            斬り刻む事はある種の芸術である


               対象に接触する面積が非常に狭ければ狭い程威力は強くなる


            威力が強くなれば、やがて対象は分離される


               断面には独特な絵画が描かれているが、対象が生物であれば、それは美に限定するのは不可能だ


            生物は部位の切断によって、行動を大きく制限され、時には生命すらも絶たれる


               美学と殺害の2つを併せ持った行為が、斬り刻むというものである






「手荒……? あの、どうして謝ってくるんですか?」


 一度は恐怖で茶色のジャケットの中で肌寒さすら感じてしまったメルヴィであったが、(つば)の部分が銀色の刃物で構成された山高帽を被った鳥人間に対し、謝罪の理由を求めた。


 鎖で身体を縛られたままであった為、背中を地面に無理矢理に預けさせられている状態で何とか上体だけを持ち上げたような姿勢で相手を視界に捉え続けている。


「いくら窮地を救うとは言っても、いきなり遠距離からあの斬撃を見せられたら誰だって戸惑うよね?」


 漆黒の羽毛で身体を包んでいる鳥人間、声色から恐らくは男性であるだろうその者は、自分の攻撃手段が他者をどのような感情に陥れてしまうのかを思い浮かべたかのような難しい表情を作った。




「え、えっと、今の現象は……貴方がやった事だったんですか?」


 メルヴィは全部を見ていた訳では無かったが、何かが飛び回りながら盗賊の男達を斬り付けていた事だけは把握する事が出来ていた。


 攻撃自体は自分の命すら簡単に滅ぼせるであろう恐ろしいものではあったが、目の前の鳥人間が自分の敵では無い事を理解したからか、一呼吸置いてから、改めて攻撃の事情を聞こうとする。


 仰向けの状態で、上半身だけを何とか持ち上げているような姿勢である為、肉体的な疲労がどうしても積み重なってしまう。


「その通りだよ。ぼくはこの帽子を剣の代わりにして戦うんだよ。ほら、こうやって念力で操作も出来るのさ」


 鳥の亜人は被っている山高帽を指差しながら自分の戦闘の手段を手短に説明する。


 (つば)の部分が刃物になっているのにも関わらず、非常に手慣れた手つきで片手で持ち上げ、頭部から離すなり、それを真横に向かって投げ始める。地面に対し、水平に投げられた山高帽であるが、それはそのまま重力に引っ張られた上で地面へと落ちるのでは無く、投げた本人の周囲を回り始めたのである。


 この際、鳥の亜人は胸部の前で、まるで両手の間に球体でも存在しているかのように両手に力を込めていた。




「うわぁ! ちょっ……やめてくださいよ! ぶつかったらどうするんですか!?」


 メルヴィは目の前で動き回る山高帽から少しでも離れるべく、鎖の妙な影響によって力を抜かれてしまっている両脚を必死に動かす。だが、思ったように距離を取る事が出来ず、そして悲鳴にも近いその声を飛ばされたからか、鳥の亜人は浮遊させていた山高帽を念力で消滅させる。


 念力の力は、山高帽を空中で自在に操作するだけでは無く、その場から消滅させる事も可能であるようだ。


「申し訳無かった。それより、その鎖は邪魔だろ? 今自由にするから、少し我慢してくれるか?」


 そもそも山高帽自体が刃物を備え付けられた武器である。念力の凄まじさを披露した所で、目の前の少女は喜ばないだろう。それ所か、無暗に振り回した際に誤って刃が少女に触れてしまえば一大事となるだろう。


 自分のある意味で己惚れた披露行為を反省するかのように軽く頭を下げるなり、今度は鎖で拘束されている少女の脇へと歩み寄る。




「え? あ、あの、えっと……何するんですか?」


 メルヴィは自分の身体が持ち上げられる事に気付くが、実際に持ち上げられているのである。鳥の亜人はメルヴィの背中と膝の裏にそれぞれ腕を差し込み、そのまま軽々と抱き上げたのである。


 味方である事が分かっているとは言え、初対面の相手に身体を持ち上げられる事を嫌だとは思わなかったのだろうか。それとも、嫌がる余裕がそこには無かったのだろうか。


「持ち上げてすまないが、これからその鎖を外すからね」


 鳥の亜人はメルヴィを抱き上げたはいいが、その場から一歩も動く事無く、メルヴィを開放する事を伝えるなり、メルヴィを持ち上げているその腕をゆっくりと下げ始める。決して、重たいから耐えられなくなっている訳では無いと信じたい。




「外すって、どうやってやるんですか?」


 メルヴィは意味を理解する事が出来なかった。どのような手段を使って、自分を縛り付けている鎖を解くのか、それを想像する事すら出来なかった。方法を明確にしてもらわなければ、折角解いてもらうというのに、安心する事は出来ないだろう。


「あまり動かないでくれよ」


 意味深な言葉を短く伝える鳥の亜人であるが、いつの間にかメルヴィを下げていた両腕の動きをピタリと止めていた。




――ギュイィイイィイイイイイイイン!!!!!――




「動かないで、って……。所でこの音は……?」


 まるで鉄を高速で回転させているかのようなやや耳障りな音が、萱草(かんぞう)色の髪から覗いているメルヴィの耳へと届く。その音が自分とは無関係とは思う事が出来ず、難しい意味を考える必要も無いくらいに嫌な予感が全身に走る。


「単刀直入に言うと、鎖を切り離す所だよ」


 確かに鳥の亜人の言葉に嘘は無かっただろう。切るという事実は分かるにしても、恐らくその説明ではどのような手段を使って切断するのかまでは相手には伝わっていなかっただろう。




「きり……はなす……? って、え? もしかしてあたしの下にあの帽子があるって事!?」


 鉄が高速で回転するような音はメルヴィの真下、つまりは抱き上げられている状態の背中付近で鳴っている。それを耳で捉えた事によって、あの帽子の形をした刃物が今丁度自分のすぐ下に存在している事を察知する。


 おぞましい音だけでは無く、刃が高速で回転する事によって発生する僅かな風圧がメルヴィの背中に当たっており、それもまた自分の下に帽子が存在している事を理解させる要素となっていた。


「そうだよ。切るまで動かないでね。背中が切れるよ?」


 どうやら、鳥の亜人は、メルヴィの身体を下ろす事によって、下に設置している山高帽の刃で鎖を切り離そうとしているようである。下ろす距離を誤れば、鎖だけでは無く、メルヴィの背中にまで甚大な傷跡を残す事になる。




