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私たちの理想郷~大切な人へ~

2月14日の午後1時



リビングに揃った、四人の女性。

テーブルの上には、ホットケーキミックスにクッキーの材料とそれを飾り付けるために入れるであろう食材が並んでいる。


「あぁ、集められたからなにかと思えば面倒だから全員で作ろうという訳ですか」

「そうそう、どうせ渡すなら皆で一緒っていうのも有りかと思って」


宮内がテーブルの上の材料を眺めながらなら納得したような声で言う。

結城は頷きながら返すと、すぐ後ろにあるキッチンからいくつかのボールと泡だて器、ヘラを持ち出した。


「いいよね!こういうの皆でやるのも楽しいって思ってたし!」

「集まる機会もなかなか無いしな、できる日があるならやろうって二人で話してたんだ。」


塚本は少し興奮気味に、滅多に無いこの状況を楽しんでいる。

先に出てきていた海部はボールとその中に入れためん棒をテーブルに置いて軽く肩を回す。


「まぁこうやって揃ったことですし、早速始めますか!作るのは二種類……マフィンとクッキー

 味付けの幅で誤魔化すことにした、まぁ六人もいるからそのあたりはね……」

「……薄力粉でマフィンもできるよね?」

「べ、別にいいだろ……失敗しにくいし……どうせ味付けするなら粉の量減るし……」


宮内のつっこみに海部は腕を組んで何かを誤魔化すようにそっぽを向いた。


「で、どう別れる?どうせ全員作れない訳じゃないんだしどうでもいいんだけど」

「ジャンケン……ぐっぱでやらない?一番簡単だし」


塚本が言うのに、特に他の方法の思い浮かばない三人は頷いてその場でジャンケンをする。

4回目でようやく海部と塚本がグーを出し、結城と宮内がパーを出して決着がつく。


「んじゃ、私が塚本と、だな」

「海部さん!私の胸に飛び込んでおいd……」

「へいへい」


両手を広げた塚本の言葉を海部は軽く流しながら宮内と入れ替わりで彼女の隣に立つ。

反応されなかった塚本はその悲しさからががっくりと両腕を下ろす。


「あ、宮内、砂糖のつまみ食いしないでね」

「失敬な!もうしてないよそんなこと!」

「「「もう!?」」」


結城が笑いながらふざけた調子で言った言葉に返ってきた思いがけない一部分に

思わず三人は声をそろえて反応する。


「え?何?これっておかしいこと?」

「……海部さんと塚本はマフィンお願いね」

「「ラジャ!!」」


宮内が不思議そうに言うが、結城は呆れで脱力した様子で視線を二人に向けて指示をすると

相手も敬礼の真似事をしてボール二つを手に取る。



「普通のことだと思ってた、ずっと」

「うるさいわ味覚障害……じゃこっちはクッキー作るから、バターと卵は温度戻してるし

 混ぜるのと粉ふるいね……もう最初からわけとく?どうせ味作るんだし」

「こっちもそうしよっか?」



塚本が提案するのに、海部は頷いてトレイにバターの入ったボールを近づけ、

上にまとまって置かれていた卵をその縁で叩き割って入れていく。


「ボールの縁じゃないの?」

「……昔、家で怒られたんだ。『殻が入るでしょ』って、それから手間でもこうしてる」

「あ、それわかるかも、子どもの頃怒られたことってずっと気になっちゃうよね

 ……砂糖多めで大丈夫かな?ココアとかだと苦くなりそうだし」

「ああ、まぁ甘くなくても……男子の方は大丈夫だろう、どっちかといえば甘いのが苦手だろうし」



塚本の方はボールの縁でカンカンと卵を割り、

砂糖のケースを片手に尋ねると海部は頷ながら答えを少し考えて砂糖のケースが回ってくるのを待つ。



「結城さん、その量……味、するの?」

「あんた逆にいつもどれ位入れてるの?アンタのくれる手作りのやつ、甘ったるいし……」



結城が別に分けてあった砂糖を入れるのを宮内は不思議そうに見つめていると

彼女はため息を吐きながらケースを宮内に手渡して以前のバレンタインのことを思い出す。



「あー……あれ一個で結構腹にパンチくるよな、結城のクッキーか砂糖入れてない紅茶で流してる」

「私はそのまま食べられるけれど……確かにちょっと甘いかなーと思う、かな?」

「えー……皆おかしいって……」



海部と塚本も、ボールに入れた材料をかき混ぜながら以前のことを考えて笑う。

二人の言葉に納得がいかないのか、宮内は不満そうに呟きながら

左手につかんだケースを傾けるとその腕を結城がガッと掴んだ。



「言った傍から今ある砂糖のケースを逆さにしようとすんな!!

