【97】
目を、覚ましました。
上半身を起こすと、ボクの右側十歩先ぐらいに黒い箱があり、そこからガイコツが上半身だけを起こしています。箱の中にいることを除けば、まるで合わせ鏡のようにボクと同じ態勢でした。ちょうど目線も同じぐらいの高さで、ボクと目が合いました。といってもガイコツに目が付いているわけではなく、実際には左右に並ぶ空洞を覗きこんでいるに過ぎないのでした。
ガイコツが立ち上がろうとして、箱のフチに手をかけました。ボクははっとしてすぐさま立ち上がると、全速力でそこから逃げ出しました。
さっき金網に捕まった位置よりも遠く離れたところまでやってきました。これぐらい離れれば大丈夫だろうと思い、ボクは一度振り返りました。もはや指でつまめそうなガイコツは、衣服をまとった部分が闇と同化して、存在していないように見えました。そのため、頭蓋骨とそこから真下に向かって根っこのように背骨を垂らしただけの物体が、宙に浮いているように見えました。その姿かたちは本能的に恐ろしく、鳥肌が立ちました。
こちらに近づいている様子もないな。立ち止まって観察していると、闇の中に突然白い直線が出現しました。ガイコツが天に向かって上げた右腕でした。二の腕の一部は衣服で隠れていて、手と、手首からヒジまでの部分だけが本体とは独立して宙に浮いているようでした。
ハートの高鳴りが大きくなりました。些細な動きも見逃さないよう、まばたきをできるだけ少なくしてガイコツを観察しました。にしても、ここからじゃ遠くてよく見えません。もう少し見える位置まで近づきたいな。でも近づくと危険だし……カラダはこの位置に立ったまま、目玉だけガイコツの元に近づけたらいいのだけれど……
ポン。そういえば【P】を出していなかった。もしかしたら役に立つかもしれない。【P】を呼んでみようか……と、思った矢先でした。
ガイコツの右腕が振り下ろされました。
まるでボクに向かって何かを投げたかのような仕草でした。
もし何かを投げたのだとしても、ボクのいる所までは絶対に届くはずがないと思いました。右腕を振り下ろしている最中、頭蓋骨や背骨、そして地面にくっ付いている二つの足は微動だにしていませんでした。
ガイコツはそれきり模型のように動かなくなりました。しばらく様子を見ていましたが、何も起きません。
もう警戒しなくてもいいかな……
フゥ、溜めていた息を吐くと肩の力が抜け、オナカがゆるむのを感じました。ヒザの力も抜け、地面にベタリと座り込みたい衝動にかられます。でもまだ安心してはいけません。衝動に逆らって、再びヒザに力を入れました。
ポン。そうだ、ガイコツが動かなくなっているうちにこの状況から脱出しないと。
ボクは歩きはじめました。
ある時、ふと気づいたことがありました。いつの間に現れたのかは分かりませんが、上空に白い点が一つ浮かんでいました。ぱっと見た感じ、闇を貫いてできた穴のよう見えました。
あの点は十中八九、ガイコツの仕業に違いない。それは明らかに思われましたが、だからといってどんな行動を取ればいいのか分りませんでした。だって点は天高くにあるのです。地上にいるボクに何らかの対処ができるとは思えませんでした。
とにかく今は歩き続けよう。
ボクは思いました。歩き続ければ、何かしらの変化がやってきます。何をすればいいのか分らない今の状況で、自分にできることといえば、それぐらいだと思いました。
歩いていると、やがてあることに気づきました。
点が大きくなっている。
それはわずかな変化でしたが、確実な変化でした。
間違いない、大きくなっている。そして今もなお、成長している。その変化はきっと最後には、何かになる……その何かが何なのか、見当もつきませんが、ボクは何となく早足で進みはじめました。できるだけ早くガイコツの元から離れよう。視界からガイコツが完全に見えなくなるまで遠くに。
ボクは走り出しました。どっちに行けばいいか、方角はハートが知っていました。ちょうどガイコツの背後の方向でした。ただし、今ボクがいる位置から最短距離を行こうとするとガイコツと鉢合わせることになります。なのでこれ以上ガイコツとの距離が縮まらないように迂回して進まなければなりませんでした。結果的にボクは、ガイコツを中心として円を描くように進む形になりました。
白い円が大きくなるにつれ、その形が鮮明になってきました。中心は黄色でした。黄色の周囲は赤くフチ取られていました。まるで燃え盛る炎のようでした。と思った途端、穴に見えていたそれが、燃え盛る炎に見えてきました。やがてそれが燃え盛る炎にしか見えなくなった時、ハートがドキドキと鳴りました。
ポン。もしあれが炎に包まれたものだとしたら、あれが物質だということになる。ポン。もしあれが物質だとしたら、巨大化しているのではなくて、落下してきているんじゃないか? ポン。もし落下してきているのだとしたら、もしガイコツの不思議な力であの物質が落下してきているのだとしたら、あの物質が落下する地点はランダムではなく、ボクの今いる地点なんじゃないだろうか?
ボクは立ち止まり、天にあるそれを見上げました。
フゥ。ボクは息を吐きました。
どうして今まで気づかなかったのだろう。ましてや穴なんて、見当違いもいいところだ。
ポン。あれは隕石だ。
少しずつ、あたりが明るくなってきました。メテオライトの放つ炎が世界を照らしはじめているのでした。闇が薄れ、世界が徐々に明るくなっていくにつれ、隕石はみるみる巨大化し、つまりこちらに接近しているのでした。
ボクはもう進むのをやめて、ただただバカみたいに空を見上げていました。
これはどうしようもない。
最後に聞こえたのはものすごい轟音でした。
そして、すべてがまっしろになりました。