「切れ……る……? って、えっ、えぇえ!? やめてよ!」


 冷静に言葉の意味を捉えるなり、メルヴィはこれから自分の背中に何をされるのかを悟り、亜人の腕の中から抜け出そうともがき始める。だが、力がどうしても入らず、亜人の腕から逃れる事は出来なかった。


 恐らくは、もう少し危険が及びにくい手段で切断してほしかったのだと思われるが、言葉でそれを伝える事は出来ていなかった。


「すぐ終わる。じっとしてくれ」


 嫌がるメルヴィの心からの叫びを敢えて無視するかのように、鎖の切断作業に入る。


 鎖だけが切れるようにゆっくりと腕を下ろせば、メルヴィには傷が付かないのだから、余計に身体を揺らされるのは事実上迷惑な行為になるだろう。




 メルヴィは言われるがままに、無言で、そして出来るだけ身体を揺らさぬように、抱き上げられた姿勢のまま、硬直を決意する。


 そんな時であった。もう1人の仲間がこの2人の場所に戻ってきたのは。




「ちょっとあんた何やってんだよ!? メルちゃんに何してんだよ!?」


 ジェイクである。先程鎖のような物で引き寄せられていたが、どうやら無事に抜け出す事は出来たようである。


 接近するまでの間に、視界に抱き上げられているメルヴィと、そして背中から回転する刃に接触させようとしている鳥の亜人の姿が見えていたからか、声が伝わる程の距離に入った際に鳥の亜人にやや力の薄いような罵声を飛ばす。




「あ、ジェ、ジェイ君!?」


 メルヴィは自分の足の方向からジェイクがやってきた事に気付き、首を持ち上げながら、接近してくるジェイクの名前を叫ぼうとする。


「悪いが、少し待ってくれ! 話はそれからだ!」


 鳥の亜人は鎖の切断に集中していたからか、近寄ってくるジェイクに対し、強い口調で言葉通り、その場で待たせようとする。それ以上の言及が来ない事を心で祈りながら、いよいよメルヴィを縛り付けている鎖を、地面に対し垂直に向いている山高帽の刃に接触させる。




――ギギギギギギギィィギギギギギギギィ!!!!――




 鉄と鉄が接触する独特の鋭い轟音が周囲に響く。金切り声とそのまま表現しても良さそうな音が響くが、メルヴィにとっては恐怖の表現でしか無いはずだ。自分の背中がその音の発生源であるのだから。


(あれ? この人って……メルちゃんと仲良しなの?)


 ジェイクはメルヴィの脚の方向に位置する場所で立ち止まったまま、鳥の亜人との関係性を想像してみた。


 メルヴィの真下で高速回転をしている刃物で鎖を切断しようとしている所を確認している為、解放させてやろうとしている事も数秒程かけた上で理解する事が出来た。


 今は自分に出来る事は無い為、切断が完了するまでその場で立ち尽くすしか無い。




――ガシャン!!――




 メルヴィを拘束していた鎖がようやく切断された男である。音でそれを確認した鳥の亜人は、抱き上げていたメルヴィをそのまま彼女の足の方向にいたジェイクの方へと投げ下ろす。


「え? あ、うわぁ!」


 自分の身体を宙に飛ばされた為、メルヴィは反射的に驚いたような声を飛ばさずにはいられなかった。


 ゆっくりと足から降ろしてもらえると思っていたのかもしれないが、その予想は破られたようである。




「おっとと!!」


 ジェイクの目の前にメルヴィが投げ落とされるが、まさか自分がそのまま前のめりに自分へと突っ込んでくるメルヴィを受け止める立場になるとは思っていなかっただろう。


 とは言え、自分が受け止めなければメルヴィは投げられた反動でそのまま前から転んでいた可能性があったから、ジェイクはそれを受け止める。


 一方で、メルヴィを投げ落とした鳥の亜人はわざわざメルヴィに背中を向ける形で遠回りにメルヴィと、そして彼女を受け止めたジェイクの方へと身体を向けた。




「おっとと……。ジェイ君ごめんね。それと、ありがと!」


 前のめりに倒れそうになった所をジェイクに受け止めてもらえたメルヴィだが、それでもジェイクがいなければ確実に投げられた反動に負けて倒れていたのだから、ジェイクに負担をかけさせた事に対する謝罪と、そして自分を支えてくれた事に対する感謝を言い渡した。


「それはいいけど、メルちゃんの方が無事で良かったよ!」


 ジェイクはメルヴィを抱きしめるように受け止めていたが、それに関しては不満は無かった様子である。寧ろ、異性の少女を触る事が出来たから、下心を満たす事が出来て好都合だったのかもしれない。


 受け止めた少女には特に目立った怪我も無かった為、それが一番の喜びだった事だろう。


 とは言え、いつまでも身体を接触させたままでは気まずいだろう。ジェイクはゆっくりとメルヴィを押し出すようにして距離を取らせた。




「ジェイ君こそあの後、どうやって助かったの? さっき強引に引っ張られてたみたいだったけど」


 メルヴィはジェイクが無理矢理引っ張られてしまった様子を覚えていたが、ここにいるという事は、ジェイク自身であの危機を切り抜けた事になるだろう。今はそれを聞かずにはいられなかった。


 鎖の影響で弱まっていた脚にはもう力を込める事が出来るようになっているらしい。


「ゴーレムだよ。でも僕1人で決着付けたよ。でも少し手間取っちゃったせいでメルちゃんには……怖い思い、させちゃったよね?」


 身体的特徴を詳しくは説明する事は無かったが、外見だけでそれがゴーレムの類であるとジェイクは感じたのだろう。それを一言まず言った後に、自分だけでゴーレムを倒した事を伝えた。どのような手段で倒したのかまではこれまた伝えなかった。


 だが、メルヴィを単独にさせてしまった事から生まれた罪悪感の方が、ジェイクにとっては苦しかっただろう。




「それは大丈夫よ! あ、そうだ、あたしこの人に助けてもらったの! ごめんなさい! 2人だけでずっと話し込んだりして」


 メルヴィは自分には一切の重大な怪我等が存在しない事を言葉で伝える。着用している茶色のジャケットには多少の砂埃が付いていたが、決して動作に支障が出るという訳では無かったから、弱音を吐くような真似はしなかった。


 そして、今回初めて出会った、赤いジャケットと同じ色のガウチョパンツの鳥の亜人を指差しながら、ジェイクに事情を説明した後、最後に放置を続けてしまっていた事を謝罪する。


