第35節 《躾の皆無な理性無き魔物 現れたのは破壊の獣ビスタル》 2/5
今回は再会したリディアと、そしてルージュとサティアとのまともな挨拶をする回だと思って貰えるといいかもしれません。流石に今回は戦闘は無いので激しさは無いですが、久々に再会した者同士のやり取りの回になります。
戦闘生物を作り出す研究施設の機能を停止させた
リディア達はギルドへの報告も済ませ、今はハイディアの町の宿を寝場所と決めた
次の目的は決まっているが、日が落ちるのであればまずは身体も落ち着かせる必要があるはずだ
今日久々に出会ったルージュとサティアに対し、リディアは何を感じたのだろうか
宿のバルコニーとでも言うべきか、外の空気を浴びる事の出来る場所で、2人の少女が柵に寄りかかりながら今日の戦いの事を語り合っていた。
夜風を浴びながら、戦いの服装とは違う姿で無限に広がっているようにも感じられる草原地帯を眺めていた。
「あぁあ~、にしてもまさかお前なんかと出会えちまうなんてなぁ」
赤い髪を夜風に揺らされていたのはルージュであった。今は濃い紫のジャケットは脱いでいるのか、Vネックの赤いアンダーシャツだけで上半身を包んでいた。元々ジャケットも腰よりも高い丈であり、細めでありながらも引き締まった腰が常に見えるような格好ではあったが、このアンダーシャツ自体もジャケットと同じ丈であったようだ。
夜風の涼しさを直接身体に受ける事に対しての都合が良さそうである。
「私も正直言いますと凄く驚きましたよ? 私だけだとあそこ凄い危なかったと思いますし」
横目で自分に視線を向けているルージュに対し、リディアも顔を横に向ける形で視線を合わせながら今日の再会自体が予想外のものであると返答をする。
リディアも今は普段着である水色のワイシャツにベージュのベストを着用した姿で夜風を浴びながら策に寄りかかっていた。そして思い出すと、あの基地での戦いは今回は突然連れられた事で始まった事であり、事実上不利な状況でしか無かった為、思いがけない仲間との再会に助けられたのは確かであったようだ。
「それはこっちも同じだぞ。ジーナの事助けられてたかどうか今考えたらかなり不安だったと思うしな」
ルージュは柵の上で両方の肘を付きながら、立てた両方の手の甲の上に細めな顎を乗せた。
「でもルージュさんの方ですとサティアさんもいたんですから、私がいなかったとしても何とか……いや、どうだろ?」
リディアは何となく遠方に見える草原の上を駆け抜ける小動物を目で追いながら、ルージュの為の言葉を口に出していたが、ルージュの方は元々サティアという仲間がいる前提での基地への潜入であった為、自分が連れられていなかったとしても状況が不利になる事は無かったような考えが過ったが、それを確定させる事は出来なかったようだ。
考え直している間にもう目で追っていた小動物の姿は見えなくなっていた。
「ん? なんだよやっぱりリディア、お前自分のおかげであの基地潰せれたとか思ってんのか?」
まるでからかうかのようににやけながら、ルージュは自分の存在が全ての運命を決めたみたいな言い方をしたであろうリディアに少しだけ細めた視線を向けてやった。自分がいなかった場合の事をわざわざ疑問形にずらした所を見ると、どうしてもこのように捉える事しか出来なかったようだ。
「いや、そうじゃないですけど! そうじゃないですけどね! でも色々いたじゃないですか。あの、なんだっけ、マチルダ、だったかな? あの凄い性格悪い女とかいましたし、サティアさんも一応遅れて来てた訳ですし、どうなのかなって思ったんですよ」
ルージュの視線が余程自分に突き刺さったのか、リディアは胴体もルージュに真っ直ぐ向けながら、あの基地での状況を再度冷静に思い出し直してもらうようにどこか必死になりながら施そうとする。やはりあの粗暴な態度と暴力的な攻撃手段を持っていたマチルダの事を忘れる事が出来なかったのだろう。
リディア自身も自分1人だけであの女の相手が出来たのかどうかが心配だったのかもしれないが、ルージュ単独でマチルダを止める事が出来ていたのかどうかも不安の1つとなっていたのだろう。
「わたしだってなぁ、1人でもちゃんと戦えてたぞ? まあお前がいたから百人力だったけど、こっちもお前が見てないとこでバリバリ戦ってんだからなぁ? 疑ったらどつくぞ?」
