私たちの理想郷~手作り~
3月14日
「ほら、この芸人オレが好きな奴だ!覚えとけよ!」
「うん、この人たちのこと前も言ってたよね、覚えてる覚えてる」
他の全員の都合が上手に被り、家に一ノ瀬と結城だけが残されていた
二人は並んでテレビを見ながら、普段どおりくだらない会話をしながら笑っている
見ていた番組が終わり、一ノ瀬が時計を見上げると針は8時を刺す
彼は何も言わずに突然ソファから立ち上がってキッチンに向かう
「悠斗くんどうしたの?お茶ならまだ残って…」
結城が相手の動きにソファから顔を出してキッチンの方を向く
と一ノ瀬は包丁を右手に持ってその手を結城に向けて宣言するように言う
「俺が晩飯を作ってやる!!」
「…は?」
提案に結城は訳がわからないといったような声を出す
が相手はお構いなしに包丁をその場において冷蔵庫で食材を漁っている
「ちょ、ちょっとまって!作るのは良いけど何するの?」
「焼き飯でいいだろ、飯部分は残ってるだろ?」
我に返った結城が警戒するように尋ねるのに一ノ瀬は平然と返して野菜を取り出しながら独特の言い回しでご飯の量を尋ねる
「う、うん、多分二人分くらいなら…」
一ノ瀬は炊飯器に向かい蓋を開けて中身を確認する、結城の言うように丁度二人分の炊かれたご飯が残っている
「っていうか、悠斗くん作れる?」
「オレの天才的な腕前に三ツ星シェフもひれ伏すレベルだな」
「ソウデスカ」
相変わらず適当なことを言う一ノ瀬に結城は大して相手にせずに流す
機嫌よさそうに準備を進める相手に、不安は隠せないが流石に焼き飯で失敗する要素は無いだろうと見届けることにする
「オレのハイパー超絶テクニックに酔いしれてもらうぜ」
「………はいはい」
一ノ瀬が無駄にポーズを決めながら言うのに結城はため息を吐く
彼は最初に軽く野菜を洗い、自身の前に並べる
(…ぶ、無事に終わったか…って流石にここでは何も起きないって)
その肯定が何事もなく終わったことに何故か安堵した結城は自分でも心配しすぎだと首を振る
「それじゃ、まずこれだな」
彼が手に取ったのは余ったらしい人参一本、皮はおそらく二人が使った際に処理されているはずである
集中するようにじっとそれを見つめる一ノ瀬に結城はどこか嫌な予感を覚えながらも一応黙っておく
と、一ノ瀬は突然人参を空中に放り投げそれに包丁を当てる
するとそれは綺麗にみじん切りに…なるわけもなく、結城のほうへ飛来する
「うわっ!?」
咄嗟にソファの背もたれに身を隠してそれを回避する
「アレ?おかしいな…確かにオレの技術なら」
「ふざけるな!そんな方法で人参が切れてたまるか!漫画でしかできないからそんなこと!」
一ノ瀬が本当に不思議そうに首を傾げるのに結城は強い口調で言う
結城は人参を拾って「もう一回洗えばどうにかなるよね?」とつぶやく
そういっている間にも、彼は残っていたレタス4分の1玉を何故か小分けにせずにそのまま二つに裂こうと必死になっていた
「フンッ……クッ……くそっ!手ごわい」
「当たり前でしょ!なんでその分厚さのまま千切ろうとしてるの!?
普通何枚か取ってから…あぁもう!!」
任せたのが間違いだったと頭をふって、結城が立ち上がり人参を届けるついでに包丁を取ろうとすると一ノ瀬はそれを止める
「やめろ!…コレはオレの戦いだ!…お前は手をだすな!」
「いや戦いって…っていうか手を出すなって言われてもアンタのさっきまでの行動じゃ任せられないから!」
一ノ瀬がレタスと格闘した名残…ではなく大げさな演技で肩で息をしながら制止するが
結城も流石にこれ以上の放置は出来なかった
「…どうしても作るって言うなら、こっからさき作業の面でふざけないこと…いい?
