第七話「未来視と、株式市場の蜜月」
財前さんから一千万を預かって、三ヶ月が経った。
俺の朝は五時五十分に始まる。
前世でも同じだった。社会人になってから十年ちょっと、誰もいない朝のオフィスで前日の考えを整理していた。あの時間が一番好きだった。
誰にも邪魔されない。自分の頭だけで考えられる。
今世でも、その習慣だけは残っている。
目を閉じる。
「アルファ精密、昨日の気配から変化は……」
頭の中に感触が来る。上昇の気配がある。来週の決算で何かが出る。経営者の表情が昨日より少し明るい。
目を開く。今日の未来視、一回目を消費した。残り一回。
ノートを開く。銘柄名、感触、理由の仮説、予想期間。この四つを毎朝書く。
未来視で見えた方向性を、公開情報と照らし合わせて「なぜそうなるのか」を考える。感触と理屈が両方揃って初めて動く。
いつか未来視が使えなくなった時のために。前世でデータだけに頼って失敗し続けた轍は踏まない。これが俺のルールだ。
◆
財前さんのオフィスに来た。
「三十八パーセント増か」
財前さんがモニターを見ながら言った。
「はい」
「三ヶ月で」
「そうです」
「プロのヘッジファンドで年三十パーセント出せれば優秀と言われる」
「知ってます」
「お前は三ヶ月でそれを超えた」
財前さんがコーヒーを一口飲んだ。
それだけだった。驚きも褒め言葉も出てこない。事実を確認するだけだ。
この人の反応が俺は好きだ。成果を出すたびに「次はもっとやれ」と言った前世の上司と全然違う。
「何を買った。根拠を全部言え」
「アルファ精密は、半導体製造装置メーカーへの部品供給が主力で、顧客の設備投資サイクルが上向きに入っていました。受注増が来るまでのラグを読んで、その直前に仕込みました」
「双葉フードは」
「社長の言葉が変わっていた。決算説明会で『進めている』から『手応えを感じている』に。言葉の変化は数字の変化より先に来ます」
「聖和トレーディングは」
「少し直感に頼りました。財務は問題なかったが、決め手の根拠が薄かった。それでも感触が強かったので動きました。この判断については今後も検証します」
財前さんが少し間を置いた。
「自分の判断の弱い部分を自分で言えるのか」
「言わないと改善できないので」
財前さんが立ち上がって、窓の外を見た。
「颯」
「はい」
「一つ聞く。お前の判断には、調べた情報ともう一つある、と前回の図書室で言いかけていた。今なら話せるか」
俺は少し間を置いた。
三ヶ月、一緒に動いてきた。
この人が俺を売るような人間じゃないことは判断できる。前に「特別なものを狙う人間がいる」と警告してくれたことも、頭にある。
この人には話す。
「未来視、という異能を持っています」
財前さんが振り向いた。
「相手の顔を見て意識すると、数年後の映像が断片的に見えます。方向性だけです。細かい数字は見えない。一日二回が限界で、超えると翌日まで頭痛が続きます」
財前さんが黙った。
「信じなくていいです。ただ、三ヶ月の結果を見てから話そうと決めていました。結果が出たので話しました」
「……異能というのは、この世界にそういうものがあると知っていたのか」
「はい。この世界には稀に異能を持つ人間がいます。俺の場合は未来視です」
「他にそういう人間を知っているか」
「知りません。でもいると思っています」
財前さんがしばらく俺を見た。
「信じる。三ヶ月の結果が証明している」
「ありがとうございます」
「ただし」
「はい」
「俺以外に話すな。前回言った『狙う人間』というのは、そういう異能を持つ者を組織として集めようとしている連中だ。お前がまだ表に出ていない今のうちに知っておけ。接触があったら必ず俺に先に言え」
「わかりました」
しばらく沈黙があった。
「颯」
「はい」
「信頼してくれたことには、礼を言う」
「財前さんが三ヶ月ちゃんと見ていてくれたからです」
「俺は俺の利益のために見ていた」
「それでも」
「……まあいい」
財前さんが葛饅頭の包みを見た。今日も持ってきた。
「預かり枠を二千万に増やす」
「ありがとうございます」
「来週、萩ノ宮に行くぞ。一緒に商店街を見たい」
「来栖堂ですか」
「そこから始める。お前の目で確かめてほしいことがある」
俺は少し未来視で萩ノ宮を意識した。
来栖堂の暖簾。職人の手。何かが動き始める気配。
「……行きます」
「葛饅頭も持っていけ」
「調査ですか」
「継続的なデータが必要だ」
俺はオフィスを出た。
三ヶ月前、一千万を預かった時は「一人じゃない」という感覚が初めてはっきりした。
今日、その感覚がもう一段、深くなった気がした。
前世ではずっと一人でデスクに向かっていた。
今世は違う。
颯爽と、やってやろうじゃないか。
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