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キボウ

作者: hoっち

 俺の前に開かない扉がある。長方形で象られた扉は、俺の部屋についているものと同じつくりで、上下に動かせる把手がついている。重心を前に何度も押し引きを繰り返すも、得られる感触はロックされた突起物をひっかけるだけでびくともしない。俺は諦めて扉に寄りかかる。俺は閉じ込められていた。視界を覆う岩石の壁が空間の三百六十度を支配する。岩肌は冷たくゴツゴツしていて、自然の重みを感じる。暗闇の中、俺はつくられたドーム状の空間でひとり息をしていた。それ以外聞こえるものはない。空気は冷たく、濡らしたタオルを肌に巻いているようだった。

 だが不思議と俺は落ち着いていた。開かずの扉を背に、沈静しきった空間をまるで他人事のように傍観する。この空間はなんなんだろう。なんでここにいるんだろう。ここはどこなんだろう。理解に苦しむ空間に放り出された俺は、ただただ思い浮かべる疑問と一緒に過ごすしかなかった。それ以外にやることがない。扉も開かないし、岩壁も動かない。叫んでみても自分の声がみじめに反響するだけだし、抵抗して壁を蹴ってみても足を痛めるだけだ。途方に暮れたというよりも、気が抜けてしまった。なんだかよくわからないし、もうどうでもいい。早くここから出してほしいけど、このままでも生きていけるような気もする。

「あー俺はなにやってんだあああ」

 なにやってんだあああ、なにやってんだああと後に続く声。俺はため息をついて、そのまま寝転んだ。砂利が顔についたのを感じたが、暗闇だから気にする必要も無い。なんとなく懐かしい気持ちを覚えつつ地面に顔を置く。砂利の粒が肌になじんでいくのを感じた。

 そのまま、どれくらいたっただろう。無音の世界に自己を失いそうになる。同じ体勢のままだったので身体の節々が痛み出した。痛み、痛みだ。重い身体を腕で支えて上体を起こす。ぼーっとした頭にぎしぎしと身体がきしむ、この現実と虚構の一体感。俺はなにをしたらいいんだ。どこにもいけない空間のなかで俺はなにをしたらいいんだ。なんにも起きない。なんにも起きてくれない。俺が一日中地面に腰掛けていたところで扉は開かないし、岩石は俺を俯瞰して黙っている。俺はなにをしたらいいのか。どうしたらいいのか。このまま生きていくにも確実に身体は衰えていく。俺の筋肉はたるみ、胃袋は食料を求めて騒ぎ出す。その実感を得た時、待っているのは、恐怖。

 俺は立ち上がった。そして全身の力を込めて扉を叩いた。力の反動が皮膚を貫き神経に痛みを伝える。また叩く。もう一度叩く。

「誰か、誰かいないのか!? いたら返事してくれ」

 何度も何度も腕を打ち付けて叫んだ。が、帰ってくるのは無音の返事。じんじんと脈打つ腕をこれでもかと扉に打ち付け、皮膚が悲鳴を挙げる。

「おい、おい、俺はここにいるぞ、なんで誰も返事してくれないんだ!? なんで誰も何も言わないんだ? 俺はここにいるってのに、どうして何も起きてくれないんだ!」

 何を言っているのか自分でもよくわからなかったけれど、叫ばずにはいられなかった。俺がどうしてここにいるのか、なぜこんな場所に閉じ込められているか、俺には分かるような気がした。分かるような気がしたから、叫ぶしかなかった。

「なぁ、誰か返事をしてくれぇ!」

 俺の抵抗は終わった。結局誰も何も言ってくれなかった。俺の声だけが虚しく反響するだけだった。あんなに扉を叩いたのに傷ひとつついた形跡がない。傷ついたのは俺の片腕だけだった。しかし俺の片腕は傷ついていた。それは大きな変化だった。俺の声は枯れて喉がつぶれていた。これも大きな変化だった。俺は、俺自身の変化を感じた。でも現状は何一つとして変わらないじゃないか。どうしたってこの空間から抜け出せないじゃないか。何をしたって何も答えてくれないじゃないか。誰も何も答えてくれないんじゃ、どうすることもできないじゃないか。俺が馬鹿みたいに抵抗したところで、まわりが答えてくれないんじゃ、

「どうすることもできないじゃないか!!!」


 どうすることもできないじゃないか!!


 どうすることもできないじゃないか!


 声が重なって耳に反芻する。幾度となく繰り返してきた同じような現象に、そのとき、その声がまるで、別の声に聞こえた。俺はなぜかその声の主に、思わぬ興味を示した。今、どうすることもできないじゃないかと、誰かが言った。俺はもう一度その声を脳内に再現させる。どうすることもできない。本当にどうすることもできない? まわりが答えなければ、どうすることもできないのか。

 

 本当は、どうすることだってできるんじゃないか?

 

 俺は暗闇のなか、扉を開けようとした。岩をどけようとした。叫んで誰かに助けを求めた。この空間から出たいと望んだ。ただひたすら答えを求めた。現状の変化を期待した。が、すべては何も変わらなかった。それでもどうすることだってできると思える意思が残っている。自分の意志は変化していた。

 俺は心の中で扉を消した。岩が崩れ落ちて光を差し込むのを感じた。俺の声が空に向かってまっすぐ飛び、誰かの顔を振り向かせた。透き通った青空に俺は現状を叫んだ。

「俺はここにいるぞぉぉおぉ!!!!」

 現状は変わった。そこに扉も冷たい岩肌もない。果てしない未来と膨大な情報が明るさと一緒に飛び込んできた。そう、俺はここから逃げて来たんだ。このまぶしさの影に埋もれてしまうのが怖くて、自ら扉をつくり、分厚い岩で自らを囲んだ。でも俺はここに戻るために扉を叩いたんだ。何度も何度も腕を打ち付け戻りたかった場所は、結局ここだったんだ。

 俺は全身に光を浴びながら、赤く腫れ上がった腕を見た。打ち付けた静脈の一帯が赤く染まっている。赤く赤く、染まっている。

 ……もう一度。

 ふと語りかける声に、俺は小さく頷いてみた。頷くと、何かが変わるような気がした。




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