第三十三話「川上染工と、奏の感知」
水曜日の放課後。
奏を連れて川上染工に行った。
川上義春さんは工房の奥で仕事をしていた。俺たちを見て、少し驚いた顔をした。
「颯くん、今日は」
「奏さんを連れてきました。財務の確認をお願いしたくて」
「女の子に……」
「信頼できる人間です」
川上さんが奏を見た。
奏が「桐島奏といいます。よろしくお願いします」と頭を下げた。
俺は川上さんに、直接は言っていなかったことを話した。
「川上さん、一つ確認させてください。取引先の中で、支払いが遅れている会社はありますか」
川上さんの手が、少し止まった。
「……颯くん、なんで知ってるんですか」
「決算書を見てもらいました」
「誰に」
「奏さんです」
川上さんが奏を見た。奏が「一週間ほど前に、颯くんから見せてもらいました」と言った。
「どこがわかりましたか」
「三ページ目の取引先リスト、上から四番目です。この会社、去年の秋から支払いサイトが延びています。このまま放置すると、半年以内に資金繰りが苦しくなります」
川上さんが長い間、黙っていた。
「……正直に言うと、わかっていたんです。でも長い付き合いだから、言い出せなくて」
「その会社に、直接話せますか」
「……難しいかもしれないです。担当者が変わってから、なんか変な感じで」
奏が「私が同席します」と言った。
俺と川上さんが奏を見た。
「担当者の人と話す時、私がいると少し話がまとまりやすいことがあるので。理由は説明しにくいんですが」
俺は少し、奏の横顔を見た。
凛の「感情安定化」と、奏の「崩壊感知」。
二つが組み合わさると——いや、奏の場合は凛とは違う。崩壊を感知するだけじゃなく、その場の空気が変わる何かが奏にはある。
「お願いできますか、奏さん」
「はい」
川上さんが「……颯くんの仲間は、みんな変な子ですね」と言った。
「よく言われます」
「でも、来栖さんから聞いています。変な子が来た時は、信用していいって」
来栖さん。
この繋がりが、また生きた。
「川上さん、もう一つだけ」
「なんですか」
「後継者候補の一人が、来週工房に来ます。二十三歳、帝都出身、染色を独学で三年学んでいる青年です。話すだけ話してみてください」
川上さんが「颯くん、あなた本当に——」と言いかけて止まった。
「なんですか」
「本当に、色んな人の縁を結ぶんですね」
俺は少し間を置いた。
「それが、俺のやりたいことなので」
工房を出て、奏と一緒に駅に向かった。
秋の夕方の空気が当たった。
「颯くん」
「なんですか」
「川上さんの工房、見た時に——崩れそうな感じが、ほとんどなかったです」
「本物だからですか」
「たぶん。崩れるのは、必ず理由があります。嘘があるか、無理があるか、隠れた腐敗があるか。川上さんの工房は、どこもそれがなかった」
「来栖堂も、同じでしたか」
奏が少し考えた。
「来栖堂は——会ったことがないですが、颯くんの話を聞いていると、たぶん同じだと思います。本物は崩れない。壊そうとする外力があるだけで」
俺はその言葉を、頭に入れた。
本物は崩れない。壊そうとする外力があるだけで。
財前さんが「本物を見つけたい」と言っていた意味と、同じだ。
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