キッチン破壊しようものなら皆にも協力してもらって責任負ってもらうからね?」
「…わかった、わかったようるせぇな…」
結城の出した条件に不満そうにぶつぶつと呟いて一ノ瀬はレタスを素直に葉を数枚千切って適当な大きさにそろえる
その様子に今は安心だろうと人参を近くのザルにおいてソファに戻って
一ノ瀬の方を見るために膝をクッションに立てて背もたれに腕をかける
彼は再び人参を取り出すと素直に最初にそのまま薄く輪切りにして並べると細かく包丁を動かして千切りを作る
「なんだ、結構手際いいんじゃないの?」
「当たり前だ、オレを誰だと思ってるんだ」
結城が言うのに、一ノ瀬は普段の上から目線の言葉で返すがそれはどこか嬉しそうに明るかった
人参を千切りからみじん切りにして皿に別けておくと、今度はハムを取り出してこれも細かく切る
ここから先は大して事件も起こらないだろう、結城は自分の体の向きを変えてテレビをつけてそれを見ようとする
「おい」
「何?」
後ろから一ノ瀬の小さく呼ぶ声がして結城は声だけで返す
「なんで俺から目を離す、俺のハイパーテクニックを…」
「いやいやいや…もう心配ないだろうし」
一ノ瀬の不満そうな声に、結城は意味がわからないといった様子で
「いいから見ろ!」
「何で!?」
相手の意図のわからない指示に困惑しながらも結城は体制を先ほどのように戻して一ノ瀬のほうを見る
(あ、もしかして…上手くいくのか不安だったりしたりして?
それなら素直に手伝えって言えばいいのに…ま、変なプライドがあるのかもしれないけど)
彼の意図を何となく察して結城は笑顔になる
「何だよニヤニヤしやがって…俺の技術はそんな笑うところないぞ?」
「違う違う」
結城が手を振って否定するのに「ったく」と一ノ瀬はしっかりしろよ?と言いたげな声で言う
残りの準備は既に炒める作業だけになっていた
再びくだらない会話をしながら作業は進み、焼き飯は完成する
一ノ瀬はフライパンを持ち上げて皿に取り分ける
「あ、私そんなに食べないし、悠斗くんが多めに取ってよ」
「遠慮するな!俺の料理は絶対上手いから」
「そういう意味じゃないって」
言いながらも彼は結城の方の量を少なくして盛り付けるとテーブルに皿を二つ並べる
その間に結城はお茶の入った冷水筒とコップを二つ取り出す
コップはかわいらしいカエルのデザインされたものとひよこのデザインされたものだ
「俺カエルだからな!」
「はいはい」
それを見て咄嗟に言う相手に結城は笑いながらわかっているという調子でお茶を注ぐ
彼はカエルのコップが一目見たときから大層お気に入りらしく、買ったその日から使っている
完全に食べる準備は整った、結城と一ノ瀬は向かいあって座る
「それじゃ味わっていただけよ」
「はいはい頂きます…悠斗くんは?」
スプーンを取った結城は食べる気配の無い相手に尋ねる
「俺の料理を先に食わせてやるって言ってるんだよ」
「毒見ですねわかりました」
腕を組んで言った相手に結城は諦めたようにため息を吐いて一口、
見ている分には問題は無かったが少しだけ不安もあったため恐る恐る食べる
相手がじっとこちらを見るのがほんの少し気になる、全力で感想を待っているのだろう
「……おいしい」
「だろ?」
少し不安そうな態度のようにも思えた先ほどとはうってかわって自慢げに言う
ほんの少し腹立たしい気もしたが、残念ながらおいしいものはおいしいのだった
相手も感想を聞いて安心したのか完成した焼き飯をがっつき始める
「…ねぇ、いつの間に練習したの?」
「黙秘権を使用する」
「それくらい答えてくれてもいいと思うんだけど」
相手は言うつもりは無いとそっけなく言うが、文句そのものは普段のとおりなので冗談なのだろう
結城は冷静にいつもの調子で返す
一ノ瀬は何故か言いたくなさそうであったが、新しく含んだ口の中の物を飲み込んで言う
「……お前らが居ない間に練習したんだよ、調べて」
「へぇ、偉い…で、なんで私に食べさせたの?皆に食べさせてもよかったんじゃないの?
