死神の理想郷5
「…くそっ…」
部屋の中で一人、宮内から渡された手紙を読んで忌々しそうに舌打ちをする
手紙を読んでから、何度「ふざけるな」と繰り返しただろうか
捕まってから、いくら時間が経過したのかは分からない…
ただ、少し腹の虫がなっていた
(そういえば…ご飯、食べてなかったな…別に一日二日は平気だけど…)
自分の腹をじっと見つめて、少しうずく腹の音を聞いてしまう
…死なないのなら、食事は来るのだろうか?
そう思っていると、ガチャリと鍵の開く音がする
心の底から楽しそうな宮内が入ってきて、早々に結城の心中を分かっているかのように口を開く
「こんにちは~おなか減ったでしょ?」
「……」
なるべく、自分が弱っていることを悟られたくなくて黙って相手を睨む
「強がらなくてもいいよ?ご飯持ってきただけなんだから」
「毒ってわけじゃないよな?」
「殺さないって言ってるじゃんか」
心外だな~と大げさに言ってみせる宮内に、結城はチッと舌打ちして目線をそらす
相手のこの態度が、いつもにもまして腹立たしかった
何度か、苛立ちでジャラジャラと鎖を鳴らすように握り締める
「仕方ないな~…じゃあ変なものじゃない証拠、作った人に持ってきてもらうから」
宮内が入ってきていいよ~と声をかけると、ガチャリと扉の開かれる音
そして…蓋を被せたトレイを持って、首輪をつけられた海部だった
「……裏切り者って、海部さんのことだったんだね…ある程度予定はしてたけど」
「海部さん、信用ないんだ~…悠斗君も同じ事言ってたし、このままだと本当に何されるかな?」
その言葉に結城が苛立ちを隠せないでいるのに、宮内は結城の周りを歩いて挑発するように言う
海部は、その言葉に少し目を伏せたようにしたが、口は開かなかった
宮内は、結城から距離を離す
変わりに海部が結城の目の前に座ると、結城は口を開く
「海部さん、裏切ったの?本当に?」
「…自分の意思で裏切った、自分の身が大事だからだ」
「最低だよね?許せないよね?自分勝手だよね?」
突き放すように早口に海部が言うのに、後ろから結城に同情するように声をかける
が、結城は宮内の方を睨むと、笑って余裕そうに言う
「これは、『望んだ答えじゃない』可能性もあるんでしょ?」
「へぇ、信じてあげるんだ…優しいね
でも、残念だけど海部さんは本当に自分の意思で従ったんだよ?」
その言葉に、少々戸惑いを覚えたが相手が相手だけに、そこまで強い衝撃ではなかった
半ば諦めたようにため息を吐いて、目線を下にやる
海部は部活が一緒であったときから、衝突が一番多かった部員であった
彼女本人からも、自分が嫌いだと何度も聞かされていたことも覚えている
「で、ご飯は?」
結城が、考えるのをやめてそう言うと、海部は結城の目の前でトレイの蓋を開く
見た目は普通のハンバーグが、トレイの上に乗っていた
「…海部さんが、作ったの?」
その言葉にただ海部は頷いて答える
「どうする?自分の身がかわいくて仕方ない目の前のお友達を信じる?
それとも、怖いからやめておく?」
「食べるよ、ありがたくいただく」
宮内の言葉に、結城は迷うことなく答える
それに、海部は驚いたように目を見開いた
仮に…二人の言うことが本当だとして、結城の知る限りの海部は直接手は出さないだろうと思った
一度友達になった相手に手を出す勇気も、そんな心も、相手は持っていないのが海部だった
「へぇ、優しいね?
…それじゃ、そのままじゃ食べづらいだろうし、海部さんが食べさせてあげてよ」
海部は、持っていたフォークを持つとハンバーグを切って結城の口元に持っていく
「…いただきます」
一言、そういってハンバーグをほおばる
(…熱っ…でも、おいしい、おそらく普通に料理したんだろうな…)
ただ、ただごく普通のハンバーグの味を楽しんで飲み込む
海部は、その様子を心配そうに眺めている
「熱い…か?」
「だいじょぶ、次いいよ?」
海部は、フォークで二口目を切り分けるが、その手は何故か震えていた
…結城はそれを、恐ろしいことでもされたのだろうと解釈して口を開く
が…次の瞬間、海部は皿を持ち上げてそのまま結城の顔面にハンバーグを押し付けた
「ガッ!!グッ!!アッ…」
海部は、苦しむ声が聞こえていないように、ただひたすらにグッグッと押し付ける
結城には、押し付けられるものの暑さと気持ち悪さよりも
信じた自分と目の前の相手に対する絶望がただただ苦しかった
もう、海部は信じるべき存在でなくなった
もう、味方では無い
海部が皿をどけるのと同時に、結城は深く息を吐いて肩で息をする
そして目の前の相手の表情を伺おうとしたが、相手は既にトレイ一式を持って立ち上がっていた
黙って、何も言わずに海部は部屋を出て行く
「あ~あ、どうする?それでも信じる?」
「…」
宮内の言葉に、結城は答えなかった
心に答えは既にあったが、それを言ったところで何が変わるわけでも無い
ドロドロになった顔に、宮内は近づいてタオルで拭く
「大丈夫?」
「…」
心配そうな声も、作っているように思えて黙り続けていた
答えたくなかった、何か下手なことを言えばそれを散々利用されるかもしれない
「いつまで誰を信じられるかな?」
「…うるさい、黙れ、死ね」
宮内は口を開かせたいのだろう、そう挑発するように言う
その言葉に怒りがこらえられずに、結城は怒りの感情そのままに吐き捨てる
相手はその様子にどこか満足したように笑うと、そのまま部屋を出ていった
「…もういいよ、もう…誰がなんだって」
苛立ちを隠さないまま、結城は残された部屋でそう呟いた