第四十一話「川上染工、後継者が来た」
八月。
川上染工の工房に、青年が来た。
名前は中村拓海、二十三歳。帝都出身。染色を独学で三年学んでいる。DBで見つけた後継者候補の一人だ。
俺と財前さんが同席した。
川上さんが工房を案内していた。
拓海くんが藍染の甕を見た瞬間、顔が変わった。
それだけで、わかった。
本物を前にした人間の顔だ。来栖堂で練り切りを初めて見た時の自分と、たぶん同じ顔をしていた。
「触ってもいいですか」
「どうぞ」
拓海くんが甕の縁を、そっと触れた。
「……三年、使い込んでますね」
「よくわかりましたね」
「染みの入り方が、一様じゃない。使い方に癖がある。それが職人の証拠だと、師匠に教わりました」
川上さんが少し目を細めた。
「師匠はどちらの方ですか」
「京都の染物屋で、一年だけ働かせてもらいました。でも師匠が引退して、工房が閉まって」
「それで帝都に」
「はい。でも帝都では染色の仕事がほとんどなくて」
川上さんが拓海くんを見た。
長い間、見ていた。
「一つ、染めてみてもらえますか」
拓海くんが「いいんですか」と言った。
「見せてもらいたいので」
俺と財前さんは工房の隅で見ていた。
財前さんが小声で「颯、この青年、どう見る」と言った。
「本物だと思います」
「根拠は」
「甕を触った時の顔です。あれは作れません」
財前さんが頷いた。
二時間後、拓海くんが染め上げた布を川上さんが見た。
川上さんが、長い間黙っていた。
「……いいですね」
それだけだった。
でも、それで十分だった。
帰り際、拓海くんが俺に言った。
「颯さん、なんで俺を見つけてくれたんですか」
「DBに記録があったので」
「DB?」
「全国の職人志望者のデータベースです。大地というプログラマーが構築しました」
拓海くんが少し驚いた顔をした。
「そんなものがあるんですか」
「必要だったので作りました。才能がある人間が、機会を見つけられないのが嫌なので」
拓海くんが俺を見た。
「……颯さんって、何者ですか」
「まだ何者でもないです。途中なんです」
財前さんが横で葛饅頭を食べながら「うまいな」と言った。
拓海くんが「あの人、誰ですか」と小声で聞いてきた。
「財前光という投資家です」
「投資家が染物屋に来て、和菓子を食べているんですか」
「調査目的です」
拓海くんが「……そうなんですか」と言った。
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