ルージュは柵から腕を離し、リディアと向かい合いながら腕を組み始める。リディアから自分の実力を疑われたと感じたのか、自分達だけでも充分に有利な展開に進める事が出来ていたと、いつものテンションを維持しながらも言い返した。リディアの実力は本心から認めているようでもあるが、共に行動をしていない場所でも常に勝利を掴み続けているとリディアに分からせた。
一歩踏み出しながら、それでもまだ何かを言ってくるのであれば本気では無いとは言え、手を出す事を警告する。
「別に疑ってませんからね? ですけどあのマチルダっていう女ですけど、あれは凄かったなぁって思ったんですよ。性格の方もですけど」
リディアは変に解釈をされたと感じ、ルージュにまずは一言、実力を下に見ている訳では無いと伝えた。決して手を出される事を怖がった訳では無く、純粋に違うという事を伝えたかったのだろう。
しかし、マチルダという今日あの基地で戦った竜人の女性の特に内面の方が印象的だった様子だ。
「それわたしだって思ってたぞ? 竜の血引いてるってのはまあ兎も角とりあえず怒鳴り散らしてりゃ強いと思われるって思ってる時点でもう駄目だろ」
マチルダの話をされてからルージュはやはりリディアがあの基地にいてくれていたおかげで状況が不利にならずに済んだと考えを改めたのか、左の肘だけを柵に乗せながらマチルダのあの場所での振る舞いを思い出す。怒声ばかりを見せつける事で強いと錯覚させる方法はやはりルージュには通用しなかったようだ。
「でもあれあそこまで性格が荒れてたのって所詮はあんな野盗の集まりみたいな場所にいるから、ですよね? 竜人だからとかは関係無いですよね?」
リディアは何となく感じたのだろうか。ルージュの考え方だとまるで竜人であるから人間とは異なる粗暴性を持ち合わせていると捉えているように聞こえた為、それに対して否定的な意見を出したようだ。
「野盗の集まりにいたら竜人じゃなくてもあんな態度になるだろ? まあ所詮は態度だけでわたしらの敵じゃなかったけどな」
その言い方であると、どうやらルージュは決してマチルダが粗暴だった理由が竜人である事と関係しているという考え方は持っていなかったようである。寧ろ野盗の集団に身を置いていたのであれば確実に性格も荒れるという考えはリディアと一致しているようであり、しかし態度の悪さを武器にした所でそれが必ずしも敵対者を打ち負かす事が出来る訳では無かったという考えもリディアと一致していたようだ。
「でも他の奴らだったら今回みたいにいけるかどうかは分かりませんから、警戒は必要ですよ? 私もちょっとピンチになりかけましたし」
リディアは今回戦った集団では無く、今後も戦う事になるであろう他の野党の事を意識していた様子であった。確かに今日の戦いでは勝利を掴む事が出来ていたが、背後にいるであろう他の仲間達が相手になった時にどのような結果になるか、それを不安に感じていたらしい。
やはりリディアは束縛を受けた上で地下に連れられてしまった為、常に優勢で戦い続けられる保証が無い現実も植え付けられていた事である。何か不安を感じたのか、再び柵に身体を向けた上で少しだけ俯いてしまう。
「そうだな。あういう連中って数でも結構やってくるからいきなり後ろからとかやられたりしたら不味いしな。それに変な実験とか研究してる連中も多いから負けた時の事もかなり怖い……ってお前も絶対思うだろ?」
リディアから注意を受けたような気分を感じたルージュは背中を柵に預ける形で寄りかかった。野盗の性質上どのような卑怯な手段も利用してくる為、それにかかってしまえばそこで終わりになってしまうと考えるとこれからも確実に生き残る事が出来るのかとやや不安を感じたのかもしれない。
何となく上を見上げ、夜空を橙色の瞳で捉えるが、自分の考えをリディアに共感してもらえるかどうか、その場で試す。
「まあそれも結構ありますね。相手の目の前で倒れたらもう何されようが相手の勝手、みたいな風になっちゃいますからね」
リディアも野盗との戦いで負けた後の事は何となく把握しているようである。やはり敵対者がいる場所で力尽きてしまった時は捕らえられてしまうと考えるのが今の戦いの世界で生きる者達の心なのかもしれない。
今は実験等の被験者として利用されている者達の話も聞くが、恐らくは戦いで敗れた上で捕まったのだろう。夜景は綺麗ではあるが、捕まった者達は下手をすると二度とそれさえも目に出来なくなる可能性すらあるのだ。
――離れた場所から聞き慣れた別の少女の声が飛んでくる――
