第三十四話「三億、動かす」
金曜日の午後。
財前さんのオフィスに、葛饅頭を四個持ってきた。
「四個か」
「奏さんと大地と凛さんの分も入れました」
財前さんが少し目を細めた。
「全員連れてくるつもりだったのか」
「今日は俺だけです。でも全員で動くので」
「……座れ」
財前さんが資料を広げていた。三つの銘柄の株価チャートと財務資料が並んでいる。
「颯、Lv3で確認した銘柄を言え」
「アルファ精密機器、第一医療機器、東和半導体製造装置です」
「この三つに集中投資するつもりか」
「はい」
「三億全部か」
「全部です」
財前さんが少し間を置いた。
「颯、集中投資のリスクはわかっているか」
「わかっています。でも財前さん」
「なんだ」
「Lv3で三銘柄全部を確認しました。さらに奏さんに財務資料を見てもらいました」
「桐島の娘に」
「三社とも『崩れる感じがしない』と言っていました。俺の未来視と奏さんの崩壊感知、二重確認です」
「大地は」
「昨夜、三社のIR資料を全部読んでもらいました。数字の整合性、問題ないと言っています」
財前さんが三人分の確認が揃っていることを理解して、少し黙った。
「……三人を動かしたのか」
「動いてもらいました」
「いつの間に」
「Lv3になった翌日から」
財前さんが葛饅頭を一口食べた。
「颯、一つだけ聞く」
「なんですか」
「外れたらどうするつもりだ」
俺は少し間を置いた。
「外れません」
「根拠は」
「見えているからです。でも——」
「でも?」
「外れた時のことも考えています。損切りラインは、投資額の十五パーセントです。それを超えたら迷わず撤退します。感情で動きません」
財前さんがしばらく俺を見た。
「……わかった。三億、任せる」
「ありがとうございます」
「条件が一つある」
「なんですか」
「週次で報告しろ。数字だけじゃなく、なぜそう動いているかの理由も添えろ。未来視の話は書かなくていい。お前自身の分析で説明できるようにしろ」
これは訓練だ。
財前さんは、未来視がなくなった時のために俺に力をつけさせようとしている。
「わかりました」
「それと颯」
「はい」
「白鷺の件、動きがあった」
俺は少し前のめりになった。
「どんな動きですか」
「来週、お前の前に現れるかもしれない」
「……準備します」
「未来視は使うな。先に言っておく」
「はい。財前さん」
「なんだ」
「葛饅頭、四個持ってきましたが、三個目に手が伸びています」
「調査だ」
「残り一個は俺のですが」
「……そうか」
財前さんが手を止めた。
一秒くらい止まって、それでも取った。
「調査目的だ」
「もちろんです」
財前さんが珍しく、口の端が五ミリくらい上がった。
俺の観測史上、最高記録だった。
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