「謝罪はいらないよ。それにぼくの方からの自己紹介もまだだっただろ?」


 決して表情は冷たくは無かった。それよりも、鳥の亜人は自分の名前をまだ明かしていなかった事をふと思い出し、ジェイクとメルヴィの元へ数歩、接近する。身長は成人した人間の男性の平均程度の高さであるようだ。




「そういえばまだ名前、聞いてませんでしたよね? あたしはメルヴィと申します!」


 メルヴィはまだ自分が名前を教えていなかった事は記憶に留めていたようである。自分自身の顔を指差しながら、名前を教えた。


「一応僕は、ジェイクです!」


 ジェイクは自分の手を使う事無く、ただ口で名前を言った。


 鳥の亜人は初対面の相手ではあったが、メルヴィの鎖を切断してくれた事の影響であるからか、警戒心を一切持っていない目をさせていた。




「次はぼくの番だね。ぼくはガリレオだ。所で、さっきミケランジェロから連絡があったけど、君達も彼の仲間か?」


 山高帽はどこかに消滅させていたらしいが、鳥の亜人は名前を明かすなり、すぐに次の用件へと移る。それは、今目の前にいる2人が自分にとっての関係者の類であるのかどうかを確かめる事である。


「そうだよ。僕らは丁度今日ミケランジェロさんと知り合って、それで一緒に行動する事になったんだよ」


 ジェイクは名前を知った鳥の亜人こと、ガリレオに対し、自分達がミケランジェロの仲間で間違いは無い事を伝える。赤いフードとその奥から光る青い光に関しては、ガリレオは特に異質な姿として過剰には捉えなかったようだ。




「ここで仲間に会えるのは嬉しい事だと思うよ。ぼくも単独でこいつら盗賊団と戦ってたから、そろそろ助け船が来てもいいんじゃないかと思ってたんだよ」


 戦いの時は、人数が多い方がやはり有利になる。ガリレオはまるで思い出したかのように自分達の周囲で既に息絶えている先程の盗賊達を軽く見渡しながら、仲間の期待をしていた事を話した。


「でもあたし達じゃあ……いや、ジェイ君なら充分力になると思いますけど、あたしは期待しないでくださいね」


 メルヴィは自分が本当に戦力として役に立っているのか、自信をまだ持てるレベルでは無かったようだ。


 だが、自分は当然であるとして、ジェイクまでも役立たずだと言う訳にはいかないと気付いたからか、ジェイクなら信じても良いとガリレオへと伝えた。しかし、メルヴィ自身は期待されても困るようである。




「前線で戦ってくれなくても充分だよ! メルちゃんはサポートしてくれるだけで大丈夫だよ!」


 なんだか、このメルヴィをフォローするジェイクの台詞が今までの旅でどのように過ごしていたのかを想像させてくれる気がしてならない。男だからこそ女の子を守るというのが、ジェイクの信条であるらしい。


「……ありがとう。出来る範囲で頑張るから」


 この場でいきなり誇らしげに自分を護ってくれる事を口に出したジェイクに対し、場違いである事をどことなく理解していながらも、メルヴィはジェイクにやや小さな声で感謝を渡す。


 とりあえず、言われたから何かしら言い返すべきだろうと、咄嗟に考えたのかもしれない。




「なんか少し入りにくい空気を感じたんだが……じゃあ、戦うのはジェイクだったかな? 君とぼくがメインという事でいいのか?」


 まるで2人が互いに友情でも確かめ合うかのような光景を見せつけられたガリレオは一瞬だけ自分が部外者扱いでもされているのかという不安に駆られたが、今は戦いの最中である。戦闘で前線に出るのは誰にするかをここで決定させようとする。


 ジェイクと目を合わせるなり、ジェイクはその青く光る目に感情を灯らせ始める。


「メルちゃんを一番前に出して戦わせるなんて出来ないからね。僕がちゃんとメルちゃんを護るから大丈夫!」


 恐らくはガリレオは妙な意図を持ち合わせてはいなかったと思われるが、ジェイクはどうしてもメルヴィを自分と同じ場所に立たせ続ける事をしたくなかったらしく、あくまでもメルヴィは補助という立場にいさせてやりたかったようである。


 メルヴィの視界に入るかのように、メルヴィの斜め左へと立ち止まり、自分が何が何でも彼女を護ってみせると誇らしげに声を上げた。




「済まないが……今はその、メルヴィだったかな? その子を守る事じゃなくて、町から盗賊達を追い出す事が優先任務だから、気持ちは引き締めてくれよ?」


 ガリレオの心の中で、困ったような汗が一滴、流れたような雰囲気すらある。自分が伝えたかった事をどこか間違った形で受け止めてしまったであろうジェイクにやや気まずそうにさせた目を向け続けながら、ここで戦う一番の理由を今度は誤解無く伝わる形で伝え直した。


 それでも、2人の、もしかすると友達以上の何かがあるのかもしれないその仲をそれ以上乱そうとは思えなかったようだ。


「そ、そうだよね! 今僕がしないといけないのは、メルちゃんを守る事もそうだけど、町の事もそうだからね!」


 ガリレオに指摘されて目を覚ましたのか、ジェイクは本当に今すべき事を改めて理解し直すが、それでもやはりメルヴィの護衛を忘れる事が出来なかったようだ。




「それよりガリレオさん! さっきの盗賊団の黒幕って誰か――」


 メルヴィはジェイクの妙な受け答えによる空気の乱れを正す為なのか、真面目とも言えるであろう質問をガリレオへ投げかけようとしたが、頭上から何やら暖かい風がゆっくりと飛んでくる。それがメルヴィの質問を遮る事になるとは、彼女も思ってはいなかっただろう。




――建物の上から炎が飛ばされ……――




 飛んできた炎はガリレオの所持している、刃が付いた山高帽が防いでくれた。念力で空中に瞬間的に出現させたその帽子は、炎の球を防ぎ切ってくれた。



「悪いな! 真面目な話だっただろうけど、まずは切り抜けてからだ!」


 僅かながら、ガリレオも真剣な質問に喜びすら感じていた事だろう。だが、今はもうのんびりと質問に答えている場合では無い。盗賊団達が飼い慣らしているのであろう赤い毛並みの狼のような獣が建物の上にいたのだ。炎を吐いた後だからか、牙の隙間から煙が漏れている。


 盾に使った山高帽は、その台詞が終わる頃にはもうガリレオの右手に戻っていた。


「わ……分かりました!」

(怖いけど……頑張らないと)


 メルヴィは隣に誰かがいなければ安全に戦う事が出来ないのだろう。心の中では恐怖に支配されそうになっているが、ジェイクという友達がいてくれるからこそ、自分も戦う事が出来るのだろう。


