第三話「天才と呼ばれ始めた件について、俺には心当たりしかない」
七歳になった。
小学一年生だ。
未来視について、ここで少し整理しておく。
俺が転生したこの世界には、「異能」を持って生まれる人間がいる。人口の三百人に一人くらい、何らかの力を持っているらしい。ただし大半は「なんか勘が鋭い」程度のものだ。「今日嫌な予感がして、本当に嫌なことが起きた」——それを異能と呼んでいいかどうかも曖昧なレベル。本人も気づいていないことがほとんどだ。
でも俺の未来視は、どうやらそういうレベルじゃないらしい。
七年間使い続けてきてわかったこと。
相手の顔を見ながら強く意識すると、ぼんやりした映像が見える。一〜二年後の断片的な場面が、数秒間だけ。「良いことが起きそう」か「良くないことが起きそう」か、その程度の方向性だ。
制限もある。
一日に三回を超えると翌朝まで頭痛が続く。七歳のある夜、好奇心で使いすぎて一晩眠れなかった。
以来、俺は手帳に「今日の使用回数」をつけている。三回が限界ラインだ。
七歳が痛み管理の手帳をつけているのは客観的にどうかとは思う。でも仕方ない。これが俺の武器だ。大事に使わないといけない。
◆
「そう君ってほんとうに賢いわねえ!」
担任の先生に言われた。漢字テスト満点、計算ドリル満点。
まあ、そうなる。
前世の記憶があるから小学校の勉強は全部知っている。でも目立ちすぎると面倒なのも知っている。前世でも「できる人間」として目立ちすぎたせいで仕事が雪だるま式に増えて、最終的に死んだ。
教訓は活かすものだ。
未来視で確認してみた。
目立たない選択をした場合——五年後の俺は普通の小学生として普通に過ごしていた。つまらない。父さんの周りの空気も、なんとなく良くない。
フルスロットルで行った場合——霞がかかっていて全部は見えない。でも、父さんが笑っている画があった。
「フルスロットルで行きましょう」
誰もいない部屋で宣言した。壁に向かって言っても誰も聞いていないが、口に出すと腹が決まる。前世でプレゼンを積み重ねてきた癖だ。
◆
さて、父さんの会社の話をしよう。
父・小日向哲二が勤めているのは「東洋金属加工」という中堅の部品メーカーだ。自動車の下請け、というよりさらに下——二次下請け、三次下請けにあたる位置にいる会社だ。
俺が五歳の頃から、父さんの帰りが遅くなっていた。でも残業代はどこに消えたのかほとんどついていない。聞けば「サービス残業が当たり前」という話だった。
前世のコンサル時代に嫌というほど見てきた構造だ。
自動車産業は「トヨタカンバン方式」に代表されるように、親会社が在庫を持たず必要な分だけ必要な時に納品させる。下請けにはそのしわ寄せが来る。急な注文変更、単価の値下げ要求、品質基準の厳格化。これが二次・三次下請けまで来ると、もう逃げ場がない。
東洋金属加工の主要顧客は一社だけだった。売上の七十パーセント以上が、帝都の大手自動車メーカー「東和自動車」の子会社からの発注だ。
これは危ない構造だ。
そのことを、俺は五歳のある夜に未来視で確認した。
父さんが暗い顔で帰ってきた夜。頭に流れ込んできた気配——「父さんの周りに良くないことが来る」という漠然とした感触。
あれを起点に、俺は調べ始めた。
小学生が「会社の業界構造」を調べる方法は限られている。図書室の本と、父さんの何気ない会話から拾えるかけらを集めた。
わかってきたこと。
東和自動車は業績悪化で、下請けへのコスト圧力を強めている。東洋金属加工の社長は「取引先を変えるリスクより現状維持」を選ぶタイプで、無理な値下げ要求にも応じ続けている。このままでは利益率がマイナスになる案件が出てくる。
「倒産まで何年か」を未来視で確認した。
父さんが転職しないままでいる未来——三年後、東洋金属加工が大幅なリストラを始める映像が見えた。霞がかかっていて細部はわからないが、父さんが青い顔をしている場面が見えた。
「転職した未来」——より明るい。父さんが笑っている。
これだけわかれば十分だ。
俺は五歳のある日、しりとりをしながら父さんに言った。
「ねえパパ、会社でなんか心配なことある?」
「ないよー」
「でも、パパの会社って、東和自動車さんから仕事もらってるんでしょ?」
父さんが少し固まった。
「……なんで知ってるの」
「前に話してたじゃん」
「そうだっけ……」
「東和自動車って、最近業績悪いって新聞に書いてあったよ」
「……颯、新聞読むの?」
「図書室で読んだ。一社に頼りすぎてると、その会社がこけたら一緒にこけるって本に書いてあった」
父さんが、しばらく俺を見た。
五歳の子供が「一社依存リスク」を語っている。
「……颯」
「なに」
「パパ、どうしたらいいと思う?」
俺は少し間を置いた。
「転職したらいいんじゃない? パパが営業できる別の会社に」
「……そう簡単には」
「でも、今のうちがいいと思う。会社がこけてからじゃ、みんな転職しようとするから競争になる」
父さんが長い間、黙っていた。
「……颯、本当に五歳か」
「五歳だよ」
「そうか」
父さんが立ち上がって、俺の頭をぐしゃっと撫でた。
「……参考にするよ」
◆
その後、父さんは転職活動を始めた。
転職先が決まったのは、俺が七歳になった年だ。食品メーカーの営業職。業種は変わったが、「人と話すのが得意」という父さんの強みが活きる仕事だ。
そして父さんが転職して半年後——東洋金属加工は、東和自動車からの発注量を四十パーセント削減された。翌年、希望退職者を募集した。
「颯のおかげで助かったよ! まさか颯に先見の明があるとはな!」
転職先が決まった夜、父さんが俺の頭をぐしゃっと撫でながら言った。
「まあ、ただの勘だよ」
「勘か。でも良かった」
「よかったね」
「うちの子天才かよ!」
記念すべき一発目だった。
俺はこのセリフのカウントを、心の中で始めた。
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