【95×i】
歩いていると、向こう側に白い点がいくつか見えるようになりました。何だろうと思って近づいていくと、点は五つありました。【十】の形をしていました。白い十字架が地面に五つ刺さっているのでした。
そのうちの一つに赤いドレスが動いているのが見えました。
ポン。【B】だ。
ボクは一瞬にして悟りました。
彼女は地面にヒザを付け、両手を動かしていました。顔は長い髪で隠れて見えません。
一体、何をしているんだろう。ボクはできるだけ落石の標識の前ギリギリまで近づいて、声をかけました。
「何をしているの?」
ボクの声に反応して女の子は手を止めました。しかしこっちを向いてはくれませんでした。
「埋めているの」
透き通った、でもとても優しい声で彼女は言いました。
「何を埋めているの?」
ボクはたずねました。
「あなたよ」
彼女は答えました。そして再び手を動かしはじめました。
「ボク?」
ボクが聞き返すと彼女は言いました。
「そう、これは死んだあなたのお墓なの」
「死んだ、ボクの?」
意外な答えにボクは驚いてたずねました。
「でもボクはこうやって生きているよ」
「自分をクリックしてみて」
「え?」
「あたしのマウス、持っているんでしょう? 早く」
女の子がそう言うので、ボクは人差し指を使って、自分を左クリックしてみました。
「上を見て」
言われた通りに、ボクは真上を見ました。するとボクの頭上に【95】という数字が浮かんでいるのでした。
「わっ、何だこれ」
「残りが九十五ってこと。つまりあなたは五回死んだの」
「五回死んだ? でも、じゃあ今のボクは?」
「六回目。あなたもあたしを奪いに来たんでしょう?」
「奪いに? 違うよ。ボクは助けにきたんだ」
「助けに? ……あたしを?」
「うん」
ボクは頷きました。
「どうして?」
女の子が聞きました。ボクは答えに迷いました。質問の答えは明白でしたが、それを彼女にどのように伝えればいいかが分かりませんでした。
「それがボクの【B】だから…………だと思う」
ボクは答えました。伝えたいことを正確に言葉にできていないと感じました。
女の子はすっと立ち上がりました。立ち上がると地面に垂直に突き刺さっていた十字架が少し斜めに傾きました。
「あたし下手ね。何度やっても絶対まっすぐにならない」
背中を向けていた【B】がこちらを振り向きました。
……えっ。
彼女の顔を見て、呼吸が一瞬止まりました。
それは彼女の顔がかわいくてキレイで美しかったから、ではありませんでした。
彼女の顔には宝石のように輝く黒い瞳の目玉と赤い唇がありました。それらのパーツは非常に美しいものでした。見た目だけで言えば、初めて見た時の彼女よりも美しいに違いありませんでした。しかしボクは彼女の目玉と唇に違和感がありました。本来そこにあるべきものではないものがそこにあるという違和感でした。目玉と唇の輝きはとても物質的で、瞳は真っすぐ前を向いたまま動かず、唇も硬く閉じたままです。これは彼女ではない、そう思いました。
「ありがとう」
口を開くことができないでいるボクにそう言うと、彼女は顔を隠すようにうつむきました。
「でも、分かるでしょ。あたしは【B】じゃないよ。あたしを【B】だって、みんな勝手にそう思い込むけれど。あたしはただの【i】でしかない」
彼女つまり【i】が話している間に、バッテンの標識が背後に近づいてきました。ガイコツが近づいてきているのでした。
やばいな……ボクはどうすればいいか考えていました。【i】を追い越して前に進めば、ボクは助かりますが、そうすると【i】がガイコツの犠牲になる可能性がありました。それに助かったからといってボクはそれからどうしたらいいのでしょう。だってハートがドキドキする対象が目の前にいるのです。歩いてきた目的地はここだとハートが告げているのです。もし彼女が【B】じゃないとしても、現在ボクが立っている場所以外に行きたい場所は見つかりそうにありませんでした。
かといって、このままここにいればバリバリ、カンカン、プオ――――、です。
その時、【i】が右腕を前に出しました。【i】は右手の五本の指の四本を曲げ、中指だけをまっすぐ伸ばしました。
「【B】はあたしだけじゃない(・・・・・・・・・)」
小さい声でつぶやいたかと思うと、【i】が中指をクイッと曲げました。
するとその瞬間から、百以上はあった標識が同時に全て消えました。
え?
振り向くとガイコツの姿も消えています。
「ほら」
【i】は甲を向けた右手をだらんとボクに差し出しました。中指の付け根の、出っぱったガイコツのある位置に、ポップな頭蓋骨のイラストがありました。
そしてこう言いました。
「あの子だって【B】の一部だよ」
続いて【i】は人差し指だけを伸ばしました。そしてチョークで文字を書くように指を空中で動かしました。
彼女の指が通過した後に、白く光る文字が誕生しました。
【B】=【i】
それは箱の中の映像で誰かが書いた方程式でした。
「続きがあるの」
【i】はそう言って、人差し指で方程式の続きを書きはじめました。
【B】=【i】+【マウス】+【骨】+【唇】+【目玉】
「あなたも、あなた以外の【人】も、みんなあたしだけを【B】だと思うけれど、違うよ。【骨】も【B】だし、アナタが手に入れた【マウス】も【目玉】も【唇】もみんな【B】。だからもし【B】のために生きたいと願うなら、あたしだけじゃなくて」
【i】がこちらを向きました。再び顔が見えました。赤い宝石の瞳から青い涙が流れていました。
「何もかも全部を受け入れて欲しいの」
【i】が右腕を前に出し、さっきと同じように中指だけをクイッと曲げました。ズラッと標識が現れました。振り返るとすぐそばにガイコツ、すなわち【i】の言う【骨】が立っていました。
五歩以内の距離でした。うわっと思いましたが、動く様子はありません。そこに立ったまま、活動を停止しています。
突然、【骨】の左肩の上に、円グラフが表示されました。
「この子はね、【B】の攻撃的な部分。あたしを守るため、あたしを探し来た【人】に反応して現れて、まるで壁のように立ちはだかる」
【B】▼【BONE】▼【PROPERTY】▼【憎】78%
▼【怨】11%
▼【呪】 6%
▼【悲】 3%
▼【愛】 2%
「ねえ、あなたはこの子を受け入れてくれる?」
聞かれたボクは聞き返しました。
「受け入れるって、どうしたらいいの?」
ボクが聞くと【i】は言いました。
「それを教えてくれるのはあたしじゃない。答えを知っているのはアナタのハートだけ」
振り向くと、円グラフが消え、かわりに青いボードに白い文字が表示されました。
【B】▼【BONE】▼【ARM】▼【SCYTHE】
【EQUIP? YES ・ NO】
【YES】が光ると、ボードが消えました。
【骨】が右手を前に出しました。
すると【レ】の形をした銀のオオガマが空間に現れました。
【骨】の右手がオオガマの持ち手を握りました。刃の先端を光が冷たく波打ちます。
「大丈夫。【目玉】や【唇】を受け入れたあなたなら、きっと……」
そう言って、【i】の姿は消えていきました。




