表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
○と十  作者: 心野 想
8/36

【99×P+×】

 立ったまま目を、覚ましました。

 ボクが立っていたのは、∞に広がる真っ暗な世界でした。


 ここは……


 と、その時、視界に何かが横切りました。目で追いかけて正体が分かると、はっとしました。


 Pでした。


 あれ、ボクはどうなった?

 ボクはさっき起きた出来事を思い返しました。


 歩いていて、Pに出会って、金網に閉じ込められて……その後どうなったんだっけ?

 ええと、やばいこのままじゃ轢かれると思って、でも壁だけだと気づいて、まん中ならすり抜けられると思って、でも壁だけじゃないと気づいて…………

 二枚の壁の間にピアノ線のような糸が縦横無尽に張り巡らされていて、あっ、やばいと思って…………

そこから先を覚えていない。


 どうして思いだせないのだろう。こんなこと初めての体験だったので、ボクは不思議でなりませんでした。なんだか長い間眠っていたようにも思えるし、ついさっきまで線路の上にいたようにも思える。意識がない間に、何が起こったんだろう。

 右手であごを支え思考を巡らせていると、やがてPの録画音に意識が向きました。


 ジ――――――――。


 Pは相変わらず、ボクの手が届かない距離を保ちながら、グルグルと回っていました。

 ボクは首を回しながらPを見ました。

 そしてしばらく腕を組んで思ったのは、おそらくこのまま立って考えても答えは出ないだろうということでした。

 答えが出ないならこのまま立っていても仕方がない。

 ボクはひとまず歩くことにしました。歩いていればやがて考えの方も答えに向かってポンポンと進みはじめるだろう、過去の経験からもそう思いました。


「ピッ」


 足を前に出すと早速Pが鳴きました。ボクはドキッとして反射的に立ち止まりました。少し先にニョキニョキと標識が現れます。左折をうながす青の標識でした。

 左折の標識だと分かってボクはホッとしました。そして考えました。ここでもし左に曲がったら……

 ボクは左を向いてみました。

 目の前には果てしない闇が∞に続いています。景色という点ではまっすぐの道と何ら変わりません。


 こっちに行けばさっきの道よりも安全なのかな……


 ボクは胸に手を当てて目を閉じました。手の平にハートの静かな鼓動が感じられます。この感触は生きている証です。心臓が全身にエネルギーを送りだすポンプの役割を担って、どんな時も決して休まずに働き続けている証。

ボクは目を閉じたまま、足を一歩前に出しました。一歩だけ進んで立ち止まると、もう一度胸に手を当ててみました。そうして一定のテンポを刻むその鼓動に意識を集中させました。

 もしこの道にドキドキがあるならこのまま左の方向に進んで行こう。そう思っていました。だってまっすぐの道を行くととんでもない目に合ったのです。別に危険な道に行くのが目的なわけではありません。標識が示さない道へ行きたいわけでも、左に曲がりたくないわけでもないのです。左に曲がってもいい。

