第四十四話「財前さんの検査、俺が付き合う」
十一月。
「一緒に来い」と財前さんから連絡が来た。
「どこですか」
「病院だ」
俺は少し、胸の中で何かが動いた。
財前さんが自分から「来い」と言った。
「わかりました。いつですか」
「土曜日の午前だ。来栖堂の葛饅頭を持ってこい」
「病院に葛饅頭を持っていくんですか」
「終わった後に食べる」
「わかりました」
土曜日、来栖堂に寄ってから病院に向かった。
待合室で財前さんと並んで座った。
財前さんが俺を見た。
「……葛饅頭はどこだ」
「鞄の中です。検査が終わってから」
「今食べたい」
「病院内で和菓子を食べるのは——」
「問題ない。食事制限はされていない」
俺は少し考えて、鞄から取り出した。
財前さんが待合室で葛饅頭を一口食べた。
「……うまいな」
「350円です」
「知っている」
しばらく黙っていた。
待合室に、他の患者さんたちがいた。老人の夫婦。小さな子供を連れた母親。
「財前さん」
「なんだ」
「来栖堂を最初に見た時、何を思いましたか」
財前さんが少し考えた。
「本物だと思った」
「それだけですか」
「……萩ノ宮育ちの田村が来栖堂を知っていたように、俺も子供の頃に似たような商店街を知っていた。もうない」
「なくなったんですか」
「俺が大学に入った頃に。再開発された」
俺は少し間を置いた。
「だから来栖堂に関わったんですか」
「それだけじゃない。葛饅頭がうまかったから」
「……それだけじゃないんですよね」
財前さんが「うるさい」と言った。
でも口の端が少し上がっていた。
名前を呼ばれて、財前さんが立ち上がった。
「待っていろ」
「はい」
財前さんが診察室に入っていった。
俺は待合室で、残りの葛饅頭を見ていた。
財前さんの分を残しておくことにした。
一時間後、財前さんが出てきた。
「どうでしたか」
「精密検査をもう一度受けることになった。来月」
「大きい問題ですか」
「すぐに何かというわけじゃない。ただ、無理をしない方がいいと言われた」
「コーヒーは」
「减らせと言われた」
「葛饅頭は」
「言われてない」
「じゃあ問題ないですね」
財前さんが少し間を置いた。
「……颯」
「はい」
「来てくれてありがとう」
財前さんが、珍しく真っ直ぐ俺を見て言った。
俺は少し、なんと返すか考えた。
「来栖堂の葛饅頭が、財前さんの調査データに影響するといけないので」
「……そうか」
「来月の検査も、一緒に来ます」
「来なくていい」
「来ます」
「……勝手にしろ」
財前さんが残りの葛饅頭を受け取った。
病院を出て、秋の空気が当たった。
財前さんが「三億、来月までに最終報告を出せ」と言った。
「はい」
「数字は良かった。お前の判断は正しかった」
「奏さんと大地のおかげです」
「お前が設計した」
俺は少し間を置いた。
「……ありがとうございます」
「礼を言うな」
「でも」
「うるさい」
二人で歩いた。
帝都の秋が、穏やかだった。
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