 今から作るのべっこう飴じゃないからね?クッキーだからね?」

「えー……もうしょうがないなぁ、妥協してあげるよ」



宮内は渋々結城の指示に従って砂糖の量を彼女にしては普段より量を押さえて材料をかき混ぜ始める。




暫くして、海部はヘラをボールの縁に軽く叩きつけてから擦り付けて結城の方にボールを軽く傾けながら尋ねる。



「こんなもんだな?」

「えっと、大丈夫……それドライフルーツ?」

「ああ、じゃお先に」



安心したような笑顔で返しながら海部はボールとドライフルーツの乗った皿を一度キッチンの作業台に運び、

オーブンの見えるところで少し小さめのカップに生地を流しこみはじめる。

塚本もそれを見届けると自分の作ったこげ茶色の生地を結城に見せて尋ねる。



「涼香ちゃん、こっちは?」

「それも大丈夫……っていうかなんで私に聞くの?」

「なんか涼香ちゃんが大丈夫っていうなら大丈夫な気がするから!」



親指をぐっと立てて見せる塚本の言葉に困ったように頷きながら、キッチンにボールを持っていく彼女の姿を見送る。

塚本は使っていない電磁調理器の上にボールを乗せて、

自分の使う分のカップを棚から取ると海部の声が聞こえてそちらを見る。



「うわっ」

「どうしたの?」

「……塚本悪い、一つ貸せ」


海部が体を避けて見せると、何をどうしたのかカップが破れてしまっている。

よく見ると生地を入れ終えたカップもどこか形が歪なままどうにか均衡を保っているように見える。


「えっと……誤魔化せる?」

「誤魔化しじゃない、失敗してない、まだ失敗してない、焼き上げのミスが失敗だ、まだ失敗じゃない」



自分に言い聞かせるように、壊れたカップから塚本に貰ったカップにそろそろと生地を流し込んでいく。

が、その手は危なっかしく注ぐカップが再び壊れてしまうのではいかと思ってしまうほどだ。



「えっと……大丈夫?」

「うるせえ!こぼすだろ!話しかけるな!」



宮内が生地をラップにはさんだところで振り返るが、手を震わせて作業をする相手を見て全てを察した。


その間に結城は自分の作っていたラップに挟んで麺棒で伸ばし終えた、赤みがかった紅茶味の生地を

冷蔵庫の真ん中の段に入れて扉をそっと閉じる。



「こっちもマフィン作ろうか?」

「い、いや、大丈夫、大丈夫だから、もう大丈夫だから」

「いまいち信用ならないんだけど」



海部が慌てて弁明するように少しずつドライフルーツを記事の上に乗せていく、

作業の規模が小さくなったのを見計らって塚本もカップに生地をゆっくり流し込む。



「あっ」

「織枝は何した!?もう私がやるかそっちの方が早いでしょ?」

「大丈夫だよちょっとこぼしたくらいだから!できるから!」


まだ何も入れてないボールをその場に残してキッチンの方を覗き込むが塚本は手を振ってそれを拒む

見ると確かに特に何か言うほどの量ではなかったため一度引き下がる。



「いやぁ大変ですね」

「まったく……なんで誰一人として安心させてくれないの?」


宮内が生地を伸ばしながら他人事のような態度で言うと、結城は大きく息を吐いて手早くボールを取り卵を割る。


「私のは偶然だ!事故だ!」



自分の不器用を隠すように海部は言った後、オーブンの扉を閉めると

扉の下にある画面に表示された時間をじっと見つめゆっくりと時間を

20分に合わせていき、念のためソレを塚本にも確認させるとボタンを押し、息を吐いてキッチンから外に出る。



「……はあ」

「もう時間確認させた時点でアウトなんだけど」

「焼き加減も失敗するフラグ回収するよりはマシだろう……」



結城は砂糖を加えながらため息を吐いた相手の様子をチラチラと見る。

元の位置に戻りもう一つのボールに先ほどと同じ方法で卵を入れる動作に、

先ほどの慌ては表面上ではあるが確認できなかった。




「私も先に作っといた方がいいよね」

「だな……えっと20分4種類ってことは、1時間と20分か……?」



塚本が元の位置に戻って別のボールを引き寄せて隣の人間を見ると、彼女は指を折って時間を数える。


「うん、じゃあ最後の種類の焼き始めくらいからクッキーは再開したら丁度いいかな」