 装着しているガントレットを、程良く膨らんだ胸の前で握りしめた。




「大変だよ! あっちからも同じ奴が来てるよ!」


 ジェイクは屋根の上とは違う方向を向いていたが、その場所からも他の狼が迫っていた事に気付く。当然それを自分だけで独り占めする訳にもいかず、取り囲まれているという情報を他の者達と共有する。


「囲まれたのか……。じゃあ2人とも! こいつらの餌にならないように全力で戦ってくれ!」


 ガリレオも周囲を素早く見渡すが、聞かされた通り、数体の獣が自分達を囲っている事を理解する。


 ここで倒れた時にどうなるかはじっくりと想像するまでも無かったからか、初めて出会った2人に注意を飛ばした上で、武器である山高帽を持つ右手に力を込めた。




「分かったよ!」

「分かりました!」


 それぞれ、ジェイクとメルヴィは気合の籠らせた声で対応する。


 囲まれている以上は、自分の戦闘能力が低いにしても、全力で戦わなければいけない。メルヴィに関しては、もしジェイクとガリレオに何かあった場合、その瞬間に自分自身も敗北する事になる。戦闘能力が自分より高い者が敗れた時の事は考えたくは無いだろう。


 狼達の餌になってしまわぬようにと、自分を狙ってなのか、数歩踏み込んだ狼の頭部を目掛けて、メルヴィはガントレットから衝撃波を発射させる。


 1体の狼が怯んでいる最中、ガリレオは別の個体目掛けて山高帽を振り落としていたが、その時に脳裏に思い浮かぶ者がいたらしい。




(バイオレットの奴……もう撤退してればいいが……)


 この町を襲撃した者の1人なのだろうか、その時の目つきはやや深刻な雰囲気を漂わせていた。






*** ***




「とりあえず助かってる人もそれなりにいて良かったよね……」


 どれだけの敵を倒してきたのだろうか。


 僅かに肩を上下させながら呼吸を整えているリディアだが、戦う中で命を救う事が出来た町人を思い浮かべるなり、それを隣にいるガイウスに伝えたい気持ちになったようだ。


「だけどだ、ボスを見つけねぇとこの状況終わらんだろうなぁ」


 ガイウスはまだ体力面にも余裕が残っているのか、顔も含めた全身を装束で固めたその身体には、疲れを1つも感じさせない様子が映し出されていた。マスクの裏から、この町で潰すべき対象を口に出すが、その相手が今はどこにいて、そしてどんな姿をしているのかまでは分からない。




「結構進んだけど手掛かりはあまり無かったからね……」


 リディアとしても、この町の惨劇を一刻も早く終わらせてしまいたいと思っているだろう。黒いハットとマスクの間から覗かれている青い瞳には疲労もそうであるが、無罪であるはずの町人が犠牲になる事から生まれる瞋恚(しんい)の感情も揺れ動いていた。


「あまりっていうかまるで無かったじゃねえかよ。お前表現法大丈夫か?」


 リディアの真剣であるはずの心情にまるで水を差すかのように、ガイウスは手掛かりの見つかり具合を指摘してくるが、これはリディアのその後の返答を大方予測していたから出来た発言だったのだろうか。




「だからガイウスそういうやな言い方しないでよって……」


 煙たそうに短く言い返すリディアだが、戦いの影響で体力を使っていたからか、本当に全く手掛かりが無かったのに恰もいくらかは発見出来たかのような言い方をしてしまった事を反省しようという気にはなれなかった。


「余計な事言ったお前が悪いぜ?」


 もしかすると、ガイウスは戦いの気分を紛らわす為にリディアを利用したのかもしれないが、意図はきっと伝わらないだろう。ガイウス自身もそれを細かく伝える気も無かったはずである。




「はいはいじゃあ私が悪くて――」


 ガイウスの方が年上ではあるが、まるで子供の些細な発言を軽くあしらうかのようにリディアは呆れ半分でそれを認めようとするが、僅かに聞こえた別の人間の声をリディアは聞き逃す事はしなかった。




――民家の影から人の悲鳴が響き……――




「いやっ!!」


 今度は耳を澄まさなくても聞こえるであろう大音声の悲鳴が聞こえた。この2つ目の声を聞き、リディアは咄嗟に駆け出そうとする。


「ん? 誰!? ちょっと行ってみよ!?」


 一人でも助かる命があるのなら、リディアはガイウスの返事を待つのも惜しいと言わんばかりに走り出すのである。悲鳴が途絶える前に辿り着かなければと、大した距離では無いその場所へと、全力で駆け抜ける。




「助かる命があるならいいか」


 もう少し警戒しながら行けよとでも言いたかったのかもしれないが、ガイウスは他者の命を優先にするリディアの気持ちを少なからず評価していたからか、少しだけ遅れた後にリディアの後を付いていく。


 悲鳴がやがて歓声に代わってくれれば、それは事実上人間を救い出せた事になるのだから。




「お姉さん! どうしたんですか!? 何があったんですか!?」


 ガイウスがリディアの駆け出した場所へ到達すると、そこでは怯えながら膝を地面に付けている女性の目の前でしゃがみこんでいるリディアの姿があった。視線を合わせる為に立ち膝でしゃがんでいるリディアは、恐らくはほぼ同じ年代であるだろう少女に事情を聞こうとする。


「え? あ、あの、貴方は?」


 自分を心配してくれるのはいいが、突然やってきた人間に対して素直に自分の心情を伝える事は出来なかったようだ。リディアはマスクを付けたままで女性に駆け寄った為、多少は警戒せずにはいられなかったのかもしれない。青い瞳だけは女性に安心感を与える事が出来たのかもしれないが、マスクはもしかすると余計だったのかもしれない。




「私は、え、えっと……、貴方の味方です!」


 本当はここで名前を明かすのが一般的だったのかもしれない。だが、リディアは突然の質問のせいで予め答えを用意していなかったからか、少なくとも自分が女性の敵では無いという事を伝えてみせた。黒の儀礼服を纏った少女、リディアの事であるが、とりあえずは台詞の通り、味方である事を伝える事が出来たのだから、これで、怯えていた女性が更に恐怖に支配されるという事は無いだろう。


「普通に町を守る為に来た、でいいじゃねえかよ。所で、なんか変な奴にでも出会ったのか?」


 すぐに焦ってしまうリディアより遅れてやってきたガイウスは、目も口も一切隠したマスクの裏で鼻で笑いながら、そして救い出された女性を真っ直ぐ捉えながら訊ねる。悲鳴を上げたからには、恐ろしい何かがいたのだろうとガイウスは読んでいた。




