【プロロローグ】
世界はどのようにして生まれたのだろう。
近所で声曰く、
ある日巨人が死にました。
息は風と雲になりました。
声は雷になりました。
左目は太陽に右目は月に、
手足は天を支える四つの柱になりました。
血は川、筋や脈は大地の木目、
肌や肉は田の土となり、
髪や髭は星、骨は貴金属となり、
汗は雨となりました。
そして体に寄生していたさまざまな虫たちは人間になりました。
こうして世界が生まれました。
いやいや、そんなわけがないと近所ではない声曰く、
ワタリガラスあちこちを渡りガラス。
飛び回りながら排泄をしガラス。
排泄物は水中に落ち大地となりガラス。
固い糞もしガラス。
大きなものは山に小さなものは丘になりガラス。
こうして世界が生まれガラス。
そんなダジャレを言うのは誰じゃともっと遠い所から声曰く、
ワイナミョイネンが膝を揺すりました。
ワイナミョイネンが膝を揺すると金の卵が水中に落ちました。
金の卵が水中に落ちると卵の下の部分が大地になりました。
卵の下の部分が大地になると卵の上の部分が大空になりました。
卵の上の部分が大空になると白身が太陽になりました。
白身が太陽になると黄身が月になり、
黄身が月になると破片が星になりました。
このように卵から世界が作られました。
ワイナミョイネンが膝を揺することで。
どこからかXの声曰く、
「どうしてそんなことを聞くんだい?」
ボク、答えて曰く、
だって……
世界はどこまでも白いのでした。どこまでもどこまでも白く、どこまでもどこまでもどこまでも広く、まるで∞のようでした。それがたった今ボクが目を覚ました世界の風景なのでした。
足を前に出しました。白い床の硬い、でも内部にやわらかさのある、例えば爪を指で押したような感触を足の裏に感じました。
左右は壁に挟まれていました。先に進めません。
背後も壁で塞がっていました。先に進めません。
残った唯一の選択肢、正面に広がる∞の方に向かってボクは歩きはじめました。
しばらく歩いて思ったのは、何も変化がないということでした。
歩いても歩いても歩いても歩いても世界は相変わらず白いまま、どこまでもどこまでもどこまでもどこまでも同じ風景で、まるで進んでいる感覚がありませんでした。まるで床がボクと逆方向に動いているようでした。
歩いても意味がない。
そんな思いがポンと出現しました。すると、その思いがボクの歩みをピタリと止めました。
歩いても意味がないなら疲れるだけ。疲れるだけなら歩かない方がいい。ボクが歩みを止めると、今度は思いの方がポンポンと進みはじめました。
歩いても意味がないなら歩かない方がいい。でももしそうだとしたらボクは一体、何をしたらいいんだろう。
ボクはふと振り返ってみました。
すると背後に立ちはだかっていた壁が消えていることに気づきました。
壁はボクが前に進んだ分だけ遠ざかり、今の大きさはもはや指でつまめそうでした。
ポン。ということはボクの歩みも全くの無意味ではないようだ。ポン。歩いても意味がないなら歩かない方がいいと思ったけれど、ポン。前に進むことに意味がある可能性があるならば歩いてみよう。ポン。多少疲れてでも歩いてみよう。ポン。少なくとも他の選択肢が思い当たるまでは…………ポンポンポンポン。
ボクはまた歩きはじめました。
ポン。
そして、ある考えを思いつきました。
“∞”を縦にして“8”に変えて真っ二つにすれば【B】だ。
ポン。すごいぞ。もしかしたらこれは世界の真理を発見したのじゃないだろうか。ポン。だとしたら思ったよりもカンタンに【B】が見つかったかもしれない。嬉しくなってハートがドキドキしました。
でもそのドキドキは歩いているうちに消えていきました。
ポン。違う違う間違っている。
ボクは思い直しました。さっきの考えがぐるりと逆さまになったのでした。間違った考えだと思いはじめたのです。さっきの発見は単なる思いつきで、思いついたということ自体に興奮しすぎていただけだ。冷静になってみればカンタンに分かります。ボクはアルファベットの【B】の形を探しているわけではないのです。探しているのはXの言う【B】つまり自分がここにいる意味です。
「そう、考えが間違っているというその考えは正しい」
どこからかXの声が聞こえました。
ちぇっ。
一瞬【B】が見つかったと思ったのに、それが勘違いだと気づいて、勘違いをした自分にプンプンしました。ムカついたのです。ペンペンしてやりたいとすら思いました。でも歩き続けているうちに、そんなムカつきも不思議と徐々に薄れていくのでした。
ポン。ボクは立ち止まりました。あることを思ったのです。
歩いても歩いても風景は変わらないのに、自分の気持ちは上っては戻り下っては戻りと大きく動いている。
もしかしたら気持ちを上下に振ることで、つぶつぶミカンジュースの果肉のように【B】の正体も浮かんでくるんじゃないか。
そう思ったボクは、ともかくは歩けなくなるまでは歩き続けてみようと思いました。
そんな決心をした直後、目の前にXが現れました。
「これでセンセーの授業はおしまい。もうみなさんに教えられることはもうありません。これから巣立っていくみなさんには色んなことが待っていることでしょう。でも、大丈夫。みなさんならどんな壁が立ちはだかっても、必ず乗り越えられる。オトーサンもそう信じています。未熟なオカーサンでごめんね。でもみんなのこと、カミサマはずっと忘れません。ずっと応援しています。だから成長して大人になったらきっと会いに来てくださいね。それではさようなら。カベ」
最後に満面のスマイルを残してXは消えました。
「チュートリアルはここで終わります」
【セーブしますか? →はい ・ いいえ】




