第二十七話「綾瀬凛、颯の色が見えない」
入学から三日後。
廊下を歩いていたら、声をかけられた。
「あの」
振り向くと、小柄な女子が立っていた。黒髪を短く切っている。少し疲れた顔をしている。
でも目が鋭い。
「颯くん、ですよね。一組の」
「そうですが」
「少し聞いていいですか」
「どうぞ」
「あなたの色が、見えないんです」
俺は少し固まった。
「色、というのは」
女子が少し躊躇した。でもすぐに決めたように続けた。
「私、人の感情が……色として見えるんです。なんとなく、ですけど。でも、あなただけ、見えない」
俺の頭の中で、ひとつの判断が完了した。
この子も、異能者だ。
「绫瀬凛、といいます。二組です」
「小日向颯です。どのくらい見えるんですか、普通は」
凛が少し驚いた顔をした。
「……怖くないんですか、こういう話」
「怖くないです」
「普通、引かれるんですけど」
「俺も似たような話を人にしたことがあるので」
凛がしばらく俺を見た。
「……嘘をついている人間は赤く見えます。隠している人間は灰色。好意は黄色。でも」
「でも?」
「私の能力、コントロールできなくて。人混みに入ると色が溢れて、頭痛がひどくなります」
「毎日?」
「毎日。学校が一番つらいです」
それは想像するだけで、かなりしんどい。三十人以上の人間が一つの部屋にいて、全員の感情が色として見えている。
「颯くん、一つだけ聞いていいですか」
「なんですか」
「なんで、あなたの色が見えないんでしょう」
俺は少し考えた。
自分でも正確にはわからない。でも仮説はある。
「俺の感情の出し方が、普通じゃないのかもしれないです」
「どういう意味ですか」
「感情はあります。でも、外に出すタイミングを自分でコントロールしているので。凛さんの能力が『今この瞬間の感情の気配』を読むなら、俺からは読みにくいかもしれない」
凛がしばらく黙った。
「……それって、しんどくないですか」
「何が」
「感情を、ずっと管理しているって」
俺は少し間を置いた。
「慣れているので」
凛がまた俺を見た。
今度は最初とは少し違う目だった。
「颯くんは、投資研究部に入るんですよね」
「はい」
「私も、入ります」
「なぜですか」
「颯くんのそばにいると……なんか、落ち着くんです。色の流入が少ない気がして」
「俺の色が見えないから、静かに感じるということですか」
「たぶん。でも、それだけじゃないかもしれないです」
「どういう意味ですか」
凛が少し考えて「まだわかりません」と言った。
「わかったら教えてください」
「……はい」
凛が頭を下げて、廊下を歩いていった。
俺はしばらくその背中を見ていた。
「なんか変な子に声かけられてたね」
大地が後ろから来た。コーラを持っている。学校でコーラを持ち歩くことに、この三日間で全く違和感がなくなった。
「綾瀬凛さん。二組」
「知ってる。なんか、静かな子だよね。いつも一人でいる」
「能力がある人間は、一人になりがちです」
大地が「……能力って」と言いかけて、止まった。
「颯、お前もしかして」
「後で話します。部室で」
大地が「やっぱそういうことか」と言って、コーラを飲んだ。
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