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○と十  作者: 心野 想
19/36

【forbid【forbidden by B】

 映像が乱れ、赤いドレスの女の子の映像に戻りました。

 【B】はまだ眠っているようでした。両手をちょうどハートの位置で重ねて、祈るような姿勢で寝ています。

 【B】の前髪が少し動きました。

 しばらくして【B】が目を覚ましました。

 目を覚ました【B】はすぐに起き上がり、部屋を見回しました。状況を把握しようとしているようにも見えましたし、何かを探しているようでもありました。

 と突然、映像が乱れました。一瞬、部屋が揺れたようにも思えました。彼女のカラダがビクッと跳ねました。

 映像の振動は断続的に起こりました。彼女は急いでベッドを離れ、部屋のすみにうずくまりました。両手で耳を塞いでいます。その様子を見て、誰かが部屋のドアを激しく叩いているのではないかと思いました。

 その予想は当たったようでした。やがて映像の外側からたくさんの人間が押し寄せてきたからです。


 バチバチッ。

 バチバチッ。

 バチバチッ。


 映像が数回、まるでまばたきのように点滅しました。

 点滅後も【B】のいる部屋の映像でした。

 ただし、押し寄せてきた人間の姿がみんな黒一色になっていました。黒一色といっても影のようなものではなく、カラダを形成している物質が虫の大群のようにせわしくせわしく動き続けているのでした。その虫の数匹がこちらに飛んできました。どれも小さな【人】の文字でした。どうやら何十万、何百万の【人】という文字が集まって、人間の形になっているようなのでした。

 何十万、何百万の【人】が集まってできた人間の群れは【B】を無理矢理 立ち上がらせようとしました。【B】は部屋から逃げ出そうとしますが、すぐに取り押さえられてしまいます。人間たちは互いに協力し合って【B】をベッドに運び、彼女の頭と手と足を押さえつけました。そして【B】の首と手首と足首に、首輪とブレスレットとアンクレットのようなものを嵌めて(それらの部品も全て【人】でできていました)ベッドに固定しました。口にも黒いテープが貼られ、叫ぶことも禁じられました。

 ベッドに固定された【B】は全身を激しく動かし抵抗しました。その激しさは、まるでベッドごと部屋から脱出しようとしているのではないかと思えるほどでした。

 ですが、もちろんそんなことは不可能です。それは人間たちも当然すぎるほど理解していました。

 激しく暴れる【B】を前にして人間たちはベッドを取り囲む黒い壁と化していました。【B】が抵抗をやめるまで彼らは待つことにしたのです。それは外側から見ているボクにはとてもよく分かりました。

 かなり長い時間が経って、【B】が静かになりました。

 彼女の手首足首には激しく動いたせいで血がにじんでいます。

 一人が【B】の口を閉じていたテープを剥がしました。【B】はもう叫ぼうとはしませんでした。表情は虚ろで、目尻から流れた涙の跡が光の筋となって輝いていました。

 人間たちがベッドの横に歩み寄りました。何十という黒い手が彼女の手足を押さえました。四人が頷くと、別の一人が彼女のドレスの首の部分をつかみました。もう片方の手にはメスが握られていました。

 メスが首元に当てられました。赤いドレスが首元から胸元まで一気に切り裂かれました。【B】が驚いてがたがたとベッドを揺らします。

 メスは続いてドレスの胸元から膝ぐらいまでを切り裂きました。そして第三刀目でドレスは縦に切り裂かれました。

 人間はメスを置くと、ドレスを左右に開きました。


 バチバチッ。


 映像が点滅しました。

 そこにいたのはすでに【B】ではありませんでした。ハダカにされて横たわっていたのは人間の形をした誰かではなく、【i】の形のアルファベット記号なのでした。

 アルファベット記号の【i】に、人間たちが一斉に襲いかかりました。襲いかかる時、彼らはもはや人間の形を成していませんでした。死骸に群がるハエのように、黒いバラバラの点となって【i】全体に付着していくのでした。それは一方で、竜巻に舞う砂鉄たちを【i】というマグネットが次々と呑み込んでいくようにも見えました。

 【i】は徐々に肥大していきました。ベッドの上でうごめいている黒いかたまりは、もはや一個の生物、怪物のようでした。


 バチバチッ。

 バチバチッ。

 バチバチッ。


 映像が点滅しました。点滅するたび、未来にワープするかのように映像の中の状況が非連続的に進行していきました。


 バチバチッ。

 バチバチッ。


 やがて映像の【人】の動きに変化が見られました。

 【i】を包んでいた黒いかたまりが崩れはじめたのです。

 【人】が離れていっているのでした。【人】の大群が次々と飛び去っていき、それによりベッドの上の黒い塊が小さくなっていくのでした。離れていく【人】はそれぞれ小さな【i】を一つ運んでいました。


 バチバチッ。

 バチバチッ。


 最後にはほとんど風に吹き飛ばされるように、大量の【人】が【i】を持ち去って画面の外に消えていきました。


 バチバチッ。


 映像が闇一色に染まりました。


 バチバチッ。


 数秒間の闇ののち、再び映像がはじまりました。

 映像は停止したように動きがありません。少量の水がチロチロと流れるだけでした。

 正方形の床は液体で真っ赤に染まっていました。ベッドも真っ赤でした。赤いドレスは濡れて皺の部分が光り輝いていました。ドレスの先からこぼれる同色の液体が地面に向かって無数の垂線を引き、床を赤い海に沈めたのでした。

 すでに【人】の姿はありません。

 ベッドの上で【人】に襲われた【i】は形がボロボロに崩れ、かつて人間だったという痕跡は残っていませんでした。そして、そのかわりにもっと恐ろしい物体が横たわっているのでした。

 そこにあるのは恐らく少女だったはずの人間のガイコツでした。

 食い散らかされた後にしてはそれはあまりにも白く、まるで理科室の模型のようでした。それが真っ赤に染まった空間のなかで際立って白く見えるのでした。

 白い骨である右腕がまっすぐ天に向かって伸びました。

 それは映像を見ているボクに手を伸ばしているかのようでした。

 それはまるでボクに助けを求めているかのようでした。

 【T】【A】【S】【U】【K】【E】【T】【E】という壁の文字を思い出しました。

 しかしすぐにその腕が助けを求めて伸ばしたものではないと気づきました。

 ガイコツは天に向かって伸ばした腕の小指をクイッと曲げたのでした。するとその動きに反応するかのように、赤い海の中から白い球体が現れて宙に浮かんだのでした。

 それは目玉でした。

 次にガイコツは薬指を曲げました。するとガイコツの肋骨の隙間から赤い肉の破片のようなものが現れて同じく宙に浮かびました。それは唇でした。

ガイコツが手首を曲げました。するとその手の動きに従うかのように、目玉と唇が動き、そして画面から姿を消しました。





 バツンッ。



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