第二話「スキルの使い方、誰も教えてくれない問題」
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生まれて一週間が経った。
俺の日課は、天井を見ることだ。
朝も、昼も、夜も、天井だ。
この天井、見飽きた。でも首が据わっていないので向きを変えられない。
転生してわかったことがある。
赤ちゃんというのは、暇だ。
前世——桐島颯として生きていた三十四年間で、「暇」という感覚を俺はほぼ経験していない。大学は課題と就活で消えた。社会人になってからは、暇という概念が存在しなかった。
それが今、一日の大半を天井と見つめ合って過ごしている。
何もできない。泣くか、飲むか、寝るか。
……泣くか、飲むか、寝るか。
これだけだ。
あと、試している。
目を閉じる。
むん、と意識を集中させる。
……なにも起きない。
もう一回。
……なにも起きない。
「う〜……う〜……」
変な声が出た。乳児なので仕方ない。
「あらあら。お腹すいたの?」
母さんが抱き上げてきた。
違います。未来視の起動を試みていました。でもそれを伝える語彙が今の俺にない。乳児の限界がここにある。
◆
前世の記憶は、思ったより濃く残っている。
特にしんどかった時期の記憶ほど、くっきりしている。なぜだ。楽しかった記憶の方を持ってきてほしかった。
コンサルに入って最初の三年間は、本当にきつかった。
毎朝、始発に乗っていた。最寄り駅を五時半に出て、会社に六時前に着く。朝のオフィスは静かで、その二時間だけが自分のための時間だった。資料を読んだり、前日の考えを整理したり。
……今思えば、それが一番好きな時間だったかもしれない。
誰もいない朝のオフィス。コーヒーメーカーが動く音。窓から見える帝都がまだ暗い。
あの時間に何かを決めたことが、多かった気がする。
それが今、生後七日の俺の「朝一の確認」になっている。
母さんが起きてくる前に、目を閉じて、未来視を試みる。
今日も起きなかった。
まあ、そうだろうな。
◆
新しい家族の状況は、少しずつわかってきた。
父・哲二。サラリーマン。夕方に帰ってきてソファに倒れ込む。仕事が好きそうじゃないが、真面目にやっている。前世の同僚に似たタイプだ。要領は悪いが、誠実だ。
母・明里。専業主婦。笑顔がきれい。俺への溺愛が尋常じゃない。少し目が離れると「颯〜?颯〜?」と探しに来る。
この人たちの子供に生まれたのか。
悪くない、と思う。
前世では、家族らしい時間がほとんどなかった。実家には正月に帰るだけで、それも仕事の資料をカバンに詰め込んでいた。母親の手料理を食べながら、頭の中では翌日の打ち合わせのことを考えていた。
それが普通だと思っていた。
今は違う。
母さんがお乳をくれる。父さんが帰ってきて俺の顔を見て「今日もかわいいな」と言う。
これが、家族か。
前世では、こういうものを後回しにしてきた。
——まあ、取り返せるかどうかはわからないけど。
今世はちゃんとやろう、と思っている。その気持ちだけは本物だ。
◆
転機が来たのは、生後三ヶ月のことだった。
その夜、父さんが帰ってきて、暗い顔で母さんに何かを囁いていた。声は聞こえなかった。でも雰囲気でわかった。
何か良くないことが起きている。
その瞬間。
ぐわっ、と視界が歪んだ。
何かが頭に触れた、という感覚だった。
映像、というより「気配」だ。父さんの周りに、暗い何かがある。遠くない未来に、良くないことが待っている。それだけだ。何が、いつ、どうなるかは、霞がかかっていて全然見えない。
一瞬で終わった。
頭が少し重い。
「……!」
思わず「あばっ」と声が出た。乳児なので仕方ない。
今のが、未来視だ。
たぶん。
意図していなかった。父さんの強い感情が、引き金になったのかもしれない。
でも見えたものは曖昧すぎる。「良くないことがある」という気配だけで、何も具体的にわからない。
使えるのか、これ。
……使えないな。今は。
悔しくて唸り続けていたら、母さんに「ガスかな?」と思われて背中をさすられた。
ちがいます。悔しいんです。
でも決めた。
絶対に成長する。
この力を、ちゃんと使えるようになる。
今世は、後回しにしない。
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