第35節 《躾の皆無な理性無き魔物 現れたのは破壊の獣ビスタル》 5/5
今回はまた大ボスクラスの敵対者が現れます。その前に前座として所謂ザコに該当する相手との戦いがありますが、リディア達ならまああっさりと切り抜けられる事でしょうw
3人の少女と1人の亜人の女性
川辺で彼女らが戦っている最中の話
グリーンマイルの町で待機していたルージュの後輩
それはジーナであったが、この少女に迫る者がいた
まだジーナはそれを知らないが、時は来る……はずだった
「確かこの町だったか? 逃げた女が隠れてる場所は」
青い装甲で身を固めた兵士が3人いたが、その内の1人が、町の中を進みながら残る2人に話しかけていた。
「間違い無いな。1人だけにしとくとは愚かな連中だ」
別の兵士がこの町で正しいと、まるで相手の方に過ちが存在しない事を証明させるかのように言い返した。そして、ターゲットは単独の人間であるようだ。
「だけど逃げた罪は罪だ。あいつには悪いが、死んでもらう」
どうやらターゲットとしている1人の人間は、逃亡をした事で3人の兵士から罪を背負った存在として、これから消されるという事なのだろうか。消すというのは、当然存在もそうだが、命を直接狙われていると意識して間違いは無い。
「あの宿だな……。さあ襲撃だ」
兵士達は自動小銃らしき銃器を背中から取り出し、3人揃って構え始める。
宿に押し入った上で発砲でもするつもりだったのだろうか。
――そこにもう1つの人影が現れるが……――
「襲撃、そんな物騒な事をするのかい君達は」
薄紅色の薄手の開襟シャツを着用した男であったが、背後から3人の兵士に向かってそんな声をかけていた。
初老の声ではあったが、本人は武器を何も所持しておらず、そして兵士達が所有している銃器を目視しているはずだが、怯む様子は見せていなかった。青のズボンで堂々と立った姿を維持させていた。
「ん? 誰だお前は」
突然声をかけられた兵士は反射的に振り向き、相手の姿を確認したが、相手は見た目としては何の武器も所持しておらず、ただ自分達の行動に何か不満をぶつけようとしているとしか思えなかったという可能性もある。
「我々の邪魔するなら先にお前から死んでもらうぞ?」
元々兵士達は目標となる人物を消す事であった為、それを何か阻害する者も同じ運命を辿るべきだとこの兵士も考えていたのだろうか。ゆっくりと銃器を構え始める。
「殺す前提で人と接するのは穏やかじゃないな」
男性は自分の命が狙われている可能性があるというのにも関わらず、口調は平然としており、ただ相手の態度に平和な色合いが見えないと指摘するだけであった。
銃器の威力はここで発砲をされなくても理解はしていると思われるが、銃器が目の前に存在しているのにも関わらず、態度に焦りが見えない。
「お前は邪魔だ! 悪いが死んでもら――」
兵士の1人が自分達に干渉を続けるこの男性に痺れを切らしたのか、自動小銃の引き金をそのまま引こうとしたが、それを目の前の男性は許さなかったのだ。
――突如、小規模の電撃が3人を包み込み……――
「うあっ!!」
殆ど悲鳴も上げる余裕を与えず、雷撃を扱うその男は自分の力で3人の兵士を瞬時に絶命させてしまう。兵士3人は気付かなかったのかもしれないが、この男性は密かに左手の上に電撃を作っており、それを兵士達の背後へと忍ばせていたようである。
崩れるように地面に倒れ込む兵士達であったが、電撃で相手を死へと至らしめた男性は左手に残っていた電撃を消失させながら、自分の目的を達成出来た事を実感したようだ。
「悪いが、お前らの行動はずっと監視してたからな? 皆がいなくなってから狙うとは卑怯な奴らだな」
電撃を駆使するこの男性は、兵士達の動きを見張っていたのか、この町に武器を持って現れる事を始めから掴んでいたようである。