っていうか、皆で食べるほうを望むと思ってた」
「そ…それは…」
結城は少しだけ意外そうに言うと、はっきりしない態度をす相手を妙に思う
「…どうして?」
結城は尋ねるが一ノ瀬は暫く黙って答えない…が彼ははぁと観念したように息を吐いて相手に言う
「そりゃあ…お前…」
「…仮に不味いものになってもお前にだったら安心だからな
他の奴らに不味いものなんか食わせられない」
「ですよね~」
ある意味予想通りの答えに結城は笑う
彼が恋慕の感情を自分に抱いているなどありえない、何かしら気兼ねない自分に任せるべき理由があったのだと思えばこれだ
…高校時代は散々部員の女子に二人のやり取りは恋人のようだとからかわれていたが
焼き飯を二人とも綺麗に完食して、ここまできたら全部やると一ノ瀬が洗い物まで済ませた
(なんだろう、久しぶりに楽をしたはずなのにあまり普段と労力が変わらなかった気がするのは…)
おそらく最初の妙な気苦労の所為だろう
まぁ、何事もなく終わったらそれはそれで不気味に思っていたことだろう
テレビのバラエティ番組はホワイトデーの特集でその手の企画が放送されている
(そういえばそうだったな~…一応バレンタインは渡したけど…どうだか)
昔、一ノ瀬と鳴滝からホワイトデーのお菓子をもらったとき
一ノ瀬のシンプルな贈り物に対して鳴滝の妙なおまけ…動物の写真がついていたときのことを思い出す
あの頃から彼らはほぼ変わっていない、ある意味安心できる要素でもあるが
「結城」
「…えっ…何?」
だいたいいつも「お前」や「おい」と声をかけられる結城は少しだけ驚いて
「ホラ」
相手が突き出したのはクッキー
それもラッピングされている袋はおそらく100円ショップでよく見るタイプのもの
「……えっと、もしかしてもしかしなくても手作り?」
「かっ、勘違いするんじゃねーぞ!単にレパートリー増やしたかっただけだし
そもそもこれは京くんも協力したし、別にお前だけとかそういうんじゃないからな!」
「いや、うん、それはわかってるから大丈夫」
言い訳を並べる相手に、少し焦りながら頷いてそれを受け取る
「へぇ、けっこう上手に出来てるじゃない」
「…宮内に作り方聞いたからな」
「み、宮内に?大丈夫だった?」
「……すっげぇ後悔した…お前に聞けばよかったのはわかってるんだけど
お前と海部さんが居ない間の練習のついでだったからな…」
相手の言葉になるほどと重いながらうなずく
彼はどれだけのからかいの言葉を受けてコレを作り上げたのだろうか
「そのくせよ、アイツ俺と京くんからのプレゼントがあるから今日は空けとけって伝えさせたのによ
他の奴ら俺という奴がいながら他の予定を優先しやがって」
「まぁそれは仕方ないって、帰ってきたらあげたらいいじゃん」
「…だけどよ~なんか変な感じだろ?」
「私が勘違いするタイプに見える」
「見えないけど念のためだ!」
一ノ瀬が半分勢いで反論してくるのが少し面白くて結城は笑ってしまう
「ハイハイ…それじゃこちらも味わっていただきますね
…っていうか、渡すの別に皆帰ってきてからでよかったんじゃ…」
「だから、お前わかってないな…毒見だ毒見!」
結城が思いついたように言うが、一ノ瀬はもはや包み隠さず相手にストレートに言う
「…ハイハイそれじゃあ毒見させていただきますよっと」
「ちゃんと味わえよ、何が悪いのかとかも詳しくな」
「どうせアンタ貶したら怒るでしょうが!!」
言いながら、結城はクッキーの袋を開き、ほんの少し形の悪いそれを一口かじった
ちなみに、4人が帰宅した際、クッキーを渡す一連の流れを目撃されており
女子を中心にからかいを受けてしまうのであった