「実は、さっきあの小屋から……変な長い物が伸びてきて……一緒に逃げてた男の人も――」


 駆け足で進めば10秒以上、20秒未満と言った遠い場所では無いが、近いとも言いにくい距離にある小屋を女性は指差した。ただのボロの小屋に見えるが、凝視すると、黄色い液体が所々に付着しているのが見える。


 震える声で経緯(いきさつ)を説明する女性だが、小屋から緑に染まった物体が飛び出してくる。




――触手が女性の足を掴み……――




「いやっ……いやぁ!!」


 伸びたのは触手だったのだ。緑のそれは女性の右の足首を巻き付くように掴むなり、そのまま小屋の中へと引きずりこもうとする。


 女性は反射的に、そして恐怖に駆られる事によって悲鳴を飛ばすが、触手の動作はまるで納まる事を知らず、女性の地面を無理に掴もうとする無駄な努力さえも踏み躙るかのように、強引に小屋へと近づけていく。


「!!」


 相手が名前を知っている人間であれば、この瞬間にリディアの口からは名前が出ていた事だと思われる。だが、名前の知らない初めて出会った女性が突然触手に引き込まれた事によって、どのような声を出せば良いのかが思いつかなかったのか、息を口の隙間から鋭く漏らすような声と表現しても良いのか疑わしい声を漏らしながら、リディアは目の前で引きずり込まれる女性を追いかける。




「なんとか……これで!」


 リディアは走りながら右手に刃を作り、女性を引きずっている触手に向かって突き刺そうとする。当然先端付近を狙えば女性の足に誤って刺さる可能性があったから、足からそれなりに離れた部分を狙っている。


 だが、触手は頑丈なのか、思うように斬る事も、黙らせる事も出来なかった。




「リディア! お前だけで行く気――」


 ガイウスもリディアをそのまま行かせる事が出来なかったのか、触手に引きずり込まれる女性を追いかけるリディアの背中を、またガイウスが追いかけるが、ガイウスは他の何かによってそれを止められてしまう事になる。




――足元が凍り付き、ガイウスを強引に止めてしまう――




「どこに行く気だ? お前には邪魔はさせないぜ?」


 まるで触手が動き出す事を待っていたかのように、そして初めからガイウスを狙っていたかのように、ゆっくりと地面の上を歩いてきた。遮蔽物の無い空間を真っ直ぐ進んでいたが、ガイウスは気付かなかったのだろうか。


 左腕が氷に包まれているが、あの地面を走るように地面を氷漬けにさせる冷気を飛ばしたのはその腕だったのだろう。




「いきなりなんだよ? おれはちょい子守任されてんだから邪魔すんじゃねえよ」


 恐らくはリディアの事を子守の対象として言っているのだろうが、ガイウスは救助を妨害してきた氷使いに視線を向ける。衣服というよりは、鱗を纏っていると表現した方が良いであろうその青い鱗の氷使いは眼を尖らせる。


「あの2人はバイオレット様の元に行ったまでだ。大人しく屍になるまで待つ事だな」


 恐らくは、この者はガイウスを妨害する事自体が任務なのだろう。自分の親分的存在なのであろうバイオレットに干渉させるまいと、氷使いは足にまで氷を纏わせる。氷が武器である事をガイウスに知らせているのである。




「バイオレット? お前らのボスの事だな?」


 初めて聞いた名前であったと思われる。ガイウスはもしかするとこの町を襲撃させた張本人なのかと、答えが普通に返ってくる事を期待せずに敢えて聞いた。本当は聞くまでも無く、敬称を付けている時点で少なくとも目の前にいる氷使いよりは上の位置にいる者だという事ぐらいは分かっていた。


「そんなものお前には関係無い事だ。どうせここで死ぬんだからな」


 まるでここでガイウスの敗北と死を想定したかのような物言いである。しかし、この者もまた、バイオレットの下の存在でありながら、自分の部下を揃えているような風格があると言えるだろう。




(よく言うぜ……)


 何を言った所で、相手には通じない事は理解していたし、どの道通っても、目の前の氷使いと争わなければいけない事も理解していた為、心で小さく呟きながら、刀を手に取る。


 リディアが心配であるが、ガイウスはこの氷使いと決着を付けなければいけない。今はリディアを助けたくても、目の前の氷使いを黙らせる任務の方が先なのだ。




*** ***




 小屋の地下なのだろうか。薄暗い空間で、脚に擦り傷を作ってしまっている女性の足首に巻き付いている植物の蔦を斬りつけている黒服の少女がいた。蔦を放置していれば、忽ち女性は本体の元へと引きずり込まれていたから、それを阻止してくれる者が1人いるだけで状況は大きく変わるのだ。




「このっ!! よし、これで大丈夫!」


 地面を這うように伸びていた触手に、リディアは自身の魔力で手から伸ばした刃を真上から突き刺し、それを強引に斬り離す。救助の対象となっていた女性に絡みついていた触手の先端は力を失い、女性の脚から離れる。


「よ……良かった……」


 リディアに持ち上げられるように立たされた女性は、自分の命が助かった事に素直に喜びを噛み締める。だが、極限の緊張からなのか、声は弱弱しかった。




「とりあえず、貴方は少し離れててくれますか? この怪物黙らせますから」


 リディアにとってはまだ安心する事は許されなかった。触手を斬られたとは言え、目の前で立ちはだかっている花の怪物は黙り込んでおらず、寧ろ、2人の人間を餌にしようと、再び別の触手を伸ばそうと動いていた。


 花弁に当たる部分に、獣ののような口が備えられており、牙がびっしりと並んでいる。他の人間を食した後だったからか、牙には血液が付着している。


「一人で大丈夫なんですか?」


 救い出された女性には戦う力は無い。そして、相手は人間すらも捕食する大型の植物である。本当に人間が戦って勝機があるのか、それが不安で仕方が無かったのだろう。それに、リディアに何かあったとして、自分自身だけ逃げるのも厳しいはずである。




「それは分かりませんけど、少なくとも貴方は戦えないですよね? 私が何とかするしか無いんですよ!」


 勝機があるとは断定は出来なかったが、今ここで戦う事が出来るのはリディアだけである。薄暗い地下牢のような空間で、リディアの青い瞳が女性からは強く輝いて見えたかもしれない。性別に似合わない力強さがその瞳から伝わった。