そして、誰を狙うのか、そして狙われる対象となっていた人間との面識もあったのだろうか。
「さてとジーナだな……。あいつはさっさと連れてった方がいいな。また狙われたら面倒だ」
電撃を扱った男は、宿の中にいるであろう人物の名前を呟きながら、これからまたやって来るであろう災いから逃がす為なのか、宿の中へと向かおうとする。
絶命した兵士達はゆっくりと水のように溶けて消滅していったのだが、それをこの男が気にする様子は無かった。武器として扱っていた銃器も一緒に水となって地面へと染み込んでいったが、今までの戦いの中でそれらのような光景は日常茶飯事と化しているという事なのだろうか。
*** ***
水を操る球体状の生命体の飼育現場として使われていた河原では、サティアの用意してくれた水のバリアで身体を守りながら青い装備の兵士達と戦う者達の姿があった。
3人がバリアで保護されており、そして残る1人は異なる方法で自身の肉体と生命を守りながら戦っていた。
兵士達はスナイパーライフルという長い銃身の武器を装備しており、常に皆は銃口に狙われながら戦ってはいたが。
「とぅあぁっ!!」
リディアは黒い戦闘服を纏いながら、そして黒のマスクで青い瞳から下を隠しながら戦っていたが、スナイパーライフルで至近距離から狙っていた兵士の目の前でしゃがみ込み、そして右手に装備していた氷の刃で下から腹部を派手に引き裂いた。
立ち上がると同時に刃で軌道を辿らせたが、兵士はそのまま絶命し、崩れ落ちる。
しかし、敵は1人だけでは無い。背後から銃口という殺気がいくつも忍び寄っていたのである。
「こいつめ! 死ねぇ!」
リディアの攻撃範囲より外にいた兵士がリディアを狙い、スナイパーライフルで狙撃する。他の兵士も同じく発砲するが、命中したのは数発であった。
しかし、リディアは水のバリアで保護されていた為、命中した銃弾はリディアに負傷を与える事をしなかった。
「危っぶなっ! でもこのバリア強いかも……」
命中した銃弾も、実際にはリディアの身体をギリギリ掠ったというものであり、リディアも飛んでくる銃弾を見切る事が出来ないという訳では無い。バリアに甘えるような戦法を取る事をせず、寧ろ掠ってしまった銃弾から軌道を読み取り、次に狙うべき場所を決める手がかりとして利用していたようだ。
川を飛び越える道を選んだが、一度の跳躍では飛び越えられなかった為、中間地点に位置していた岩場に一度飛び乗り、そして再び跳躍を行なった。
水のバリアで銃弾を受け止めてもらいながら、向こう側へと移ったリディアは自分の顔面に銃口を向けていた兵士の前で体勢を低くし、そのまま両手を突き出しながら飛び込んだ。その際に両手から氷の刃を生成させ、飛び込むと同時に兵士の胸部へ突き刺したのだ。
押し倒すように兵士を絶命させたリディアだが、当然周囲からは狙われたままであり、すぐに兵士の上から転がるようにその場を離れた。やはり残酷にも銃弾は飛ばされるが、それらに命中する事は無かった。
(こいつら何か知ってるのかな……。誰かに喋らせた方が良さそう)
確実に今ここにいる青い装備の兵士達が、先程の球体の生命体の関係者だという事は分かっていた為、余裕を作った上で生命体の話をもう少し説明させるべきかと考えながら、次の標的に狙いを定める。
離れた場所では、マルーザのヌンチャクから放たれた炎によって焼死させられた兵士がいた。
「所詮は雑魚かい? 武器は大層なのにね?」
右手のヌンチャクを回しながら、マルーザは余裕のある声をそこで漏らす。3人が至近距離からマルーザを狙っていたようだが、身体に発火させられたのか、そのまま身体を焼かれながら地面に崩れ落ちていた。
しかし、背後からの気配を感じ、マルーザはその場で転移でもするかのようにその場で姿を消滅させる。消滅させた場所には銃弾が飛び交った。
――敢えてマルーザは敵達の中心へと実体化し……――
