【98×slowdown】
目を、覚ましました。
ボクが立っていたのは、あいかわらず真っ暗な世界でした。
ここは……
ボクの周りをPが回っていました。
おそらく、あの辺りか……
自分が立っている場所は何となく分かりました。ここからまっすぐ歩けば、間もなく向こう側に女の子の姿が見えるはずです。
どうしてだろう、さっきの場所からかなり戻されている……
疑問を抱きましたが、立ち止まっていても仕方がないので歩きながら考えることにしました。
さっき歩いた道を歩きはじめました。
ジ――――――。
歩きはじめてすぐ、Pの発している録画音に意識がいきました。
Pを消そうか、そう思い指を動かしました。
ポン。あ、でももしかしたら……
ボクは踏切の前に現れたバッテンの標識を思い出していました。
……Pは危険があったら標識で知らせてくれる。出したままの方がいいのかもしれない。
ボクは思いなおして、再びトントンとPを出現させました。
やがて向こう側に光が見えはじめました。そして光の中に人の姿が見えました。ドクンと胸が鳴りました。しかし走り出そうとは思いませんでした。もしまた見えない壁のようなものに衝突したら……そう思うと怖くて走りだせませんでした。
ボクはずっと同じペースで歩き続けました。
「ピッ」
歩いていると、Pが鳴きました。Pが鳴くと向こう側に街灯と標識がニュッと現れました。それは赤い標識で逆三角形の形をしていました。中心は白く抜かれ、そこに【徐行】という文字が書かれています。
【徐行】って何だろう?
言葉の意味が分からないでいると、Pが円軌道をやめて、標識の方に飛んでいきました。どうしたのだろうと思い様子を見ていると、Pは標識に向けて横向きの白い光線を目から放ちました。上から下へと一定のスピードで目線が動き、標識がなぞられていきます。よく見ると目玉に刻まれていた 【●REC】が消え、かわりに【◆SCANNING……】という文字が点滅していました。
しばらくしてPが標識を離れました。そしてボクの元に戻ってくると大きな光を放出し、ボクの正面の暗闇に四角いスクリーンを生み出しました。目玉の【◆SCANNING……】が【 REPLAY】へと変化しました。
スクリーンに次のような表示が現れました。
【徐行】〔じょ‐こう〕[名詞]
すぐに停止できるような速度で進行すること。
なるほどね、徐行ってそういう意味なのか。
意味を理解して、ボクははっとしました。
だからダメだったんだ。さっきは【B】を見て一刻も早く辿りつきたいと全速力で走った。すぐに停止できるはずもない速度で。でも本当は焦る気持ちを抑えて歩かないといけなかったんだ。
ボクは標識に従って徐行スピードで歩くことにしました。
予想通り、Pは何かある前に事前に標識で知らせてくれるものでした。
P、ありがとう。教えてくれて。
正解が分かり、Pに感謝しました。
……早く【B】の元に行きたいな。
感謝の気持ちが穏やかに収縮していくにつれ、今度は焦りの気持ちが出てきました。歩みののろさに耐えられず、ハートが早く進めとカラダに急かしはじめているようです。ハートはどうやら徐行しなければいけない事情が分かっていないようでした。頭で気持ちを抑えよう抑えようとするのですが、それがむしろ焦る気持ちを余計に膨張させるようでした。
でもそれは仕方のないことだと思いました。だって探していた女の子が自分の視界にいるのです。【B】すなわち自分が生まれた意味、自分が存在している理由がすぐそこにあるわけです。今すぐにでも駆けだして、一刻も早くあそこに辿りつきたい。そう思うのは仕方のないことでした。
でも徐行の標識を無視すれば恐ろしい目に合うことは分かっていました。その上結局元の場所に戻されてしまうことも分かっていました。
女の子の元に最速で辿りつく方法が、徐行。
ボクは自分にそう言い聞かせて徐行スピードで歩き続けました。
ポン。それにしてもハートって、まるで子どもみたいだな……
【B】の元に辿りつきました。
女の子が正面に座っています。ボクの位置から見てあさっての方を向いています。ボクには遠くを眺めているように見えました。
何かが違う気がする……
なぜかは分かりませんが、唐突にボクは違和感を抱きました。これ(・・)は本物じゃない。ハートがそう告げていました。ぱっと見た印象は確かにあの時の女の子なのですが、カラダがまったく動いていません。微動だにしていないのです。カラダの輪郭がぼんやりと光って見えますが、生きている感じはしません。ハートもないんじゃないかと思いました。
女の子の頭上には【iコピー】という文字が浮かんでいました。
【iコピー】って何だ? 【B】じゃないのかな。どちらにしてもコピーということは、やっぱり本物じゃないのか。顔を見たら分かるかな。ボクは女の子に近づきました。
その時でした。足元で音が聞こえました。




