森の中の理想郷~言われなき(後編)~
翌日の昼――
ユウトとスズカは、あのタカが指定したという場所に向かっていた
空は雲がチラチラと見えて、いかにも…と言うほどではないが、ほんの少し嫌な気配がした
指定地点までの道は驚くほど開けている、それが逆に怪しく感じた
「…多分、アイツがロクでもない仲間を連れてくるか、別の厄介な奴らの群れと鉢合わせるように仕組んでるだろう」
「だろうね…ま、さっさと片付けて引き返さないと…」
空からユウトが声をかけるのに、スズカは一瞬頷いて答える
「…キョウくん、大丈夫だといいけどな」
「大丈夫だと思いたいけどね、あぁ言ってたし…信じよう」
「だな…」
話しながらたどり着いたのは…彼らが集まるのとは別の広場
ユウトはなるべく低い枝を選んで止まり、あたりを見渡す
「…何もねぇな」
「そうだね…」
あたりの静けさは、明らかに嵐の前のものと感じた二匹はなるべくあたりの様子をしっかりと確認する
が…何かが起こる気配は一向に無い
「……どういうことだ?完全な罠だったのか?」
「…かもしれない、だったらさっさと…」
言いながら最後に一回空を見る、やはり何もいない
「…戻ろう」
「あぁ」
スズカが言うと、ユウトは空に向かって飛んでいった…
“…いつ来るんだろう…”
空をじっと見つめながら、木の枝の上でオリエはそんな不安に襲われていた
そこに本来捕食者であるタカが来るのを見張るという行為に、若干の恐怖心はあった
それでも大事な仲間のために、と己を奮い立たせていた
“でも、これだけでいいのかな?
私に、もっとできることはないのかな?”
いつも、そうだった
戦えるスズカやユウトに任せっきりで、
自分に出来るのは自分が思う限りあっても無くても変わらないのではないかと思える事
自分は、こんなことでいいのだろうか?
そんな思いに俯いてしまいそうになった
“…ううん、今はちゃんと見張りをやらないと…やらないと…”
そう思って顔を上げて空をじっと見る
心の中のその不安に、少しだけ苦しみながらも…
地上ではキョウがマイの様子を見守っている
一時期より呼吸は落ち着いているように見えるが、それでも怪我が治ったわけではない
…何が起こるか、不安だった
“…ボクだって肉を食べる牙がある、大丈夫
戦えるんだ、僕だって…”
そうやって自分に何度も何度も言い聞かせて、これから戦うであろう相手に失いかける自信を持ち直していた
普段から時の流れは長く感じていたが、それ以上に時間が重く感じる
風が草むらを揺らす度に、あたりを警戒している彼の感覚は刺激されてあたりを見渡してしまう
「…このままだったら良いのになぁ」
キョウは願うように言った
単に戦いたくないだけではない、目の前の彼女がこれ以上傷つくような事がこれ以上なければ良いと、強く願った
しかし、その願いは叶わない
「キョウくん!!」
オリエが叫ぶと、彼も空を見つめる
空に一点の影、それはこちらに向かって徐々に大きくなっているようだった
キョウはマイを草陰に隠した後にソレを見つめる
…それは、彼の言っていたらしき一匹のタカ
普段ユウトの止まっている枝に知ってかしらずか止まって言う
「…獲物を見つけたと思ったら…何だお前?」
威圧的なその態度にキョウは一瞬怯むが口を開く
「…お前が…ユウトを…執拗に…」
「あ?アイツの知り合いか?
ハハッ、アイツ、同属からやっかみ受けるからって、別の奴と手を組んだのかよ!」
「…手を組んだんじゃない!ボクはユウトの力になりたいんだけなんだ!」
馬鹿にするような声に、キョウは強く言い返す
「力になりたいねぇ?健気なこった…
ま、どうしようと勝手だがな、てめぇを潰せば済む話し出しな?」
タカが羽を広げて言う、キョウは威嚇するように牙をむいて近づく
「ボクは…ボクは潰れない!そう約束したから!」
「言うだけなら幾らでも出来るんだよ雑魚が!」
相手は言いながらキョウの方に飛ぶ、キョウは爪で掴まれると判断して咄嗟に避ける
だが、タカの方はそれがわかっているかのようにそのまま弧を描きながら方向を変えて爪をキョウに向ける
それも…背中に
「グッ…アッ…」
「ハハハハッ!やっぱり言ってただけかよ!…んじゃ、隠してたのはわかってるからな!」
そういって彼がマイを運んでいた場所を見る
そこではオリエがマイの傍に居て彼女を見守っていた
“どうしよう…私じゃ…私じゃ…”
タカは一歩跳躍するように近づき、オリエを見て笑いながら言う
「…ククッ、アイツ、こんな奴も巻き込んだのか…あんなの、何の力になるんだか」
“!!”
