【1】
【自動的にセーブされます】
目を、覚ましました。
大地が震えています。
そこかしこでメテオライトが落下しています。
しかし、とても静かでした。
目の前に【i】がいました。うつむいていて、顔は髪で隠れています。背中の腕は消えています。
そして彼女自身の右手には、小さなカマが握られていました。
ボクと【i】の周囲は何か青白い膜のようなもので包まれていました。
それはメテオライトの衝撃から身を守るバリアのような役割を果たしているようでした。そばで落下したメテオライトの破片が飛んできても、バリアに触れた瞬間に破片は粉々に消滅するのでした。
「これで本当に最後だから、教えてあげる」
【i】が言いました。声が震えていました。
「人差し指の【マウス】は【選択】の他に【削除】の機能があるの。例えば、あたしに矢印を合わせて右クリックして、出てきた削除ボタンを押せばあたしはいなくなる。そうすればあなたは死ななくて済む」
言いながら、彼女の肩がケイレンしているのに気づきました。まるでしゃっくりが止まらないような様子でした。
ボクは尋ねました。
「……泣いてるの?」
「バカッ」
彼女は叫んで、後ろを向きました。そして独り言のように言いました。
「自分の生きる道から外れた【人】たちはあたしたちから愛されることがない。あたしたちから愛されないということは、あたしたちによって不幸になるということ。あたしたちによって殺されるということ。でもそれは決してあたしたちが望んでいることじゃない。だって、あたしたちの存在理由はあなたたちの存在に他ならないんだから」
ボクは彼女の背中に言いました。
「……ボクはキミのことが、」
その時、彼女がこちらを向きました。涙があふれる二つの瞳がボクを睨みつけました。
「いい? あたしは今から十数える。十数えたら、このカマであなたの首を切る。もし助かりたかったら、【マウス】を使ってあたしを削除しなさい。じゃあ行くよ、いーち……」
間を置かず彼女は目を閉じて数えはじめました。
「にーい」
「さーん」
「しー」
彼女が目を開けました。
「何やってるの? 早くしないと殺されるわよ」
そう言われたので、ボクは答えました。
「いいよ」
その言葉に彼女は驚きの表情を浮かべました。
「いいって……殺されたいの?」
「まあ……結果的にそうなるのかな」
ボクの言葉に彼女は怒り半分、呆れ半分といった感じで叫びました。
「バカみたい。【マウス】が選んだ人間だからと思って、せっかくあたしが生き延びるチャンスを与えてあげたのに。それを棒に振るっていうの?」
ボクは思っていることを正直に言おうと思って言いました。
「思ったんだ。今まで自分が歩いてきた道を振り返ってみて、正しい道を歩いてきたよなって。一歩一歩自分の足で進んできたし、道を選ぶ時はハートに従ってきたし、時には間違えることもあったけれどそこから反省して改善して同じ間違いを繰り返さないように気を付けてきた……つもり。少なくとも自分なりにベストを尽くしてきたと思うんだ。そしてその結果ボクはここに立っている。ということはこの場所で起こっていることもその延長線上にあることだから、きっと間違いじゃない。そしてボクの脳ミソが、ここでキミを削除するのは間違いだと思ってる。その選択の結果が仮にボクの死だとしても、それは間違いじゃない。だからボクは運命を受け入れるよ」
ボクがそう言うと、【i】はカマを振り上げました。
「あなたって本当にバカね」
彼女は泣きながらほほえみました。その表情はかわいくてキレイで美しくて一生忘れないと思いました。
そして言いました。
「最後のバツをあげる」
そこから彼女の動きがスローモーションに見えました。
振り下ろそうとして彼女の腕に力が入っていくのが分かります。
その一連の動作の流れを眺めながら、ボクはふと気づきました。
ポン。そうか。今までのは死じゃない。ただのバツ(・・)だ。
その時でした。
ティラリラリーン。
どこかで音がしました。
――あたし下手ね。何度やっても絶対まっすぐにならない。
ボクの頭の中に、現時点で地面に九十九立っているであろう白い十字架が浮かびました。
ポン。あれはお墓じゃない。失敗のお墓だ。あれは【十】じゃない。【×(バツ)】なんだ。
ティラリラリーン。
どこかで音がしました。




