第四十九話「川上染工、完成する」
二月。
川上染工に、拓海くんが正式に入った。
試用期間三ヶ月を経て、今日から本採用だ。
工房に入ると、拓海くんが川上さんの隣で作業をしていた。
川上さんが「颯くん、見て」と言って、布を広げた。
藍染の布だった。
「拓海くんが今朝染めました」
深い藍色だった。均一で、光の当たり方によって少し揺れて見える。
「……本物ですね」
「そうでしょう」
川上さんが嬉しそうだった。
来栖さんが「颯くんは、ちゃんと見えていますよ」と言った時の顔と、同じ顔だった。
「川上さん、一つ報告があります」
「なんですか」
「商工会議所への報告を、来月提出します。来栖堂と川上染工、二件の再生実績です。これが認められると、全国展開のライセンスが正式に動き始めます」
川上さんが「颯くんが全国に行くんですか」と言った。
「はい。でも来栖堂も川上染工も、なくなりません。むしろ、全国から人が来るようになります」
拓海くんが「全国から?」と言った。
「川上染工の技術が、DBに登録されます。職人志望者がここを見つけやすくなります。来栖堂がSNSで知られるようになったように、川上染工も知られるようになります。ただし、七海みたいな才能があるかどうかは——」
「依頼します」と川上さんが言った。
「え?」
「七海さんに。来栖堂の時みたいに、工房の写真を撮ってもらいたい」
「川上さんが七海に?」
「来栖さんから聞いていて。あの子の写真は本物を写すと。うちの拓海の手を、撮ってもらいたい」
俺は少し、笑いをこらえた。
七海が撮った来栖さんの手の写真は、川上義春という職人の心まで動かした。
「七海に聞いてみます」
「よろしくお願いします」
財前さんが工房の奥から「颯、葛饅頭がない」と言ってきた。
財前さんもいた。
「今日は持ってきていないです」
「なぜだ」
「来栖堂に寄る時間がなかったので」
「段取りが悪い」
「申し訳ありませんでした」
財前さんが「帰り道で買え」と言った。
拓海くんが「財前さんって、いつも葛饅頭の話をしているんですか」と小声で聞いてきた。
「調査目的らしいです」
「……そうなんですか」
「本人がそう言っています」
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