「わたしは簡単には仕留められないよ?」
上半身しか存在しない特殊な肉体のマルーザは淡々とした声を出した後に、自分の周囲に冷気を放つ。
そしてすぐにそれを氷漬けにさせてしまう。巻き込んだのは当然兵士達だ。身体全体を氷に閉じ込められた兵士達は、続いてマルーザのヌンチャクによって次々と粉砕されてしまう事に。
「ザコが集まったって所詮はザコかい?」
粉砕を繰り返しながら、マルーザは何か目的を探っていたが、それでもまだ離れた場所から自分を狙ってくる兵士達が残っていた為、ゆっくりと目的を見つける余裕は無かったと言っても良いだろう。
スナイパーライフルでの狙撃以外の攻撃手段を持たないとしか思えなくなってきたマルーザではあったが、ここの兵士達を全滅させたとして、その後に何があるのか、それが気になり始めていたのかもしれない。
サティアの転移能力であの場所から移動をさせられたルージュも、サティアの用意してくれた水のバリアに頼りながら、青い装備をした兵士達と争い続けていた。使う武器は勿論炎である。
「余裕余裕こんな連中! よくそんなので任されたなぁここ!」
ルージュは自分の両方の拳に炎を宿らせながら、自分に発砲してくる兵士達に対し、近距離から炎の拳による殴打で次々と撃破していたのである。
ただ炎を拳に纏わせているだけでは無く、爆発する成分も付加させていたのか、胴体に殴り掛かった際に目の前で爆発が生じ、兵士を吹き飛ばしているのだ。ルージュ本人は能力によって身体が保護されているからか、ルージュ自身が爆発によって損傷を受けている様子は無かった。
「にしても不気味なぐらい弱いなぁ……。絶対裏あるだろこれ」
何となくではあったが、ルージュからすると手応えが弱く感じていたのだろうか。昨日戦ったシドラオと比較しても、数が多いはずなのに弱すぎると思ったようだ。
炎の拳を放っただけで一撃で撃沈されてしまう兵士達を見ると、本当に自分達を始末する為に派遣されたのかと疑いたくもなったようであり、そして今も水のバリアで銃弾を受け止めてもらいながらも、ほぼ真正面から兵士をスナイパーライフルごと拳による爆発で粉砕した所だ。
――懐が震えたようであり……――
ルージュは胸のポケットにしまっていた無線機が鳴っている事に気付き、とは言え、周囲にはまだ撃破されていない兵士達が残っていた為、周囲への目視を怠る事無く右手でポケットから取り出し、それを左の耳に引っかけた上で戦いを再開させた。
横からの気配を察知し、飛んできた銃弾を回避しながら、ルージュは無線機の奥から喋りかけている者の相手をし始めた。
「わたしだけど、誰だ? あぁジーナか?」
銃弾の軌道から離れる為にその場から走り出しながら、無線機の先にいるであろうジーナと言葉を交え始める。
「エンドラルさん? あの人今いんのか?」
ルージュは耳に無線機を装着させていた為、両手の自由が効いており、背後から掴み掛ろうとした兵士を殴り飛ばしながら、向こうから出されたであろう人物の名前を連呼した上で、本当にそこに立っているのかを聞いていた。
「あぁリディア? いるけど? 変わるか? じゃあちょい待ってろ」
派手に吹き飛ばした兵士が動かなくなったのを確認したルージュは次のターゲットを狙う為に再び駆け出すが、どうやら無線機の奥にいるジーナはリディアに用件があったようであり、リディアに出て欲しかったようだ。
途中で探す対象を自分を狙っている兵士、ではなくリディアへと変えるが、相手はすぐに見つかり、横から狙撃しようとした兵士を氷の刃で黙らせたリディアに向かって走り寄る。
「おいリディア! これ受け取れ! お前に話があるってよ!」
ルージュは対象から離れた場所、川を跨いだ場所にいた紫の髪を持った少女であるリディアであるが、無理矢理な大声でリディアに声を届けるなり、ルージュは耳から無線機を取り外し、まともに受け取る体勢を用意していなかったリディアを目掛けて山を描くような形で無線機を投げつけた。
