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黒衣を纏いし紫髪の天使  作者: 閻婆
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第10節 ≪航空の過程で ~ふと蘇る祖父の最期~≫

お久しぶりです。今回はリディアの仲間であるミケランジェロの更に仲間から飛空艇を借りて、航空で目的地へと向かうという内容になってます。まあただ、今回はこの手にしては珍しいかどうかは分かりませんが、特に巨大な事件は起こらないかと思います。だけどそれだけでは単調だったので、過去の事柄をちょっとだけ組み込ませてみました。








         空を飛ぶのは、人類の夢の1つであった


         今は技術を使う事で、羽を持たない人類でも浮遊が可能である


         優秀な移動手段ではあるが、空は安全とは言えない要素が多い


         それでも、彼ら彼女らは空を進まなければならない








「さてと……出発だな。よし、フィーネ! 上昇させてくれ」


 薄紅色の薄手の開襟シャツを着た男性、エンドラルは飛空艇内の中央にある操縦席に座っている少女に1つの指示を与える。飛空艇に入るには下から垂れ下がった梯子を登る必要があるらしく、丁度エンドラルの隣に飛空艇の内部へ続いていた梯子が伸びているのである。


 その下には、恐らく他の仲間達がおり、そして登る準備をしてたり、丁度今、登っていたりする所だと思われる。


「所で、もう他の方々は搭乗なされたんですか?」


 操縦席に座りながら、そして背後に顔を向けながらエンドラルに1つの質問を渡す。もしかしたら、どれだけの者達が搭乗するのか、そこまでは聞かされていなかったのかもしれない。


 茶色の直綴(じきとつ)を纏った、緑色の皮膚を持つ男性が梯子から登ってくるのを確認したが、その1人だけが今回の搭乗者とは思えず、そしてまだ他に乗る者がいるのかを確認していると、また1人、今度はオリーブグリーンの髪の男性、今度は純粋な人間が登ってくる。




「あぁ、吾輩がいいって言ってるんだから、さっさと操作してくれ。住民達が嫌な顔してたからなぁ」


 フィーネと呼ばれた操縦の役割を請け負っている少女に対し、エンドラルは他に搭乗する者がいないのかどうかという質問には答えずに運転を急かす。飛空艇の内部では、エンドラルの指示が絶対的な存在となっているのかもしれない。


「本当に大丈夫なんでしょうね? じゃあ……上昇させますよ?」


 どこか眩しい緑の髪を右手で下に向かって伸ばすように触りながら、恐る恐ると言わんばかりに、ゆっくりと操縦桿へと手を伸ばした。眼鏡の裏にある赤い瞳はどこか不安そうであった。




「心配するな。あの者達は決して鈍くは無いからな」


 エンドラルは今にも笑い出しそうな表情で、フィーネへと言い放った。心配は無用だと言った所で、本当にエンドラルの言うあの者達が本当に鈍くないのかどうかは判断出来ないはずである。


 それとも、ミケランジェロの仲間であるから、多少の事態ではびくともしないと思い込んでいたのだろうか。


「えっ!?」


 既に上昇する為の操作をしてしまっていたのだろう。


 安全とは言えないような状況で、エンドラルの指示を鵜呑みにしてしまった自分をフィーネは責めていたのかもしれない。






*** ***




「さてと、早く私達も乗っちゃおうよ! ガイウスも凄いスピードで上に行っちゃったし」


 飛空艇は宿を出てすぐの場所に位置していた。実質的に出入り口を出てすぐ目の前に梯子が下がっており、それを登る事によってすぐに飛空艇の内部へと入れる状況が出来上がっていたのだ。


 既にミケランジェロとガイウスは搭乗しているようである。そして、ガイウスが一体どのような手段で登ったのかが気になる所だが、もうそれはリディアの記憶の中にしか存在しない。


 頭上に浮かぶ飛空艇を指差しながら、リディアはジェイクとメルヴィに言った。


「う……うん……。分かってるけど……」


 茶色のノースリーブのジャケットで華奢な体躯を包んでいるメルヴィは、キョロキョロと周囲を見ながら、黒いアームカバーに包まれた右手で下半身を押えていたのである。


 梯子には近寄ろうとしていなかったのだ。




「えっと、ジェイク君は先に登ってくれる? 少なくともメルヴィよりは先に、ね?」


 リディアはメルヴィの押さえている部分を見て、何を怖がっているのかを察知したようである。


 まるで少女2人を待っているかのように立ち止まっていた、赤いフードで顔面に深い闇を作り上げている少年こと、ジェイクに対し、僅かに怒りを込めたかのような尖らせた青い瞳を向けた。同時に指を真っ直ぐと、梯子に向ける。


「え? 僕が先なの? 後じゃダメなの?」


 もしかすると、自分が最後になる事で仲間達全員が飛空艇に搭乗したという事実を請け負う役を自ら選ぼうとしたのかもしれないが、恐らくリディアからは別の考えを想像されていたに違いない。


 ジェイクはリディアの睨むような視線に、思わず一歩下がりたいような気持ちになる。




「なんで私達より後から登る事前提になってるの? 変な事期待してないで、早く行ってくれる?」


 リディアは性別特有の勘のようなものを感じたのか、ジェイクの表情が悪趣味な笑いに近付いていた事に対し、飛空艇に向かって指を突き刺すように力強く向けた。声も徐々に怒りの交じったものへと変わっていた。


「ちょっとリディア! ジェイ君に怒るなんてしないでよ!」


 メルヴィにとってはジェイクとは長い付き合いであるようだ。まだ初対面であるリディアがジェイクに怒りの声を飛ばす事を許せなかったらしい。僅かに怖気付いていたジェイクの目の前に移動し、ジェイクの盾になりながらリディアへと言い返す。


 しかし、ジェイクの事を守る事を最優先で意識していたからか、逆にジェイクの下心らしき期待までには意識が向かなかったようでもある。




「だったら……じゃあなんでさっきからスカート押さえてたの? 私ある意味でメルヴィの為にジェイク君に先に行かせるように言ったつもりだったんだけど?」


 リディアは呆れたように青い瞳をメルヴィの目の前で細めながら、一度溜息を漏らしてしまう。今の台詞は、メルヴィの下半身の服装を見て言った言葉である。


 言われるまで自分の服装が後々にジェイクに対し、どのような影響を与えるのかを予測出来なかったのかと、そのある種の鈍さに呆れすら覚えていた可能性もある。しかし、リディアもメルヴィと同じスカートではあるが、リディアは問題は無いのだろうか。