「……お願いします」


 自分の人生すらも全てをリディアに託すかのように、女性は小さく頷いた。頼る事が出来る、ただ一人の存在であるリディアがいなくなれば、もう自分の命が無くなると覚悟する時である。




――怪物から飛ばされる酸性の唾液を回避し、リディアは接近する――




「っ!! やっぱり……きついか……!」


 花弁の箇所を斬りつけようとするリディアだが、怪物は目の前で緑に染まったガスを体内から放出させた為、リディアは攻撃をする事が出来なかった。ガスを浴びる気にはなれなかった為、どうしても足にブレーキをかける必要があった。




「だけど……負けて……らんないのよ!!」


 接近戦が出来ないのであれば、遠距離攻撃を駆使すれば良いのである。右手の上で小型の炎を生成させ、それを怪物の頭部、花弁の部分目掛けて投げつける。炎の耐性が無かったからか、そのまま怪物は目障りな奇声を放ちながら苦しみ始めるが、リディアは相手が怯んだ隙を見逃す事はしなかった。


 元々備わっている跳躍力に、更に能力を上乗せさせる形で、そのまま怪物の真上へと跳び上がる。そして、床に対して垂直に身体を回転させ、勢いを付けた形で怪物の花弁を斬りつける。




――頭部が裂け、緑の液体を噴き出させる――




「意外と脆かったか……。でもすぐ終わってくれて助かったかも。無駄に長引くのもあれだし」


 跳躍で後退したリディアは、着地してから一つ、息を漏らす。予想以上に戦闘が短く済んでくれたのは良かったが、怪物から流れ出ている緑の液体からは焼けるような独特の臭気が漂っており、直接身体には浴びたくないような質感があった。浴びたらなんだか身体が溶かされそうであったのだから。




「あの……倒したんでしょうか?」


 しばらくリディアは花の怪物を睨み付けていたが、女性から左腕を軽く叩かれながら質問を受ける。指で突くように弱々しく刺されたが、リディアはそれに気付かない訳が無かった。


「もう大丈夫ですね。一撃与えたら動かなくなりましたから。でも……こいつのせいで色んな人達、死んでるんですよね……」


 黒のハットの下から見せる青い瞳は、震えている女性を安心させる。しかし、今リディアに出来る事は、最低でも今目の前にいる女性を亡き者にさせぬよう戦う事だけである。


 よく見渡せば、花の怪物に食い殺されたり、触手で身体を貫かれたのであろう人々の死体が転がっており、戦う力を持たない者達にとって、怪物がどのような姿で映し出されているのかを想像するなり、この世界の恐ろしさをリディアは再確認してしまう。




「本当はわたしも、死んでたかもしれないんですよね……」


 周囲に転がっている死体を見ると、どうしても自分もその中に加わっていたのでは無いかと想像してしまう。リディアの助けがあったからこそ、死体の仲間入りにならずに済んだが、目の前に本物の死体が転がっていては、それを喜ぶ気にはなれないだろう。


「でも貴方は私がいたから助かったんですよ! そんな暗い顔はやめてくださいよ? 所で、脚凄い擦り剥いてますけど、大丈夫ですか?」


 既に亡くなってしまった者に対してはリディアの力ではどうする事も出来ない。今は未だに怯えている女性の両肩に手を乗せ、見つめる事しか出来なかった。そして、心の心配だけでは無く、実際に怪我をしている女性の脚に対しても心配を投げかける。恐らくは触手を切断させた時から気付いていたと思われるが、余裕が出来た今になって、ようやく聞く事が出来たのである。




「痛い事は痛いですけど、これぐらいなら我慢出来ます!」


 触手に引きずり込まれた際に、石造りの地面に脚を擦られた為、肌が破け、出血を起こしていたのである。女性が言う通り、本当に痛いのかもしれないが、リディアが目の前で頑張ってくれているのだから、自分も弱音は吐くまいと、強く振舞った。


「そう言ってもらえると助かります。とりあえずこんな気味悪い場所にいたら気持ちが変になりそうですから、一旦上に戻りましょうか」


 恐らく、リディアはその場で手当てを出来る道具を所持していなかったのかもしれない。それを女性が分かっていたのかは不明だが、リディアの事を気遣ってくれた事には変わりは無いだろう。それを嬉しく思ったのだろう、リディアはマスクの裏で笑みを作り、そして天井を見上げながら脱出を計画する。


 天井には穴が開いているが、斜めに向かって地下へと伸びている為、自分の足でも充分進めると見て間違いは無いはずである。




「その方が絶対にいいですよね……」


 ここで今すべき事は、脱出以外には無いだろう。女性も薄暗く、尚且つ死体すらも転がっている場所に長井しようとはとても思えないだろう。








「ここに来て生き残った奴がいたのか」


 突然聞こえたのは、男の声であった。今ここにいるのはリディアと、そしてリディアが救った女性だけであったはずだから、男の声が聞こえる事自体があり得ない話であった。しかし、今は実際に男の声が、2人の女性に渡されている。




「ん? 誰!?」


 リディアはその声の主が花の怪物のものでは無い事ぐらいはすぐに察知出来た。本当であれば、すぐに能力で視野を広め、場所を特定でもしてやろうと思ったのかもしれないが、怪物の影から、声の主が現れる。




「誰!? じゃねえだろ? お前らから勝手に来やがってよぉ?」


 リディアの前に姿を見せてきたのは、暗い黄色のロングコートを纏った男であった。口調は気の弱い者であればそれだけでも逃げ出してしまいそうになるような威圧感があり、そして何より、相手は男ではあっても、人間ならざる者だったのである。


 やや細身ではありながらも、筋肉がよく見えるその灰色の皮膚は、威圧的な口調と合わさり、恐ろしい雰囲気を放出させていた。何気無く薄暗い空間に溶け込む色合いにも見える。


「あいつ、戦う力持ってる奴みたいですぜ?」


 灰色の皮膚の男の隣にいる、普通の人間と同じと言っても良いであろう外見の男がいるが、その者も体格的には灰色の皮膚の男に似た筋肉質で、裸の上半身からはやはり威圧感を漂わせていた。灰色の皮膚の男ほどでは無いにしろ、強さは並の人間は超えているものと思われる。




「いや、勝手に来たんじゃなくて、そこにいる怪物が引きずり込んできたんだけどね?」


 リディアの言う通りではあるが、逆に地下室へと引きずり込まれたのはある意味では好機だったのかもしれない。重要な敵の幹部と思われる者に出会えたのだから、この機会を逃さなくて良かっただろう。