「あんた達! 調べてもらってた飼育場所が判明したわよ! 再会の挨拶でも交わしてたんだろうけど、ちょっと来てくれる?」
室内に通じるガラス張りのドアは開いており、室内の方から歌手として通用させているような声色の少女がバルコニーにやってくる。
緑のノースリーブのブラウスと、同じ緑のロングスカートを着用した青い髪の少女が、2人を呼ぶ為にここにやってきたのである。
「おぉサティアご苦労! ちょっと今日の戦いの事でリディアと語ってたとこだったんだよ! それより、お前の情報網で分かった事があったみたいだな」
ルージュはサティアの姿を見るなり、柵から背中を跳ね上げるように離しながら、サティアに近寄る為に数歩歩き始める。
サティアもバルコニーに出た上でルージュ達の目の前にやってきた為、ルージュはその場で進むのをやめた。
「なんであんたがアタシの上官みたいな言い方になってんのよ……。そんな事より、まあいいからロビーの方に来てよ。マルーザだって待ってる訳だしさ」
サティアとしてはルージュよりも立場が下であるとは一切考えていないのだろう。面倒そうに言い返してから、すぐに本来伝えたい事に切り替えるように口調も気持ちも同じく切り替える。大切な話があるから、ロビーに集まって欲しいというのは確かな状況だ。
「調べてもらって助かります! とりあえずは話を聞かないと何も分かりませんからね」
リディア達の中で元々サティアに調べてもらうという話の中で、今の時間を過ごしていたという事なのだろうか。
明日はあの基地内で知った、魔物の飼育場所に行く事が決まっているのだから、場所の話を聞かないと明日の行動に支障が出るのは確かだ。バルコニーに来るまでの間は苦労を重ねていたはずなのだから、リディアは感謝せずにはいられなかった。
「リディア、お前とりあえずなんか喋ろうみたいな事はしなくていいぞ?」
ルージュは少しだけ嫌味のようにリディアを横目で見てやった。ルージュの隣で無言でいる事を気まずく思ったから、何か言葉を出すべきなのかと感じたと、そんな風に捉えていたようであったが。
「別にそういう気持ちで喋った訳じゃないですよ」
なんだか心に刺さるような言葉であった為、リディアは何だか慣れたような口調で言い返す。ルージュだからこその互いの承知を得ているかのような嫌味だったのかもしれないが、だからこそあしらい方も分かっていた、という事だろうか。
――3人はロビーへと向かう――
「来たねぇ3人組。一応相手はホントに手応えのある凶暴な肉食獣らしいよ」
ロビーに沢山存在した円形状のテーブルの内の1つに、赤黒い上半身だけの肉体を持った特徴的な姿の、声だけは女性の相手が位置していた。やってきた相手に対する挨拶の一環として右手を持ち上げ、そして調べていたであろう対象の特徴を、テーブルの隣にやってくる前に伝えて見せた。
そして特徴的な肉体の女性であるその人物のすぐ隣には、今日あの基地で救助した茶髪の長い髪の少女もいたのである。
「やっぱりそう来たのか。それとジーナも今日は一応お疲れさん!」
後数歩でテーブルに直接手を触れる事も可能になる程の距離の時にマルーザからの情報を受け取り、やや予想の通りであったかのような反応を見せた後、すぐに歩く方向をジーナの隣の場所へと向けた。
そして隣に座る直前にやや乱暴にジーナの右肩を、ルージュはやや乱暴に叩きながらそのまま椅子に座った。
「あ、はい……。でもお疲れって、あたしはただ捕まっただけでしたけど……」
ジーナはやはり相手は団長で目上の存在であるからか、何かのコミュニケーションの一種として肩をやや強く叩かれた事に対しては怒るような事もせず、まるでテンションそのものに置いて行かれているかのような口調で返事をする。そして、ジーナ自身は活躍らしい活躍をしたと自覚が出来なかった為か、今のような言い方しか出来なかった。
「それはお前があんな危ない基地の調査なんかしたからだろ? お前の勇気と度胸にお疲れって褒めたつもりだったんだけどなぁ?」
ルージュは部下を少しでも評価する方向で気持ちを持っていたのだろうか、捕らえられてしまい、一時はピンチに陥っていたが、原因なった部分を敢えて褒める事にしたのである。
危険である事を理解した上で調査の為に向かった心の強さを評価したようである。
「今日はとりあえずアタシ達と休んだ方がいいわね。他の子達は人数集まってるから大丈夫だと思うし、貴方は今日はここにいなさいよね?」