「っていやいや勝手に変な事決めつけないでよ! 別にメルちゃんのパンツ見ようなんて思って――」

「いいからさっさと登れっつの!! どうでもいいからそんなもん!」


 ジェイクは女の子の前では確実に言ってはいけないであろう単語を口から出してしまった為、遂に耐え切れなくなったリディアによって乱暴に腕を掴まれてしまう。そして、無理矢理に梯子に向かって突き飛ばされてしまう。


 リディアも初対面の男子に対しては見せたくなかったであろう。自身の怒った表情と声なんて見せたくなかったし、浴びせたくもなかったはずである。勿論リディアにとっては女同士である以上、相手の下着なんかを見た所で何の価値も感じないのである。




「はい、いいから乗った乗った!! はい登って!」


 罵声を浴びせられ、梯子の前で立ち止まってしまっているジェイクを放置する事を、リディアはしなかった。その時のリディアの表情は少しだけ緩くなっていたが、それは自分自身が怒りの感情を露にする事を嫌っているからなのかもしれない。


 怒ってしまった事を多少ながら反省をしながらも、それでもやはりジェイクには先に登ってもらう為に梯子へと無理矢理に背中を押す。


「分かったよ……。押さなくても登るよ……」


 背中を圧迫されるその感覚を愉快に思う事の出来ないジェイクは、一度リディアへと振り向き、今度こそは梯子へと進む事を伝えた後に、ようやく手をかけた。




「じゃ……とりあえず次はメルヴィね。私の前に登って。私がその下から登るから」


 元々飛空艇が宿の出入り口の前で低空している為、周囲からの視線が多いというのに、その状況でリディアは大きな声を張り上げてしまった為、自身の肉体的な体力と周囲からの視線による緊張の影響で呼吸が乱れてしまう。


 それでもすぐに具合を整え、自分より先に梯子を登るようにとメルヴィに言う。


「でもこんな所じゃあ他の人が見るから……」


 服装による弊害は、何もジェイクだけから受ける訳では無かったようである。メルヴィはその他の人々の視線、特に男性のそれを気にしてか、梯子を登ろうとはしなかった。声も何だか今にも精神が砕けそうなくらいに弱々しくなっていた。




「だから私が一番最後に登る……っていうかメルヴィの事を覆うように私が下から登るって感じで行くから、それなら見られないからいいでしょ?」


 勿論全員が飛空艇に乗らなければ出発は出来ないだろう。


 リディアは大体分かっていたのか、メルヴィに対して両腕で身体を包み込むような動作を見せながら、どのような形で梯子に登るのかを説明する。


「それなら、見られないで済むか。でもリディアは大丈夫なの? あ、大丈夫だったっけ? 下に穿いてるんだったよね?」


 一瞬考えこんだメルヴィだが、安心感が脳裏に走ったからか、リディアの前で可愛らしい笑みを作り出す。だが、まだリディアを完全に信用しているという訳では無かったらしく、リディアの服装には弱点が無かった事を思い出すなり、まだ距離を置きたがっているかのような表情に戻ってしまう。




「ま、まあ私は大丈夫。そういう時の為のガードだからさ!」

(また一瞬冷たい視線が来たような気がしたけど……)


 リディアもメルヴィのように丈のそれなりに短いスカートを着用しているが、そう簡単には男どもの思い通りにさせないような対策をしているのである。ただ、如何にも嫌みを撒き散らすような言い方で短パンを着用している事を独り言として喋っている時にメルヴィに聞かれていた為、それを思い出されて冷えた目付きで見られてしまったのだろう。


 何とかして穢れてしまった過去を返上しなければいけないだろう。




「それより、早く登っちゃおうよ! 待たせるのも悪いからさ!」


 リディアは自分の髪色よりも濃い紫のスカートを押さえる理由は無いからか、メルヴィのように手を当てる等の動作も一切見せず、空に浮かぶ飛空艇に指を差しながら、メルヴィを見つめた。


「そうだね。じゃ、先に登るね」


 小さく頷いた後、メルヴィは飛空艇から降ろされている鉄製の梯子の横棒を右手で掴んだ。そして、その下からリディアも梯子を登ればこれで全員が登る事になる。いつまでも待たせる訳にはいかないから、登るにしても出来るだけ早めに登り切った方が良いだろう。




「さてと、私もじゃあ……ってあれ?」


 ジェイクの下心や、それを責めようとしたら何故かメルヴィに敵意剥き出しのような剣幕で怒られたりと、ただ登るという行動1つの為に色々とあったが、一息ついてからリディアも梯子に手を伸ばすが、梯子に妙な違和感を覚える。


 横棒の部分が上がり始める事に気付いたのだ。本来のその梯子は自動で上昇するタイプでは無いのだが、目の前で横棒の部分が実際に上へと進んでいるのである。


 そして、上から地面に伸びていた縦棒の部分も同じく上昇していたが、下部の先端部分が地面から離れていっていたのだ。それは梯子を連結させていた飛空艇が空に向かって登っている事を意味し、そして連結されていた梯子は当然のように地面から離れていっていたのである。最終的には、一番下の横棒がリディアの視線の高さにまで上昇し、そこでリディアは事の重大さに気が付く。




「って私まだ登ってないのに!!」


 しかし、気付いた時には目線の高さに一番下の横棒が映っている状態であった為、リディアは焦りながらも素早く跳躍し、その一番下の横棒に掴った。両手の握力だけで梯子にぶら下がった状態になり、そうしている間にどんどん地面から自身の身体が離れていく。




「ちょっ!! メルヴィ絶対離さないで! あの人なんでいきなり上昇させちゃうのかなぁ!?」


 メルヴィは足も梯子に触れた状態である為、リディアの数倍は安定感があるとは言え、やはり突然上昇されたのでは恐怖でしがみ付かずにはいられないだろう。


 リディアは自身の腕力だけで何とか次の横棒へと左手を伸ばし、そして足が梯子に触れる事が出来る高さにまで気合で登りながら、同じような危機に瀕しているメルヴィに注意を呼び掛ける。


 同時に、自分達の危機や苦労を考えずに上昇させたであろうエンドラルを恨めしく思ってしまう。




「うわぁああ何これ!?」


 リディアの呼びかけが聞こえていたのかどうかは不明だが、メルヴィも飛空艇の移動による反動や風圧で落とされぬよう、梯子を握る両手の力をより強める。手や腕以外にも力を込めているのか、膝等の関節部分の殆どが硬直状態になっている。そうでもしなければ、梯子から落ちてしまうと察知したのだろう。




(もしかして登るの遅かったからいきなり発進とかしたの!?)