「来た理由なんてどうでもいいや。だけどそこのガキんちょ、お前そん格好って事は、初めからオレらの計画邪魔しようとしてたって訳か?」


 数歩、灰色の皮膚の男はコートのポケットに手を入れながらリディアに向かって踏み出す。まだ腕を伸ばしても届かない距離ではあったが、近寄られる度にリディアの緊張も高まる。如何にも戦闘に向いていそうなリディアの黒の儀礼服を上から下へと流すように見て、そう言った。




「あんたが主犯……かどうかは分からないけど、見た感じ、それで間違いは無いんでしょうね」


 リディアは男の質問には答える事はしなかったようだ。人間ならざる皮膚の色は兎も角、花の怪物の隣で平然としている様子を見ても、一般人とは到底思えないと思われるし、リディアはその男がこの町の襲撃の関係者である事をなんとなく察知していたのである。


「お前正解だぜ? もっと自信持っていえよ。それよりだ、じゃあそん後お前はどうするつもりだよ? ガキんちょん分際でどうこう出来んのか?」


 どうやらその灰色の皮膚の男がこの町の襲撃を指揮した張本人であったようだ。しかし、男はそれを知られたからと言って、自分が不利になるとは考えていなかったようである。寧ろ、その後のリディアの行動を直接目で見てみたいと思ってもいたようである。




「言うまでも無い事だよ。あんたの事……止めるまでだから。それと、私ガキんちょじゃなくて、リディアだから覚えといて?」


 リディアの瞳は目の前の男を鋭く凝視していたが、奥では一種の恐怖も生まれていたかもしれない。しかし、優先すべき事はこれ以上の犠牲を出さない事であったし、少なくとも相手から臆病者だと思われたくないという意地もあったのだろう。


 年齢的には男の言う通りガキなのかもしれないが、リディアとしてはその言われ方には納得が出来なかった。


「あぁ心配すんじゃねえよ。実はだ、邪魔が入ったのと、もうこんな町なんかに用なんか無くなっちまったから、もうお前普通に帰ったっていんだぜ? オレに会っちまったからって意地張り続ける必要性もねぇし」


 その心配というのは、リディアが意識しているであろうこの男の掃討だったのかもしれない。だが、男は町の用事を済ませてしまったからか、今初めて名前を聞かされた少女こと、リディアに無理をする必要は無いと、敵でありながらある種の情けを飛ばす。




「別に意地は張ってないけど、周りにいるこの人達の事殺したのも……あんたの仕業なの?」


 リディアは自分の正義感で動いていただけだったようだ。目つきを鋭くさせたままで、普通に返ってくるとは思えない事は予測した上で質問を投げかけた。


「お前マジしつけぇ奴だな。直接手ぇ出したのはオレじゃねえけど、オレが指揮した奴らが殺したってのは事実だけどなぁ。お前が殺した、あ、お前リディア、っつったっけ? お前が今()ったそいつもオレが飼い慣らしてた奴だったけどなぁ」」


 男はわざとらしく威圧感等を飛ばしていたようであるが、それでもリディアが怯む様子も、退(しりぞ)く様子も見せなかった為、まるで諦めたかのように男は誰が町人を殺害したのかを説明した。確かに男本人が殺人を犯した訳では無いにしても、指揮をしている以上は無罪とはまず言えないだろう。


 気分が悪くなりつつあるようだが、隣にいる死骸と化した花の怪物を指差しながら、言葉を言い切った。




「素直に言う気は無いのは分かってるけど、ここまで町の人殺す理由なんてあったの? 他の目的のついでだったの?」


 リディアとしては、犠牲になった町人が頭から離れなかったのだ。殺害を実行させた理由を何故か聞きたくなったようだが、心の奥では殺害の理由を聞いた所で、それが結果的に自分にとってどのような利益になるのか、戸惑っていたかもしれない。


「お前ってマジ面白れぇ奴だなぁ? そうやって無理に情報聞き出そうとしてっとこもウケる奴だぜ。ってかお前ビビってんだろ? ビビってんなら逃げたっていんだぜ?」


 最初は苛々していたはずなのに、逃げずに問い続けるリディアに興味を持ち始めたのだろうか。


 寧ろ、本来であれば自分だけの力で簡単に捻じ伏せる事が出来ると考えている可能性がある事に加え、自分より弱いであろうリディアの強情な態度と実際の戦闘能力がどれほど釣り合っているのか、実際に見てみたいという欲求も湧き上がらせていたのかもしれない。




「さっさと答えてくれる!?」


 自分の心境を想像されたリディアだが、リディアが求めているのは、町人を殺害した理由である。拳を握り締めながら、返答を無理矢理吐かせようとする。だが、拳を握っていても、直接殴り付けてやろうとは、この時点ではまだ考えてはいないだろう。


「キャー強情だわー。って、お前なあ、じゃあ聞くけど、やだっつったらどうすんだよ? あぁ?」


 役者であれば確実にやり直しの指示を受けてしまうような明らかな棒読みで男は一度言い返す。しかし、すぐに普段の威圧感のある口調へと戻し、要求に応えなかった時に何をするのかを、リディアへと聞こうとする。


 男は3歩程、前に出た。




「だったら……無理矢理にでも言わせるつもりだよ?」


 決心するかのように、リディアはいつもよりも低いトーンで、相手へと伝えた。もう後には引けない事を分かっていた為、例えこの後に自分の身に危険が走る事を想像出来たとしても、背中を向ける事は出来なかったのだ。


 リディアもまた、前に出た。一歩だけ。


「お前マジで言ってんのかよ? 無理矢理言わせる事自体お前に出来んのか? ほんっとマジでウケる奴だぜお前は。でも死んでも知らねぇぜ?」


 リディアのその一歩出た行動を見て、灰色の皮膚の男は首を僅かに傾けた。その行動は、まるで自分に喧嘩を売ってきた相手を睨み付ける不良にも似たものであったが、そろそろ目の前の少女を泣かせてやろうとでも思ったのかもしれない。




「どうせ逃げようとしたって追いかけて殺すなりするんでしょ? 逃げるぐらいだったら、ここで痛い目見る方がずっとマシだからね」


 リディアは自分に激痛が走る事を覚悟していたようだ。逃げて痛い思いをするぐらいなら、正面から立ち向かった上で痛い思いをした方がいいと自分の中で決定させたようだ。


「いや別にお前なんか追いかけるつもりもねぇし殺す気も最初は無かったけどなぁ? でもマジでオレに吐かせる気なのか?」


 徐々に男の表情が妙に変わり始めていた。今にもリディアに殴りかかろうとでもしているかのように、猛獣のように暴力的な目を細める。天井に向かって立っている黄土色の髪も、一本一本がリディアの無様な姿を待ち望んでいるかのように映る。