 ただし、問題はハートがドキドキするかどうか、大切なのはその一点でした。


 ……やっぱりダメだ。


 左の道にドキドキしない、改めてそう気付いた時、少し切なくなりました。ボクはあきらめた気持ちで踵を直角に返しました。


「ピッ」


 まっすぐを向くと、Pが鳴いて、標識が現れました。


 ……怖いけれど仕方がない。


 ボクは標識を無視して、歩きはじめました。


「ピッ、ピッ、ピッ」


 Pが鳴くたびに、左折を指示する青い標識が現れるのをさっきと同様に無視して進みます。


「ピッ、ピッ、ピッ」


 さっきと同じようにしていると、やがてあることに気付きました。標識がニョキッとするタイミングがさっきと完全に一致しているのでした。

そうなると必然的に一つの未来を想像しました。さっきと同じ現在が続くなら、この先に待っているのも“さっきと同じ”なんじゃないか……


「ピッ」


 立ち止まりました。

 そこはさっき金網が現れた地点でした。

 ハートがドキドキしてきました。ドキドキはドキドキでもバクバクに近いドキドキです。また同じ目に合うんじゃないかという恐怖感がハートを強く圧迫しているのでした。

 ボクはおそるおそる足を前に出しました。


「ピッ」


 予測していた通り、黄色と黒のバッテンがニュッと現れました。


 バクン。ボクは警戒して数歩後ろに下がりました。さっきはこのバッテンを無視して、フェンスとフェンスの間に閉じ込められてしまった。同じ轍はもう踏みたくない。


 じゃあ、どうしようか。


 迷ったボクが動けないでいると、Pがホイッスル音を鳴らしました。


「ピ――――――」


 続けて、踏切の閉じる音も聞こえはじめました。


「カンカンカンカンカンカン」


 間もなくバッテンの奥の地面から、ガシャンガシャンガシャンガシャンと金属の軋む音をたてながらフェンスが現れました。やがて二枚目のフェンスがレールを挟むように手前に出現しました。


“さっき”とは違う。


 ポ――――という甲高い音が遠くから聞こえた時、ボクの胸にドキドキが復活しました。さっきは金網に挟まれた。でも今の自分は金網の外側にいる。その一点で現在は過去と異なっています。だとすればきっと未来も……

その後、金網の外側にいるという一点を除いて、全ての出来事がさっきと同様に進行していきました。右側から近づいてくる機関車のような二枚の壁。そして大きな光、音。

 警笛は鳴りませんでした。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン、

  ガタンゴトン、ガタンゴトン、

ガタンゴトン、ガタンガタン、

  ガタンゴトン、ガタンゴトン、

ガタンゴトン、ガトンゴタン、

  ガタンゴトン、ガタンゴト、

 ガタンゴトン、ゴトンガタン、

  ガタンゴト、ガタンゴトン、

ガタンゴトン、ガタ……ゴトン、

  ガタンガタン、ゴトンゴトン、

ガタガタンゴトン、ガタンゴトン、

  ガタンガタン、ゴトンゴトン、


 黒い壁が金網の間を通過し、左方向に消え去りました。レールとフェンスが地面の中に吸い込まれるように消えていきます。

 やがて目の前は∞の闇に戻りました。

 しばらくの間、まるで標識のように無心でその場に立っていました。何も考えられませんでしたが、胸の中で膨張していくものを感じました。それは空気でした。

 ボクは空気を吐き出しました。フゥ…………すると頭に一つの思いがポンと生まれました。


 …………助かった、のか?


 そう思ってはみたものの、まだ危機が去ったことを確信できないでいました。大丈夫だと安心して前に進んだ途端、もう一度フェンスが現れる可能性があるからです。

 でも本当に大丈夫かどうかは実際に足を前に出してみなければ分かりませんでした。

 試しにちょっと進んでみようかな……そう思った時、ふと背後に気配を感じました。振り返ってみると、ちょうどバッテンが地面に消えていく所でした。

 なんだ、標識か。ボクはバッテンのあった場所に近づき、その場にしゃがみました。


 そういえばこのバッテンはどういう標識なのだろう?


 地面を眺めながら考えます。

 頭が答えを求めて前に進みはじめました。

 ポン。バッテンは一般的に否定や禁止を意味することが多い。マルの反対の意味、すなわちイエスではなくノー、OKではなくダメ。

 ポン。もしこのバッテンの形に理由があるなら、きっとそういう意味を表しているに違いない。しかし、もしそうだとしたら、いったい何の否定なのだろう。

 ポン。形ではなく色はどうだ。黄色と黒の縞模様。青一色の標識に比べて、視覚的に強く訴えてくる色彩だ。ひょっとすると意味を強調しているのか? つまり単にダメ、ではなく絶対にダメ、という意味。だとしたら何が絶対にダメなのか? 

 ポン。無視、か?

 そこまで考えて、ボクははっとしました。無視したら恐ろしい目に合った。ということは無視するな、つまり指示に従え、ということか? 

 もしこの予想が当たっているとすれば、このバッテンは立ち止まれというサインだった可能性が高い。標識を出現させるのは、Pの仕業。Pはボクを立ち止まらせようとして、バッテンを出したということになります。

 でも、どうしてPはボクを助けようとしたんだ。これまでずっとボクの歩みを邪魔してきたのに。


 ポン。Pはボクの敵じゃないのか?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