 リディアは一歩でも踏み外せば命を落とすような場面を過去にも経験しているからなのか、意外とこの地面から遠く離れた上空の場所でも冷静に梯子を登るが、まだ地面に足を付けていた時のやり取りに時間をかけ過ぎていた事を後悔している。


 しかし、登り方1つの誤りで死ぬ可能性のあるこの場所で、一体誰が悪かったのかを分析している余裕は無いだろう。まずはメルヴィの硬直している場所にまで辿り付くのが先だと、全身に力を入れたまま、一歩一歩を慎重に登っていく。




「2人とも! 大丈夫!? ここまで来れば大丈夫だから頑張って!」


 梯子を登り切った先は四角い穴が開かれており、今は登り切っているジェイクが上から2人の少女を心配する声を張り飛ばしている。


 応援するのは悪い事では無いが、ジェイクは降りて自分が手助けをしようとは思わなかったらしい。寧ろ、一本しか伸びていない梯子で邪魔をしない方が2人の安全を(おびや)かさないで済むだろう。


「あぁ私達なら何とか! すぐメルヴィにも登らせるから!」


 心配する声を正確に聞き取ったリディアはメルヴィ超しにジェイクに向かって見上げながら、手も降らずに自分達が無事である事を伝える。丁度メルヴィを真下から見る形になっていた為、淡い赤の布が嫌でも目に入ってしまったが、女同士である以上は必要以上に見続ける理由は無い。


 寧ろ嫌悪感すらも覚えながらも、再び登り始める。




「とりあえず、メルヴィ頑張って登って! 私ちゃんと押さえてるから! ってかメルヴィが登ってくれないと私も登れないから!」


 ようやくメルヴィの背後に覆い被さる事が出来る所にまで登り、そしてリディアは決してメルヴィを置いてけぼりにはしないという事もすぐ背後から伝える。表情は見えなくても、背中を見るだけで全身で恐怖を表現している事を見破る事が出来た。


「う……うん……」


 今はリディアを信用しているのか、背後を振り向かず、梯子にしがみ付いたまま、小さく返事を返す。だが、メルヴィの恐怖に染まった表情はまだ穏やかにはならない。




「さてと、とりあえず登らない事には始まらないからまあゆっくりでいいから、登って! じゃないと私も登れないから!」


 足元は事実上、奈落の底と言っても良い状態である。落ちてしまえば、空を飛ぶ力の無い人間達に命の保証は無い。リディアもこのあまりにも危険な場所から早く離れてしまいたいと考えているはずだから、まずはメルヴィに再度、勇気を持ってもらうように頼み込む。


 風もそろそろ強くなっており、リディアのポニーテールが激しく揺らされている。


「わ……かった……」


 メルヴィのショートで纏められた萱草色の髪も風で揺れているが、その風は髪の魅力を伝える為では無く、今は2人を落とす為に暴れていると思っても間違いでは無い。


 初めて知り合った相手が用意した飛空艇で最期を迎える訳にもいかないのだから、メルヴィは勇気を振り絞り、次の横棒へと右手を伸ばすが、その時、横棒が僅かに光り輝き始めたのである。




――突然横棒の部分が淡い光と共に消滅し……――




「はっ……? 何これ……?」


 思わずぼそっと声に出したリディアであったが、影響を受けたのはメルヴィも同じである。掴んでいた横棒が光と共に消滅し、掴む物を失った2人に待つものは、勿論落下である。








――2人の身体が妙に軽くなり……――




「あぁあああ!!!!!」

「うあぁああ!!!!」


 母音しか含まない悲鳴を上げながら、リディアとメルヴィは遥か地上へ向かって落下してしまう。


 落ちる瞬間を飛空艇の入り口から見ていたジェイクは、物理的に光を放っているその両目を開いたまま、呆然としていた。




――勿論、黙って落とされる訳にもいかず……――




 リディアはすぐに右手を梯子へと伸ばす。勿論落下している以上は手で直接掴むのは不可能である。取った行動とは、それは掴む事では無く、手の先から自身の能力を発射させる事であった。


 今日は目覚めてからまだ体力を消費するような行動を取っていなかった為、この場で有り余るであろう体力を全部使い切るかの如く、電撃を帯びたロープ状のビームを梯子へと接触させる。


 残された左腕の使い道は1つである。対処手段を持っていないであろうメルヴィを掴む事である。リディアに対して背中を向けた状態の少女を左腕だけで持つのは、相当な負担なのは間違い無いが、今は左腕でじゃなければメルヴィを助けられない。


「!!」

「よし! これで大丈夫! メルヴィ危ないから変に動いたりしないでよ?」


 メルヴィはリディアの身体に覆い被さるように背中から落下していた為、リディアにとっても左腕で押さえ付ける事に苦労はしなかった。


 しかし、自分とほぼ同じ体重の人間を利き腕では無い方の腕1本だけで保持するのは、簡単な事では無かっただろう。ただでさえ腕から体力を振り絞る形で電気状のビームを放っているのだ。体力への負担は免れない。




(早く上がってくれないかなぁ……。ヤバっ……感覚無くなってきそう……)


 リディアの放ったビームは、梯子と自分自身を繋ぐ事は出来ても、それ以上の事は今の状況では出来なかったらしい。梯子は徐々に上昇している為、頂点にまで達してくれれば後は上から不安そうに見続けているジェイクが引き上げてくれるかもしれない、なんていう期待を無意識の内に抱きながら、ただ今はぶら下がり続けていた。


 メルヴィを掴んでいる唯一の存在である左腕に圧し掛かっているのは、リディア自身の体重とほぼ同じであろう女の子の重量である。メルヴィの外見は太いか細いかと聞かれれば、間違いなく細い方に該当するとは言え、それでも腕にかかる負担は無視出来るものでは無い。


 徐々に腕も痺れ始め、力を入れなければいけない事は分かっていても、力をどのように入れるべきなのか、どの方向に向けるべきなのか、それすらも狂い始めてしまう。だが、体力を理由にメルヴィを放す訳にはいかない。




