私たちの理想郷 第四話~酔いⅡ~
深夜二時
“喉…乾いたな”
宮内はそう思いながら廊下に出て、リビングに向かう
この時間、ほとんどの人間が自室で過ごしている
誰もいないだろうと思いながらリビングへの扉を開く
カン
入ると同時に缶と机がぶつかるような音が響くのを聞く
真っ暗闇という訳ではないため、光の方が気になってそちらを見る
ソファの方からうっすらと小さくテレビの音が聞こえて、それがうっすらと部屋を照らしていた
結城か一ノ瀬かがテレビでも見ているのか?なら自室でいいだろう
なぜわざわざリビングを?
そう思いながらも電気をつけた
「だれだ~?」
予想していない声に、彼女は驚いた
その声は、酔っているからなのか少し声のトーンの上がった海部のものであったからだ
相手は宮内の方を向いて、両腕をソファの背もたれのところに乗せる
「みやうちか~…どうした?」
「あ、えっと…喉乾いたから…そっちこそどうしたの?」
「…考えごとだ」
好奇心からたずねたその声に、一言答えると海部はテレビに再び体を向ける
プシャ、と缶が開く音がする、おそらくチューハイか何かを飲んでいるのだろう
宮内は麦茶の入った冷水筒を取り出してそれをコップに注ぐと、
海部と距離を置いてソファに座る
机の上には、空になったらしき缶が3つとサラの缶が4つ
海部は隣に座った相手を見ないまま缶の飲み口をじっとみつめて言った
「幸せになりたい」
“おぅ、出た”
海部は、高校のころから何度か部員たちの前でそうつぶやくことが何度かあった
その声が妙に切実な感じを持っているのが面白くて笑ってしまう
「…幸せ、かぁ」
「こうして貴女と語ることもまた私にとっては幸せなわけですよ
ですけどね、違うんですよ、温もりとか愛情とか…欲しいんですよ」
真面目なトーンのまま海部は酒を一口飲む
「あぁ、うん、そっか…でも面倒かもしれないよ?恋人とか、結婚とか」
「お前もそれ言うのか?…確かにまぁ、今も十分楽しいけど違うんだって…」
「わかってるって」
恋人が面倒だ、というのは結城がその手の話題の時によく使うフレーズで、わざとまねして言う
海部は笑いながら、次の一口を飲んで返した
「…でもさ、恋人作っていちゃいちゃしたいんですよ…」
「具体的には?」
「そうだなぁ…」
普段からは考えられないほどの饒舌になり、海部は自身の恋愛像を切々と語っていく
やはりそれはどこか必死な響きがこめられていて、彼女も考えてるのだなぁと思ってうなずく
缶を更に二つほど飲み終えたころ、海部は突然口を閉じた
どうしたのだろう?と様子を見てると天井を見て口を開く
「……相手がほしい、誰でもいい…」
そういうと顔を下ろして床をじっと見つめる
「あはははは…」
宮内は笑いながら、なんとなく嫌な予感がして逃げようと立ち上がる
が、距離を取っていたはずの相手は自分の手を掴んでいた
「えっと…海部さん?どうなさったのですか?」
宮内が恐る恐る尋ねるのに海部は相手をまっすぐ見て言う
「…お前でいい…いや、お前がいい…幸せにするから…だから…」
…逃げ遅れた
宮内は心の中でつぶやく
海部は酔うと、近くにいる誰にでも…といっても女子にだが…なぜか愛の告白をしだすのである
特に宮内がお気に入りのようで、その毒牙に何度かかけられそうになったことがある
おそらくただ幸せになりたい願望が爆発しているだけであると解釈することにしていた
「…なぁ、いいだろ?なぁ?」
「いやあのえっと…私ちょっと部屋に戻りたいな~と」
「逃がさねぇからな…?」
どうにか手から逃れようとするが相手も本気でがっしり掴んで離さない
「……ほら…何もしねぇから」
「うん、ありえないこと言わないでください、離してください」
まったく信用できない何もしないを言いながら引き寄せようとするが宮内も逃れようと耐える
「…何がいけないんだよ~何なんだよ~」
文句をぶつぶつと垂れながら、うつむいたその瞬間
ゴン
相手の頭に鈍く何かが当たる音と、自分を掴んでいたものが離れる感覚
ソファの後ろ、結城が本を持ってため息を吐いていた
おそらく角で殴ったのだろう、海部は痛そうに後頭部を抑えている
「…はぁ、海部さんそろそろ寝たほうがいいんじゃない?」
「…ん~…」
海部はいやいやながら机の上の缶をビニールに入れていく
「えっと…いつからここに?」
「割と最初から、おもしろいから見てようと思って」
結城が冷静に答えるのに、一瞬戸惑うが今は助かったことにとりあえず安堵することにした
が、海部は再び顔を上げると結城の方を見る
「なんだ~…嫉妬か…?」
「んなわけないだろこっちくんな!」
海部は今度は結城の腕を掴もうとするが、それを振り払う
海部の方も簡単にあきらめる気はないらしい、ちょっとずつ近寄っていく
「もう一回殴られたいの?」
「ん~…どうにかする」
「いや意味わからないから」
結城が脅すが海部は完全に気にしていないのか適当な返事を返す
「それじゃ…私は…」
「ちょっと待て!私を犠牲にするな…」
宮内が去ろうとするのに結城は必死で声を上げる
「あ…逃げられるとでも思ってるんだ…」
「えっ」
「…勿論、宮内の相手もしてあげるけど…?
逃げるのは何かしらのアピールってことで」
「よくない!!」
海部の注意が宮内に行った瞬間、結城はすばやくそこから逃れて自室へ続く廊下への扉を開き
そして閉めると、ガチャン、と鍵のかかる音がする
「えっ」
「お幸せに!!」
結城が言うと、足音が徐々に遠くなるのが聞こえる
「えっと…えっ」
「へんなことしないからだいじょうぶ」
「いや、あの、その…」