先ほどの不安に直接刺さるような言葉にオリエは何も言えなかった
タカはもう邪魔者は居ないだろうと獲物に近づいていく…
「…ボクは…まだ!!」
キョウは力を振り絞ってどうにか立ち上がり、タカの方を見る
まだ間に合う、きっと走れば…アイツを押さえつけてしまえば!!
そして、彼は地面を蹴り、彼の背後に向かって…
「…くそ!!まだ湧いてくるのかよ!」
何も無い、と思いユウトが空に抜けた瞬間待っていたのはカラスの群れであった
おそらく、最初からそこを狙う考えだったのだろう
「ユウト!こっち!」
スズカの声に地上へ向かって降下すると、カラスは何十匹とでそれを追いかけるように降りてそのままスズカに襲い掛かる
「…数で押す馬鹿に負けるかって!」
そう言いながら、スズカは数回のカラスからの攻撃に耐え一匹一匹確実に仕留めていく
ユウトは、空でカラスを蒔きながらスズカと戦って隙だらけのカラスの背中に爪を立てて空に上がる
「スズカ!今引き付けたの片付けたら撒くぞ!コイツら全員相手してたらアッチがあぶねぇ!」
「わかった!」
ユウトは、地上に誘導しながらスズカに叫ぶとスズカは答えて目の前に飛び掛ってきた一匹に食らいつく、
そして体に飛び掛ってきた一匹へ身を翻して飛び掛る
ユウトも空中で何匹かを相手にしながら飛び回り、少しでも諦めさせる
「…しつけぇんだよテメェら!」
「うるせぇな!お前こそさっさと消えたらどうだ?お前の仲間なんて、お前が怖いだけだろ?
そうやって利用されてるだけなんだよ!」
「アイツらはお前らみたいに弱くねぇ!!自分の弱さを卑怯な方法でごまかさねぇ!!」
カラスの一羽が言うのに、ユウトは力強く返す
他の獣とは、違う…アイツらは、変だ…変だけど、卑怯じゃないんだ
「……ちっ、力ばっかり他の奴より有りやがって
せいぜい遊んでろ!!」
カラスは吐き捨てるように言うと数匹を連れてどこかに消える
数は半数ほどになっただろうか?
「…ユウト!」
スズカの声が聞こえる、彼女の方が片付けたのだ
ユウトはその声に速度を上げて急降下して追いつかれないようにする
スズカはこちらに飛んでくる相手を確認して木の茂る方へ飛び込んでいく
彼も器用に羽をぶつけない様に木の間を飛ぶ
「…ちっ、危ないけどしゃあねぇか…」
「大丈夫?」
「俺を誰だと思ってる!!」
心配そうな声に、自信満々にそう返す
幸い、カラスの群れは森に向かって突っ込んでは来ていないようだ
「…撒けたか?」
「みたいね、そうとわかったらさっさと向かいますか…
最悪、また広場に出たところで待ち受けられるかも知れないけど…」
「無いだろ、第一、俺たちの行き先がわかってるとは思えない」
「ま、だろうね」
そう短く返して、スズカは更にスピードを上げて森の中を駆け抜けて行った
「…何だ?まだやるのかよ?」
キョウは、完全に油断していた相手の背後を取ったつもりだった
なのに、それは簡単に避けられてしまった
タカは元の枝に戻って嫌らしい声で言う
「…ボクは…約束…したから!戦うって!倒すって!」
「もう一度爪を食らいてぇのか?」
「…それでもいい!ボクがココを守るんだ!」
キョウの言葉に忌々しそうにケッと言うと、再びタカはキョウに向かって飛んでいく
避ければ自分が危ない、しかし避ければ背後の彼女は…
相手の姿は、もう目の前
先ほどの痛みがよみがえったような感覚に負けて目を瞑ってしまう
聞こえたのは…タカの悲鳴
「てめぇ…てめぇも仲間か…!!」
「…腹が減ったからちょうど良いと思っただけだ」
羽を足で押さえつけて、相手に冷たく言い放っているのは…カナメ
「だったらお前も同じだろ?お前もアイツの事が気に食わない…
なら、アイツを潰せばいいだけの話じゃねぇか?そうだろうが!