「っておいおいジェイク。何呑気に眺めてんだ? 2人が同性愛に目覚めたらどうしようとか思ってたか?」


 不安そうに飛空艇の下を覗き込んでいたジェイクの隣にやってきたのは、ガイウスである。


 ガイウスはまるで何も把握していないかのような落ち着いた態度であったが、下を確認してリディアの姿を見た時に、ふと頭の中でジェイクをからかってやろうという思考が生まれたようである。


 メルヴィを掴んでいるリディアは、実質的にはメルヴィと密着している事になる為、ガイウスからすれば丁度良いネタになったのだろう。


「いや、ただ掴んでるだけだと思うよ?」


 ジェイクの返答は最もな形であった。決して同じ性別の者を愛しようと心で決めた訳では無いだろう。ガイウスの調子がおかしくなってしまいそうなノリにジェイクは僅かに目を細める。




「2人とも呑気に見てるみたいだけど、あの2人は大丈夫なのか?」


 飛空艇の出入り口に陣取る2人が気になったのか、ミケランジェロも出入り口へと歩み寄る。まだ登り切っていない2人の少女の安否は、ガイウスとジェイクだけが知っているようである。


「まあミケさん大丈夫みたいっすよ? リディアの奴、ちゃんとメルヴィの命守ってくれたみたいっすから」


 ガイウスは飛空艇の出入り口を指差しながら、2人が無事である事、そしてリディアの活躍を説明する。出入り口から吹き上げてくる風が、ガイウスの濃い緑に染まっているコートを揺らす。




「本当か? ん?」


 ガイウスの表情が余裕な雰囲気を見せていた為、ミケランジェロも特に重篤な状況を予想せずに出入り口を上から覗き込む。




――しかし、映ったのは、顔の下がった元気の無いリディアの姿であり……――




「不味いぞ。少し満身創痍になってる。梯子が登り切ったらこっちから引き上げないと無理だろうな」


 リディアは現状はぶら下がった状態である。ビームは維持されているが、右腕は伸びきっており、そして左腕だけでメルヴィを持ち続ける事による極限の疲労がリディアの意識さえも奪い取ろうとしていたようだ。顔は下を向きながら、荒い呼吸を漏らしている。


「結構冷静に体調なんて分析してるけど、登り切るまであいつの体力持つんすか?」


 ガイウスもリディアに集中してみるが、やはりミケランジェロの言う通りの状態である事に気付く。この場所では助ける事は出来ない為、まずはリディアの体力が持つのかどうかを何故か冷静な口調でミケランジェロに問う。




「お前だって分かってるだろ? あいつは根性だけは並の男にも負けないって言う事は」


 何故か笑い出しそうになっていたミケランジェロは、ガイウスに対して亜人特有の威圧的な形の眼をじっと向け続けながら、リディアの強さを言った。


「その男って、もしかしておれの事言ってませんかねぇ?」


 笑い出しそうになる感情をぐっと堪えるかのように腹に力を入れながら耐え抜いた後に、多少揺れたような声で尋ねる。しかし、ミケランジェロのその台詞だけでは、ガイウスに限定しているのかどうかの断定は難しいだろう。


 過去に何か比較を受けた事でもあったのだろうか。




「ガイウスに限定したつもりは無いが、どっちにしてもあいつは力尽きるような真似はしないはずだ。エンドラルもそれを分かって発進させたんだよ」


 ミケランジェロとしてはその他の男性を例えた上でリディアと比較していたつもりだったらしい。


 ガイウスには誤解されてしまったようだが、どちらにしても、リディアの体力はエンドラルでさえも認める数値があるようである。認められていたからこそ、無茶な発進が出来たのかもしれない。尤も、当の本人は満身創痍ではあるのだが。


「マジなんでしょうかねぇ? それ。とりあえず、引き上げてやりましょうよ? 丁度手が届く場所にまで来たみたいですし」


 それでも、ガイウスは自分と比較されたとしか思えなかったようである。要するにミケランジェロを疑っているのだが、梯子が近付いてきた為、それに伴いリディアも一緒に近付いてきたのだから、自分達の手で最後は飛空艇の中に入れてやろうと口に出す。


 ガイウスから見ても、やっぱりメルヴィが怖がっている事は察知出来たらしく、まずはリディアの左腕のおかげで命が助かっているメルヴィに右手を伸ばす。




「おーいメルヴィ、掴まれ。手は伸ばせるだろ?」


 ガイウスはメルヴィの頭頂部を凝視しながら、力強さを感じさせない声で呼びかける。伸ばされた右手はメルヴィを引き上げる事を保証してくれている。


「う、うん……」


 声に気付いたメルヴィはガイウスの伸ばされた右手を信じながら、自分も右手を伸ばす。互いに手首を掴む形になった事を確認すると、ガイウスはそのまま力任せにメルヴィを引き上げる。




「よっと。初っ端からなんか悪いな。エキサイティングな体験なんかさせちまってよ?」


 飛空艇の中に入り、ほっと胸を撫で下ろしているメルヴィの横顔を見ながら、ガイウスは気さくさの見える謝罪を言い渡す。だが、謝罪はしているはずなのに何故か相手が得でもしたかのような言い方になっているのはガイウスの性格からなるものなのか。


「あたしは……一応大丈夫だと思う」


 もう今は安全な飛空艇の中である。だが、一歩間違えれば命を落とすような状況から抜け出したばかりであるから、ただ一言、言うだけでメルヴィは精一杯だったようだ。うっすらと、白い頬に汗が滲んでいるのが見えた。




「まあそれぐらいのスリルに耐えられなかったらおれらに付き合うなんて無理だぜ?」


 あまり深い事を考える余裕すら無いのかもしれないメルヴィに対し、更に物騒な旅になる事を連想させるような発言をガイウスは飛ばす。今後も常に命の危険と隣り合わせの旅を展開させるのだろうか。


「兎に角僕としても安心だよ! メルちゃんが無事で良かったよ!」


 ジェイクはこれから予想されるであろうスリルのある旅の事よりも、自分の友達が無事に飛空艇に上がってくる事が出来た事実の方が大切だったようである。メルヴィの隣に駆け寄り、その独特な眼光で顔色を窺う。




「じゃ、無事に助かった訳だし、さっさと向こう行ってちょっくら休むとするか?」


 今後の旅の危険についてこれ以上話してもまともに相手をしてもらえないと察知したのか、ガイウスはズボンのポケットに手を入れながら、飛空艇の出入り口から離れるように歩き始める。その時の視線はジェイクとメルヴィには向けられてはいなかったが、声だけは2人には届いていた事だろう。