「え? ルージュさん! って投げないでよ!」
ルージュの方へ顔を向けたリディアであったが、既に何かが投げられた様子がリディアの目にしっかりと捉えられ、それが何か小さな機械の道具である事を理解する。
当然受け取る事を失敗する訳にもいかなかった為、左手で上手にそれを受け取り、そして耳に引っかける為の棒が伸ばされた状態であった為、黒いハットを少しだけ押し上げてから耳に無線機を装着させた。
そして、足元を狙われていた事を把握していたのか、その場から飛び退くように回避をする。
「おっと! まあいいや……。私だけど、誰?」
まずは地面を削るような威力であった銃弾を回避したリディアであったが、まずは誰が無線機を通して話しかけようとしていたのかを知る事が先であった。
何となくジーナがなのかと思ったからか、敬語を使わない口調で相手の正体を伺う。
「あ、エンドラルさんですか? なんでそこにいるんですか?」
リディアは意外な相手であった事に対し、表情を思わず硬くさせてしまうが、ジーナの近くに来ていたという事実は確かであった為、その場に来ていた理由を聞きたくなったようだ。
「そ、そうですか……。え? ビスタル、ですか!?」
確かに今そこにいた理由は聞いたようであるが、そこでリディアは別の者の名前を聞かされる事となったようである。
名前だけは聞いたであろうその者に関して、何かを聞いたらしく、驚いている様子から、それが自分達に何か関係が出来上がったりする事に間違いは無いはずである。
「分かりました。でもすぐ来てくださいね! 私達でも厳しいかもですから」
やや焦ったような表情を作りながら、リディアは無線機の向こうにいるであろうエンドラルに頼み込むように伝えた。
ビスタルとの戦いになったとしたら、エンドラル無しでの戦いは絶望的だと感じたのかもしれない。
「お願いしますね!」
また相手から何か言われたのか、その上でリディアは力強く懇願を意味する返事をしてから、無線機の電源を切る。
そして元々の持ち主であった相手の場所へと向かう事を決める。
「ルージュさんこれ!」
周囲の兵士の気配が減った事を確認した上で、リディアはルージュの隣へと走り寄り、手渡しで無線機を返そうとする。流石にルージュの時のように、遠方から声をかけた上で振り向かせ、そのまま投げて渡そうとは思わなかったようだ。
「喋んの終わったか? なんて言ってたんだよ?」
手渡しで出された無線機を受け取りながら、ルージュは無線機でどのような話をしていたのかを聞こうとする。
「あの、なんかさっきジーナのいた宿に変な兵士達が来ようとしてたみたいなんですよ。多分こいつらの仲間だと思うんですけど」
リディアは無線機の先から伝えられた話をルージュへと説明したが、ジーナに手を出そうとしていた者達は確実に今戦っている兵士達と同じ類であると確信はしていたらしい。
周囲への警戒は怠っていた訳では無かったが、最初と比較すれば随分と数は減っていたと言える。
「なるほどな、それとエンドラルさんいたっぽいけど、それに関してなんか無かった、ってか聞かなかったのか?」
ルージュは自分の後輩であるジーナが襲われそうになっていたというのに、随分と平然な態度を見せていたが、それは助かっていた事が判明していたからなのだろうか。
しかしエンドラルの存在もあった為、何故あの宿にエンドラルが来ていたのか、それも知りたかったはずである。
「あぁそれですけど、一応ここに来てくれるみたいです。ただ……」
リディアはこの河原の地帯を示す意味で、足元を自分の人差し指で差しながら、この場所にエンドラルが後に現れる事を伝えた。
しかし、ここに来るのには何か重たい理由が存在したようである。それに合わせるかのように何だかリディアの表情に何か難しさを込めたようなものになる。