サティアもジーナの精神面と、そして肉体的な疲労の面でも心配する事があったのか、この宿で夜を過ごす事を改めて確定させる事を勧めた。
ルージュと向かい合う場所を座る場所として決めた上で、ジーナの仲間、恐らくはルージュの部下の者達を指していると思われるが、他の今ここにいない者達は単独では無いからこそ安全面でも心配は無いと感じたのか、ルージュの部下の中では1人だけになってしまっているであろうジーナをここで引き留める事を決めたのだろうか。
適当に空いている席に座るが、選んだのはジーナと対面する場所だ。
「はい、分かりました。ありがとうございます」
もしかしてジーナはここでルージュ達と共に朝を迎えるという話をしっかりとしていなかったのだろうか、まるで今ここで確定させたかのように返事と感謝をサティアに対して渡した。
「そういえばジーナも仲間の人がいたんだったっけ? その人達は全員無事……だったんだっけ?」
リディアはサティアの隣を座る場所として決めながら、基地でのやり取りの中でうっすらと聞いたやり取りの中から、ジーナ以外にもルージュの部下に当たる者達が存在する事を思い出し、出来るだけ命に危険が無かった事を祈りながらジーナからの返答を待った。
「それは、無事ですね。あたし一応皆を逃がす為に囮になったようなものでしたから」
ジーナの返答に嘘は混じっていないはずだ。どうやら自分が皆に逃げる時間を確保してもらう為に危険な場所に飛び込む事を決めたらしく、結果として一時的に捕まり、自身が危機に晒されていたようである。今は仲間達の中にいるからこそ表情は明るいが、ルージュ達の存在が無ければ今はどうなっていたのだろうか。
「リディア大丈夫だぞ? わたしもそうだけどこいつも仲間思いだから犠牲とかは出さないように徹底する奴だから安心しろよ? まあでも代わりにこいつがメッチャピンチになってたんだけどな」
今回のあの野盗とのやり取りで誰か犠牲者が出てしまったのかと心配になっていたであろうリディアに対し、ルージュは自分達の仲間での犠牲者は出ていなかった事を伝えてやった。ジーナの性格も把握しているようであり、誰かが命を落とすような事態そのものを回避させるように動いてくれる事もよく分かっていたようだ。
しかし、基地の中で捕まっていたのは事実であり、それを強調させるかのようにジーナの細い肩を狙い、やや乱暴にルージュは手を乗せた。
「仲間を大事にするのは凄くいい事ですけど、それで自分がやられちゃったらどうしよも無いですからね。所でルージュさんの仲間の方々ってこの町から離れた場所に今は居るって感じでしたっけ?」
リディアはルージュの行為によって気まずそうな表情を見せているジーナを視界に入れながら、実際にはルージュと視線を合わせながら、今この場にはいない他のルージュの仲間がどこにいるのかを聞こうとする。
「ああそうだな。もうあの基地の依頼出されてたギルドのある町……確かグリーンライトの町、だったか? そこに皆戻ってるから今から会おうとするとなるとまた苦労する羽目になるぞ」
返事は意外とあっさりとしたもので、リディアの予想の通りだったようだ。現在はこの町から離れた場所にある別の町にルージュの仲間達は滞在しているようだ。
「一応だけど明日行く事になってるあの飼育場所はグリーンライトの町より近い場所にあるから、時間がどうであったとしてもあの町に行くのはちょっと効率悪くなるわね。飼育場所の放置もする訳にいかないでしょうし」
サティアもルージュに付け足しをするかのように、今口に出した町へ向かう事のメリットの薄さを説明する。本来向かう予定となっていた魔物の飼育場所を超えて町へ向かう事になってしまう為、時間が勿体無いと感じたのだろうか。
「ジーナはとりあえず、今はわたし達といる方が安全だって事だね。基地であんな怖い目に遭わされてるのに、夜の時間からあの町に向かうつもりかい?」
マルーザは元々表情の変化が分かりにくい深紅の双眸で、隣にいるジーナを横目を見ながら淡々と言った。
もう外は太陽も落ちて闇が支配している時間である。別の場所で怖い思いをした上で、更に視覚的に怖いと思わせるような場所に単独で踏み込むのかと、疑うように聞く。
「いや、これから向かうつもりは最初から無いですけど……」
ジーナは気まずそうな表情を浮かべながら、グリーンライトの町へと足を運ぶ気持ちを持っていなかったと、マルーザの疑いを否定した。