 ジェイクとメルヴィも賛成したのか、小さく頷きながらガイウスの後ろを付いていく。




「ってちょっと……ガイウス……なんで私の事置いてこうとするの……?」


 メルヴィを左腕だけで持ち続けていたリディアも、ようやく梯子を登り、飛空艇の中へとようやく入る事が出来たが、自分の事に対しては一切気にかけてくれなかったガイウスに対して、息の乱れた声で呼び止めた。


 隣では、片膝を立てて呼吸を整えようとしているリディアを心配そうに見つめているミケランジェロがいるが、ガイウスからも何かしら心配を感じさせるような言葉を受け取りたかったとリディアは思っていたのだろう。


「はっはっはー、うっかり忘れてたぜ!」


 振り向いたガイウスは、棒読みとわざとらしさを合体させたような笑い声を飛ばしながら、リディアの表情があまり好ましくない方向へ行くように操作しようとする。リディアの元へ戻ろうとしていなかった辺り、ガイウス自身も早く身体を休めたいと思っていたのかもしれない。




「ガイウス君の笑い方凄い作り笑い、だよね?」


 隣で見ていたジェイクは、何となくガイウスとリディアの関係を察知したような気分になる。作り笑いで返事をするとなると、余程の仲が保証されている証拠になると思われるが、この場ではリディアの事を庇おうという意識は湧かなかったようだ。


「あれ? ジェイクっておれの事君付けで呼んでくれるのか?」


 初めて自分の名前をジェイクから呼ばれたガイウスだが、敬称を付けられるのは意外だったようだ。


 しかし、ガイウスは今日初めて出会ったであろうジェイクの事は敬称を付けて呼ぶ気は無かったようである。




「ってガイウス……はぁ……はぁ……話逸らしながら行っちゃおうとしないでよ……」


 再び歩き出そうとするガイウスの背中を見ながら、リディアは呼吸を大きく乱しながらも呼び止めようとする。見捨てようとした事を問い詰めたいようである。しかし、立っている事が出来ないのか、未だに片膝を立てたままである。


 紫のスカートの中が見えてしまっているが、短パンを着用している為、見られても平気であるらしいが、疲労が限界に近付いている状況では、脚を閉じるだけの余裕も残されていないのかもしれない。


「所でリディア。お前は大丈夫なのか? 凄い息が切れてるが」


 ミケランジェロから見れば、どう考えてもリディアの様子は平気であるとは思えなかった。立ってすらいない状態で、そして尚且つ肩で深呼吸を続けているのだ。ミケランジェロも一緒に片膝を地面に付きながら、リディアとほぼ同じ視線の高さになりながら様子を伺った。




「あ、私は……大丈夫ですよ。やっぱり……ミケランジェロさんは私の味方なんですね。ガイウスとは大違いだよね」


 全員に見捨てられているという訳では無い事を痛感したからか、少しだけ元気が回復したような気持ちを覚えたリディアは呼吸を整えるなり、下がっていた顔を持ち上げた。


 ガイウスも決して見捨てているという訳では無いと思われるが、僅かなおふざけもせずにリディアの隣にいてくれるミケランジェロの存在が今はあまりにも大きかったと言えるだろう。


 ミケランジェロは体型に関しても、年齢に関してもリディアよりは確実に大人なのだから、もしこれでリディアをからかったりちょっかいをかけたりする性格を持ち合わせていたら、リディアから何を思われていたのだろうか。


「なんだよリディア。お前おれに見捨てられたら泣いちまうのか? それともおれの事まさか運命の相手だとか思ってたりするのか?」


 最後にぼそっと呟いたリディアの言葉は、ガイウスにしっかりと届いていたようである。


 リディアの表情が変化する可能性があるからか、それを期待する為なのかわざわざリディアの目の前にまで歩み寄る。明らかにからかうような言葉ばかりを並べている辺り、リディアの体調を想って近寄ってきたとは思えないだろう。




「もう……大丈夫かな? 別に私は泣くなんて事はしないし、それにガイウスは別に運命の相手だと思ってないし」


 ガイウスがふざけた対応ばかりを取っていたからか、リディアも対抗の為に乱れていた呼吸を無理矢理に整えさせる。ガイウスのからかいに逆らう為に、自分の感情が弱くは無い事を伝え、そして求めている異性という訳では無い事を手身近に説明した。


 相手はそれなりに鋭さと逞しさを備えた容姿と、そして人1人であれば確実に守ってくれるであろう戦闘能力を持っているものの、いちいち気に障るような事を口に出すような相手だと、それを運命の相手にしようとは思えないだろう。


 だが、身体に圧し掛かる、目に見えない重荷の重量がリディアの体勢を崩させようとする。


「リディアお前はもういい。ちょっと今は休んでろ。表情だけ我慢してても身体は正直なんだから、ゆっくりしてこい」


 ミケランジェロに体調の事を読まれていたようである。ガイウスとの言い合いを続ける体力も無いだろうと判断されてしまったリディアは、ミケランジェロに背中を押されながら、休憩室と思われる個室へと続くであろうドアの所まで歩かされた。




「そうですね。ガイウスのおふざけに構ってる余裕ちょっと無いかもしれませんので、ちょっと休んできます」


 ドアの目の前にまで辿り付いたリディアは、一呼吸を整えながら、ドアの向こうへと進む事を賛成する。とは言え、もう目の前まで来てしまっているのだから、ここまで来て断るのもおかしい話である。


 ゆっくりとドアノブに手をかけた。


「あぁ、そうしてこい」


 そのドアの先が休憩の場所である事は、もしかしたらリディアが登り切る前にミケランジェロの方で確認をしていたのかもしれない。


 しかし、ドアの向こうの事情をここでいちいち説明しても、リディアに苦痛を与えるだけである。今は1秒でも早く休ませるのが先であるから、リディアの方から質問等をされなかった以上は、もうそのまま通してやるのが一番である。




「お前さり気無くおれの事突き放す事言いやがんだなぁ」


 背後からはまたガイウスの声が飛んでくる。しかし、休まなければいきなり倒れてしまうかもしれないこの体調で、リディアは睨みつけるように背後を振り向く事しか出来なかった。


「煩い……」


 過度の疲れは僅かながらの殺気さえも交えさせてしまうようだ。体力が有り余っていたらもしかしたら殴りかかっていたかもしれない。


 リディアの本来であれば戦いとは無縁に近いような幼げな容姿とは裏腹に、今の目付きは相手に怒りを見せつけるに相応しいものだったが、リディアはすぐに視線をドアへと戻した為、ガイウスはそれを見逃していたかもしれない。




