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○と十  作者: 心野 想
9/36

【99+P】

 ジ―――――――――。


 その時、Pに意識を向けました。録画音が鳴っています。そういえばしばらくの間Pの存在を意識していなかったことに気づきました。録画音の存在もすっかり忘れていました。ずっと鳴っていたっていうのにおかしいな……最初のころはあれほど気にして意識してムカムカしていたっていうのに……


「ピッ」


 その場に立ち止まったままでいると、Pが再び鳴きました。Pの唇から音が発されると、それに合わせて左折の標識がニョキニョキと現れます。


 なるほど、やっぱり立ち止まった時は基本的にそういうパターンなわけか。


 左折の標識の出現の仕方にはパターンがあることにはかなり前から気づきはじめていました。

 現時点で分かっているのは以下の三つです。


 ①左折の標識は何十歩か毎に、Pの合図で現れる。

 ②無視して歩いていると、標識の出現数が増える。

 ③立ち止まると標識が出現する。いつまでも歩かずにいると、標識が増殖し、一枚の壁となって歩みを妨げようとする。 


 そこまで考えて、いやいや、今重要なのはそこじゃない。ボクはチャンネルを変えるように頭を切り替えました。今考えたいのは、Pという存在の意味です。


 Pは自分にとって決して気持ちのよい存在ではない。これは確か。

 問題は、Pが標識を出すのはどんな目的なのか、だ。

 もしPが危険を知らせようとしてバッテンを出したのなら、Pはボクを、少なくとも歩行者の安全を目的にしている可能性が出てくる。とすれば左折の標識も安全な道を教え、危険な道を回避させるものだったのではないだろうか。


「ピッピッピッピッピッ」


 唇も目もイヤなヤツだった。

 でも今は最初ほどイヤじゃない。


 目玉はじっとボクを見てくるし、ボクの行為を撮り続けている。

邪魔ではあるけれど、かといって危害を加えてくることもない。

録画音だって状況次第では忘れていられる。

 忘れていなくても、慣れてしまえば大して気にならない。


 唇もボクの歩みを邪魔するし、何かとイヤな存在だ。

 でも唇の出す標識を無視したら恐ろしい目にあった。

 唇は邪魔をするけれど、邪魔をするために標識を出しているわけではない。


 Pに対して感じることが変わっていく。

 でもPが変わったわけじゃない。

 ボクを取り巻く全ての状況だって何も変わっていない。

 変わったのは…………ボク?


 ティラリン。


 その時、ベルが鳴るような音色が頭の中で鳴りました。

 その音に、悪い予感とは正反対のいい予感(・・・・)がして、ボクは思考を更にポンポン押し進めました。


 Pなんて邪魔者、そう完全に決めつけていた。

 だってボクの味方とは言えなかったから。

 けれども完全な邪魔者とも言い切れなくなった。

かといって味方とも言い切れない。

 Pは本来、ボクの邪魔者でも、味方でもない。

 しかしボクの意識次第で邪魔者にもなり、味方にもなる。

 だからPは邪魔者であり邪魔者ではなく、味方であり、味方ではない。

 全てはボク次第だ。


 ティラリラリーン♪ 


 再び頭の中で音が鳴りました。

 そして、それをきっかけにPに大きな変化がありました。

 ボクの周りを回っていたPの動きが、突然停止したのです。

 停止したPつまり目玉と唇は、まるで実体をなくしたかのように半透明の 姿になりました。よく見ると、点滅もしているようです。

 目玉と唇それぞれの、すぐ下に横長のバーが出現し、その更に下にパーセントの単位の付いた数字が表示されると、その数字が少しずつ上昇していきました。


 ……37%……52%…………75%………


 数字が増えていくにつれ、透明のバーが徐々にグリーンに染まっていきます。


 ……89%……97%………………99%


 数字が100%になると、バーは完全にグリーンに染まりました。

 すると半透明だった目玉と唇が縮小し消滅しました。

かわりに角の丸い二つの正方形がそこに出現しました。その中には、正方形に収まるように縮小され、形もシンボライズドされ、色もカラフルな原色にペイントし直された目玉と唇のイラストが描かれていました。

 それは目玉と唇のアイコンでした。アイコンの下の部分にはそれぞれ【目玉】と【唇】という文字が表示されています。


 二つのアイコンはクルクルと縦に回転しながらボクの元へ、まるで誰かが投げたみたいに、上に凸のカーブを描いて向かってきました。

 ニュッ、ニュッ……右の手の平に異物が侵入してくる感覚がしました。


 わっ。


 とっさにボクは手を激しく振りました。

 手の平を見ると、パチンコ玉でも入ったかのような盛り上がりが二つできていました。

 二つの盛り上がりはしばらく手の平をうろうろした後に、同じ方向に向かって移動をはじめました。手の中を異物が動くのは、痛みこそありませんでしたが、気分のいいものではありません。

 二つが向かう先には小指と薬指がありました。二つは分岐点で別れを告げ、一方は小指に、もう一方は薬指へと向かいました。そして付け根から指の中に侵入すると上へ上へと上っていきました。

 指先まで到達すると、盛り上がりはそこで溶けるように消えていきました。異物の成分がシュワーッと指全体に広がり、手の平にまで降りてくる感覚がありました。

 異物感が完全に消え去ると、手の甲側の指の付け根に古代文字のような記号が浮かび上がりました。


 小指の付け根に描かれているのは目玉でした。

 薬指の付け根に描かれているのは唇でした。


 ボクは小指と薬指をクイクイと動かしてみました。

 曲げた指の先端が手の平にトン、トンと触れた時、指の中から、それぞれ目と唇が出現しました。先ほどのようにボクの周りを回っています。

 ボクは再び同じ動作をしてみました。トン、トン。

 すると出現したPは再び指の中に吸い込まれて消えていきました。

 

 一体これはどういうことだろう。


 確かめるために、ボクは実験的に指を色々と動かしてみました。


 すると次のようなことが分かりました。


 小指で手の平をトントンと叩くと、目玉が現れる。

 薬指で手の平をトントンと叩くと、唇が現れる。

 両指で同時に手の平をトントンと叩くと、目玉と唇すなわちPが現れる。

 Pが現れた状態で手の平をトントンと叩くと、対象は再び指の中に戻る。


 ボクは目玉と唇を自由に出したり消したりすることができるようになったのでした。

 ボクは指を動かして、Pを引っ込めました。別にいてもそんなに気にならないのですが、だからといっているよりはいない方が気楽だからです。


 ボクは再び歩きはじめました。



【これまでの内容をセーブしますか? →はい ・ いいえ】



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