第三十八話「奏の父、動く」
七月の初め。
奏から珍しく「話がある」というメッセージが来た。
放課後、部室に奏一人で来た。
大地と凛は今日は別の用事がある。
「颯くん、一つだけ聞いていいですか」
「どうぞ」
「白鷺陽一という人間を知っていますか」
俺は少し間を置いた。
「知っています。なぜですか」
「先週、父から言われました。『白鷺さんのところで、お前の能力を活かせる仕事がある』と」
俺は頭の中で、全部の線が繋がった。
財前ファンドの出資者・桐島。その娘・奏。奏の崩壊感知。白鷺が奏を欲しがっている。
「奏さん、どう答えましたか」
「考える時間をください、と言いました。でも父は、もう話を進めているようです」
「どのくらい進んでいますか」
「来週、白鷺さんと会う約束が入っています。父が勝手に」
奏の声が、少し硬かった。
「奏さん、一つだけ聞いていいですか」
「なんですか」
「自分の将来を、自分で決めたいと思いますか」
奏がしばらく黙った。
「……当たり前じゃないですか」
「じゃあ、その会談に出る必要はないです」
「でも父が」
「奏さんの能力は、奏さんのものです。お父さんが決めることじゃない」
奏がじっと俺を見た。
「颯くん、あなた本当に変な人ですね」
「よく言われます」
「普通、『じゃあうちで使ってくれ』って言うんじゃないですか。同じことじゃないですか、白鷺と」
俺は少し間を置いた。
「違います」
「どう違うんですか」
「俺は奏さんの能力を俺のために使ってほしいとは思っていないです。奏さんが自分で使いたいと思った時に使えばいい」
「……でも今まで、散々使っていたじゃないですか」
「奏さんが自分で動いてくれていました。川上染工の時も、三億の時も。お願いした覚えはないです」
奏が少し固まった。
考えていた。
「……そうだった、かもしれません」
「奏さんが来週の会談を断るなら、俺と財前さんで後ろ盾になります。お父さんへの説明も含めて」
「それは颯くんが困るんじゃないですか。父は財前ファンドの出資者で」
「それで財前さんに迷惑をかけることは、俺が直接謝ります」
奏がしばらく、俺を見ていた。
「颯くん」
「はい」
「なんでそこまでするんですか」
俺は少し考えた。
正直に言う。
「来栖堂の来栖さんも、篠崎という人間に能力を使われそうになっていました。本物が、誰かの道具にされることが、俺は嫌いです」
奏が目を細めた。
「……来栖堂の話、知っています。父から少し聞きました」
「来栖さんは自分で立ち上がりました。奏さんも、同じだと思います」
奏がしばらく黙って、それから「わかりました」と言った。
「断ります。会談には出ません」
「お父さんへは、俺から話します」
「……颯くんが話すんですか」
「財前さんも一緒に」
奏が少し笑った。力の抜けた顔だった。
「……桐島建設の娘が言うのもなんですが、あなたってちゃんとした人ですね」
「そうでもないです」
「いや、ちゃんとしてる」
「じゃあそういうことにしておきます」
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