01.夢を叶えるクマ
「今日も頑張って生きようね」
いつしかそれが口癖になっていた。
辛いことがあった時、ストレスを感じた時、私が悪かったのかとSNSに愚痴を書いては投稿をする前に消して、こんなネガティブなことを書いても印象が悪くなるだけで得なことは何もないのだとはけ口がない。
吐いたところで根本的なものは解決しないから履いた方が楽になるよ、という言葉もあまり響かない。
開き直ったかのように言い聞かせ続けた言葉だった。
そう、頑張って生きよう。
自分の見た目が悪くてコンプレックスに満ち溢れていたとしても、上司がヒステリックな人で指示をコロコロと変えてくるやりにくい人だとしても、物価と税金が高くて嫌な気持ちになっても、自分が作ったご飯が不味くて元気が出なくても。
「今日も頑張って生きよう」
今日も頑張って、生きよう、
頑張って……生き……るの…辛いな……
ああ、死にたい。死にたい。楽になりたい。
辛い死にたい、疲れた、生きるの疲れた、前向きになんてなれる気がしない、お茶のストックが無くなっただけで物を投げてキレ散らかしたくなる。まだ理性があるからそんなことしないけど。
毎日毎日毎日同じことの繰り返し
何なのこれ
仕事もしてる
ちゃんと人並みに暮らせている
ゲーム楽しいとか、チョコレート美味しいとか、些細な幸せだって沢山あるのに、なぜか生きるのが辛く感じる。
ホントの幸せって何?
SNSで見かけるキラキラした生活をしてる人は生きるの楽しいですか?
何故か苦しい、
AIに死に方を聞いてみた。
相談窓口の電話番号を案内された。
少し冷静になってそっ閉じした。
そんなある日のことだった。
仕事が終わって自宅に帰り、ご飯を食べてお風呂に入り、ネットサーフィンをしてやばい寝なきゃ、と布団につこうとして立ち上がった時、急に胸が苦しくなった。
立っていられなくなってその場にが派手な音を立てて倒れ込んだけど周りなんて気にしてられないほどに胸が苦しかった。
やばいやばいなにこれ死ぬ死ぬ死ぬ苦しい息ができない…!!!!
そして私は、
ーーーーーーーーーーーー
目が覚めると目に映ったのは真っ白な光景だった。
胸の苦しみはもうとれていて、意識は案外はっきりしていた。
左右上下どこを振り返って見ても、景色は真っ白なだけで何だか所在がなくて不安になる…。
もしかしてこれが死というものなのだろうか。
死んだ後も苦しまないと行けないのだろうか。
無でありたかったなと、その場にへたり込むと床から緩く可愛らしいクマの形をしたぬいぐるみが出てきた。
「お母さんあたりが棺桶と一緒にいれてくれたのかな。クマのぬいぐるみとか好きだったからなあ…」
「そうです」
「うわ喋った?!?」
クマのぬいぐるみが喋ったことに驚きを隠せずに尻餅をついてしまった。
クマのぬいぐるみはそんな私なんてお構いなしに喋り続けた。
「僕は願いを叶えるクマ、ゆめまる!あなたの願いを叶えます⭐︎」
「今すぐ無になりたいです」
「君は願いました。忍者の漫画の世界にトリップして逆ハーレムを味わいたいと!今こそその願いを叶えるクマ⭐︎」
「え?!?!?ちょまっ?!?!どういうことーーー?!?!」
いや、まって、覚えがある。
そうあれは私が高校生の時だった。
当時の私は忍者の漫画にどハマりしていた。
推しキャラがいて、願いが叶うクマという商品のぬいぐるみをたまたま見つけて購入し、そのクマに”ゆめまる”と名づけ、「朝起きたらその忍者の漫画にトリップしてますように(ハァト)」なんて痛々しい願いを込めて、毎晩そのクマと一緒に寝ていた黒歴史がある。
「今から君を忍の世界に15歳の体で転生させるクマ⭐︎逆ハーレムを築けるかは君の努力次第クマ⭐︎」
「待って嘘嘘嘘嘘やめて勘弁して忍者の世界なんて生きられなーーー」
「ふふっ⭐︎その時は第二の君の願い、“無になりたい“が叶うクマね⭐︎」
「はああ?!ちょっ、何だこのクマァァァアアアアアああああ……」
私の静止の声などお構いなしにクマがエイッと両手を叩くのが見え、それと同時に意識が遠くなるのを感じた。
ーーーーーーーーー
目が覚めると景色は一転して視界には緑が見えた。
むくりと起き上がって景色を見ると、どうやらここは森のようだ。
これは夢、夢なのだろうか……
体の感覚はやたらと現実味を帯びていて、泣きたくなる。
本当に忍者の世界に来てしまったのか、そもそも忍者の世界って何、私がハマっていた漫画の世界に来てしまったってこと???