――リディアはドアの向こうへと入っていく……――




「やっべーなぁ、今ので好感度メッチャクチャ下がったかもしんねぇわ」


 本当にリディアから絶縁をされてしまったとしても、ガイウスは怖いとは思わないのだろうか。寧ろ、いつもの光景だとも思っているかのような、非常に余裕気な表情である。少し我慢をやめてしまえば、その場で笑い出しそうでもある。


 ドアを見つめながら、ポケットに手を突っ込んだ。


「ガイウス、そろそろもうやめておけ。リディアにちょっかいかけるのも程々にしろ」


 まだリディアの事を苛々させるような発言を続けるのかと感じたミケランジェロは、ガイウスの隣に寄りながら肩を引っ張った。


 ガイウスは男性であるから、当然と言えば当然であるがリディアよりは身長が高い。それでも、やはり亜人であるミケランジェロと並べば、身長差がハッキリと現れるようだ。




「あいつはそんなに(やわ)じゃないっすよ。おれはあいつの事分かっててやってますから、平気っすよ」


 リディアを理解しているからこそ出来るちょっかいだったのかもしれない。ガイウスの表情に焦りが見えていない辺り、リディアの体力が復活したらまた手を出しそうな様子である。


 ドアを眺めながら、さり気無くリディアの精神的な強さを褒める。


「リディアの忍耐力のテストでもしてるつもりか?」


 勿論深い意味が無い事くらいはミケランジェロでも理解はしていただろう。だが、ガイウスのやり方はミケランジェロにも無視をさせない妙なオーラが漂っていたのだろう。




「ミケさん地味に上手い事言うんすねぇ。そんじゃ、おれはちょいあのカップルに絡んできますわ。出来るだけ馴染んでもらった方がいいと思いますし」


 返事の仕方が巧みであると感じたのか、恐らくは喜ぶ気にはなれないであろう称賛を渡すガイウスだが、今日初めて出会った相手との親交を深める事を忘れようとはしなかったようだ。


 一旦はミケランジェロの場所から離れ、飛空艇の窓を一緒に長めているジェイクとメルヴィの元へと駆け足で進み始める。




「勝手に行きやがったか……。じゃあオレは、エンドラルと、だな」


 リディアと比較すると、ガイウスの態度は礼儀が整っているとは言い難い。ミケランジェロの返事すらも聞こうとせずにある意味で自分勝手に歩き出したガイウスを、ミケランジェロは黙って見続けていた。


 折角再会した嘗ての仲間であるエンドラルである。ミケランジェロだって、したい話があってもおかしくは無い。思い出せば、リディアの誤解を解いてやらなければいけないから、説明もしなければいけない。


 勿論その話だけで終わらせるつもりは無いだろう。とりあえず、今は操縦席の横に立っているエンドラルの元へと行く事が必要であった。




*** ***




「だろうと思ったわ。まあ大体は予想はしてたんだけどな」


 飛空艇の窓の外を眺めていたエンドラルは、黄色に染まった目を隣にいるミケランジェロに向けようとする。窓の外に見えるのは、青い空とうっすらと白の色を映し出している雲である。


「済まないな。ここで弁明させてもらわなかったらまたリディアの奴が煩いからな」


 恐らく、ミケランジェロはここでリディアの誤解を解こうと話をしていたのだろう。だが、エンドラルの態度を見る限りは、リディアの件を信じてくれたのだろう。決してリディアが飛空艇が墜落する話を最初に持ち出した訳では無いという事を。




「でもお前の所は羨ましいよな。フィーネは真面目過ぎて突っ込みを入れる隙も与えてくれないんだぞ?」


 エンドラルはリディアを欲していたのかもしれない。リディアの褒めて言えば明るい、悪く言えばやかましい性格を妙な形で評価し、そして本来は素直に褒められるべき性格を所持しているはずのフィーネを悪く言い出してしまう。


 丁度操縦席がエンドラルとミケランジェロのすぐ後ろに配置されているのだが、2人のやり取りを聞いているはずのフィーネは一切口出ししようとはしなかった。自分の事を言われ、複雑な表情を作るが、大人の話を邪魔する訳にはいかないと思っていたのか、操縦に集中する事を継続させている。


「オレはあいつと漫才やってる訳じゃないんだぞ……? もう少しあいつには大人になってほしいんだが」


 傍から見ている分には面白いやり取りに見えているのかもしれない。だが、ミケランジェロは自分自身がリディアと向かい合う立場である。自分の言動1つで彼女側の対応も変わってくるし、相手からの対応に関しても、それを自分で処理しなければいけない。


 エンドラルの反対側に一度視線を向けてしまう。すぐに視線はエンドラルへと戻したが。




「まああの歳だったらあれぐらいが可愛いだろ? 何歳だっけ? 確か16だったか?」


 エンドラルの見方では、リディアは外見だけでは大人とは判断しにくいものがあったらしい。子供の年齢であるからこそ、許される言動がある事も理解しているようである。


 年齢を確認するが、それは正解なのだろうか。


「今年で17って言ってたな。リディアの奴は一応あれでも大人になるように頑張るって張り切ってるけど、あの調子だとまだまだ先の話だな」


 僅かに間違っていたらしく、ミケランジェロによってその場で訂正される。いや、現在の年齢を聞いていたのであれば、16歳で正解だったのかもしれない。


 それよりも、ミケランジェロの脳裏に浮かんだのは、精神的に成長する事が出来るように張り切っていたリディアの姿であった。さり気無く両手を握り締めていた仕草も思い出してしまうが、それが妙に可愛かった事は口には出さない事にしたらしい。




「精神年齢の方はこれから先でいくらでも磨けるだろ? それより、戦いの方では心配事は無いのか?」


 エンドラルはリディアを信じていたらしい。しかし、次に気になったのは心では無く、肉体の方だった。魔物等と戦う機会の多い旅では、実際の戦闘能力の方が大切だったりする。戦闘の方で余計な負傷等をしていないのかどうか、それもここで聞こうとする。