「なんかやな話もあるみたいだな。言ってくれ」
ルージュは都合の悪い話であるからこそ、聞きたいと思ったようだ。自分達に降りかかる事が確定しているのなら、事前に聞いた上で覚悟や対策を持つべきだと感じたに違いない。
今はもう兵士の数も減っているのか、自分達を狙う兵士が確認出来なかったようだ。
「ビスタルがここに来るみたいなんですよ」
リディアは再び地面を指差しながら、ここにやってくる者の名前をルージュに伝えた。
「あいつ来るのか!? わたしらだけじゃ勝てないぞ!?」
突然驚いたような表情にしながら、ルージュは自分達の実力では勝機が存在しないと、ハッキリと断言してしまう。
「そいつって、そんなに不味い相手なんですか?」
リディアはビスタルと直接対面した事が無かった為、どのような実力なのかを知らないのである。だからこそ、知っている相手に聞くしか無かったのだ。
「お前知らないのかあいつの事? デストラクトの手下だぞ!? しかも平気で大岩とか投げてくる異常な怪力野郎だからな!?」
ルージュは出会った事があったのか、それとも他者から聞いた事があったのか、そして大まかではあったが、戦闘スタイルに関しても簡潔に説明をしてみせた。自分達に狙いを定めようとしている、遠方の兵士の事をルージュは気付いており、右手に炎を灯らせていた。
「いや、私は名前しか聞いた事無いんですよ!」
まるで知らない事を責められたかのように感じてしまったらしいリディアであった為、どうしても知らなかった事を伝えたかったのか、何だか口調は必死であった。
「まあ会えば分かるぞ! それよりまずはこいつらの始末だな! エンドラルさんの事ビビらせてやろうぜ?」
密かに自分達を狙っていた遠距離の兵士に対し、ルージュは燃やしていた右手から苦無を出現させ、それを横から狙っていた例の兵士目掛けて投擲しながら、対面をしたらビスタルの話が理解出来ると言い切った。
周囲が静かになっていた為、少し戦いの為の気持ちを緩めていたが、残っていた何人かがルージュ達に目を向け始めた為、ここでしっかりと掃討した上で結果としてそれをエンドラルに見せてやろうと気合を復活させたようだ。
ルージュ達のやり取りを見ていたサティアであったが、やはり気になったのか、距離があった場所から水の上を滑るようにルージュ達の元へと近寄った。
違う場所ではマルーザが戦ってくれているが、今は任せても良いと意識したのだろうか。
「ルージュ! なんか今喋ってたみたいだけど、なんか大事な話でもあったの?」
兵士の数はかなり減らしていたのだろうか、サティアはやや余裕がある表情で、ルージュに対してリディアとどのような話をしていたのかを聞こうとしていた。白い仮面は外してはいないが、口調からして表情にも余裕が残っているのは確かだ。
「見てたのかよ。まあその通りだけどな! いい話と悪い話の両方があるぞ!」
離れた場所で戦っていたはずなのに、それでも自分達の様子を認識していた事を褒めていたのかどうかは分からないが、ルージュは何となくそれを口に出しながらも、確かに話そのものはしていたと言い返した。
そして、聞いて嬉しいと捉える事が出来るものと、逆の気持ちになるであろうものが存在する事も伝えたルージュであったが、表情は何故か明るかった。
「あんたの態度見てると悪い話もそこまで重たく感じないわね?」
ルージュの話す口調から察したのか、サティアはこれから何かしらの不利になりかねない事態が降りかかる事は予測出来たが、自分達の力で対処が出来る程度のものだと何となく察知したサティアであった。
敢えて表情を堪えながら喋っていたとは疑わなかったようだが。
「いや、サティアさん実はここに来るみたいなんですよ。ビスタルっていう奴が」
