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第二十話「池田さんと、篠崎の証拠」

土曜日の朝、財前さんと来栖さんと一緒に、池田文房具店に向かった。


三軒隣。シャッターが半分だけ開いていた。


「いらっしゃい」


七十三歳の池田さんが出てきた。小柄で白髪で、背筋がまっすぐだ。


「池田さん、颯くんです。例の」


来栖さんが紹介してくれた。


「中学生なのか」


「はい」


「そうは見えないな」


「よく言われます」


四人で丸テーブルを囲んだ。


「池田さん、篠崎さんから連絡がありましたか」


「あった。先週、直接来た。閉める時は声をかけてくれって前から言ってあった相手だから、来ること自体は不思議じゃないんだが……なんか急かされる感じがして。なんで今になって急いでいるのか、不思議に思った」


俺は少し前のめりになった。


「池田さん、一つだけ正直にお話しします」


「どうぞ」


「篠崎さんは、来栖堂を含めて、この商店街の物件を安値で取得するために動いています。過去五年で、同じ手口で六軒の店が物件を手放しています」


池田さんの表情が、静かに変わった。


「……六軒」


「はい。信用金庫の立場を使って、返済を圧迫して、追い詰めて、手放させる。それを繰り返してきた。来栖堂が七軒目になるはずでした」


池田さんが来栖さんを見た。来栖さんが静かに頷いた。


長い沈黙があった。


「……その六軒、どこの店だ」


俺はノートを開いた。


過去五年間に廃業・移転した萩ノ宮周辺の店のリスト。全部、篠崎が担当していた。


池田さんが一軒一軒、名前を確認した。


「…………山田の靴屋も、そうか」


「はい」


「あそこの山田さん、急に閉めたと思ったら、うちに挨拶にも来なかったんだ。なんでかなと思ってたけど……そういうことか」


池田さんが、ゆっくりと息を吐いた。


「颯くん、証言をするよ。篠崎さんに言われたことを、全部話す」


「ありがとうございます」


「ただし颯くん、一つだけ頼みがある」


「なんですか」


「この商店街、残してくれ。私が閉めた後も、ここが商店街であり続けるように」


池田さんがまっすぐ俺を見た。七十三歳の、背筋のまっすぐな目だ。


「はい。必ず」



池田文房具店を出た後、財前さんが言った。


「弁護士に証拠を整理させる。来週中には形になる」


「篠崎を止める手は、二段階にします」


「どういうことだ」


「一段階目は来栖さんと池田さんの証言で、信金本部に篠崎の行動を問い合わせる。篠崎の動きを一時的に止める。でもこれだけじゃ篠崎は別の手を打ってくる」


「二段階目は」


「過去六件の不正スキームの記録を、帝都の経済メディアに持ち込みます。組織の問題として報道されれば、こういう手口が他の商店街でも使われているという問題提起になります」


財前さんが少し目を細めた。


「……記者の知り合いがいる」


「お願いできますか」


「証拠が揃ってからだ。今は段取りだけ」


「わかりました」


「颯」


「はい」


「今回の件、来栖堂だけの問題じゃなくなってきた」


「はい。篠崎が六軒やってきたなら、萩ノ宮だけでもない可能性があります。全国で同じことが起きているかもしれない」


「……だからデータが必要だ、ということか」


「全国の商店街の情報をDB化したいと思っています。名前、地図、店主の顔写真、財務の概況。それが揃えば、篠崎みたいな手口を早く見つけられます。それだけじゃなく、来栖堂みたいに『助けられる店』を見つけることもできます」


財前さんがしばらく黙っていた。


「……それは今すぐ始められるのか」


「萩ノ宮から始めます。まず半径一キロ以内の商店街の情報を全部集めます。未来視の精度を上げるためでもあります」


財前さんが口の端を上げた。


「……言い方が正直だな」


「本当のことなので」


「いいだろう。DB構築、俺も協力する。ただし颯、データは集めるだけじゃ意味がない。使えなければただの数字だ」


「わかっています」


財前さんが夕暮れの萩ノ宮を見た。


「……颯、本当に中学生か」


「本当に中学生です。でも来年から高校生です」


財前さんが「まあいい」と言って歩き始めた。


俺はスマホのメモを開いた。


「萩ノ宮DB 着手日:本日」


最初の一行を書いた。


これが、でかい話の、本当の始まりだ。


颯爽と、やってやろうじゃないか。


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