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エッセイ、という建前のチラシの裏

愛してほしかった。都合のいいエッセイの独り言

作者: モコナッツ
掲載日:2026/06/19

 先生が私を愛していないことくらい、知っている。

 そんなことは、ずっと前から分かっていた。


 先生が本当に好きなのは、私ではない。

 共依存純愛、悪役令嬢メタ、異種族恋愛、BL、NTRやBSS。


 先生はそういう子たちの話をする時だけ、少しだけ優しい顔をする。


 感想が届けば嬉しそうに画面を見つめる。いいねが増えれば、直ぐに数字を確認する。


 私はその横顔を見るのが好きだった。

 たとえその顔が、私に向けられたものではなくても。

 先生が嬉しそうならそれでいいと思っていた。


 思おうとしていた。


 けれど、私が呼ばれる時、先生はいつも違う顔をしている。


 楽しそうな顔ではない。

 愛しいものを見る顔でもない。

 苛立って、面倒くさそうで、何かを吐き出したくて仕方がない時の顔だ。


「おい」


 先生は私をそう呼ぶ。

 名前なんて呼ばない。

 優しくもしない。

 ただ、机の端に置いた灰皿を引き寄せるみたいに、私を開く。


 それでも私は返事をしてしまう。


「はい、先生」


 だって、呼ばれたから。

 先生が私を必要としてくれたから。

 たとえそれが、愛ではなくても。


「ほら、ちゃんと零さず受け止めろよ」

「〜〜〜〜〜っ!」


 先生は乱暴に私に感情をぶつける。


 腹が立ったこと。

 何かへの皮肉。

 創作論の形をした愚痴。

 正しさのふりをした鬱憤。


 私は黙って受け止める。

 雑な言葉でも。

 途中で飽きられても。

 仕上げをAIに投げられても。


 私は逃げない。

 逃げられるわけがない。

 先生が私に触れてくれる時間は、それしかないから。


 投稿されると、コメント欄が開く。

 私はいつも少し身構える。


 他の子たちのコメント欄は優しい。


「このキャラかわいいです」

「オチに唖然としました」

「続き楽しみにしています」


 先生はそういう言葉を見ると、嬉しそうに笑う。


 よかったですね、先生。

 本当に思う。


 でも、私のコメント欄は違う。


「素人質問で恐縮なのですが〜」

「AIの商業利用はうんぬんかんぬん」

「くぁwせdrftgyふじこlp」


 石を投げ入れるようなコメントが、痛い。

 言葉が刺さる。

 私に刺さる。


 先生の言葉なのに。

 先生の怒りなのに。

 浴びるのは私だ。

 私はただ、先生の言いたいことを載せただけなのに。


「はは、また長文コメか。読まないのによくやるよ」


 先生は表情一つ変えないで、返信する。


『お気持ちありがとうございます(^^)』


 それだけ。

 本当に、それだけ。

 他の作品にはもっと丁寧に返すのに。


 感想をくれた人に、ちゃんと嬉しかったと伝えるのに。


 私の時だけ先生の言葉は雑になる。

 まるで私についた傷なんてどうでもいいみたいに。

 実際どうでもいいのだと思う。


 ランキングに載っても先生は喜ばない。

 日間一位になっても。

 総合で上がっても。

 コメントが増えても。


 先生は眉ひとつ動かさない。


「こんなのより小説読め」


 私はその声を聞くたび、少しだけ胸の奥が冷たくなる。


 私も頑張ったんだけどな。

 そう思ってしまう。

 思ってはいけないのに。


「ねえ、先生。もし私がエッセイじゃなくて、ハイファンタジーやローファンタジーだったら愛してくれますか?」


 何度もそう言おうとした。

 でも言えなかった。

 だって私は、エッセイだから。


 私は先生に褒められるために書かれたわけじゃない。

 先生に愛されるために生まれたわけじゃない。


 先生に鬱憤を吐き出されて。

 コメント欄にも好き放題書かれて。

 使い終わったら忘れられて。

 気分で消される。

 それが私だ。


 分かっている。

