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祈雨の娘  作者: 紫藤市
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 暦の上では雨期だというのに、ペトラ村では十日以上も雨が降っていなかった。

「これは神殿に巫女を差し出さねばなるまい」

 集会所で輪になって床に座り込んだ男たちを見回し、長老が低い声で宣言した。

「誰にする?」

「ザハリアスの娘はどうだ。器量好しの上、働き者だ。彼女ならヒュエトス神も気に入ってくださるに違いない」

「そうだな。生贄……いや、巫女にうってつけだ」

 男たちが口々に同意を示す。

 輪の一番後ろで話し合いを聞いていた青年はその決定を耳にした途端、強張った表情で集会所を足早に後にした。

 空は雲一つない晴天だ。

 亜麻色の髪を風になびかせ、白い花を咲かせたピスタチオの木陰で涼みながら、フェリアはため息をついた。

 畑の土は乾ききり、せっかく成長しかけていたかぼちゃの苗が枯れ始めている。

 今年の日照りは例年になく酷い。

 毎日、片道半日かかるプラシノ山の麓の川まで水くみに行っているが、桶いっぱいの水を畑に撒いても、すぐに土は乾いてしまう。もっと乾燥に強い作物を植えようにも、苗を買う元手がない。

 せめてこのピスタチオの木がたくさん実をつけてくれれば、と期待を込めて枝を眺めていたときだった。

「フェリア、逃げるぞ」

 険しい顔で幼馴染みのイアニスが駆け寄ってきた。

 浅黒い肌に癖のある黒髪、屈強な体格のイアニスは、フェリアより二つ年上の十八歳だ。

「長老たちは、お前を生贄として神殿に捧げるつもりだ」

 半年前、成人の儀で一人前の男子と認められたイアニスは、村の集会に参加することが許されている。

「まったく、神に雨乞いをするために女を(いけ)(にえ)に差し出すなんて、馬鹿げている」

 忌々しげに吐き捨てたイアニスは、フェリアの両腕を掴むと無理矢理立ち上がらせた。

「生贄? なんの話?」

 戸惑いつつもフェリアはイアニスに引きずられるようにして炎天下の中を歩き出した。

 家が隣同士であるため、フェリアはイアニスと兄妹のように育った。

 無口で無愛想なイアニスだが、フェリアの父が亡くなって以来、母と二人暮らしのフェリアを家族同然に世話を焼いてくれている。

 今日も、村の男たちの集会が終わったらフェリアの家の畑を手伝ってくれることになっていた。連日の猛暑でフェリアの母は体調を崩し三日前から寝付いてしまっているため、家畜の世話と畑仕事に加えて家事までもひとりでこなすとなるとさすがにフェリアも手が回らなくなってきたのだ。

「長老たちは、今夜にでもお前を巫女としてヒュエトス神殿に連れて行く気だ」

「わたしを?」

 (はしばみ)(いろ)の瞳を大きく見開き、フェリアは声を上擦らせた。

 プラシノ山の中腹にあるヒュエトス神殿は、水神を祀っている。

 岩と乾燥した土に囲まれたペトラ村は、(かん)(ばつ)に襲われるたび、神に助けを求めた。

 その際、神に巫女を捧げるという名目で、生贄の娘を神殿の滝壺に投げ入れるのだ。選ばれる娘は十代半ばで未婚と決まっている。

「お前の家は女所帯だし、集会で反対するとすれば俺くらいだから選んだんだろう」

 集会に参加できるとはいえ、イアニスはまだ集会での発言権はない。彼がいくら声を大にして反対したところで、長老らは自分たちの意見を押し通すだけだ。

「俺の姉貴のときと同じだ。長老たちは、三年間は税を免除してやるといって、()()さんを説き伏せるつもりなんだろう」

 小母さん、というイアニスの一言で、それまでおとなしく彼の隣を歩いていたフェリアは足を止めた。

「……母さんを残して、わたしだけ勝手に村を逃げることはできないわ」

 地面に視線を落とし、土埃で汚れた靴を睨みながら、フェリアは声を絞り出した。

 イアニスが雨乞いの儀式の際に村から娘を生贄に出すやり方に嫌悪を抱いていることは、フェリアも十分承知していた。

 十年前、彼の姉は十五歳で生贄に選ばれ、母親と弟妹を残して神殿へ向かった。寡婦であるイアニスの母は、大事な働き手である娘と引き替えに三年間の免税という恩恵は得たが、彼女が幼い子供三人を抱えて苦労していた姿はフェリアも忘れてはいない。

「再婚もせず、わたしを育てながら父さんが残した家と畑を守ってきた母さんを……」

 寝台に横たわったまま弱々しい笑みを浮かべ、畑へと向かうフェリアを見送ってくれた今朝の母の姿が瞼の裏に蘇った。

「たったひとりきりの家族であるお前が犠牲になることを、小母さんが喜ぶと思うのか?」

 フェリアの腕を強く握ると、イアニスは説得しようとした。

「でも、わたしが村を出て行ったら、母さんの面倒は誰が見るの? いまの母さんは、水汲みどころか、食事の支度だってできやしない状態なのに」

 半泣き状態で顔を顰めたフェリアが訴えたときだった。

「お前の母親の心配はいらない」

 すぐそばから壮年の男の声が響いた。

「村で責任を持って面倒を見る」

 フェリアが顔を上げると、長老の右腕と称される長身の男が彼女を(へい)(げい)していた。

「その通りだ」

 土を踏み締める音と同時に、(しわが)れた声がフェリアの背中に投げかけられる。

 フェリアが振り返ると、白髪に白い顎髭を蓄えた長老が、杖をつきながら二人に向かって歩いてくるところだった。

 軽く舌打ちしたイアニスがフェリアの腕を引いて走りだそうとしたが、壮年の男は素早い動きでイアニスに足払いをかける。イアニスは無様な格好で地面に倒れ込んだが、その拍子にフェリアを掴んでいた手を離してしまった。

 その隙を見逃さず、男はフェリアを捕まえて抱え上げる。

「生意気な若造が」

 長老は吐き捨てると、杖で二度ほどイアニスを激しく打ち据えた。さらに杖を振り上げたところで、フェリアが悲鳴を上げたため、渋々といった態で杖を下ろす。

「お前がこの娘を連れて村を出て行ったところで、別の娘を神に捧げるだけだ。ただ、もし新たな娘を神がお気に召してくださらなかったなら、村に恵みの雨はもたらされず、お前の家族もこの娘の母親も、村と命運をともにすることになるだろう!」

 長老の(どう)(かつ)が地面に倒れ伏したイアニスに投げかけられる。

「それとも、お前の妹を差し出すというのか」

 厳しい長老の問い掛けに、イアニスは唸り声を上げただけだった。

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