第四話「小学生、株式市場に殴り込む」
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九歳になった。
小学三年生だ。
七歳の頃、「フルスロットルで行く」と決めた。
じゃあ具体的に何をするか——そこから二年間、俺はずっと考えていた。
前世でコンサルタントとして学んだことは「問題の本質を見抜いて、解決策を設計する」だった。でも前世の俺は、その仕事を「誰かの会社のために」しかやらなかった。自分のために動いたことがほぼなかった。
今世は違う。
自分のために動く。
そのために必要なのは「資金」だ。
お小遣いとお年玉を、二年間一円も使わずに貯めた。友達が駄菓子を買う横で、俺は財布を閉じた。誕生日プレゼントも全部お金にしてもらった。母さんに「颯って子供らしくないわね」と言われた。
その通りだ。俺の中身は三十四年間生きた大人だ。子供らしくなくて当然だ。
二年間で貯めたのは、三十五万円だった。
「お父さん、証券口座を作ってほしい」
「……証券口座?」
「俺名義では未成年だと作れないから、お父さん名義で作って、俺専用として管理してほしい」
「九歳が株をやるのか」
「やります」
「根拠は」
「調べたので」
「何を調べた」
「買おうと思っている銘柄の財務状況と、業界の動向と、競合の状況です。それと、経営者の発言の変化も見ています。言葉の変化は数字より先に動くので」
父さんがしばらく黙った。
「……颯、一つだけ聞いていいか」
「なんですか」
「お前、どこでそういう考え方を覚えた」
俺は少し間を置いた。
「……本を読んでいたら、自然に」
「そうか」
父さんがため息をついた。でも口の端が少し上がっていた。
「わかった。ただし失敗したら話せ。隠すな」
「はい」
「あと——無理するな。しんどかったら言え」
「……言います」
◆
最初に買った銘柄は三つだ。
一つ目、「日新精機」——精密部品の中堅メーカー。主要顧客の半導体製造装置メーカーが設備投資計画を前年比三十パーセント増にしていた。下請けへの恩恵が来るまで数ヶ月のラグがある。今がその直前だ。
二つ目、「北陸食品」——地方の食品メーカー。冷凍食品の新ラインを立ち上げて、大手コンビニとの取引交渉中という情報がある。先月の決算説明会で、社長の言葉が「慎重に進めている」から「手応えを感じている」に変わっていた。言葉の変化は数字の変化より先に来る。
三つ目、「川島化学」——化成品の小さい会社。新しい環境規制が来年施行されることで、代替材料の需要が急増する見込みだ。先回りして仕込む。
これが俺の読みだ。
ただし——根拠のない動きはしない。
未来視でも「上がる方向の気配」を確認したが、それだけでは動かない。なぜ上がるのかを自分の頭で説明できない投資はしない。未来視が使えなくなった時のために、自分の分析力を鍛え続ける——これが俺のルールだ。
◆
一ヶ月後。
「……颯、これ」
父さんが画面を見て固まっていた。
三十五万円が、四十九万円になっていた。
「分散投資の成果です」
「四十九万」
「はい」
「一ヶ月で」
「はい。三銘柄とも上がりました」
父さんがしばらく画面を見ていた。
言葉が出ていなかった。
「……お父さんも入れていいか」
「ダメです。お父さんの判断が混ざると崩れます」
「……九歳に言われたくない」
でも父さんは百万円を俺に預けた。
「うちの子天才かよ」
三発目だった。
◆
その後、二年かけて資産は増え続けた。
十一歳で残高が八百万を超えた。
そしてこの頃、未来視に変化が起きた。
ある朝、いつも通り目を閉じて確認しようとした瞬間——見え方が変わった。
今まで「断片」しか見えなかったものが、「流れ」として見えた。一年後じゃなく、四〜五年後まで。人物の表情、場の空気、出来事の推移。視野が一気に広がった感覚だ。
「……上がった」
思わず呟いた。
横になりながら、少し考えた。
資産が増えることは手段だ。目的じゃない。
じゃあ目的は何か。
前の仕事で、ずっと違和感を持っていた。本当に面白いアイデアを持っているのは、資本もネットワークも持っていない、どこかの誰かじゃないのか。でも俺はそういう人間に関わる仕事をしなかった。
今世は違う。
未来視で「この人には何かある」と見えた人間に、機会を与えていく。資金を、ネットワークを、仕組みを。
才能と機会を、出会わせたい。
それを続けたら——ビリオネアを量産できる。
自分だけが金持ちになっても、面白くない。どうせやるなら、でかくやる。
そしてその夜、頭痛がひどかった。
今まで一日三回使っても軽い頭痛で済んでいたのが、今日は二回でアウトだった。
精度が上がった分、コストも上がった。世の中うまくできている。
手帳の記録フォーマットを更新した。「上限:二回/日」。
誰にも言わなかった。
これは俺の頭の中のことだ。管理するのも俺自身だ。
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