他の種族とつるんで自分の気持ち紛らわせる雑魚が…気に食わないんだろ?」
「…私はアイツが確かに嫌いだ…アイツの連れも気に食わない奴らだ、けどな…」
そこで区切ると、カナメは相手に深く爪を立てた
「…けどな、そうやって口で言われると腹が立つんだよ…無性にな」
それだけ相手に告げると、カナメは口を開いて相手の喉元に深く食らいついた
タカの体の殆どをカナメが堪能した頃、スズカとユウトは広場に飛び込んできた
「キョウくん大丈夫?…ってか結局アンタ居るんじゃん」
「…ふん」
キョウに声をかける直前、視界に入ったカナメにスズカは声をかけるが、その声はやはりそっけなかった
「ごめん、結局ボク一人じゃ…どうにも…」
「私も…何も…」
キョウとオリエがどうしようもない無力感に襲われてるのかそういう
「…ううん、そんなことない、どうせアイツが後から来たんだろうし
とにかく、結果助かったならそれで良いんだって…キョウくんも立派に体張ったんだし」
「それに、カナメさんも言ってただろ?本当は俺一人の問題だったんだ」
落ち込む二匹にスズカは彼の背中を見つめて励ますように声をかけ、ユウトもまた切り株から二匹に言う
「…ってか、カナメさん…美味かったか?」
「腹を満たすのに贅沢は言ってられん…それに、こうでもしないと終わらないだろ?」
「ハハハ、そうだな」
カナメの言葉にユウトはつい笑ってしまう
やはり、彼女もこの状況を無視することは出来なかったらしい
「まぁ、ユウトくんは皆に愛されてましたってことで」
「…そうだな…って…お前…」
ユウトが声に同調するが、その聞き覚えのある声に振り返る
「…マイ、お前…?」
「いや~友情って美しいですね!」
何の怪我もなかったかのようにしれっと言う彼女に、全員が状況を理解できないのか相手を見つめて動きを止める
「…えっと?マイ?どういうこと?」
「いや、ね?コレくらいの怪我だったら一応治せたんだけど…なんか皆必死だったし?
キョウくんも頑張ってたし?その努力を無にするのは心が痛んだんだけど、やっぱり体すっごく痛くて…」
その説明に、一番落胆したのはキョウだ
「…ねぇ、ボク何のために頑張ったの?ボク…ボク…」
「い、いや、お前は悪くない、お前が居なかったら、私は間に合わなかったから…な?」
それを見かねて、とうとう無関係を装っていたカナメは口を出してしまう
「…マイちゃん…すっごく心配したんだよ?」
「あぁ、うん、ごめんね?」
オリエは安心したのか泣きそうな声で言うのに、マイも少し焦って返す
「……カナメさん、カナメさん、今度からおなか空いたらもうアイツでいいんじゃない?」
「…そんな気がするな?」
スズカがカナメに声をかけると、カナメも呆れたように頷いて同意する
「あ、妖怪の肉食べたら多分ろくでもないこと起こると思うよ?それでもいいなら…」
「なおさら事前に直せよ!俺がどれだけ心に傷折ったと思ってやがる!その傷で!」
ユウトが力強く言うのに、マイは再びごめんごめん、と軽く返す
「…何事もなかったって考えれば…まぁ悪くはないが」
「そうそう、都合の良いことだけ覚えてれば良いんだって」
「お前は黙ってろ!!」
カナメがまとめようとしたのをマイが横から声をかけるそれにカナメは牙を向いて制止する
「…まぁ、うん、何もなかったから…いいんだよな?」
「…そういうことにしますか…」
ソレを見つめてユウトが笑いながら言うのに、スズカもそう頷いた