「あ、私、形作りたい!」

「はいはいそれは皆でみんなでやるから……」


進んで塚本がそういうのに、結城は歳の離れた妹を宥めるような声で言った。








作業開始から一時間程が経過し、作業代の隅には皿に並べられたカップケーキが三種類、

その傍に焼き加減を確かめるために使った竹串数本が残ったまま残っている。



塚本の入れたカップを海部が受け取ると再び慎重にタイマーをあわせて、3度ほど時間を確認するとスタートボタンを押し

そのすぐ後ろの壁にもたれてそれを見つめる。



「……こっちも作業再開かな、海部さんごめんだけど生地取ってくれる?」

「4つ全部か?」

「え……もしかして、海部さん作らないつもり?」

「……不器用なの、見てただろうが」


先ほどの失敗を引きずっていた彼女は、決まりが悪いのかそっぽを向いて暗い声で言う。



「多少形が悪かろうと気にしないでしょ、大丈夫だって」

「……ん」



結城の言葉に海部は背中を壁から離して、冷蔵庫の真ん中の段から薄い4枚の生地を重ねて持ちテーブルに向かう

その上には4枚の鉄のトレイの上にキッチンペーパーが敷かれており、前にくりぬいた型を入れる皿、

真ん中にはクッキーの型と小さな更に乗せられた強力粉があった。

海部は持ってきた3つを適当に配ると残った1つを自分の前に置く。


「これはさっさとやんないと生地が柔くなっちゃうから

 型にも真ん中の強力粉軽くつけてね、多くなるとまた色々あるんだけど

 ……まぁそれは適当でいいんじゃない?」

「はーい」

「りょーかい」

「頑張ります!」


結城の指示にそれぞれが返事をするとラップを取り、中の生地をトレイに置くと

強力粉に型を軽くつけてから作業を始める。


「ねぇ、これ何の形だと思うよ?……二つでっぱりあるけど……車の前半分?」

「え、何ソレ、うーん……そうなんじゃないかな?」


突然結城が一つの型を取り出して前に居る二人に見せてみる、

確かにそれは車の運転席側を横から見たようにも見える。

塚本がそれを見て真面目に考え込むが何も浮かばないのか何度か頷く。


「……その窓に見えてるでっぱり下に向けてみ?」

「え?……あ、えっと……あ、犬だわこれ……」


二人を宮内が申し訳なさそうに指摘すると、

結城はその言われたとおりに方向を戻すと少し落ち込んだように言う


「車の前半分って……お前……その発想……」

「しゃーないでしょ!?なんかもう頭おかしかったんだよそうだよ!仕方ないんだよ

 私の頭おかしいんだよ!」


海部が笑いをこらえるながらグッと生地に型を押し付けるのに結城は半分やけになって答える。


「でも見てこれ……何?象?」

「え、何ソレ、首長いけど尻尾も長いしでも耳ないし、ネッシー?」


何個か星型の型を抜き終えて別の形を作ろうとした塚本が

型の山から出したその妙なシルエットに宮内も検討がつかず考え込む。


「えー……ちょっと海部さんパッケージ見て」

「お、おう」


結城もそれを見つめるがその正体がわからず海部に言うと、

彼女は作業は良いのだろうかという疑問を抱きつつ型があった下の場所のタンスを開けた。


「……あーこれはわかんねぇわ、ってか反則だな……」

「え、何々?」


結城は気になるのか海部を見る。

彼女は元の位置に戻るとパッケージとのにらめっこをやめて顔を上げながら、

もう一つあった同じ形の型を取り上げて笑顔を浮かべながら見せる


「恐竜、ほら、首長竜って居るだろ、あれだ」

「嘘でしょ?だって一緒に入ってたのさっきの犬とか鳥マークとかだったよね」

「浮いてる、明らかに場違い」

「ネッシー微妙に近いし」


やっとわかったその形の正体に、驚きを隠さないままの声音で三人は笑う。

海部は証拠にと結城にそのパッケージを渡すと

そこには確かに「犬×1 猫×1 鳥×1 恐竜×1」と書かれていた。


「はぁ……すっきりした、じゃあ作業再開かな」

「でも……生地がなんかやりにくいっていうか、べちゃってする……」

「こうなったらまた冷やすしかないねー」

「まだ半分くらいしか形が出来てない」