リディアとしてはこれから降りかかる事態が深刻なものであると認識していたからか、事情をよく把握していないであろうサティアに対し、やや表情を引き締めながら事実を説明した。言葉の通り、ビスタルと呼ばれる敵の組織の一員がここに現れると。
「……え? 今ビスタルって言った?」
名前を聞いた途端にサティアの表情が一気に変わったのである。仮面の関係で水色の瞳しか直視する事が出来ないが、目の様子だけで相手からは表情の変化に気付く事が出来たはずだ。
「あ、はい。確かに言いましたけど、やっぱりそんなにヤバい奴なんですか?」
リディアはどうしても名前しか聞いた事が無かった相手であった為、戦闘面での脅威を理解出来なかったようだ。しかし、サティアもビスタルの存在感を理解していた様子であり、やはりここは聞くしか道は無かったと言えるのだろうか。
「ヤバいで済むならある意味幸せって言えるぐらい酷い奴だと思うわよ? でもいい話って何の事? ちゃんとあいつが来たとしても打破出来る――!!」
確かにサティアはビスタルを知っていたようであり、適当な戦闘力で挑んでも勝機は無い事も分かっていたようだ。
しかし、ふと空から違和感を感じたのか、何気無く見上げた途端に一気に声を詰まらせてしまう。理由は簡単であった。
――上から何かが降ってきたのだ――
「ってなんか来るわよ! 構えて!!」
空からの気配を察知し、そして実際に何かが落ちてくる事をはっきりと目視したサティアはその場で叫び声をあげる。
太陽の逆光で明確な姿は確認出来なかったものの、それが何か生物の姿をしていたという事は確かに把握が出来たようである。
「うわぁなんだよ!?」
サティアとしてはルージュを後方へと行かせる為に自分の側に引っ張ったつもりだったのかもしれないが、ルージュからしたら特に理由も無く引っ張られたようにしか感じなかったのかもしれない。
しかし、自分を引っ張ってきた理由は数秒もしない内に理解する事となる。一方でリディアは自分の判断を信じるように上から降って来る相手を見て後退をしていたようだ。
――地面を砕き、水飛沫も激しく立ち上がらせながらそれは降りてきた――
鈍くも硬い轟音を響かせながら、それはこの河原の地帯へと降りてきたのだ。場所は川の流れていない地面ではあったが、衝撃が強かったからか、地面が抉れたのは勿論、隣を流れていた川もまるで無理矢理に強風を浴びせたかのように激しく揺れていた。
激しい砂埃も立ち上がっていたが、それが収まった時に、降りてきた張本人が明確な姿を見せてくれたと思っても間違いは無いはずだ。
獣人を思わせる肉体は茶色の体毛に包まれており、頭部には後方に反り返った一対の角が生えていた。先端は頭部の中心に纏まるかのように丸まっていたのである。
偶蹄目のような前方に突き出した口部と、そして深紅一色に染まった両目が特徴的であり、筋肉質な肉体を持つその人物というべき存在は、しっかりとリディア達を捉えていた。
「わざわざ自分からおれらの管理下に来てくれるとはなぁ。今後悔するか、後で後悔するかどっちがいい?」
獣人の男は、着地の際に屈ませていた身体を立ち上がらせながら、何だかどちらも同じような意味合いしか持たないかのような選択肢を出した。違いは時間だけだ。
「ビスタル……やっぱ来やがったか……。ってか選択肢ほぼ固定だろそれ」
ルージュは相手の体毛の色は兎も角、角を持つ獣人の姿を見てそれが誰なのかがすぐに分かったようだ。過去に出会った事があったのか、それとも他者から話を聞いていたのだろうか。
元々強気な性格である少女なのにも関わらず、ビスタルを目の前にした途端に何だか感情を無理矢理に抑え込んだのような態度に変貌していたのである。
「ルージュさんあいつが、ビスタルでしょうか?」
一瞬声を詰まらせてしまったリディアであったが、ある意味では聞く必要も無かった可能性がある質問を、隣にいるルージュに聞く事を決めた。分かっていたはずだが、やはりルージュから直接聞きたかったのだろうか。
