死神の理想郷6
宮内から手紙を受け取ってから…塚本はただじっとつながれた手を見つめていた
自分の力ではどうすることもできない状況に対する恐怖がこみ上げてきたのだった
(何をされるの…?)
時間がたつにつれて冷静になり、自身の中で状況を飲み込んでいく
だが、それは塚本にとってはただ恐怖を増幅させるだけであった
(帰りたい、帰っていつもみたいにアニメが見たい、漫画を読みたい)
何度も何度も祈るように頭の中で繰り返す、がそんな願望が叶うはずが無い
(…私、どうなるのかな?裏切り者って誰なのかな?)
不安と逃避したいという思いが塚本を支配して、俯く彼女の目には涙が浮かんでいた
その時…ガチャリと扉の開く音が聞こえて塚本は音の方を見る
そこにあった相手の姿に彼女は思わず安心する
…一ノ瀬が片手に鞄をを持って立っていた
一ノ瀬は部屋に入ると内側から鍵をかけて、塚本の前に座ると鞄を自分の右側に置く
「よお、大丈夫か?」
いつもと変わらないその声に、心の中にあった恐怖が薄れていくのを感じる
頷いて、相手の方を見ると首につけてある首輪が目に付いた
「…ねぇ、その首輪どうしたの?」
手が拘束されていてそのものを指差せないためにそれを言う
一ノ瀬は手を後ろに回してカチャカチャと音を立ててそれを外し、相手に見せる
「これ、『裏切り者』の証ってヤツ、宮内に着けてろって言われて仕方なく」
「『裏切り者』…悠斗くんが…」
塚本は驚きを隠せないまま言う
当然だ、一ノ瀬は誰かを裏切るようなことはしないし、その行為そのものを嫌っていた
「安心しろって、俺だって本気で裏切るつもりはねぇよ
もう一人の『裏切り者』…海部さんだって」
「海部さん…も?」
次から次へと送られてくる新しい情報に訳がわからなくなりかけ、「うぅ…」と声を上げる
「あぁ、そうだ、とりあえず今の状況の説明をしに来たんだった」
「説明…?あ、『裏切り物』だから色々教えてもらえたの?」
「そんなところ…だな、時間がもったいないし、今から言うぞ?」
一ノ瀬が言うのに、塚本は「うん」と返す
「長くなるから、覚悟しとけよ?
…んじゃ、まず捕まってるやつだな、『裏切り者』は俺と海部さん、
捕まってるのは塚本と結城…京くんのことはしらねぇ」
「…じゃあ、京くんが何かに気づいてくれれば!」
「夏休みで部活もなし、補修は俺はサボってたしメールも返す方じゃないから友人の返事も無い
俺たちの家族が気づくってのもあるだろうけど警察は場所把握ができないだろうし…
高校生の家出で片付けられそうなんだよな」
塚本が明るく言うのに、一ノ瀬は首を振る
「…そんな、でも…そうだよね…」
「大丈夫だ、そもそも俺たちが自力で出れれば言い話だ、それに相手は一人だ…絶対勝てる」
相手の残念そうな顔に一ノ瀬は説得するように言う
表情が言葉に左右されるのに一ノ瀬は普段なら沸き起こるであろうちょっとした悪戯心をどうにか抑えて話を続ける
「…でも、なんで京くんが捕まってないの?」
「海部さんが言うには、あえて俺たちに希望を持たせて弄ぶ作戦だ、って言ってたな」
一ノ瀬が拳の人差し指を軽く上げて自分のあごに当てて考えるようにいう
「…考えることが恐ろしいね」
「まあ、あいつらこういうこと考える思考は近いしな」
塚本が声を震わせて言うのに、一ノ瀬は笑いながら返す
「それで、えっと、あぁ、捕まってる奴を言ったんだな
じゃあ…この家のこと…って言っても俺も海部さんも大してわからなかったんだけど
俺と海部さんは出口に一番近いっぽい部屋に近づけるんだ、俺たちに命令を下すのがそこなんだけどな」
「部屋に集められる…二人とも歩ける自由はあるの?」
「俺は普段は脚も色々付けられてるそれを海部さんが外しに来る」
塚本は“裏切り者”はもっと自由なものだと思っていただけに相手の状況を聞くたびに
理由の無い、なんとなくの罪悪感が湧き上がっていた
「で、その部屋なんだけどな
一番奥に鍵の掛かった部屋があった、
そこから宮内が出てきたから多分そこにアイツの部屋と出口がある
…ダミーの可能性も否定できないけどな」
「あぁ、そう言われると否定できないよね」
一ノ瀬がため息混じりに言うのに、塚本はほんの少し笑って返す
こうしているとかつてを思い出して、心が癒されていくのに塚本は気づいた
一ノ瀬がふと地面に落ちてあった手紙を拾う
そして、それを塚本に見せて話を続ける
「そうだ、これに色々ルール書いてあっただろ?それと同じように俺たちにも制約はある」
「あぁ、やっぱり完全に自由って訳じゃないんだ…」
塚本は俯いて言う、だが先ほどよりはこの状況を冷静に見ようという落ち着きを取り戻していた
一ノ瀬は頷いて続ける
「まず、普段は自分の部屋に閉じ込められて手錠をはめられてる、まぁこれは当然だな
逃げようにも、さっき言ったみたいに出口は絶対に宮内の部屋を通らなきゃならない上に
絶対に鍵が掛かっててどうしようもない
次に、『裏切り者』同士は口を聞いちゃいけねぇんだけど…まぁ正直相手の目を盗んでさっきみたいに話してる」
「そういうの…やっぱりバレたとしたらまずいんじゃ…」
塚本が尋ねるのに、一ノ瀬は嫌そうな顔をして返す
「…やった奴じゃない方が拷問を受ける、最低だろ」
「それじゃ、このことって…」
「海部さんが危ないってことだな」
塚本は相手の言葉に驚きというより衝撃を受けた
友人であったからこその、苦痛、何をしようとも誰かを苦しめなければならない立場
それを考えると、胸がギュッと締め付けられた
「大丈夫だ、俺と海部さんが別れるとき宮内は見張りをしないって言ってたんだ
海部さんだって、このことをちゃんと結城に伝えてる」
「そっか、じゃあすぐにでも出られるかもしれないってこと?」
「そうだな、とりあえず、次お前の部屋に…」
相手に、どうにかごまかして欲しいと伝える前に、扉が開く音が聞こえた
それは二人には、ただの扉の開く音であったはずなのに
異様に、死刑を宣告されるような冷たさを帯びているように聞こえた
「ねぇ?楽しそうに何話してるのかな?」
一ノ瀬は自身の背中から聞こえる、腹立たしいほどに楽しそうなその声に答えるために立ち上がる
その一瞬前、塚本に「俺を信じろ」と残して