「それに関しては問題は無いようだ。なんだかんだでいつも生き残ってるから」


 リディアの戦闘能力はミケランジェロも理解はしているが、最後の言い方は少し考えた方が良かったかもしれない。


 適切な戦闘手段を用いる事で生き延びているのでは無く、何かしらの偶然があって生き延びているという風にも聞こえてしまっただろう。




「その言い方だといつもギリギリの戦いをしてるように聞こえるが、気のせいか?」


 違和感を感じたからか、エンドラルは黄色一色の眼を細めながら、問い質そうとする。


「気のせいだと思うぞ。それに、単独だと全部の状況を自分1人で片付ける必要があるから、結果的にギリギリになるだろ?」


 何故か前後の言い分で噛み合わないような言い方をしてしまうミケランジェロである。気のせいなのか、気のせいでは無いのか、よく分からない言い方ではあったが、いずれにしてもリディアの戦闘手段を評価していると信じても良いだろう。




「じゃあ結局はギリギリでいつも戦ってるって事だろ……」


 エンドラルの解釈だと、どうしても無理矢理に勝機を開いているとしか思えなかったようだ。喉の奥から笑いが零れそうになったが、ぐっと耐える。


「そういう事になるな」


 エンドラルの解釈が正しいと感じたのか、ミケランジェロは特に否定も、回りくどい返答もせず、真っ直ぐにそれを認める。




「だけど今は仲間とも合流出来たんだから、場合によっては仲間に泣き付いたりも出来るようになって安心しただろうなぁ」


 僅かながら下心を出してしまったのかもしれない。


 女子の弱さを見せる所を想像したのだろうか、みっともないであろう姿を見せる事があるのかどうかをミケランジェロに問う。


「合流出来たのは嬉しいと思ってるけど、あいつは誰かに泣くなんて事はまずしないと思うぞ?」


 言われた言葉に対し、1つ1つ適切に対応しようと考えたのだろう。ミケランジェロは特に表情を変える事も無く、仲間と出会えた事が喜びである事には変わりないと説明し、そして、リディアの感情はそこまで弱いものでは無い事もここで説明した。憶測のようにも聞こえるが、大体は合っていると思われる。




「泣き付くってのは言い過ぎたかもな。だけどリディアだって泣く時はあるだろ? 誰かが死んだりでもしたら」


 泣き方は確かに人それぞれであるが、エンドラルはリディアの性別を意識した上で、やはり涙を見せる時はあるのでは無いかと、ミケランジェロから確実に聞き出そうとする。腕はいつの間にか組んだ状態になっていた。


「いや、それだけど、あいつは誰かが死んでも泣かない性格だぞ? 勿論冷たいっていう意味じゃないが」


 僅かだが、ミケランジェロの表情に難しいものが交じり込んだ。まだその話は聞かせた事が無かったのだろうか。それを今初めて気付いたかのように、手短に伝える。そして、誤解を招かぬよう、感情が無い訳では無いという事も一緒に伝える。




「泣かない……だと? いきなり話が大袈裟な方向に進んだ気がするが、お前実際にその場にいた事があるのか?」


 信じがたい話だったのかもしれない。もしかするとエンドラルは知人や親族が亡くなっても耐える事が出来る者を見た事が無かったのかもしれない。リディアの性格を深く知る為には、ここはよく聞いておいた方がいいだろう。


 黄色一色のその目に真剣さが灯る。


「あるぞ。丁度あの時は、そうだな。リディアの祖父が亡くなった時だな。もしかしたら……とは予想してたんだが、あいつは他の女子とは違ったみたいだったんだよ」


 途中で窓越しに空を、視線を上に向けながら思い出し、ミケランジェロ自身もリディアの性格には驚かされたかのような当時の感想をここで述べた。







――◆◆  ◆◆――




―― 確か5年ぐらい前だったか? ――


―― リディアが12歳の時だったな。祖父の死に目に会ったのは ――




 町の病院だったな。オレも一緒にいたが、今でも覚えてる。時間は確か夜中になろうとしてた頃だったな。


 ベッドで死に際にリディアの顔を撫でながら、最期の言葉を渡してた所をな。




「悪い……もっと……お前と……一緒に……いたかった……」


 それが祖父が力を振り絞ってリディアに渡した言葉だった。リディアの頬に左手を伸ばしてたが、力が敵わなかったのか、リディアに押さえてもらう形で頬を撫でてたな。


「それは私だって同じだよ。だけど……今だから言うけど、今までありがと! 私のお爺ちゃんでいてくれて!」


 祖父の手を無理矢理自分の顔に押し付けながら、リディアは笑顔を崩さないでずっと祖父の目を見つめてたんだよな。


 この時は12歳だったから、今よりもずっと子供っぽい顔立ちでこの頃から髪型はポニーテールが好きだったみたいだ。それより、祖父に心配させないようになのか、妙に明るい態度を続けてたんだよな。




「わしも……お前が孫で……良かったよ……母さんと……仲良く……やってくれ……よ……」


 ま、リディアが孫だったら多分、嫌だったなんて言う人間はいないだろうな。性格も曲がってる所はこの頃も無かったと思うから、誰だって幸せだって思うだろう。


「分かってる。母さんに会えた時はちゃんと爺ちゃんの事は説明しとくから。勿論私から。ね?」


 最後の余計な念押しは必要無かったと思うが、少しでも祖父に誤解を招きたくなかったんだろうな。そういう所もリディアらしいし、それと、この頃は確かリディアの母親は行方を暗ましてたんだったな。


 自分の祖父が亡くなるっていう時に、女の子ってここまで冷静でいられるものなのか? と当時は思ったもんだ。




「分かっ……た……任……せ……た……」


 その言葉を最後に、祖父の左手の力が抜けたんだったな。リディアは押さえ続けてたから、力が完全に無くなったのを素早く察知したんだろう。


「爺ちゃん……爺ちゃん!?」


 流石に目の前で命が尽きる瞬間を見れば、いくらリディアでも一瞬とは言え取り乱すのか。


 だけど、その後に医者から臨終を迎えた事を目の前で伝えられても、リディアの奴、一切泣く事も無く先生に対して、今までお疲れ様でした、なんて言ってたんだっけな。




―― ◆◆  ◆◆ ――








「随分逞しい根性だなぁ。やっぱりその祖父とは凄く仲は良かったのか?」


 ミケランジェロから聞かされていた話であるが、エンドラルは当時の様子を聞かされただけで、リディアの精神の強さを簡単に理解する事が出来たようだ。それに、簡単には切り離す事も破壊する事も出来ないであろう太い(えん)で結ばれていた祖父の死を目の前にしても取り乱さなかったのだから尚更である。


