第十九話「木村会長と、ファンを作る話」
翌週の土曜日、商店街組合の会議に父さんと一緒に出席した。
木村会長は最初から腕を組んで、俺たちを見ていた。
最初の印象は「変化を嫌う頑固じじい」だ。
でも話を聞いていると、そうじゃないとわかってきた。
「この商店街は、そういうものに頼って生き残ろうとしたくない」
SNSの話をした時に、木村会長が言った。
「写真を貼って、いいねをもらって、それで何が変わる。昔のこの商店街はな、別に宣伝なんかしなくても人が来た」
「……聞かせてください。なぜ来たんですか」
木村会長が少し、遠い目をした。
「三十年前はな、一回来れば何軒も回れた。来栖堂で和菓子を買って、池田さんのとこでノートを買って、田中さんとこで惣菜を買って。お客さんと店主が顔見知りで、そのお客さんがまた連れてくる。それが商店街というもんだ」
俺の頭の中で何かが動いた。
「木村会長、今おっしゃったことは、今のコンサルタントの言葉で言うと『ファン化』というものに近いんです」
「ファン化?」
「新しいお客さんを集めるより、一度来た人が何度も来てくれる仕組みを作る方が、売上が安定します。来栖堂のSNSも、いいね数を増やすことが目的じゃない。一度来た人が来栖堂のことを誰かに話したくなる。そういう体験を作ることが目的です」
「……つまり、昔の商店街がやっていたことを、今の道具でやる」
「そうです。SNSは道具に過ぎません。来栖堂が核になって、来たお客さんが隣の店も回る。昔の商店街の光景を、もう一度作ります」
木村会長がしばらく黙っていた。
「颯くん、一つだけ言う」
「はい」
「来栖堂だけじゃなく、この商店街全体のことを考えて動いてくれ。それだけだ」
「はい。それが目的です」
会議が終わって、集会所を出た。
父さんが「木村さん、最後に笑ってたな」と言った。
「そうですね」
「悪い人じゃないな」
「最初からそう思っていました。商店街に怒っている人間は、商店街が好きな人間だけです」
父さんが少し黙って、「うちの子天才かよ」と言った。
数えていないが、相当な回数になっているはずだ。
七海が後ろから走ってきた。
「颯、木村会長、最後笑ってたじゃん」
「怖い人じゃないです。商店街が好きすぎる人です」
七海が少し空を見た。
「……商店街、変わるかな」
「変わります」
「根拠は?」
「木村会長が最後に笑ったので」
七海が笑った。
秋晴れの萩ノ宮に、銀杏通りのアーチが見えた。
◆
その夜、財前さんにメッセージを送った。
「来栖堂の価格を変えます。練り切り、280円から350円に上げます」
すぐに返信が来た。
「根拠は」
「安売りは職人の腕を安く見せます。値段を上げることで、来栖堂の価値を上げます。お客さんが増えている今のタイミングが最後のチャンスです」
少し間があった。
「先に俺に言うな、来栖さんに言え」
「はい」
翌日、来栖さんに話した。
「値段を上げましょう。練り切りを350円に」
来栖さんが困った顔をした。
「高くしたら、お客さんが来なくなりませんか」
「逆です。来栖堂の練り切りは280円で食べるものじゃないと思います。350円で出すことで、それだけの価値があるとお客さんに伝わります」
「でも颯くん、長年280円で売ってきたから」
「だから今のタイミングです。新しいお客さんが来ている今、値段と価値を同時に伝え直せます」
来栖さんがしばらく迷った。
「……七海はなんて言ってますか」
「まだ話していません。来栖さんが決めることです」
来栖さんが少し考えて、頷いた。
「……やってみます」
翌週、値段を変えた。
来た客から「こんな値段で食べていいんですか」という声が来た。
来栖さんから「颯くんの言った通りでした」とメッセージが来た。
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