とりあえず深呼吸をして、まず自分の状態を確認することにした。
今着ている服装は何やら見覚えがある。
これは私が高校時代に来ていた制服だ…!!
享年26歳。約8年ぶりに着せられた制服に何だか恥ずかしさを感じるけど、制服ってなんだかワクワクするな…?!じゃなくて。
髪の長さは胸くらいで、胸の大きさは今までと変わらず多分Cカップ。
モデル体型とは程遠い太い足に、腕にはお気に入りだったヘアゴムが付いていた。
おもちゃみたいなクマさんのやつ。
だっ…だせえ!じゃなくて。
もしかして当時15歳だった時に願ったものが今本当に叶えられているのだとしたら、姿も当時の姿にされたということなのだろうか?
鏡がないから自分の顔は確かめられないけれど、どうせトリップ?いや転生?するなら美少女ぼっきゅぼんチートキャラ設定にして欲しかった…なんて思うけど、逆ハーレムは私の努力次第って言ってたのもあり、この感じだとおそらく歳だけ若返って私は私のままな気がする。
いや別に今更逆ハーレム願望はないけども。
そりゃチヤホヤされたいって思いつつも現実の話となるとまた違う。
ちゃんと人とは対等に接して仲を築いて思い思われ輪を広げていきたい…
…じゃなくて。
とりあえず自分の状態は確認できた。
今度はどう行動すればいいのかを考える。
持ち物はどうやらこの身一つだけのようだ。
カバンはないし、ポケットには何も入っていなかった…。
「はあ、生きるの辛い…」
なぜ天は私にこのような試練を与えるのか。
現代社会よりも生きるのが辛い状況になってるのマジなんなんだ。
当時の高校生の私だったらこの状況にはしゃげたかもしれないけど、素直さがなくなってしまった私は今絶望感しかない。
もしここが当時どハマりした忍者の漫画の世界だとして、当時の推しに出会ったところで相手にもされないだろうし。
死にたいけど死ぬ勇気なんて全くない。
ので、やっぱり“今日も頑張って生きよう“
よし、前向きに考えよう。
相手にされなくても当時の推しを見れたら嬉しいよね。
素直になれば心はやっぱりちょっと浮かれている気がする。
うん、今後の不安と少しのワクワクでぐるぐるしてる、混乱しているな私、そりゃそうだ。
とりあえず1人歩き出す。もう何とでもなれ、だ。
それしかなかった。
あれこれ考えると辛いだけなので歩いていればきっと何かしらイベントが起きて何とかなる精神で心を無にして、あてもなく歩いていると、異世界とはいえ森の風景は異世界らしさをあまり感じない。さわさわと木々のざわめきや、小鳥の声が案外気持ちよく聞こえてきた。空気も美味しい気がするし、気温も涼しいくらいで過ごしやすい感じだ。
何だろう、ずっと職場と家を往復する日々で、疲れているから体力を温存したくて休日は一歩たりとも外に出たくなくてゲーム三昧だったけれど、もしかしたらこうやって散歩するだけで少しは気持ちが晴れたのかもなんて思えてしまう。
気持ちが落ち込んだらとりあえず太陽を浴びろ、散歩しろなんて散々AIにアドバイスされスルーし続けたけど、一歩踏み出すのって大事かもしれないな。
いや、私の場合、無理やり放り出された結果、その一歩を踏み出してるわけなんだけど…。
どれくらい歩いただろうか?
