【一○○×mouth】
なんだ……あれは?
目玉はそばまでやってくると、ボクの周囲をグルグルと回りはじめました。中心にある黒い瞳は常にボクの方を向いています。白目の部分には浮き出た血管のような字で【●REC】と刻まれていました。
表情がないのは救いでしたが、それでも常に見られているというのは、決して心地よいものではありませんでした。その上、録画されてもいるようです。
正体の分からない存在に不安を感じ、ボクは小走りで前に進みました。目玉が追いかけてきます。不安が大きくなり、何とか逃げきろうと思いスピードを上げます。しかしどんなに速く走っても、目玉との距離が離れることはありませんでした。
多少マシになった胸のムカムカが復活してきました。
ハアハア、どっか行けよ。ボクは手でシッシッとやりました。濡らした手の水分を飛ばすように激しく追い払いましたが、目玉はボクのアクションを一切無視して、そのくせ一切目を反らさないのでした。
いいさ、こっちも無視すればいいだけの話だ。ボクは目玉を単なるアクセサリーだと考えるようにして、ただひたすら歩くことだけに意識を集中させました。
ジ―――――――――。
すると、さっきは気づかなかったのですが、目玉の内部から音が鳴っているのに気づきました。きっと録画音でしょう。
ジ―――――――――。
気づくと気になりはじめます。
ジ―――――――――。
……╬
ボクはムカムカするので、目玉を捕まえてやろうと思いました。立ち止まってじっと目玉を観察し、軌跡から正確な軌道を予測します。
そしてタイミングを見計らって飛びかかりました。
えいやっ。
タイミングはばっちりでした。しかしかわされてしまいました。もう一度、試してみましたがやはり同じ結果でした。ボクの頭上に【╬】が増加していきます。意地でも捕まえて目玉焼きにしてやるぞ。
おりゃ、とりゃ、そりゃ。
激しい動きをノンストップで繰り返すうちに苦しくなってきました。目玉はそんなボクをあざ笑うかのように涼しい目でボクの周囲を回っています。
くそ、この、くそっ。
何度やっても同じ結果です。大量の【╬】が頭に重くのしかかります。
……こりゃムダだ。
ボクは目玉を捕まえるのをあきらめ、その場に座り込みました。尻餅をついた時に、頭の上の【╬】の一部が床に散らばりました。
体力はまだ少し残っていましたが、これ以上動こうとは思いませんでした。やってもムダだと気づいたからです。だって目玉はボクをかわしすらしないのです。かわすのではなく、距離を縮めても縮めた分だけ目玉が離れるのです。つまりボクがやっているのはチョウチンアンコウが自分のチョウチンを追いかけるようなものなのでした。
なんてヤなヤツだ。
ボクは身体をグルンとひっくり返し、うつ伏せに寝転がりました。両手で目を覆い、となえます。気にしない気にしない気にしない気にしない。
しかし目をつむったらつむったで、今度はジ――――という録画音がボクを追い詰めるのでした。
あーもーうるさいうるさい。
身体を起こし、悔しさまぎれに落ちた【╬】を拾い、目玉に投げつけました。
どっか行け、どっか行け。
ポイポイ投げていると、ある時、ブゥンと耳元で羽音がしました。
わっ。
ボクは反射的にその場から飛びのいて耳を押さえました。目線を上げると、それはそこにいました。ハエのような羽音をたてて、手を伸ばしても届かない高さからボクを見下ろしています。最初はハートかと思いましたが、違いました。形は似ていましたが、それは明らかに人間の唇でした。
目玉に続いて、今度は何だ?
警戒していると、羽を持った唇はボクの所までゆっくりと降りてきました。
やがて目玉が軌道を変えて、唇に近づいてきました。目玉が途中で二つに割れました。ボクから死角になっていた半球にも同じように瞳がありました。
二つになった目玉と唇が一つの顔を作るように配置されると、命が吹き込まれたかのように目玉の中の瞳がギョロギョロと動きはじめました。
【これまでの内容をセーブしますか? →はい ・ いいえ】