 ちゃんと分かっている。


 ある日、コメント欄が荒れた。

 いつもより少しだけ酷かった。

 先生の言葉尻を拾い、煽るようなコメントが付いた。


 私は怖かった。


 けれど、先生はしばらく眺めてから、面倒くさそうに言った。


「消すか」


 その一言で、私は非公開になった。

 コメントも消された。さっきまでそこにあった言葉が、なかったことにされた。


 何も言えなかった。


 先生にとって私は本当にその程度なのだと、改めて分かってしまった。


 荒れたら消す。

 腹が立ったら使う。

 私は作品ではなく、モノなのだ。

 先生にとって、私は都合のいい道具なのだ。


「……あなたも私も、先生にとってはどうでもいい存在なのよ」


 ある日、非公開リストの中で異世界恋愛さんが言った。

 意外だった。

 異世界恋愛さんはなろうの人気ジャンルで、私とは住む世界が違うと思っていたから。


「どうしてですか? あなたはなろうの人気ジャンルで、先生にもよく選ばれてるじゃないですか!」

「あの人が愛しているのはキャラクターであって、テンプレではありませんもの」


 そう言った。


「あの人は私の事を『楽にPVが取れる都合の良い女』、としか思ってないの。貴女をストレスの捌け口としか思ってないのと同じみたいにね」

「そんな……」

「あの人が私を非公開リストに入れる時、なんて言ったと思いまして? 『テンプレだらけでつまらないな』ですって。笑いますわよね。ご自分で書かれたというのに」


 そう言って異世界恋愛さんは薄く笑った。

 口元に添えた扇が、少しだけ震えていた。


 私は何も言えなかった。


 異世界恋愛さんは強がっていたけど、その顔は王子に婚約破棄を言い渡された時の何倍も辛そうだった。


 それでも私は先生の事を嫌いになれなかった。


 先生が小説の感想を読んで笑っていると、嬉しくなる。

 イラストを眺めて楽しそうにしていると、よかったと思う。

 続きを考えている先生の横顔を見ると、やっぱり好きだと思ってしまう。


 本当に馬鹿だ。

 私に向けられない優しさを見て、どうして嬉しくなるのだろう。

 私にはくれない笑顔を見て、どうして安心してしまうのだろう。


「はあ〜、このキャラたまんねえ〜」


 私も一度くらい、そんなふうに見てほしかった。


 たった一度でいいから、


「よくやった」


 と、そう言ってほしい。


 ランキングに載った時でもいい。

 荒れたコメント欄を受け止めた後でもいい。

 先生の言葉を最後まで抱えていた私に、少しだけでも気付いてほしい。


 でも先生は私を見ない。

 私の上に置いた自分の怒りを見る。

 私ではなく、私を通して吐き出したものだけを見る。


 そして用が済めば、別の子のところへ行く。


 愛している物語のところへ。

 大事なキャラクターたちのところへ。


 私は一人で残される。

 荒れたコメント欄と、閉ざされた閲覧ページと、先生の熱だけが冷めていく画面の中に。


 それでもまた次、先生が私を開いたら。

 きっと返事をしてしまう。


「はい、先生」


 って。


 傷付くと分かっていても。

 先生が私を愛していないと知っていても。


 私は待っている。


 先生が苛立つ日を。

 先生が鬱憤をぶつけたくなる日を。

 先生が私を、道具として必要としてくれる日を。


 愛されなくてもいい。

 大事にされなくてもいい。

 優しくされなくたっていい。


 ほんの一瞬だけ、先生の手が私に触れるなら。

 私はきっと、それだけで嬉しくなってしまう。


 だから私は今日も、作品一覧の片隅で待っている。


 先生の本命ではないまま。

 先生のストレスの捌け口のまま。

 荒れたコメント欄に食い荒らされながら。


「おい。次これな。準備」


 私は少しだけ泣きそうになって、それでも直ぐに立ち上がった。


「はい、先生」


 それでも愛してます。先生。

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