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祈雨の娘  作者: 紫藤市
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 長老たちによって捕らえられたフェリアは、そのまま長老の家へと連れて行かれた。

 長老の妻や娘たちはフェリアに沐浴をさせると、腰まである髪を(くしけず)り、編み込んで結い上げ、ピスタチオの花を飾る。白い絹の着物を羽織らされ、緋色の帯を締めると、金の首飾りと腕輪、耳飾りを付けられた。

「あんたみたいな別嬪を着飾らせるのは楽しいものだね。うちの子たちじゃ、こうはいかないよ」

 フェリアを頭のてっぺんから足の先まで見回した長老の娘のひとりが、目を細めて満足げな笑みを浮かべる。

「きれーい! 女神様みたーい!」

 年端もゆかない長老の孫娘たちは部屋を覗き込むと、口々にフェリアを誉めそやす。

「あれは巫女装束だよ」

 長老の妻が孫たちに説明する。

 フェリアが曖昧な表情を浮かべて微笑むと、騒々しい孫娘たちは長老の妻によって部屋から追い払われてしまった。

「深夜までには神殿に到着しなくちゃいけないから、陽が傾いてきたら出発するそうだよ」

 召使が運んできた食べ物や飲み物をフェリアの前に並べながら、長老の妻が告げる。

 フェリアの支度を終えると、長老の娘たちは部屋から出て行った。

「あんたは輿(こし)に乗っていくとはいえ、神殿に着いて神官様にご挨拶をしたときに腹の虫が鳴ってはみっともないからね。腹ごしらえはしておきな」

 皿の上に乗った果物や菓子、果実酒は、どれもフェリアが初めて目にする物ばかりだ。

「わたしが神殿に上がったら、母はどうなるのですか」

 甘い匂いを漂わせる桃に目を遣りながら、フェリアは長老の妻に尋ねた。

「あんたの母親の世話はうちで引き受けるよ」

 淡々とした口調で長老の妻は答えたが、あまり面倒見が良いとはいえない彼女が明日になっても自分の母のことを覚えていてくれるだろうか、とフェリアは不安になった。

 長老の妻の態度では、どうやら出発までこの部屋から出してもらえなさそうだ。

 いくら食事を勧められても、食べ物はフェリアの喉を通りそうにない。果実酒の杯を手にとってはみたものの、杯の縁に口を付けるだけで精一杯だった。

「あんたにとっては急な話だっただろうけど、神殿に雨乞いを頼みに行くことは前々から決まっていてね。今日まで巫女として連れて行く娘を選びかねていたようだけど」

 床に座り込んだフェリアが黙り込んでいると、長老の妻は諭し始めた。

「誰かがこの役目を引き受けなくちゃいけないんだ」

「……わかっています」

 それが自分であることに、フェリアは異を唱えるつもりはなかった。

「巫女に選ばれることは名誉なことなんだよ」

 さらに長老の妻が続けようとしたとき、廊下の向こう側で「火事だ!」という叫び声が上がった。

「火事だって!?」

 慌てた様子で長老の妻が様子を見に部屋を出て行く。

 ひとり取り残されたフェリアは、しばらく開け放たれたままの扉を眺めていた。

「なにしてるの! 逃げなきゃ駄目でしょ!」

 部屋に飛び込んできた黒髪の美女が小声でフェリアを叱りつける。

「キシラさん?」

 長老の孫娘のひとりで、フェリアよりもひとつ年上のキシラだった。

 小麦色の肌に()(わく)的な黒い瞳の持ち主であるキシラは、フェリアの腕を掴んで立ち上がらせると、警戒するように廊下を見回した。

「あんた、その飾り物を外して、服もこれに着替えなさい。その格好で逃げたら目立つわ」

「逃げるって……?」

 腕に押し付けられた麻の服は古着だ。

「納屋に火を点けたから、うちの連中はみんな消火に駆り出されているわ。この隙に逃げないでどうするの」

「でも、逃げたりしたら……」

「裏口にイアニスを待たせているわ。さっさと行かないと、村の男たちがイアニスを捕らえるかもしれないわよ」

 キシラは脅すように捲くし立てながら、フェリアから装飾品を外し、着物を脱がせる。手早く麻の服に着替えさせ靴を履かせると、裏口はあっち、と廊下の左側を指し示した。

「走るのよ!」

 キシラの声に背中を押されるようにして、フェリアは廊下を駆け出す。髪に挿した花が廊下に次々と舞い落ちたが、気にしている暇はなかった。

 裏口の扉まで辿り着いたときには、息が切れかけていた。木の扉を押して開けると、夾竹桃の木陰に隠れるようにしてイアニスが立っている姿が目に入った。

「イアニス?」

 おずおずとフェリアが声を掛けると、顔を上げたイアニスの目が大きく見開かれた。

「逃げ出せたのか」

「キシラさんが手助けをしてくれたの」

 一歩踏み出してイアニスに近寄ろうとしたフェリアは、次の瞬間強い力で室内へと引き戻された。同時に扉は閉じられ、外ではイアニスを()(とう)する男たちの声と争うような音がひとしきり続く。

 フェリアが振り返ると、長老の妻の恐ろしい形相が視界に飛び込んできた。

「まったく、巫女を(さら)おうとする不届き者がいるとはね。こんなことなら、最初から容赦せず叩きのめしておけば良かったんだよ」

 扉を睨み付けて長老の妻は吐き捨てる。

「あの……」

 身体を震わせながらもフェリアは弁明しようとしたが、長老の妻が皺だらけの顔を険しく歪めたため、言葉を飲み込んだ。

「あんたは母親のことでも心配しながら、おとなしくしていなさいな」

 凄味を利かした警告に、フェリアは真っ青になって黙り込むしかなかった。

 巫女装束一式と装飾品はキシラが持ち出したらしく、家の中からは消えていた。

 孫の行状に長老の妻は怒り狂い、自分の息子や娘たちにキシラを探し出すよう指示を与える。

 納屋の消火に当たっていた男たちに捕らえられたイアニスは、鎮火したばかりの納屋の地下にある貯蔵庫に監禁されたのだと、長老の妻の目を盗んで、キシラの母親がこっそりと教えてくれた。

「お義父様には、キシラが納屋に火を点けたりイアニスを(そそのか)したことを私から話して、イアニスには酷い罰を与えないようにお願いしてあるわ。キシラったら、以前からイアニスが気に入っていたのに、ちっとも自分になびいてくれないものだから嫌がらせをしてみたくなったんでしょうね。イアニスが多少痛い目を見たことで、あの子も気が済んだのであれば良いのだけれど」

 キシラの母親は、娘の行動を正当化するような口振りで告げる。

「あなたも可哀想に。ちょっと顔が綺麗なために生贄に選ばれてしまうなんてねぇ」

 口先ではフェリアを憐れんでいたが、気持ちが籠もっていないことは明白だ。

 そらぞらしい同情の言葉に、フェリアは唇を噛み締め、(うつむ)いた。

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