「そうだな。それしか言えないぞ」
橙色の瞳にも焦りの色が見えていたのは確かだ。ルージュは短く答えたが、言葉の通り、続きは無かった。
「おれがここに来た理由は1つだ。あの宝玉、さっさと渡してもらおうか?」
自分がこの飼育現場に足を運んだ理由を唐突に説明をするビスタルであったが、筋肉質な体型から伸ばされた右手には、ただの要求だけでは無く殺意すらも漂わされていたと言えるだろう。伸びた鋭い爪も異様に目立っていた。
「随分とあの宝玉に拘ってるみたいね? そんなに重要?」
サティアとしてもビスタルの存在を甘く見る事が出来なかったのか、仮面の下で何だか表情を凍り付かせていたかのような雰囲気も見せていた。
宝玉に対する執着が強いと思わせてくるビスタルであったが、下手にそれを否定したりすれば、何をしてくるのかなんてすぐに想像出来ていたはずだ。だからこそ慎重に言葉を選んでいたのかもしれない。
「目的を果たす、ただそれだけだ? それにお前らが今実際に所持してない事ぐらいも分かってるぞ?」
ビスタルはただ宝玉を回収する事、それを目指してこの河原へとやってきたようだ。しかし、この場所とは別の場所に保管されている事も把握していた様子だが、目的は純粋に回収だけでは無かったという事なのだろうか。
「じゃあなんでいちいち私達のとこに来たの?」
リディアは何となくではあるが、自分達が今まで組織の者達と戦い、そして相手の計画等を色々と阻止してきた為、いくらかは直接目の前にやってきた理由は分かっていたのである。
しかし、相手の外見的な雰囲気の事情もあるのだろうか、そのままあっさりと戦いに入ろうという気持ちにはなれなかった可能性も充分に考えられる。リディアの表情も何だか強張っていた。
――轟音に気付いたのか、マルーザもやってきた――
「なんか騒がしいみたいだけど、ってあんたビスタルかい? ここに来る理由は……もう説明しちゃったかい?」
下半身の存在しない肉体構造を利用し、滑るように横から現れたマルーザであったが、どうやらマルーザもビスタルの名前も姿も知っていたようだ。
ビスタルと同じ色の目をしたマルーザであったが、元々人間では無かったからか、3人の少女とは異なり、そこまで怯えたような態度は見せていなかった。勿論自分達を始末しようと企んでいる事は分かっていた為、相手から再び説明をさせようとはしなかった。しかし、両手にはヌンチャクを出現させており、いつでも戦う事が出来るような体勢は整えていた。
「あの宝玉が目的なんだとよ。だけどわたしらが持ってない事も分かってんだとよ」
ルージュの言葉であったが、マルーザに伝えたのは先程のビスタルの言葉の内容であった。自分達を始末した所で、直接宝玉を手に出来る訳では無いのに、ここに来たという解釈で正しいはずだ。
「お前らに与えるのは、折角のおれらの実験動物を散々台無しにしてきた件の天罰だ。宝玉はその後にゆっくり取り返すだけだ」
今までの組織の計画のいくつかを指揮していた立場でもあったのだろうか。ビスタルは自分達の妨害を行なってきた事に対し、命で償わせるつもりだったのだろう。宝玉を取り返すタイミングは、いつでも作る事が出来るという事でもあるのかもしれない。
そして、まるで最初の挨拶とでも言うつもりだったのか、横に置かれていた大岩を左手で掴むなり、それを腕一本で持ち上げてしまう。
ビスタル自身の体躯と同じ程の大きさの岩を持ち上げ、それを集まっていた3人の少女と、そして1人の亜人を狙って投げつけた。
戦いはここから始まるのだ。
次回はいよいよ大ボスクラスの相手こと、ビスタルとの戦いになります。これからどんな戦いになるのやら……。ただ、怪力だけがあったとしても意外とリディア達は敗れないのでそれに対して期待出来るかどうか、でしょうかね。