「悪いけど、私だってただ遊ぶ為にこの町に来たんじゃないし、皆だってやる事やってるんだから、私だって敵達の企みぐらい持って帰らないと笑われるからね」


 リディアは既に心の中では戦う覚悟は出来ているようである。敵の幹部らしき相手と直接出会う事が出来たのだから、計画の1つ程度は聞き出したかったのだ。尤も、それを聞き出すには、本来のリディアにとっては不本意である力尽くによる行為が必須となってしまう危険があるが。


「お前の相手してたら昔見た連中思い出すぜ? じゃあこうしてやるよ。3分だ。耐えられたら褒美で教えてやってもいいぜ?」


 内輪な話を持ち出す男だが、突然指を3本立て、リディアへと伝えた。


 しかし、わざわざこの短い時間を指定したという辺りを見ると、それは短いようで非常に長い時間を味わわせてやるという魂胆を持っているようにも感じられるが、逆に言えば僅かながらリディアの気迫を認めたという事なのだろうか。




「そっちこそ、3分も耐えられるのかどうか、見させてもらうよ」


 リディアの右手からは刃が出たままになっていたが、いつでも突撃、或いは相手が襲い掛かってきた時に備えられるよう、右足を引き、体勢を低くしながら構える。


「あの……そんな事言って大丈夫なんですか? あの人……凄く強そうですよ?」


 助けてもらった女性は、本当に灰色の皮膚の男と戦うのかと、リディアの肩を指で恐る恐る突いた。脚の怪我による痛みも忘れ、リディアに考え直すように言ってみた。




「大丈夫。私には逃げちゃ駄目な時ってのがあるし、それに……」


 マスクで鼻から下を覆っていたリディアだが、女性の目には、優しい笑みがしっかりと映っていた。必ず貴方を守ります、なんていう感情がリディアの瞳から伝わってくるだろう。


 そして、もう1つの何かを伝えようとするが、それを言う前に女性の方から質問をされる形で一度遮られてしまう。


「それに、なんですか?」


 女性は震えている様子ではあったが、妙なリディアの言葉の続きを連想させる言い方のおかげで、少しだけ心の中の震えが納まった気分になったようでもある。




「主人公補正があるから私は死にませんよ!」


 背後にいる少女に対し、顔だけを向けて横目で目を合わせ、右手の親指を立てながら、意味がよく伝わらないであろう負けない根拠を言い張った。


 女性からは、リディアの右の肩の上から親指が見えるような状態である。


「え……?」


 女性は当然のように戸惑いを隠す事が出来なかった。


 もしかすると、リディアは物語か何かの主人公だと思い込んでいるのか、それとも、敢えて自分がフィクションの世界にいる住人だと思い込む事で、今の窮地を脱出しようと考えていたのだろうか。


 しかし、リディアの闘志は変わらなかったと言えるだろう。




――リディアはそのまま数歩、前に出る――




「いい度胸じゃねえか。女であるのが勿体ねぇぐれぇの根性じゃねえかよ」


 灰色の皮膚の男は、コートの間から見えている大胸筋の前で、指を鳴らし始める。既に覚悟は決めているリディアだったが、男の手には何も持たれていない事に気付く。




(あいつ……武器、使わないの?)


 リディアは右手から刃を出してはいたが、男が素手である事に今頃のように気付く。


 武器が無い相手に対し、自分だけが武器を使う事を躊躇ったリディアは手の魔力を弱め、リディア自身も一切の武器を使用しない状態に入る。自身の体術には自信があるからか、怯えていた心に鞭を入れ、いつでも戦える心情へ切り替えた。




「あぁ? ってお前なんで武器しまっちまうんだよ? 持ってりゃいいじゃねえかよ?」


 灰色の皮膚の男は、リディアの武装が消滅する様子を見ていたが、武器を使わずに戦おうとする理由を理解する事が出来なかったようだ。そして、消滅させている様子から、リディアの能力を多少なりとも理解していたのかもしれないが、能力を使われる事による恐怖は微塵も沸かなかったようでもある。


 逆に、武器も使わずに3分間を耐える事が出来るのか、その部分で引っかかっていたようでもある。


「素手が相手だっていうのに、こっちだけ武器使うなんて恥ずかしくて出来ないよ?」


 マスクの裏で、リディアは笑みを作っていた。相手が亜人であるにしても、形だけは人間と同じ体組織にしか見えなかった為、素手でも充分に戦えると自分に言い聞かせていたのである。相手に対して、自分が弱い存在だとは思わせたくないから、ここは本当の意味で痛い思いをさせてやった方が良いだろう。




「いちいち突っ込むのもめんどくせぇし、じゃあ始めっか?」


 灰色の皮膚の男は、子分なのであろう純粋な人間の男を指だけで合図して後ろに引かせるなり、戦闘の体勢に入っているリディアの瞳を凝視する。まるで睨み付けているかのように、僅かに細められていた。




「3分耐久半殺しの刑……」


 ゆっくりとリディアに向かって歩きながら、男は小さく口に出した。もしかすると、本当に命を奪う気は無いのかもしれないが、死ぬ直前になるまで痛めつける気でいるのは確かである。怪物にも似た目付きで、リディアを鋭く捉えている。


 しかし、リディアも同中の怪物とは比較出来ないような重圧を受け止めている為、偶然や確率で勝利を手に出来るとは思っていない。今度こそ、一歩間違えればもう地上には上がる事が出来ない結末を迎えてしまうかもしれないと、自分に極限の鞭を叩き込む。




――男はリディアへと跳びかかり……――




「始まり始まりぃいいい!!!!!」


 筋肉が浮かび上がっている事が一目で分かるような右腕が伸ばされ、先端で握られている拳がリディアの顔面を狙う。

次回は初っ端から肉弾戦が入るかと思われます。以前から俗に言う暴力描写っていうのをそれなりに触ってまして、殴られた時の痛みとか、苦痛の表情とか、そういうのを描写するって妙にゾクゾクしたりします。特に女の子の追い詰められるようなシーンは妙にワクワクしたりしますし、そして主人公補正があるとどれだけ殴られても何故か骨折には至らなかったり、必ず何かしらの方法で助かったりする事が多いという謎の仕様もあります。


とは言え、やっぱり殴られる場面を喜んで描写するのは、あまり趣味が宜しくないですけどね。

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