「それは分かってるよ? まさか今から行くにして、わたし以外の3人も認めると思うのかい? 無理だろ?」
マルーザはジーナからの返答の結果を予測していた上でわざと聞いたのだろうか。しかし、ジーナ本人が本当に仲間達がいる場所へ向かう事を決心したとしても、マルーザ以外のここにいる3人の少女達がそれを妨げる事も何となく分かっていたらしい。
「さり気無く反応求めようとすんなよ……。まあマルーザの言う通りだわな。こんな夜から行かせるなんて危な過ぎるから駄目だぞ?」
ルージュは自分に視線を向けられている事を察知し、橙色の瞳を細めながらマルーザに今の言葉を飛ばした。しかし内容自体には肯定していたようであり、夜道を単独で進む事を認める気は無かった様子だ。
「いやルージュたった今本人だって向かう気は無いって言ってたでしょ? それより早くあの飼育場所の話させてくれる? 話随分脱線してたわよ?」
サティアはルージュに対し、ジーナの言い分を聞いていたのかと少し水色の目を細めた。しかしサティアには皆にこれから行いたい話があるのだから、そもそもこのロビーに集まる事になった本題を出そうとする。サティアの言う通り、確かに話は大きく逸れてしまっていたはずだ。
「わたしも同意見だけど、それぐらいの歳の女が集まったら大体そんな感じがお似合いだと思うけどね?」
マルーザの台詞であったが、表情こそは全く読み取る事が出来ないのだが、もしかして内面では笑いそうになっているのだろうか。唯一人間とは離れた、上半身しか存在しないその外見を持つ亜人からすれば今のやり取りはある種の娯楽のようなものだったのだろうか。
「そう思われてもまあいいですけど、また話が止まっちゃいますよ? 早く話に入りましょうよ?」
リディアは少なくとも自分は周囲から多少笑われてしまってもしょうがないような言動を普段からしている事を自覚しているのか、マルーザの言い分に反発する事はしなかった。しかしそれでもまた話がずれてしまう予感がした為、まるで話を本題に戻した代表にでもなったかのように口調をすっきりさせたようなものに正していた。
「まいいや、じゃあもう無理矢理にでも始めるわよ? えっとね、一応これ地図ね。さっきアタシが探知で調べたやつをちょっとマッピングしたんだけど、場所はここよ」
一方でサティアの方は少し苛々したような表情を、赤いフレームの眼鏡の裏で浮かべながら、まだテーブルの上に出していなかった地図を広げた。
その地図には簡略化された森や建物等が記載されていたが、川らしき枝分かれした部分をサティアは指を差す。
「そこ、かぁ。なんか川流れてるっぽいけど、河原が飼育場所のあるとこって事か?」
テーブルの中心に地図が置かれていた為、ルージュは両手をテーブルの端に当てながら身を乗り出すように地図を目視するが、サティアの指差した場所はただ指を差すだけでは無く、地図そのものにもまるで初めから皆に注目をしてもらう事を目的としていたかのように、丸の印で囲まれていたのである。
ルージュからするとその部分に川の絵が見えた為、何となく場所の風景を想像した上でサティアに聞く。
「まあそんな感じね。後はちょっと岩場でもあるわね」
サティアは小さく首を縦に振った上で、そして岩も多い事を伝えた。
「川の近くにあるって事は……飼育されてるのって水を泳ぐようなタイプだったりするんでしょうかね?」
リディアはすぐ近くに水源がある事と、飼育をされている魔物の特徴を関連付ける形で想像をしてみたが、水棲系なのかと、サティアに問う。
「そこまでは判断出来なかったけど、わざわざ川の近くに設けられてるなら、疑った方は良さそうね」
サティアの探知能力でも、魔物の性質や属性を認知する事は不可能だった様子だ。それでも水辺の近くを飼育場所に選んでいるのであれば、魔物も水を意識したような属性を秘めている事を前提に計画すべきかもしれないと皆に説明を渡した。
「一応聞いとく事にするけど、別に水中戦にはなったりしないだろうなぁ?」
ルージュは魔物が本当に水棲系である事を前提に考えたかったのだろうか、水辺である以上は水を前提になるような戦いになってしまうのかどうかを敢えて聞いてみる事にしたようだ。答えを全てサティアに委ねるかのようであった。
「それは……無いと思うわよ? まあでも水陸両用の魔物って可能性も否定は出来ないけどね」
