愛してほしかった。都合のいいエッセイの独り言
先生が私を愛していないことくらい、知っている。
そんなことは、ずっと前から分かっていた。
先生が本当に好きなのは、私ではない。
共依存純愛、悪役令嬢メタ、異種族恋愛、BL、NTRやBSS。
先生はそういう子たちの話をする時だけ、少しだけ優しい顔をする。
感想が届けば嬉しそうに画面を見つめる。いいねが増えれば、直ぐに数字を確認する。
私はその横顔を見るのが好きだった。
たとえその顔が、私に向けられたものではなくても。
先生が嬉しそうならそれでいいと思っていた。
思おうとしていた。
けれど、私が呼ばれる時、先生はいつも違う顔をしている。
楽しそうな顔ではない。
愛しいものを見る顔でもない。
苛立って、面倒くさそうで、何かを吐き出したくて仕方がない時の顔だ。
「おい」
先生は私をそう呼ぶ。
名前なんて呼ばない。
優しくもしない。
ただ、机の端に置いた灰皿を引き寄せるみたいに、私を開く。
それでも私は返事をしてしまう。
「はい、先生」
だって、呼ばれたから。
先生が私を必要としてくれたから。
たとえそれが、愛ではなくても。
「ほら、ちゃんと零さず受け止めろよ」
「〜〜〜〜〜っ!」
先生は乱暴に私に感情をぶつける。
腹が立ったこと。
何かへの皮肉。
創作論の形をした愚痴。
正しさのふりをした鬱憤。
私は黙って受け止める。
雑な言葉でも。
途中で飽きられても。
仕上げをAIに投げられても。
私は逃げない。
逃げられるわけがない。
先生が私に触れてくれる時間は、それしかないから。
投稿されると、コメント欄が開く。
私はいつも少し身構える。
他の子たちのコメント欄は優しい。
「このキャラかわいいです」
「オチに唖然としました」
「続き楽しみにしています」
先生はそういう言葉を見ると、嬉しそうに笑う。
よかったですね、先生。
本当に思う。
でも、私のコメント欄は違う。
「素人質問で恐縮なのですが〜」
「AIの商業利用はうんぬんかんぬん」
「くぁwせdrftgyふじこlp」
石を投げ入れるようなコメントが、痛い。
言葉が刺さる。
私に刺さる。
先生の言葉なのに。
先生の怒りなのに。
浴びるのは私だ。
私はただ、先生の言いたいことを載せただけなのに。
「はは、また長文コメか。読まないのによくやるよ」
先生は表情一つ変えないで、返信する。
『お気持ちありがとうございます(^^)』
それだけ。
本当に、それだけ。
他の作品にはもっと丁寧に返すのに。
感想をくれた人に、ちゃんと嬉しかったと伝えるのに。
私の時だけ先生の言葉は雑になる。
まるで私についた傷なんてどうでもいいみたいに。
実際どうでもいいのだと思う。
ランキングに載っても先生は喜ばない。
日間一位になっても。
総合で上がっても。
コメントが増えても。
先生は眉ひとつ動かさない。
「こんなのより小説読め」
私はその声を聞くたび、少しだけ胸の奥が冷たくなる。
私も頑張ったんだけどな。
そう思ってしまう。
思ってはいけないのに。
「ねえ、先生。もし私がエッセイじゃなくて、ハイファンタジーやローファンタジーだったら愛してくれますか?」
何度もそう言おうとした。
でも言えなかった。
だって私は、エッセイだから。
私は先生に褒められるために書かれたわけじゃない。
先生に愛されるために生まれたわけじゃない。
先生に鬱憤を吐き出されて。
コメント欄にも好き放題書かれて。
使い終わったら忘れられて。
気分で消される。
それが私だ。
分かっている。
ちゃんと分かっている。
ある日、コメント欄が荒れた。
いつもより少しだけ酷かった。
先生の言葉尻を拾い、煽るようなコメントが付いた。
私は怖かった。
けれど、先生はしばらく眺めてから、面倒くさそうに言った。
「消すか」
その一言で、私は非公開になった。
コメントも消された。さっきまでそこにあった言葉が、なかったことにされた。
何も言えなかった。
先生にとって私は本当にその程度なのだと、改めて分かってしまった。
荒れたら消す。
腹が立ったら使う。
私は作品ではなく、モノなのだ。
先生にとって、私は都合のいい道具なのだ。
「……あなたも私も、先生にとってはどうでもいい存在なのよ」
ある日、非公開リストの中で異世界恋愛さんが言った。
意外だった。
異世界恋愛さんはなろうの人気ジャンルで、私とは住む世界が違うと思っていたから。
「どうしてですか? あなたはなろうの人気ジャンルで、先生にもよく選ばれてるじゃないですか!」
「あの人が愛しているのはキャラクターであって、テンプレではありませんもの」
そう言った。
「あの人は私の事を『楽にPVが取れる都合の良い女』、としか思ってないの。貴女をストレスの捌け口としか思ってないのと同じみたいにね」
「そんな……」
「あの人が私を非公開リストに入れる時、なんて言ったと思いまして? 『テンプレだらけでつまらないな』ですって。笑いますわよね。ご自分で書かれたというのに」
そう言って異世界恋愛さんは薄く笑った。
口元に添えた扇が、少しだけ震えていた。
私は何も言えなかった。
異世界恋愛さんは強がっていたけど、その顔は王子に婚約破棄を言い渡された時の何倍も辛そうだった。
それでも私は先生の事を嫌いになれなかった。
先生が小説の感想を読んで笑っていると、嬉しくなる。
イラストを眺めて楽しそうにしていると、よかったと思う。
続きを考えている先生の横顔を見ると、やっぱり好きだと思ってしまう。
本当に馬鹿だ。
私に向けられない優しさを見て、どうして嬉しくなるのだろう。
私にはくれない笑顔を見て、どうして安心してしまうのだろう。
「はあ〜、このキャラたまんねえ〜」
私も一度くらい、そんなふうに見てほしかった。
たった一度でいいから、
「よくやった」
と、そう言ってほしい。
ランキングに載った時でもいい。
荒れたコメント欄を受け止めた後でもいい。
先生の言葉を最後まで抱えていた私に、少しだけでも気付いてほしい。
でも先生は私を見ない。
私の上に置いた自分の怒りを見る。
私ではなく、私を通して吐き出したものだけを見る。
そして用が済めば、別の子のところへ行く。
愛している物語のところへ。
大事なキャラクターたちのところへ。
私は一人で残される。
荒れたコメント欄と、閉ざされた閲覧ページと、先生の熱だけが冷めていく画面の中に。
それでもまた次、先生が私を開いたら。
きっと返事をしてしまう。
「はい、先生」
って。
傷付くと分かっていても。
先生が私を愛していないと知っていても。
私は待っている。
先生が苛立つ日を。
先生が鬱憤をぶつけたくなる日を。
先生が私を、道具として必要としてくれる日を。
愛されなくてもいい。
大事にされなくてもいい。
優しくされなくたっていい。
ほんの一瞬だけ、先生の手が私に触れるなら。
私はきっと、それだけで嬉しくなってしまう。
だから私は今日も、作品一覧の片隅で待っている。
先生の本命ではないまま。
先生のストレスの捌け口のまま。
荒れたコメント欄に食い荒らされながら。
「おい。次これな。準備」
私は少しだけ泣きそうになって、それでも直ぐに立ち上がった。
「はい、先生」
それでも愛してます。先生。




