第三十七話「三億、最初の壁」
六月。
三億ファンドが動き始めて三週間が経った。
最初の週次報告を財前さんに送った時、返信が来た。
「アルファ精密機器、予定より動きが遅い。理由を書け」
俺はすぐに大地に連絡した。
「アルファ精密機器のIR、最新のプレスリリースまで全部見てほしい」
「わかった。三十分くれ」
大地が二十分で返ってきた。
「颯、この会社、先月に主要取引先との契約更改があった。条件が変わってる。俺の記憶と数字が合わない」
「どう変わった」
「前は半年ごとの発注だったのに、今回から月次発注になってる。これ、取引先側が在庫を持ちたくないってことだよね」
「……それは颯の読みにある?」と奏が横から聞いてきた。
三人が部室に集まっていた。
「Lv3で確認した時、そこまでは見えていなかった」と俺は正直に言った。
「じゃあ外れた?」
「方向性は外れていないです。上がる。でもタイミングが俺の予測より一ヶ月遅れる可能性がある」
奏が少し考えた。
「颯くん、この会社の財務構造——崩れそうな感じは全くないです。ただ動きが遅い理由は、外部要因だと思います」
「どういうことですか」
「この会社が悪いんじゃなくて、取引先側が慎重になっている。取引先の業績を見ると——」
奏がノートを広げた。
「この発注サイクルの変化、半導体業界全体が少し慎重モードに入っています。でも、それは一時的です。基本的な需要は消えていない」
「一ヶ月待てば動く、ということですか」
「私の感知では、そうです」
大地が「じゃあ問題ないじゃん」と言った。
「問題ないですが、財前さんへの報告には理由を書かないといけない」
「俺が書く」と大地が言った。
「数字のことは俺の方が細かく説明できる。颯は方向性を書いて、俺が根拠を書く」
「……ありがとうございます」
「礼はいらない。面白いから動いてる」
大地がパソコンを開いた。
凛が窓際から「大地くんって、本当にそういうこと言う時は嘘をついていないね」と言った。
「そりゃそうだよ。嘘つく意味ない」
「……そういう人、あんまりいないよ」
大地が少し照れた顔をした。
凛がいると、部室の空気が少し変わる。
俺だけじゃなく、大地も奏も、なんとなく落ち着いた状態で動けている。
凛の「感情安定化」が、静かに機能しているんだと思う。
「颯」と凛が言った。
「なんですか」
「この部室、最初に入った時と空気が全然違う」
「どう違いますか」
「最初は埃の匂いしかしなかったけど、今は——なんか、活きてる感じがする」
大地が「それ俺のコーラのせいじゃないの」と言った。
「コーラは関係ない」と凛が言った。
「そうかなー」
俺は財前さんへの報告書の下書きを始めながら、この部室が三人の場所になったことを、静かに確認していた。
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