任されつつあるサティアではあったが、確実な答えを見つけていない以上は返答も確実なものでは無かった。
考えてはみたが、水辺である以上はやはり連中も水に強い魔物を飼育しているのでは無いかと、何となく水棲系を想像しやすくなってしまっていたようだ。ルージュの影響と言うべきか。
「でもサティアさんって水辺での戦いって得意じゃないでしたっけ?」
水というキーワードにも近い単語が連続で続いていたからか、サティアのメインの攻撃手段である水属性の戦闘スタイルがリディアの頭に浮かんだからか、水中戦であればサティアにとって有利な状況になるのでは無いかと思ったらしい。
リディアは隣にいるサティアにそれを聞く。
「得意かどうか聞かれたちょっと答えにくいけど、まあでもアタシは水で戦うから水源が多い場所ならそれなりに有利に戦えるのは事実ね」
確かに水そのものを武器にするサティアではあったが、自分では得意であると断言出来る訳では無いようだ。ただ水を自分の武器として戦う技術自体は会得しているのは確かな話である為、自分にとって不利な状況を作りにくくする事は出来るようである。
「だけど得意じゃないって言うなら、水源があるから無敵っていう訳じゃないって事にもなるね」
それでもマルーザはどうしてもサティアの言い方が引っかかっていたようであり、やはり得意という言葉を多少なりとも否定しているとなれば、明日の戦いでサティアに頼りっきりで行くのは厳しいのかと、密かに戦略を考えていたのだろうか。
口調からしてサティアを突き放す様子では無いにしても、それは本人にどう伝わってしまうのだろうか。
「さり気無くアタシの力疑うような言い方しないでよマルーザったら」
流石にサティアも長く戦いの世界に身を置いていたからか、まるで弱いと思われるような見られ方は気分が良くなかったようだ。黄色いレンズの眼鏡の裏で、水色の瞳を少しだけ細めた。
「悪かったね。思った事を口に出したんだが、悪かったか?」
表情を変えず、そして周囲からも変わったかどうかの判別すら出来ないその表情で、マルーザは気持ちとしてはやや弱めとしか思えないような謝罪を渡すが、どうして思わず言ってしまったのか理由も喋ってしまうが、周囲はどう聞いていたのだろうか。
「あのぉマルーザさんまた状況悪化させちゃいますよ?」
リディアは、さり気無い発言が他の人間達に棘を刺す事が多いマルーザに対してトーンをやや落とした声を渡した。
「別にいいわよリディア。アタシそこまで落ち込んでも無いからね?」
しかし、サティアはリディアが思っている程深く棘を受け止めてしまった訳では無かったようであり、再びサティアはテーブルに広げている地図に視線を戻す。
「そ、そう、ですか?」
リディアは一応はサティアを庇ったつもりだったようだが、それでも何だか諦めるような表情をうっすらと浮かべていたサティアの横顔も一応確認していた為、少しだけ今後のマルーザとの関わり合いに関して心配の気持ちを抱いたのかもしれない。
――4人がハイディアの町の宿にいた頃であった――
太陽が沈み、暗闇のせいで地表の目視も難しい時間帯の中で、誰かが確かにそこにいた。
1つの岩が尖ったように地面から突き出ており、その先端を高台にするかのように位置していたその者の両目は光っていた。
「やっぱりここだったか……。夜はやっぱり環境が劣悪だなこりゃ」
壮年を思わせる男性の声であったが、暗視が効くのか、真っ暗であるはずのこの地帯を見渡しながら、この場の悪さを独り言で物語っていた。川が流れる音が自然世界の中に混じる形で聞こえていたが、暗視の力を使いながらこの場を目視していた男の目の前には、何やら周囲に怪しいガスを放出させている生物の姿があった。
暗くて確認は困難だが、煙が立ち上がっているのは事実であり、成分はどう考えても人体に無害とは言えないような雰囲気を漂わせていた。
「明日吾輩も突撃するか……。必ず終わらせてやるからな」
まるで何日も、或いはもっと前からなのか、この場所に存在する脅威を取り除く事を計画していたのだろうか。
しかし今は手を出す事が出来ないような環境であったからか、男は次の日に行動を起こす気持ちを維持しながら、高台代わりに利用していた、突き出た岩の先端から飛び降り、その場を去ってしまった。
次回はまた戦闘だと思いますが、その前に現地に到着して、それから、という描写になるので戦いそのものはまだかもしれません。それにしても最近は小説以外の娯楽が多いので……。




