第四十話「三億、動いた」
七月の終わり。
朝五時五十分。
スマホを開いた。
アルファ精密機器——昨日比プラス八・三パーセント。
第一医療機器——昨日比プラス六・一パーセント。
東和半導体製造装置——昨日比プラス十一・七パーセント。
三銘柄、同時に動いた。
俺はしばらく、その数字を見ていた。
来た。
予測から三週間遅れたが、来た。
財前さんにメッセージを送った。
「三銘柄、動きました」
すぐに返信が来た。
「見ている。今日中に報告書を出せ」
「はい」
「葛饅頭も持ってこい」
「調査目的ですか」
「祝いだ」
俺は少し驚いた。
財前さんが「祝い」という言葉を使うのを、初めて聞いた。
学校に行く前に、大地と奏と凛にメッセージを送った。
「三銘柄、動きました。今日の放課後、部室に来てください」
大地から即返信。「マジか!!!」
奏から「確認しました。おめでとうございます」
凛から「よかった」
三人三様の返信だった。
◆
放課後の部室。
大地がパソコンを開いて数字を追っていた。
「颯、今日の終値で計算すると—— 三億が、四億一千万になってる」
「一ヶ月で一億一千万の増加」
「パーセントで言うと三十七パーセント増だよ。プロのファンドが年率で超えられない数字を一ヶ月で出した」
奏が「でも、まだ売らないんですよね」と言った。
「はい。Lv3で確認したところ、ピークはまだ先です。あと二週間は持ちます」
「二週間後のピーク時の数字は」
「さらに一割から一割五分の上昇を見ています」
「つまり最終的に四億五千万から四億七千万になる、ということですか」
「そのくらいです」
凛が窓際から「みんな、すごく集中してる。今日の色、全員澄んでる」と言った。
「凛さんには、今どう見えますか」と俺が聞いた。
「颯くんは相変わらず見えないけど——大地くんが青で、奏さんが透明に近い白で。今日はみんな、本当にやりたいことをやってる時の色をしてる」
大地が「透明ってなんだよ」と言った。
「本音が表に出てる時の色だよ」
「俺は今日、本音しか出してないよ」
「それが大地くんのいいところだよ」
大地が「……そうかな」と言って、コーラを飲んだ。
俺は少し、この部室を見渡した。
大地がパソコンで数字を追っている。奏がノートに何かを書いている。凛が窓の外を見ながら笑っている。
入学して三ヶ月で、こういう場所ができた。
来栖堂が「一号案件」だったように、この部室も何かの一号だ。
才能がある人間が、機会を持って動いている場所。
「颯くん」と奏が言った。
「なんですか」
「今、何を考えていましたか」
「この部室のことを」
「どんなふうに」
「ビリオネアを量産するための、最初の場所だな、と」
大地が「やっと言った」と言った。
「え」
「最初から思ってたけど、颯って自分からそれを言わないじゃん。みんなそれを待ってたよ、たぶん」
奏が少し笑った。凛も笑った。
「……そうでしたか」
「そうだよ」
「では、改めて。俺はビリオネアを量産したいと思っています。才能があるのに機会がない人間に、機会を与えたい。この部室が、その始まりです」
「ようやく言ってくれた」と大地が言った。
「俺、ついていっていい?」
「最初からそのつもりです」
大地がにやりとした。
「颯ってさ、いつもそういうこと最後に言うよね」
「言うタイミングがあると思って」
「早く言えよ」
「善処します」
凛が「私も」と言った。
奏が「私も、います」と言った。
四人で、夕方の部室にいた。
窓の外に、帝都の空が広がっていた。
でかい話が、始まっていた。
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