【(80+mouse)×(B-mouse)】
くそっ、逃げられたのか?
と思いましたが、違いました。
「キライ」
後ろから声がしました。気がつくとさっき【骨】がいた位置に【i】が立っていました。右手の中指を慈しむようにさすりながら顔はうつむいています。
「ユルサナイ」
ボクが立ち上がると【i】は中指を動かしました。
【i】の真横に【骨】が現れました。
【骨】の左肩の上に、円グラフが表示されました。
【B】▼【BONE】▼【PROPERTY】▼【憎】 11%
▼【怨】 2%
▼【呪】 4%
▼【悲】 82%
▼【愛】 1%
「あの……」
ボクは何かを言おうとしました。何かを言いたかったのです。でも言葉が出ませんでした。どんな言葉を選んだらいいのかも分かりませんでしたし、そもそも何を言ったらいいのか全く分からなかったのです。
【i】が顔を上げました。
宝石のような赤い瞳。目から流れているのは、その瞳と同じ色をした涙のような液体でした。
「受け入れられないなら大きなバツを与えてあげる」
【i】がそう言って右手を差し出しました。
するとボクの周囲を回っていたPが彼女の手に吸い込まれていきました。彼女の手の甲に【目玉】と【唇】のアイコンが刻まれました。
ボクは自分の右手を見ました。手の甲から【目玉】と【唇】が消えていました。指を動かしても、もうPは現われません。
ティラリラリーン。
音がしたかと思うと、【i】の身体が白い光を放ちはじめました。まばゆい光が辺りを照らします。
その時、カランカランと乾いた音がして、【i】の顔から何かが落ちました。地面に転がったのは、唇の形をした赤い宝石と、目玉の形をした赤と銀の宝石でした。【i】の光を反射してキラキラと輝ています。
やがて【i】の身体から光が消えました。
光をまとまわなくなった【i】が顔を上げました。左右の前髪が分かれます。
そこには、いつか見た、かわいくてキレイで美しい顔がありました。
【i】は一度目をつむり、少しして目を開けました。そしてボクを見ると、唇の端を少しだけ上げました。ほほ笑んだのでした。とてもキレイだと思いました。
【i】がボクに手を差し出しました。
「【マウス】もおいで」
【i】がそう言うと、【↑】の模様のあるボクの人差し指が急に膨らみはじめました。その膨らみは間もなく指のヒフをすり抜けて、地面に落下しました。
それはかつてボクが呑み込んだネズミでした。
「いい子ね。おいで」
ネズミは【i】に返事をするようにチューと鳴きました。しかしその後、なぜかネズミはクルリと回って【i】におしりを向けると、ボクの顔を見上げてチューと鳴きました。
「どうしたの?」
ネズミの動きを見た【i】のマユが八の字になりました。表情が曇ります。しかしネズミは【i】の言葉に振り返ることなく、ボクの足をよじ登りはじめたのでした。まるでツタが絡まるようにクルクルと回転しながら上昇していきます。
「ダメよ、【マウス】。こっち」
ネズミはボクの右肩の上に乗ると【i】の方を向きました。そして、何かを伝えようとするようにチューと鳴きました。
「分からないの? 見てたでしょう? その【人】はさっき……」
チュー。
「【マウス】早く戻らないと怒るよ。いいの?」
チューチュー。
「…………もう」
【i】が口をとがらせました。
「知らないんだから」
【i】は目を閉じ、胸の前で両手を合わせました。
そして、ぶつぶつと小さな声で呪文のように言いました。
「かみさまおてんとさまほとけさま。たいせつなほねをきずつけたこのひとのために、おっきなばつをあたえるあくまのようなちからをおあたえください」
そう言って【i】がほほえむと、彼女の体が金色の光に包まれました。
青いボードに白い文字が表示されました。
【B】▼【i】▼【BODY】▼【SENJU(千手)】
【EQUIP? YES ・ NO】
「あっ」
彼女が小さく叫び声をあげました。そしてカラダをのけぞらせたかと思うと、崩れ落ちるように地面にヒザをつき、地面に両手をつけて、前屈みになりました。
「あっ……」
次に声をあげた時、赤いドレスを貫いて、背の中から白い枝のような棒が伸びました。一瞬、背骨がはがれたんじゃないかと思いました。
「……んっ」
【i】の全身がケイレンするように震えています。両手を強く握りしめ、痛みをガマンしています。
背中からキノコのように次々と生えてくる白い棒はどうやら彼女に新しい腕が生えているようでした。どれも先端に五本指の手があったからです。無数の腕が背中の面積全てを使い切ってしまうまでさほど時間がかかりませんでした。しかし、その後も腕はすき間を縫って次々と生え続けるのでした。
「んっ、あっ……うんっ……」
彼女のケイレンがおさまったのは、新しい腕が生えなくなってからだいぶ後のことでした。しばらくの間、彼女は前屈みのままでした。ケイレンが止まってからも、身体がときどき波打ちました。彼女の口から漏れるヒューヒューという音が、岩壁の間を吹き抜ける風の音のようでした。
「……んっ」
彼女はよろよろと立ち上がりました。ペタンペタンと裸足のウラを地面に付けた時の彼女の姿は、羽を広げたクジャクの姿を連想させました。背中から伸びた何百もの腕が巨大な円を描いています。円は彼女の背の三倍もあります。
「……ん」
肩がゆっくりと上下しています。彼女はまだ少し息が荒いようでした。顔を上げると、痛みで流した涙のあまりが目尻からこぼれました。それはそれはキレイで美しくてまるで宝石のようでした。
「あっ……うんっ」
彼女は唇を少し開け、まるでちゃんと声が出るのか確かめるように一度声を出しました。そして、こう言いました。
「覚悟はいい?」
ボクは「いいえ」を選びました。