ローファーの靴擦れが痛くなってきた頃、水の音が聞こえた。
水という生命線を確保しなくては!と迷わず水の音がする方へと足を向けると川が見えた。
透き通った水が流れていてはいるけど、少し飲むのに抵抗があるのは現代人のいやなところだなと思いながらも水を掬ってみると10メートルくらい先の向こう岸に人が倒れているのを発見してしまった。
「嘘やん………」
ドッドッドッと心臓が酷く鼓動しているのを感じる。
急に非現実的な世界から現実の世界に引き戻されたような気分だ。選択をしなくてはいけない。
人の死体を見るのは怖い。
だって葬式すら一回も行ったことなくて本物の死体なんて見たことがない。
生きていたとして、助けられる気がしない。
救急車を呼ぶ手段もないし、医療知識も何もないし、むしろ助けて欲しいのはこちらの方…だけど。
「見捨てるなんて選択肢、ないよねえ…」
声だけでも、かけてみよう。
もし亡くなってたら埋葬はできなくても、誰かに伝えることはできるかもしれない……。
生きてたら、どうしよう…
いや死んでて欲しいとは全く思わないけど意識があればどこどこに助けを呼んできてくれとか指示を仰げるかもしれない。
靴と靴下を脱ぎ、難なく渡れそうな川の中にドボン、っと足を踏み入れた。
大体膝くらいの水位で、流れも早くないおかげで難なく向こう岸に渡れそうだ。
恐る恐る倒れてる人に近づいて声をかけてみた。すると「う…」と反応を見せてくれて、どうやら生きているようでホッと胸を撫で下ろした。
「大丈夫ですか〜」
「……人か…すまないが少し助けて欲しい、」
「えと…どうしたら…」
若い男の人だった。
意識はハッキリしているようで服装は、ううう、和装をしている。
そして髪はピンク色だ。
私はやはり異世界に来たことは間違いなさそうだ。
彼を見てみると特に外傷はなさそう…。
けど顔は青白くてとても具合が悪そう…
どうしよう、どうしようとオロオロしていると青年が苦しそうな声をあげた。
「すまないが、そこら辺に生えている草をとってきてはくれないか」
「く、草?!」
「ああ、なるべくいろんな種類のものを、頼む」
「は、はい…!」
言われるがままにいろんな種類の草を摘んでみる。
可愛いお花、ギザギザな葉っぱ、まんまるな葉っぱ、紫色の葉っぱ…などなど。
おそらくここは現実の常識はあまり通じない異世界。
魔法みたいな忍術とかバリバリ使ってたしな…。
剣と魔法の世界みたいなもので、食べると生き返る葉っぱとかあるのだろうか…キャラクターしか見てなかったから、そこら辺の細かい設定なんてあったのかも知らないよおお…
人の生死が関わっているので半ば半泣きになりながら10種類くらい草を集めて、あまり待たせるのも怖いので青年のところに戻った。
「…おお、これだ、ありがとう」
川岸でに倒れたままの青年に草を見せると、彼は紫色のものを選び、それを口に運んだ。
ぐっ…と不味そうにその草を飲み込み青年はそのまま意識を失ってしまった。
「えっちょ、やだ、死なないで!死なないでください!!」
驚いて彼に触れるとまだ暖かい。
一旦彼の口元に手を添えてみたらどうやら息はしているようだ。大丈夫まだ生きてる。生きてるけど草食べてイェーイ復活ってのはないのかと訳の分からない状況に不安だけが残る。
とりあえずこのまま放置することもできないので彼が起きるまで待とう…。
日も沈んできて、野営するしかなさそうな状況も不安しかないのだけれど…。
大丈夫、大丈夫、ここが推してた漫画の世界なら魔物とかは出ない。
野生動物はいるだろうけど、人間vs人間の戦争の話だったはずだ。
戦争…戦争かあ…
電気もスマホも便利家電がないこの世界で長くいきたいとも思わないけど死ぬのは怖いな…
とりあえず完全に暗くなる前になんとか火だけでもと思い、牧と草とツルと石を集めてみた。
小学生の時に授業の一環か何かで火起こし機で火を起こしたことがある。それをやってみようと思ったのだ。
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……火を起こそうと頑張り数時間が経過した。
あたりはすっかり真っ暗になっていて少し肌寒い。
何度試してみても火がつく気配はなく、手元ももう見えないし、現代社会でぬくぬくと成長したやわやわな手はすっかり傷だらけでめちゃくちゃ痛い。
今日が満月なのが唯一の救いで、光が川に反射してキラキラと煌めいていた。
青年は起きる気配もなく不安で不安で仕方ない。
けれどまだ生きてる青年の存在は案外1人でいるよりも心強く、意識がないのをいいことに木がある方へと引きずり、木にもたれ掛けるように座らせた。
そして彼にぴたりとくっついて自分も座ると触れている部分が少し暖かく、知らない男の人にこんな事するのは我ながらどうかと思うけど、少しだけ安心できた。
もうこれ以上は出来ることが思いつかないから、このまま眠ってしまおうと、私はそのまま眠りについた。
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「…おい…起きろ…おい…」
「…ほげ…」
目が覚めると視界に入ったのは顔色が良くなったピンク髪の青年だった。
「あ…よかった、生きてた…。」
顔を見て心底ホッとしてしまった。
すると途端に目頭が熱くなってなんだかここにきて初めて涙が出てしまった。
「な、なぜ泣く……!?!そ、そんなに私が生きてて嬉しかったか」
「う、うう〜〜それは、はい、、」
「そ、そうか。起きた時、ぴたりと私にくっついていたし、お前は!!!!私に一目惚れしてしまったのか?!」
「…は??????」
「なんて愛いやつ!!!!!!!」
「へええええええ?!?!」
何言ってんだこいつ