笑いが収まらないまま作業を続けようとするが、少し抜けた力と時間経過の所為でゆるくなった生地とで

型抜きの作業を一時中断せざるを得なくなる。

結城が持ち出したラップに再び生地を挟み、冷蔵庫に戻した。




――夜


あれから大きな問題は起きず、揃って夕飯を終えてから数時間の後。

6人はリビングに揃いながらもそれぞれ思うように過ごしていた。


「なぁ、結城……そろそろいいんじゃねぇか?」

「あー……まぁおなかもすっきりしてきたし、ね」


結城はソファから立ち上がって振り返り、少しだけ落ち着きのない海部の方を見て頷く。

それに反応したのか塚本と宮内も自分の作業を止めて立ち上がる。


「それじゃ、二人で少しだけでも部屋に置いてるのとって来るね!」

「頼んだー、海部さんと私は飲み物の準備ね……二人とも適当にジューズでいい?」

「あ?いいけどよ……なんだ?」

「えと、うん、なんでもいいよ……?」


明らかにバタバタとしだした女性陣に対して一ノ瀬は意味がわからないと言った態度できょろきょろと

残った二人をみて、

鳴滝もきょとんとした表情でそれを見守る。


ドンドン!と扉を開くように催促する音が聞こえて、結城がその扉を開くと塚本と宮内が

両手にクッキーの入ったタッパーとカップケーキを乗せた皿を見せて言う。


「はい、お待たせ!バレンタインクッキーとカップケーキ!」

「私達が愛とか真心とか色々こめて作ったんだから感謝してよね!」

「グダグダだったけどな」


ボソッと海部が言いながら入れ替わるように廊下の方へ消えていく。

どうしても場所をとるカップケーキの方は流石に持ちきれないためだった。


「あぁ、そうだ、そういえば俺貰ったわ!」

「うわー薄情!!」

「うるせーな、単なる顔見知りから貰っただけだっての!」


宮内が皿を置きながらわざと突き放すように言うと、一ノ瀬は自分の印象を下げたくないのか

慌てて訂正するように強い口調で返す。


「僕、貰ってなかったからうれしい……」

「あー、その、なんていうか、ドンマイ……」


鳴滝がじっとそれを見つめながら言うのに、結城は返事に困り当たり障りのない返事を返す。


「へい!残りのカップケーキだぞ!」


開き放たれていたドアから海部はカップケーキを大げさに見せてからテーブルに向かう。


「よし、飲み物も揃ったことだし、人もそろったし、食べますか」


と、言いつつも全員遠慮しているのか紅茶を一口飲んだだけでなかなかそれに手をつけない。


「えっと、男子からいったら?こういうの」

「しゃーねなぁ、いただきます」

「いただきます!」


結城が薦めると一ノ瀬は口だけで嫌々そうに紅茶味の、

鳴滝は嬉しそうにココア味のカップケーキに手を出す。


「どう?」

「あぁ、うめぇ、普通にいける」

「おいしいよ」


返ってきた返事に女性陣は安堵しながら互いに顔を見合わせると、

自分達もカップケーキを取って食べる。


「あ、うん、おいしい、手間取ってた割には」

「い、いいの!おいしくできたんだしそれで!」


塚本は目を逸らしながらコップを傾け水分の奪われた口の中を潤す。


「うん、クッキーもうまい……ってか俺チョコも食えるからな?」

「いや、でも苦手なものって聞いたの差し出すのは……気が引けるじゃん」


一ノ瀬はコップの中を一気に半分ほど減らす。

結城も自分の作ったクッキーを一つつまんでかじりながら答える。


「たまには食べたいよね、チョコも、どうなるか気になるし……」

「じゃあ来年はそっちにしてみるか?カカオ多目のあまったくるないの?」

「甘くないチョコはチョコじゃない!」

「お……おう……」



鳴滝の方を見て海部は提案するが宮内がそうキッパリと言い切るのに怯む。


「あと……一つ思ったこと言っていいか?」

「え?何?どうぞ?」


一ノ瀬が真剣な表情で言うのに結城は何を言い出すのだろうかと少し身構える。



「……今日暇とか色々やばくないか?この面子」

「「「「……………」」」」

「悠斗!僕もちょっと気になったけどまだ大丈夫だって思ってるんだよ!!」




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