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心理探偵  作者: 黒木琥珀
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File1.休日の過ごし方

 神奈川県川崎市にある多摩心理学研究所の中庭で、古城新太ふるきあらたはのんびりと日向ぼっこをしていた。

 芝生の上にわざわざデッキチェアを持ち出して寝そべり、その辺の本屋で適当に選び出して買った文庫本を流し読んでいる。服装は、もはや私服代わりとなっている白衣。研究所で貸し出しているものだが、別に特殊な実験をする時以外は滅多に使わない。それでも着ているのは、彼がなんとなく好んでいるからだ。

 彼の本職は心理学者である。副業でいくつかの学校にて心理カウンセラーをやっているが、それはむしろ研究の成果を試すためだった。

 心理学者と聞くと大抵の人は何か不可思議なイメージを持つだろうが、古城は心理学こそ最も価値のある学問だと信じて疑わなかった。宇宙の法則を明らかにすることより、人の心を解き明かす方がより直接的な利益が得られると判断したからだ。

 いつか人間の頭の中が隅から隅まで丸裸になる時代が来るかもしれない。しかし、それは少なくとも古城が生きている間のことではないだろう。

「……あー、集中できん」

 古城は半分ほどまで読んでいた本を閉じ、唐突に放り出した。心理学者、というか古城という人間の性質上、物語を読んでも作者の顔というのを思い浮かべてしまう。どのような人物がどのような意図でこの文章を書いたということまで考えてしまい、小説の世界観に入り込めないのだ。

 まったく損な性格だと自分自身に呆れつつ、古城はデッキチェアに寝転がって空を見上げた。

 もうすぐ秋に入ろうかという季節の空は、どこまでも澄みきった綺麗な青色だった。大地に立つちっぽけな人間達の心を映す鏡のように、悠然とそこにある。

 人の心という複雑怪奇なものに挑む彼が唯一休めるのは、考えが及ばないほど巨大なものに触れた時だ。余計なことを考えなくていいということほど、心地のよいものはない。

 連日の仕事の疲れもあって、空を見上げる古城の瞼はゆっくりと閉じられていった。秋口の涼しい風に当てられて、彼の意識はまどろみの中へと落ちて――


「ちぇすとー!」


 行く前に、頭部へ放たれた打撃によってこれ以上ないくらい覚醒した。

「……痛い」

 率直な感想を述べつつ起き上がった古城の目の前には、なんだか見たことのある顔の女子高生が、嬉しそうに微笑みながら立っていた。名前を堂上深月どうじょうなつきといい、古城がカウンセラーとして勤務している高校の生徒だ。前に相談に乗ってやった後妙になつかれて、以来こうして頼まれもしないのに追いかけまわしてくる。容姿は端麗で、異常に長いもみあげとそこそこの長さのロングヘアーが特徴である。性格は一言で言うとお節介。他人に余計な干渉をする厄介者だ。

「痛いって、チョップしたんだから当たり前じゃん。あらちん反応薄いから弄り甲斐がないんだけど」

「そもそも弄る必要がない。それに今日は休日だ。仕事ならいくらでも構ってやるが、それ以外でお前と関わる意味はない。早く俺の視界から消えろ」

「……はあ? ひどー。いつも仕事を持ってきてくれる恩人に対してその態度はないんじゃないのー? あーあ、気分損ねた。最悪ー。たぶんお菓子でもくれたら機嫌直ると思うなー」

 あからさまな慰謝料請求。堂上にとって感情は抑え付けるものではなく発散させるものだ。他人に遠慮というものがない代わり、自分にも遠慮がない。無駄な駆け引きがいらない分シンプルでわかりやすいが、逆にそのシンプルさによって周りをことごとく引きずり回す。本人には内緒だが、古城は彼女を熱帯低気圧型人間と呼称している。いつ台風になってもおかしくないという意味だ。

「いいか、何度も言うが俺の本職は心理学者だ。カウンセリングはおまけみたいなもので、真面目にやる気はない。俺にとってカウンセリングを受けに来る人間はモルモットと同じだ。中身を解体し、徹底的に調べ上げる。相談とは程遠い人体実験なんだよ。そんなところに連れてこられる方が、むしろ不幸だと俺は思うね」

「ふーん、そうなんだ。でもさ、私助けられたよ」

 シンプルな言葉。満面の笑み。反論のしようもないくらい明確な事実。おそらく世界中の学者を総動員しても、堂上深月を論破することは不可能だろう。

「……そうか。じゃあ俺は昼寝するからな。お菓子は俺の部屋にあるのを適当に食べてていいぞ。おやすみ」

「え、ちょっと、その流れで寝るの? せっかく褒めてやったのに! ほだされろよ世話やけよほっとくなよ甘やかせ! あれだよ、今度の客は動物とか殺しちゃう子だよ! 超クレイジーかつ問題児。すっごいお買い得商品だぜー!」

 ぽかぽかとあまり威力のないパンチを繰り出す堂上を無視して、古城は再び目を閉じた。そういえば動物虐待を行うモルモットにはあまり会ったことがないな、などと余計なことを考え始める頭を無理やり抑え付けて、古城は思考を一つ一つ停止させながら睡眠の準備にかかった。

 昼寝から目覚めたら、話くらいは聞いてやるか。最後にぽつりとそう思い、古城は睡魔に身をゆだねた。

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