表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/52

第三十五話「白鷺陽一、現る」

月曜日の放課後。


校門を出たところで、声をかけられた。


「小日向颯くんですね」


振り向くと、男が立っていた。


三十代後半。きっちりしたスーツ。髪がきれいに整えられている。


笑顔が、自然だった。


不自然なくらい、自然だった。


「そうですが」


「少しお時間をいただけますか。お仕事の話です」


男が名刺を出した。


「白鷺投資顧問。代表の白鷺陽一と申します」


来た。


内心で、財前さんの言葉を反芻した。「未来視を使うな」。


使わなかった。


「どんな仕事ですか」


「颯くんの目利きの能力を、弊社のファンドに活かしていただきたいと思っています。今お付き合いの財前さんとは、規模が違います。百億規模の運用をお任せできます」


「百億」


「ご興味があれば」


白鷺が笑顔のまま言った。


俺は少し、白鷺を観察した。


目が笑っている。怒っていない。警戒もしていない。


財前さんが「笑顔が本物に見える」と言っていた意味が、今わかった。


この人間は、感情を持っていないのかもしれない。


いや、違う。


感情を——決して外に出さない人間だ。


何かを決断している気配が、全くない。話しながら、名刺を渡しながら、笑顔を見せながら——何も決めていない。


財前さんの仮説通りだった。


読む対象がない。


「財前さんのところで既に動いています」


「存じています。ただ、颯くんの能力は財前さんの規模では活かしきれないと思っていて」


「俺は今の規模で十分です」


「今は、ということですね」


白鷺が少し前のめりになった。笑顔のまま。


「颯くん、一つだけ聞いていいですか」


「どうぞ」


「財前さんは、長く無理をしてきた方です。あなたのそばにいる時間は、そう長くないかもしれない。その時に、あなたを支えてくれる組織が必要ではないですか」


俺の胸の中で、何かが静かに立った。


怒り、というより——警戒だった。


この人間は、俺の感情を揺さぶろうとしている。財前さんの健康問題を知っている。それを使ってきた。


計算して、やっている。


「お断りします」


「理由を聞かせてもらえますか」


「財前さんと動きます。それだけです」


白鷺が少し間を置いた。笑顔は変わらなかった。


「……そうですか。残念です」


名刺をしまいながら「いつでも、ご連絡ください」と言って、歩いていった。


その背中を見ながら、俺はすぐにスマホを取り出した。


財前さんに電話した。


「白鷺が来ました」


一拍置いて、財前さんの声が来た。


「……今どこだ」


「東明高校の正門前です」


「今すぐオフィスに来い。葛饅頭はいらない」


「……葛饅頭がいらない時は、本気の話の時ですよね」


「うるさい。来い」


電話が切れた。


俺は少し、空を見た。


五月の空が、高かった。


未来視を使わなかった。でも、わかったことがある。


白鷺は俺を、完全に計算して動いている。


感情を揺さぶるための材料として、財前さんの健康問題を使ってきた。


それを知っているということは——白鷺は財前さんのことを調べている。


颯爽とやっていくつもりだが、今日初めて「本物の敵」に会った気がした。


---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