「そうだな。リディアはもうあの頃は両親がいなかったから、あ、別に死別したって訳じゃないが、両親が不在になってからは殆ど祖父に面倒を見てもらってたからな」


 祖父とリディアの関係をミケランジェロは説明した。


 どうやら祖父が親代わりとして、リディアの面倒を見ていたとの事で、そして、決してリディアの両親はまだ亡くなっている訳では無いという事も間に挟むようにして説明する。相手によっては勘違いする可能性もあるだろう。




「だったらもう殆ど親みたいな存在だったんだなぁ」


 リディアの生活の面倒を見ていたというのであれば、それは実質的には親という扱いをしても間違いでは無いだろう。


 どのように祖父がリディアに接していたのか、それを想像するかのように、エンドラルは窓超しに空を見つめていた。


「そういう事だな。だけどあいつは世話になった相手には絶対迷惑をかけたくないっていう理由で絶対に泣いたりはしないんだよ」


 ミケランジェロもその意見には否定はしなかった。


 そして、リディアは相手が恩人であるからこそ、余計な不安を与えたくないという信念を持ち続けているようである。






――休息中の少女の脳裏に浮かぶ、過去の記憶があった――




 雨の中で、墓石の前で傘を持ってしゃがみ込む少女の姿があった。紫の髪をポニーテールにしたその少女は真っ直ぐと、墓石を見つめていた。


 背後にはまるで少女を見守るかのように、大勢の人々が立っていたが、墓石の前でしゃがんでいる少女との共通点としては、全員が黒い服を着ていたという事である。


 それは喪服を意味するものであるが、墓石の前にいる理由はただ1つである。それは火葬され、骨となった祖父がこの墓の下に埋められた為、ここで最後に祖父を安心させる言葉を渡そうとしていたからだ。




「今まで……ありがとね。えっと、まあ私は大丈夫だから。タムズ君もいるから少なくとも生活には問題は出ないから。それじゃ、爺ちゃん、さっきも言ったと思うけど、今までありがとね。これからは、ゆっくり休んでね」


 そこにいたのはリディアである。幼い頃も髪型は現在と変わっていなかったようではあるが、心の強さは年少の頃から備わっていたらしい。


 微塵も泣く様子を見せる事も無く、多少言葉には迷いが生じていたものの、最後まで無事に言い切り、すっと立ち上がる。


 きっと、背後でリディアを見守っていた人々の中には、リディアの乱れていない表情に驚いている者もいた事だろう。




――ここで、ようやく少女は現実へと呼び戻される――




 室内に設置されていたソファの上で仰向けになっていたリディアだが、目を開いてすぐに、上体を持ち上げる。




「んん……。変な夢……見ちゃったかな……」


 変な夢というのは言い過ぎだろう。大事な人間の最期を見届ける所を思い出したのだ。嫌な思い出だったのかもしれないが、それは変とは言うべきでは無いだろう。


 だが、祖父を思い出すような環境に出会っていなかったのにも関わらず、祖父が関わった夢が唐突に現れた為、その際に生じた違和感がリディアにそのような感じ方をさせたのだろう。


「自分の爺ちゃんが死んでよく私、あの時耐えられたよね」


 恐らく、今でも祖父がベッドの上で息を引き取った瞬間をはっきりと覚えている事だろう。そして、墓石の前で最後に言葉を渡した事も忘れていないはずである。ここでもやはり涙を見せる事は無く、それでも、自分の妙な精神の強さに疑問を抱いているようである。


「あれ? そろそろ到着……したのかな?」


 飛空艇が下降しているのだろうか。自身の身体も下に向かって引っ張られるような独特の圧力を感じていた為、降りる準備をすべきなのかと、さあソファから降りようと心の中で意識したその時だった。




――突然ドアが開かれ……――




「おいリディア到着したぞ。いつまで寝てんだバーカ」


 入ってきたのは、オリーブグリーンの短髪の男、つまりはガイウスである。言葉だけを見ると僅かな暴言として見て取れるが、表情はうっすらと馬鹿にしたかのような笑みが交じっており、相手がリディアだからこそ許される発言だったのかもしれない。


「あぁやっぱり到着した……って、なんでいきなりバカって言うの!?」


 入ってきた人間の顔を見れば、リディアでもそれがガイウスである事は理解出来たし、そして自分の予想が間違いでは無かった事もここで知る事が出来た。ただ、当然のように侮辱の意味も交じっているとある単語を無視する事が出来なかったようだ。


 怒りに任せるかのようにソファから乱暴に身体を横へと転がすように飛び降り、身体に染み付いていた眠気を無理矢理引き剥がしながら真っ直ぐ立ち上がった。




「直感で言っただけだ。いちいち追及なんかすんなってうるせぇ奴だなぁ。もう着いたんだからさっさと出ろ!」


 リディアが怒り出してもまるで動じる事は無かった。もう既に慣れているのだろうか、理由として相手が納得するとは思えないようないい加減な言い方で済ませた後、入ってきたドアに向かって指差しながら、再びドアの元へと歩き出す。


 何故かリディアの方が先に悪さをしたかのような言い方も何だかガイウスらしいのかもしれない。


「じゃあ着いたなら普通に着いたって言えばいいじゃん……。なんで苛々させるような言い方ばっかりするんだろ……。あぁあ~」


 ガイウスは聞こえていたのか、或いはわざと聞こえないフリをしていたのか、リディアの愚痴には反応せずにドアの外へといなくなってしまう。


 台詞の通り、苛々を混ぜた溜息を漏らすなり、リディアも状況の流れに合わせるかのようにドアへと進む。今は進むしか無いのである。進まなければまず飛空艇を降りる事も出来ないし、部屋を出る為の入り口もそのドアしか存在しない。


 ガイウスに何を言われたとしても、そのドアを通らなければ未来は無いのである。




「リディアやっと起きたのか。それと、ライムの町が今盗賊団に襲撃されてるらしい。確実に戦闘になると思うから、油断はするなよ?」


 ドアを出たリディアの目の前に、まるで立ちはだかるようにミケランジェロが立っていたのである。


 そして、飛空艇を降りた後に向かう予定になっていた町の惨状を聞かされたのである。

大抵のフィクションだと空の怪物等に襲撃されるという場面も多いかと思われます。ですが、今回はそういうシーンは敢えてやらないという選択肢を取ってみました。その代わり、飛び立つ際の不慮のハプニングと、リディアの過去を導入させて頂きました。特に激しい展開が無い時に、ちらっと過去を映すのが自分のやり方だったりします。

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